【WORKTREND㉓】人間の可能性を引き出す「場」の力、オフィスビルが果たす役割
相浦みどり/PLPアーキテクチャー 担当役員
テレワークが定着するなか、企業はオフィスを「わざわざ訪れる価値ある場所」に進化させる必要に迫られ、付加価値の高いワークプレイスへの期待が高まっている。ポストコロナにオフィスに求められる役割とは何か。スマートビルの代名詞として知られる「ジ・エッジ」の設計をはじめ、世界のビルや都市開発を手掛けてきたPLPアーキテクチャー 担当役員の相浦みどり氏にインタビューを行った。
AIが代替できない「人ならではの能力」を高めるオフィス
これからのオフィスは、人間の可能性を引き出す「ヒューマン・アクティベーション」の場になると思います。AIが中間的なスキルレベルの仕事を代替するようになると、高スキル人材を活性化して存在意義を高め、クリティカルシンキングといった人間ならではの能力を引き出すことが重要になるからです。
こうした人間中心のビルや街をつくるため、私たちは「インタラクション」「ウェルビーイング」「ブレジャー(仕事と遊びの融合)」「プレイスメイキング」「スマートテクノロジー」「サステナビリティ」という6つの要素を意識してきました。インタラクションは人と人との関わりによる相互作用を促す機能で、異なるナレッジの集約を新しいアイデアの芽生えにつなげるための、今もっとも重視している部分です。その効果を発揮するベースにはまず一人ひとりの心身の健康を促す、ウェルビーイングやブレジャーの要素が必要になります。プレイスメイキングは、土地とのつながりや地域への広がりを意識し、その場ならでは、そのプロジェクトやプログラムならではの場づくりを考えるということです。土地に根差していないビルやプロジェクトの特異性のないビルは差別性にも乏しく、面白くないですからね。それら全体をテクノロジーとサステナビリティが支えます。
たとえば2015年に完成した「ジ・エッジ」は、スマートテクノロジーで世界最高レベルの環境性能を実現しています。また、2020年に完成した「22ビショップスゲート」はウェルビーイングやブレジャーの要素が強く、オフィスエリアの10%を共有アメニティが占めている点が特徴です。フィットネスクラブやヘルスケア専用のリトリートフロア、配信スタジオ、24時間営業のレストランといった多彩なアメニティを、入居する1万2000人がシェアします。こうしたアメニティは今後、巨大企業のハイスペックな自社ビルだけの特権ではなく、マルチテナントビルにも当たり前に求められる要件となるでしょう。実際、22ビショップスゲートはコロナ禍での竣工から1年半で入居率90%を達成しています。
マインドシフティングな瞬間をつくる仕掛け
経済の主役は時代とともに、モノからサービス、そして体験へと変遷してきましたが、次に来るのは「トランスフォーメーションエコノミー」だと思います。ただ楽しいだけでなく、自分を変革して高めてくれるような体験に人々の需要が向かい、意義ある体験をもたらしてくれるビルや都市が選ばれるようになるのではないでしょうか。
オフィスの具体的な機能としては、異なるタスクそれぞれに適した多様なスペースがあることが重要になるでしょう。新しいアイデアを生むには、異なるアイデアを重ね合わせて発展させるグループインタラクションと、個人で考えをかみ砕き熟考するコンテンプレーションの双方が必要です。この両方をビルやワークプレイスがサポートしてくれるといいですよね。コンテンプレーションには、フォーカスの時間や、またマインドシフティングな瞬間が求められます。一人の作業だと「自宅でいい」と考えがちですが、シーンを変えた瞬間にひらめくことはよくあると思います。例えば仕事に集中した後に、子供を迎えに外に出たときや、朝シャワーを浴びたとき。そういうマインドシフティングな瞬間をつくる仕掛けがオフィスにあれば、自宅にはないオフィスやまちならではの価値になるでしょう。はっとするような眺望や静謐な空間、植物、アートなど、人を活性化するための仕掛けはいろいろと考えられます。
他方のグループインタラクションには、4つの場のサイクルがあるといいといわれています。まず創(はじ)まりの場。一人ひとりの経験に基づく知識をつなぎ、インターネット検索では出てこないようなアイデアに出会える場所です。他の人に偶発的に出会え、会話が生まれるような動線または空間性がオフィス内にあるといいかもしれません。次に、対話によってそのアイデアを発展させ、明確なビジョンにする場。その次がビジョンの体系化を図り、実際のプロダクトやビジネスアイデアに落とし込むための場。メーカースペースや試験場などがこれにあたります。さらにプロダクトを洗練させて事業化したり、世間に発信したりするための実践の場を経て、また最初に戻る。このサイクルをカバーするすべての機能がオフィスに備わっていると理想的だと思います。ビル単体で提供してもいいし、都市内に点在してネットワーク化されていてもいいかもしれません。
