WORKTREND

【WORKTREND㉖】グローバル:変曲点を迎えたワークプレイスの新潮流

ジェレミー・マイヤーソン/WORKTECH Academy 理事、Royal College of Art 研究教授

コロナ禍以降、世界中で働き方の変化が加速し、次々に新たなトレンドが生まれている。最新のトレンドはどのようなものか。2022年7月、WORKTECH Academy 理事のジェレミー・マイヤーソン(Jeremy Myerson)氏にインタビューを行った。

zoomでのインタビューに応える、ロンドンのジェレミー・マイヤーソン氏

ハイブリッドワークの定着と、企業タイプの二極化

欧米では、ハイブリッドワークは単なる理論から実践の段階に移行しました。マイクロソフトが2022年3月に発表した「Work Trend Index」(30カ国以上、31,000人以上の従業員とCEOを対象にした調査)からは、仕事の世界が変曲点を迎えてもう戻れないことが読み取れます。たとえば、すでに38%の社員はハイブリッドな働き方をしているという生活実感を持っており、53%は来年以降にハイブリッドワークへの移行を検討しています。また、ミレニアル世代やZ世代では、従来のオフィス空間での仕事の記憶がない人も多いようです。

そのなかで欧米企業に起きていることは、異なるタイプへの二極化です。私たちは各タイプを「断固たる回帰者(Resolute Returners)」と「選択の擁護者(Choice Champions)」と呼んでいます。「断固たる回帰者」は社員全員がオフィスに戻ることで、企業文化やイノベーション、学習、生産性の向上を目指す企業であり、大手銀行や法律事務所が代表選手です。ゴールドマン・サックスのCEOは、「リモートワークは異常なモデルであり、早急に是正する必要がある」と語っています。このように、二極化した一方の人々はハイブリッドワークを受け入れていません。

一方、ハイブリッド型である「選択の擁護者」は柔軟性や選択肢、どこでも仕事ができることをワークプレイス戦略の基本とし、テクノロジーやソフトウェア、ソーシャルメディア関係の企業に多くみられます。彼らは従業員に働く場所の選択の自由を与えていますが、オフィスを軽視しているわけではありません。たとえばこのタイプの一社であるセールスフォースがオフィス投資を続けていることは有名です。ただし、オフィスの使い方は従来と少し異なり、文化やブランド、コラボレーションのための集客装置として位置付けています。

部門を横断した新たな職種が登場

パンデミック以前、日本企業の働き方は「オフィスで・9時から5時」という固定的なもので、場所的にも時間的にも制約されていましたし、もちろん5時より遅い時間まで仕事をしていたことでしょう。グローバルは少し進んでいて、フレックスタイム制や週1日程度のリモートワークは認められていました。それが今や私たちは、場所も時間も制約されないという前代未聞の状況に直面しています。いつでも、どこでも仕事ができるのです。

オフィス史上かつてなかったこのダイナミックな変化は、組織に困難な問いを投げかけることになるでしょう。多くの組織には人事部門やIT部門、不動産部門やファシリティ部門がありますが、ハイブリッドワークはこうした縦割りの関係に疑問を呈し、仕事とは、行動と物理的なもの、デジタルなものの混合物であることを示唆しています。

(提供:WORKTECH Academy)

欧米ではワークプレイスに関する決定に人事部がより深く関与するようになり、チーフ・エクスペリエンス・オフィサーやチーフ・ハピネス・オフィサーといった分野横断的な新たな職種も登場しています。不動産部門とは別に、価値ある仕事体験を提供する一元的なサービス部門を持つべきかという議論も盛んです。

これらの潮流は日本でも生まれています。面白いことに、パンデミックは他国よりも日本に大きな影響を与えました。理由は他の国がすでにこうした変化の一部に対応していたからですが、日本は非常に迅速に適応し、国際的に参考にされるべき見本となっています。

進化しないオフィスに、従業員は戻りたくない

では、従業員は何を考えているのでしょうか。パンデミックでは皮肉にも、社員は自身のプライベートな空間で仕事をし、より多くの自由と自律性が与えられました。そのため、またオフィスに戻るのであれば、然るべき進化を遂げたオフィスに戻ることを望んでいます。

北米やロンドンでは、企業の知識職や中間管理職が大量に退職する動きがありました。これは非常に興味深い現象です。人々は、毎日オフィスに行く必要がないのであれば好きな場所に住めると気付き、自身の生活の質に対する要求が高くなりました。さらに職業選択において住む地域に縛られなくなったことで、転職の選択肢が増えた結果、労働市場における企業とワーカーのパワーバランスが変化しているのです。

