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【WORKTREND⑮】グローバル:英国のフレックスオフィスの未来予測

ポストコロナの英国のフレックスオフィスの未来予測

建築・インテリアデザイン事務所であるArney Fender Katsalidis (AFK)が、British Council for Offices(*1)、WORKTECH Academy(*2)、Jeremy Myerson氏(*3)と共同で「The Future of Flex: Flexible Workspace in the UK post Covid-19」(以下、「本レポート」)を2021年夏に公表した。

本レポートは、コロナウイルスによるパンデミック時の2020年から翌年に拡大して行われた調査結果をベースに、フレックスな居住形態、企業の不動産戦略、法律、テクノロジーなどの分野における変化の分析や、各分野の専門家へのヒアリングに基づき、英国のフレックスオフィスの未来について書かれたものである。今回は、この内容を日本の読者向けに紹介する。

本レポートによると英国のフレックスなワークスペース(以下、「フレックスオフィス」)は、ハイブリッドな働き方を推奨する企業の関心の高まりを受けて、急成長する可能性があるという。具体的には、適切な条件が整えば、2023年までに英国のフレックスオフィスはオフィス市場全体の20%を占めるようになると予測している。この20%への成長シナリオは、市場全体の5%から12.5%への拡大を示唆していた従来の予測を大幅に上回るものである。

  • *1 英国オフィス評議会。オフィスに影響を与える問題についての議論と討論を行う英国有数のフォーラム
  • *2 仕事とワークスペースをメインテーマとする学識者・専門家・実務家による世界的な知識ネットワークで、グローバルトレンドを俯瞰する多彩な記事を多数発表
  • *3 Worktech Academy理事兼英国Royal College of Art Helen Hamlynデザインセンターの教授

需要は大企業中心へ

フレックスオフィスには現在、個人の起業家や新興企業、中小企業、その中間の企業など、さまざまなテナントが入居しているが、パンデミック後は、これまでの利用者であったフリーランサーや小規模なスタートアップ企業のテナントが減少し、利便性やコスト削減のために自宅に籠るワーカーも出てくるだろう。しかし需要の減少分は、大企業のテナントが間接費の削減や不動産戦略の多様化、従業員への選択肢の提供を目的にフレックスオフィスの導入を加速させることにより、相殺されると考えられる。

英国のフレックスオフィスサービスを提供しているオペレーターは、今後、スペースの少なくとも80%を大企業に提供し、中小企業、新興企業、フリーランサーの需要の落ち込みを補うと予想している。

企業のフレックスオフィスへの関心は、今後、適切なワークプレイス戦略の実践により高まることとなるだろう。それは、大都市以外の通勤圏など、より地域に密着したフレックスオフィスの需要を喚起する可能性がある。

また、IFRS第16号(2019年1月1日に発効したリース会計に関する新しい国際財務報告基準)の登場で、企業は実質的に5年未満の短期リースを「償却」できるようになることも、大企業にとってフレックスオフィスが魅力的に映る理由の一つとなりうるだろう。

ハイブリッドワーク時代に高まるフレックスオフィスの重要性

コロナウイルスによるパンデミックは、仕事の未来について幅広い議論とさまざまなワークモデルの採用につながった。フレックスオフィスはさまざまな働き方を模索している企業にとって、便利でリスクの少ないソリューションの一部として考えられている。

特に、企業がハイブリッドな働き方(*4)や「ハブ&スポーク」モデル(*5)を採用した場合、企業は大規模な本社に小規模な分散型サテライトオフィスやフレックスオフィスを組み合わせることになるだろう。本社以外に複数の拠点を確保するため、コストが増える可能性もあるが、企業にとっては人材確保や柔軟性の向上、職場のコミュニティ維持、自宅近くで高水準なワークプレイスを使える利便性を従業員に提供できるなど、多くのメリットがある。

そういった観点からもフレックスオフィスはハイブリッドな未来の働き方においてより重要性が高まっていくだろう。

  • *4 企業のオフィス、フレックスオフィス、自宅などから働く場所を選択したり組み合わせる新しい働き方
  • *5 本社(ハブ)をサテライトオフィスや従業員の自宅近くのフレックスな拠点(スポーク)で補うモデル

変化するフレックスオフィスへのニーズ

大企業がフレックスオフィス市場の中心的存在になるにつれ、従業員の福利厚生や生産性向上の観点から、環境、立地、サービス、ファシリティなどあらゆる面で、フレックスオフィスとオペレーターに求められる要件にも以下のような変化がみられている。

