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【WORKTREND㊴】ロンドン:破格のインセンティブに象徴される、金融街カナリー・ワーフの苦境

仕事とワークスペースをメインテーマとする世界的な知識ネットワーク「WORKTECH Academy」(ワークテック・アカデミー)では、グローバルトレンドを俯瞰する多彩な記事を発表している。今回はそのなかから、ロンドン・ドックランズの中心地区であるカナリー・ワーフに焦点を当て、パンデミック以降のロンドンの不動産市場の変化に関するレポートを、日本の読者に紹介する。

記事原稿:Canary Wharf’s struggles symbolised by financial deal to redesign offices

ロンドン市内のオフィス不動産市場の地理的重点が変わりつつあるなか、ロンドン・ドックランズのカナリー・ワーフビジネス地区は大きな打撃を受けている。世界的大手銀行HSBCや、マジックサークル(*英国5大法律事務所)の一つであるクリフォードチャンスなどの著名なテナントが相次いで撤退を決めた。同地区の空室率は15.5%とロンドンで最も高く、不動産デベロッパーのカナリー・ワーフ・グループのポートフォリオの価値は、過去1年間で9億ポンドも下落した。

そのようななか、大手銀行のモルガン・スタンレーが欧州本社をカナリー・ワーフの金融地区に残し、撤退の動きに加わらないと発表したときには、ようやく事態が好転したと大きな安堵が広がった。

大テナントを引き留めるための超優遇措置

しかし今になって、モルガン・スタンレーが残留を決めたのは、カナリー・ワーフのビジネス拠点としての魅力に突然惹かれたからではないことが判明した。実際には、カナリー・ワーフの貸主がモルガン・スタンレーに1億5000万ポンドを提供し、築15年と年季の入ったオフィスを改装することに合意するという条項が契約書に記載されていたに過ぎなかったのだ。

オフィスへの回帰が遅々として進まず、先行き不透明な状況に苦しんできたオフィス内装業界は、大規模テナントの解約を引き留めるためのこうした超優遇措置が、他の貸主にとっての先例となることを大いに期待しているだろう。

モルガン・スタンレーは現在の54万7,000平方フィートの本社を改装し、2038年までカナリー・ワーフにとどまることを約束したが、このような経済的インセンティブがなければ2028年に退去していたかもしれない。また、『CityAM』によると、カナリー・ワーフの貸主は、モルガン・スタンレーが解約金を支払い、「何年にもわたり事実上空き家だった」ドックランズの小規模オフィスから退去することも認めている。

進む地殻変動

モルガン・スタンレーの改装契約は一時的な猶予を与えるかもしれないが、カナリー・ワーフのようなビジネス地区の長期的な展望を変えるものではない。カナリー・ワーフはまた、金融街からライフサイエンスビジネスや商業、新規住宅を備えた複合地区へ転換するため、2024年3月に英国政府から1億1800万ポンドの助成金を受け取ったことで議論を呼んでいる。

ワークテック・アカデミーの2024年第1四半期トレンドレポート「世界のワークスタイルを牽引する主要都市の現在」によると、世界の主要都市のオフィス街の内面では、地殻変動が急速に進んでいることが示された。

ロンドンのオフィス市場は、次世代のワーカーが魅力を感じる新しいエリアが活性化している。カナリー・ワーフは、ガラス張りの光沢感ある人工的なイメージという評判がふさわしいかどうかは別として、現在取り残される危機に直面している。

都市地区は明らかに新しいリズムに合わせて動き始めている。その一つの兆しとして、在宅勤務が増えたことで、市内での社交の時間が減ったハイブリッドワーカーを呼び込むために、ビール会社ハイネケンが3900万ポンドを投じ、イギリス郊外にある60軒のパブを再開、さらに600軒を改装するというニュースが挙げられる。

この大胆な動きは、伝統的なイギリスのパブに新たな命を吹き込むだろうか? コワーキング施設と社交、そしてビールの組み合わせは、在宅ワーカーが求める刺激となるかもしれない。しかし、ハイネケンのパブの内装への投資は奏功する可能性がある一方で、モルガン・スタンレー本社の改装がカナリー・ワーフ地区の衰退を食い止められるかどうかはまだわからない。

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