また、パンデミック以降のオフィスは人々が集まり、交流するための場所であると認識されていますが、実際には出社時にも個人作業やリモート会議が発生するため、オフィスにはハイブリッドワークに適したスペースが必要です。グーグルが今年5月に公開したシリコンバレーの新社屋には囲いや個室があり、まるで25年前に戻ったかのような印象を受けましたが、これこそが今求められるオフィスなのです。人々はもちろんオフィスで交流し、協力し合いますが、同時に集中するためのスペースやリモート会議のためのスペースも必要ですし、屋外スペースやウェルビーイングに寄与するスペースも必要になっています。

ギャラップ社の最新調査では、「勤務先が自身のウェルビーイングに配慮していると思う」と回答したワーカーは24%にとどまり、パンデミック初期の49%から大幅に低下していることが判明しました。理由を想像するに、多くの企業が変革期の戸惑いのさなか、ハイブリッドワーク向けに設計されていないオフィスに従業員を呼び戻そうとしたことで不興を買ったのではないでしょうか。人々は2年間の在宅勤務で、自宅の仕事環境をオフィスよりはるかに快適なものに整えてきたのです。

小規模でパワフルな「エスプレッソ・オフィス」

では、オフィスはどのように変わるべきなのか。ある建築家が、オフィスでの仕事は8時間の長距離フライトに乗るようなものだと話していました。スクリーンを見続け、空気は悪く、動きは制限され、人工光を浴び続け、パックされたあまり新鮮でない食品を食べる。オフィスで1日働くと疲れ果ててしまうのも無理はありません。

従業員をオフィスに呼び戻したいなら、空気質を改善し、移動しやすい動線を確保し、食事やアメニティを充実させ、Wi-Fiを強化し、体験価値を向上させる必要があります。欧米では最近、小規模ながらよりパワフルなオフィスを指す「エスプレッソ・オフィス」という概念が話題になっています。日本と同じく、欧米でも企業がオフィス面積を縮小する動きはみられており、そういった企業は同時にオフィスを再設計しています。

また、ブランド環境なる概念も台頭しています。これは、ブランドを象徴するような体験を提供するワークプレイスを指します。単に照明やプリンターやデスクがあるだけの施設ではなく、出社する理由のあるオフィスが求められているのです。出社に値する体験を提供するため、ホストやプロデューサー、発信者、教育者、キュレーターといった新たな職種も登場しています。

データ活用とサステナビリティは最優先事項に

未来のオフィスを語るうえで、データ活用は欠かせない要素です。全社員が朝9時に出社していた時代には、ワークプレイステクノロジーがそれほど高度である必要はありませんでした。しかし、今は日中のオフィス人口が流動的なうえに、たとえば社員1,000人ならその一人ひとりが個別に意志決定(いつ、どこで、誰と、どうやって……)を行うため、オフィスはこれらすべての決定を吸収し、適切な体験を提供しなければなりません。そのため、昔は付加価値的にみられていたオフィスビルにおけるテクノロジーが、今は最優先事項と見做されています。

データに基づき、各自の選好や決定に合わせてサービスを提供してくれるようなシステムが、主にモバイルデバイスを介して利用されるようになります。こうしたシステムはビルのデベロッパーやオーナーによって提供されるほか、大手企業が自社開発する例もみられています。

もう一つの要素はサステナビリティです。2021年秋に行われたCOP26において、ヨーロッパではオフィスがエネルギーの巨大な消費者かつ炭素の生産者であると指摘されたことで、サステナビリティに対する新たなアプローチが求められることになるでしょう。多くの企業はグリーンカンパニーを目指し、企業主導型から従業員主導型までさまざまなアプローチを模索しています(※)。

※参考記事: 【WORKTREND㉑】グローバル:新しい働き方を理解するための7つのモデル(前編)

フレキシブルオフィスは市場の20%程度へ

フレキシブルオフィス市場は成長を続けており、WORKTECH Academyのレポートでは2024年頃にロンドンオフィス市場の20%程度を占めると予測しています。以前はスタートアップ企業やフリーランサーが主要ユーザーでしたが、最近では企業がプロジェクト拠点として利用するケースが増えています。ロンドンは広いので会員制シェアオフィス(weworkやTOG)のメンバーシップを社員に与え、ロンドン内の拠点を自由に選べるようにするのです。そうすることで企業は不動産ポートフォリオの弾力性を高め、本社縮小の決定にも自信を持つことができます。途中でプロジェクトチームを拡大したい場合は、必要な期間と面積の追加契約を結べばいいだけです。この柔軟性が企業のニーズに合致しているため、フレキシブルオフィスは今後も成長を続けるでしょう。