ウェルネスパラメータを高める設計と設備

健康とウェルビーイングのためのウェルネスパラメータは、フレックスオフィス分野ではすでに確立されているが、オペレーターはフレックスオフィスの「健康的」な評価を高めるためにさらなる努力が必要だ。たとえば、テラスや庭からの新鮮な空気、優しい自然光、アメニティ、バイオフィリア(*6)、ゆったりとした空間などである。

  • *6 「人は自然とのつながりを求める本能的欲求がある」という概念に基づき、職場に自然を感じられる環境を建築やインテリアで再現する取り組み

密度への配慮と室内環境品質(IEQ)

パンデミックによって、すべての企業およびオペレーターにオフィス内の密度に配慮する必要が生じた。フレックスオフィスの多くはマルチテナントであるため、すでにフレックスオフィスを利用している、あるいはフレックスオフィスを検討しているテナントは、自社のワークスペースだけでなく、ビルや施設全体の高密度化のリスクも考慮する必要がある。

また、室内環境品質(IEQ)は、コロナ危機以降、企業と従業員の間で急速に高まっている関心事だ。たとえば、大手オペレーターのWeWork社は、世界的なエンジニアリング企業であるArup社と提携し、自社ビルのIEQの改善とHVAC(冷暖房空調設備)戦略の強化に取り組んでいる。

先進的なテクノロジーとコネクティビティ

優れたテクノロジーも重要な要素となるだろう。フレックスオフィスのユーザー企業は、ハイブリッドな形態へと移行するなかで、分散した従業員をつなぐために優れたテクノロジーへのアクセスを求めるだろう。今や人々はオフィスに来る理由を必要としている。従業員が自宅では利用できないテクノロジーへのアクセスを、フレックスオフィスが提供することができれば、それは重要な魅力となるだろう。これまでのようにインターネットに特化したハイテク企業だけでなく、すべての企業にとって超高速のインフラやデータセンターへの接続が可能なフレックスオフィスは非常に魅力的なものになるはずだ。

また、多くの企業がフレックスオフィスに期待しているのは、スマートフォンを使ったタッチレス入退室管理などの人を介さない非接触技術や、利用者の密度や利用可能なアメニティ(あるいは清潔感)をリアルタイムで把握できる空間認識データといった先進的な技術である。

充実したアメニティ

パンデミックの発生により、職場のアメニティは単なる「あると便利なもの」ではなく、人々が職場に「来る理由」になるという認識が、従業員の間で高まっていることから、アメニティの再評価が促されている。

また、オペレーターにとって、ホスピタリティあふれるアメニティは重要なセールスポイントである。

アメニティに求められる価値も変わってくるだろう。パンデミック時の自転車通勤の増加に対応した自転車用の充実した設備や、メンタルヘルスのためのウェルネススペース、ジムやテラスなどが高く評価される可能性もあるだろう。

高品質な会議室設備

企業が会議室のあり方を見直し、日常的な小規模の会議だけでなく、半日または1日がかりの大規模なイベントなどもリモート開催に移行している。この状況に対応するため、会議室などの標準的な設備をさらに充実させることが求められており、より広いスペースの確保から、高品質な雰囲気、テクニカルサポート、ケータリングなどが必要となっている。たとえば、大手オペレーターのThe Office Group(TOG)は、Liberty Houseに音響効果を高めた専用の会議室を設置するなど、すでにこのような取り組みを行っている企業の一つである。

過熱する供給側の競争

ワークスペース市場がもたらす大きなチャンスは、伝統的な貸主がフレックスオフィスを提供する傾向を加速させ、同じ大口顧客を獲得しようとする貸主とオペレーター間の競争を過熱させるだろう。

貸主やデベロッパーがフレックスオフィスをポートフォリオに加える理由は、賃貸するのが難しいスペースや使われていないスペース(ビルの空室など)から価値を生み出すための有効な戦略となるからである。

このように、フレックスオフィスは、資産を再活性化・再配置して、市場でのブランドアピールを高めるツールとなる。フレックスオフィスを利用した資産の再配置には、全面的な改装から、魅力的な内部空間や新たな社会的話題やコミュニティ意識を生み出すための(非構造的な)再設計まで、さまざまな形態がある。