ばらばらに働く皆のナレッジを集約する場
今後もハブオフィスが必要か否かという議論がありますが、ナレッジを集約、発展させるために、物理的な場の必要性はなくならないと考えています。コロナ以降、中央集権的だったワークプレイスの選択肢が広がり、タスクと場所の組み合わせも多様になりました。以前は集中作業からコラボレーションまで、あらゆるタスクがほぼオフィスのみで行われていたのに、今は自宅でできるコラボレーションもあれば公園でできる集中作業もあります。
このように働く場所がよりパーソナライズされた結果、今まで以上に各々のナレッジを他人に伝達し、集約し、コラボレーションラーニングをすることの重要性が高まり、ハブオフィスがその役割を担う方向へと明確に向かっていると感じます。
各種研究によると、やはり仕事における人と人との物理的な”近さ”は重要で、パフォーマンスとの相関もみられるようです。オンラインより対面で話す方が理解度が深く、インスピレーションにつながる機会が多いし、何より信頼構築において有利だと個人的にも感じます。働く場所のパーソナライズが今後も進むなら、ハブオフィスの機能として、信頼構築および的確で効果的な相互作用の促進は、より重要になっていくでしょう。
フランシス・クリック研究所(※英国の医学研究施設)の設計でも、科学者たちをいかに施設内で遭遇させ、コミュニケーションを発生させるかがテーマでした。そのため吹き抜けの周りに通路を設けて視認性を高め、なるべく外に出てもらえるように役職者の個室を小さくしたり、立ち話できるスペースをたくさん設けたりしています。ノーベル賞学者がうろうろしているのが上の階から見えるわけです。狙いどおり、専門の異なる科学者同士をつなげ、それぞれのナレッジを集めて活性化させる場になっていて、その効果は新発見の数や研究成果に表れています。
将来のハブオフィスに残る4つのタスク
将来的にハブオフィスで行われるタスクとして残るのは、課題解決、ソーシャルインタラクション(社会的交流・相互作用)の創出、企業プロモーション、グループラーニングの4つではないかと予想しています。これらは企業として、物理的に同じ場所に集まって行う方が効果的な場合が多いためです。
課題解決のためのアプローチとしては、前述したナレッジの集約やコラボレーションを対面で行うことが有効だと思われます。ソーシャルインタラクション創出のためのアプローチとしては、同じ空間で同じ体験を共有することが有効です。ただし、こちらは必ずしもハブオフィスである必要はなく、場合によってはビーチや山の中で集まる方が効果的かもしれませんし、社風などによってさまざまなバリエーションが考えられると思います。
企業プロモーションのためには、ハブオフィスをブランドや製品のショーケースとして演出し、来客や地域住民を楽しませるようなアプローチが考えられます。22ビショップスゲートの57階には入居テナント向けのメンバーズクラブやプライベートダイニングがあって、顧客との商談や接待、ベントなどに利用されています。ただ、こちらもオフィスに限定する必要はなく、たとえば商品によっては海でプロモーションした方がより効果的な場合もあるかもしれませんね。
研修などのグループラーニングについては、今後もハブオフィスの担う重要なタスクであり続けると思います。特に、お互いのリソースやスキルを生かした双方向型の学習には空間を共有することが効果的です。今はオンラインセミナーなども活用されていますが、やはり周りのリアクションを感じながら大きな会場で聴講するのとオンラインで聴講するのとでは体験が異なるので、それぞれ使い分けが進むでしょう。
個人的には、ラーニングにおけるリアル:オンラインのバランスは40:60程度がよさそうだと思っています。今は世界中の企業でリアルとオンラインのバランスが模索されていますが、ソーシャルな関係構築ならリアル90:オンライン10、コラボレーションなら60:40、集中作業なら15:85……といった具合に、タスクごとに最適なバランスに落ち着き、それぞれのタスクがより生産的に行われるようになるでしょうね。
ですから、リアルに集まる場の価値はなくなりません。多様なワークプレイスのエコシステムが都市の中に広がり、いわゆるオフィスビルのフロアは小さくなるとしても、ワークプレイスの総量は今より大きくなるでしょう。かつてないほど多様化したワークプレイスのそれぞれをどのようにつなげ、相乗効果を生み出していくかが、都市としては面白いところになると思います。
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