これに対し、ロンドン中心部のオフィス市場が縮小するか否かはまだわかりませんが、苦戦を強いられるビルがあることは確かです。オフィスの品質に対する要求が高まっているので、立地が悪く、標準的で、修繕もあまりされていないくたびれたオフィスで仕事をするくらいなら、ワーカーは家にいたいと考えるでしょう。

今後、優良立地と高品質ビルは再利用の動きが活発化し、人々は今以上にフレックススペースを利用するようになります。そして放棄される不動産の多くをフレックススペース事業者が引き取り、高品質な空間に改装するでしょう。それにはオフィスビルである必要はなく、古い警察署や消防署、工場などでもいいのです。なぜなら、フレックススペースには従来基準のビルスペックよりもホスピタリティが求められているからです。

日本企業への5つのアドバイス

ロンドンのZ世代やミレニアル世代などの若者は比較的オフィスに戻りたい志向が強いですが、日本の若者はリモートワークへの適応が高く、出社したくない傾向があるようですね。組織として、もし従業員をオフィスに呼び戻したいのであれば、私から5つのアドバイスがあります。

まず、通勤時間削減。欧米では「15分都市(15 minutes city)」という概念が注目されていますが、人々が当たり前のようにまた長時間かけて通勤すると考えるべきではありません。そのため、都心部のオフィスだけでなく、従業員の居住地に近いローカルなサテライト拠点を検討した方が良いでしょう。

次に持続可能性。特に若い世代は地球環境に対する意識が高い傾向があります。日本企業はもっとコミュニティのサステナビリティについて真剣に考え、発信していく必要があります。

データ活用も有効です。センサーを設置して環境条件を把握し、入居者のパターンをモニタリングして、オフィスの使われ方をよりよく理解することをお勧めします。人々のさまざまな意思決定をデータで支援することは、日本企業が考えるべき重要なことだと思います。

ウェルビーイングは非常に重要です。環境心理学者のジャクリーヌ・バティア氏は、快適さのレベルを3段階に分類しました。1段階目は物理的な快適さ、これは照明や換気、温度、基本的な安全性などによるもので、日本のオフィスが非常に長けている部分です。2段階目の機能的な快適性についても、日本の優れたオフィスはクリアしています。接続環境やツールは整っており、会議室やワークショップ向きの広い部屋などが豊富に設けられています。しかし、3段階目の心理的な快適性についてはあまり意識されていません。これはアイデンティティやウェルビーイング、帰属意識、人間関係、テリトリーなどに関係する快適性です。日本企業は、物理的・機能的な快適性と同じくらい、心理的な快適性について考えてみてください。推測ですが、日本の人々がオフィスに戻るのを嫌がるのは、物理的には安全だとわかっていても、心理的に快適でないと感じるからではないでしょうか。これは本当に重要なポイントなのです。

心理的快適性を実現するため、私たちはデザインについて考え続けてきました。デザインの意志決定プロセスにはいくつかの段階があります(※)が、心理的快適性のためには、照明や音響、空間レイアウト、構造、家具などのより良いデザインによって、空間を活性化することが必要です。そして、私たちがアイデンティティと呼ぶもの、ブランディングやパーソナライゼーション、素材、色、アート、バイオフィリアなどを通じて、心理的な快適さを提供するのです。日本企業へのアドバイスとしては、人々がオフィスに戻る理由を提供しなければならないということです。そのためには、オフィススペースを再定義して活性化させ、イベントを開催したり、記憶に残る体験を提供したりする努力が必要です。

※参考記事: 【WORKTREND㉒】グローバル:新しい働き方を理解するための7つのモデル(後編)

オフィスは仕事のエコシステムの一部であると考えてみてください。人々は自宅やサテライトオフィス、フレキシブルスペース、カフェなどで仕事をし、オフィスは週に2、3日来るだけの場所になるかもしれません。その際にきちんとした体験を提供することが大切なのです。従業員のプロファイリングを行い、彼らの行動をもっと理解してください。そのためには、トレーニングやメンタリングはもちろん、データ収集も必要です。幸い、携帯電話のアプリを使ったインフラがあれば、ユーザーの行動データ収集は容易にできます。企業はこのチャンスを生かすべきです。

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