フレックスオフィスには幅広い魅力があり、それが貸主にとってこのモデルの最も魅力的な点でもある。多くの貸主はポートフォリオの財務リスクを軽減する必要性を強く認識しており、フレックスオフィスを提供することは、新興企業や既存のコア市場以外の特定分野のテナントを誘致することで、賃料収入を増やし、空室リスクを軽減するための手段となりうる。

複合施設内のフレックススペースの導入

都市計画規制の変更により、フレックススペースは、小売店、住宅、福祉施設、コミュニティサービスその他の用途と一緒に複合施設内に設置されることが可能となった。フレックススペースが提供するコミュニティサービスは、複合施設の利用者満足度を向上させうるため、今後、フレックススペースの導入は複合施設のプランナーからも肯定的に見られるだろう。

未来予想図

Earle Arney氏は、「このような競争により、フレックスオフィスの設計に新しいアプローチが必要になる。将来的に最も成功する、プレミアムな資産となるようなフレックスオフィスは、大企業の需要を満たすために、デザイン、アメニティ、ウェルネス、バイオフィリアが高水準なものになるだろう。また、ハイブリッドな働き方やハブ&スポークモデルにも対応できるような、十分な適応性も必要となるだろう。

フレックスオフィス市場が成長すればより多くのスペースが必要になるため、レトロフィット(*7)や再利用がより大きな役割を果たすことになるだろう。メッセージはシンプルだ。コロナ危機はオフィス観を変えてしまった。要は、柔軟性に未来があるかどうかではなく、柔軟性が未来なのかどうか、なのだ」と述べている。

  • *7 古いものと新しいものをうまくマッチングさせ、機能を向上させること

Jeremy Myerson氏は「英国のフレックスオフィス事業者は、他の多くの企業と同様にコロナのパンデミックの影響を受けた。しかし、我々のレポートによると、短期的な痛みの後、中長期的には見事に立ち直る可能性がある。柔軟性と敏捷性がハイブリッドな仕事の世界の新しいキーワードであるならば、フレックスオフィス市場が急速に成長することは理にかなっている」と述べている。

コロナ危機が英国のフレックスオフィス市場に与えた経済的な影響を否定する人はいない。しかし、これは短期的な打撃であり、このセクターはすぐに回復できる状態にある。すべての兆候は上向きになっている。ハイブリッドな未来の仕事は柔軟性がすべてであり、フレックスオフィスはそのストーリーの重要な部分を占めることになるだろう。

フレックスオフィス用語集

フレックスオフィスには、多くのサブセクターやバリエーションがあり、本レポートでは以下の通りに整理している。

パブリックスペース:カフェや図書館、ホテルのロビーなどのパブリックスペースはインフォーマルな仕事場として人気があり、フレックススペースの一つである。また、ノマドワーカーなどに対応できるよう工夫されているところもある。

サービスオフィス:オペレーターが大規模なオフィススペースを長期リースし、それを小規模なオフィスフロアに分割して複数のテナントに貸し出すビジネスモデルで、デスクや会議室など、企業が必要とするすべての設備や機器が用意されている。

コワーキングスペース:ビル内に同じような考えを持つ人たちの「コミュニティ」をつくることを重視しており、同居する(同じ会社とは限らない)ワーカー同士の偶然の出会い、交流、コラボレーション、知識の共有を促すように配置されているのが一般的である。オペレーターはテナントのためにコミュニティ形成のためのイベントなどの企画をすることもある。もともとテック系のスタートアップやフリーランサーを対象としていたが、最近では大企業のテナントを対象としたものも増えている。

インキュベータースペース:「アクセラレータースペース」や「スタートアップハブ」とも呼ばれる。通常、新興企業やスタートアップ企業(特にテック系)を対象としている。ほとんどの施設では会員制を採用しており、入居企業は法律相談を受けることができるほか、オペレーターから起業時の資本金を受け取ることができる(通常、自社の株式の一部と引き換え)。インキュベータースペースは、政府や非営利団体、大企業によって運営されている場合が多く、新技術やイノベーション、人材へのアクセスと引き換えに、新興企業にスペースとサポートを提供している。

ハイブリッドスペース:コワーキングスペース、サービスオフィス、フレックスオフィスを融合させたもので、同ビル内や同フロア内で運営されている。ハイブリッドスペースには、コラボレーションワークステーションや個人用ワークステーション、共用ラウンジエリアなどと、伝統的なサービスオフィスが同居している。

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