【WORKTREND㊲】仕事と職場のグローバルトレンド2024「20のキーワード」(後編)
英国「WORKTECH Academy」(ワークテック・アカデミー)が2024年1月に発表したトレンドレポート「The world of work in 2024」では、「人」「場所」「テクノロジー」という切り口で、2024年に注目すべき20の主要トレンドを取り上げている。
「人」に関する予測では、企業がウェルネスへの表面的な取り組みを減らすことや、ハイブリッドワークにおける経営者と従業員の対立の終結、またエクスペリエンスに関してその場しのぎのアプローチをとらなくなることなどが挙げられる。「場所」においては、品質よりも「個性への逃避」が進むことや、香りの空間、循環型の家具、バイオモーフィズムなどが取り上げられている。「テクノロジー」のトレンドでは、スマートビルの管理およびデザインにおけるAIの役割とスマート通勤の新潮流が予測される。
前編に続き、後編では、以下10のキーワードについて解説する。
11.E-ゲームをアメニティとして(E-gaming as amenity)
ゲーマーがテクノロジーをワークプレイスに持ち込む
企業が従業員へのアメニティの提供に奔走するなか、2024年に流行するのは何だろうか?ミラーノール社のグローバルリサーチ&インサイト担当副社長であるライアン・アンダーソン氏は、ワークプレイスにe-ゲームルームが流入することを予想している。
アンダーソン氏は、このトレンドが企業のワークプレイス環境に入り込む道を築いているのは近年の娯楽ゲームの急成長だと指摘している。現在、アメリカには約1億8,900万人のゲーマーがおり、ツイッチやユーチューブのストリーマーが自宅のゲームルームを利用して個人ブランドを発信するケースが急増している。この動きは、e-ゲームがワークプレイスのアメニティの次なる大きなトレンドになるきっかけを切り拓く。
特に注目されているのは、eスポーツのゲームルームである。多くの組織がすでにテーブルサッカーや卓球などのゲームを取り入れてきた実績があるため、e-ゲームによりテクノロジーを組み込む移行は次のステップになる。ミラーノール社のチームは、このトレンドは実際にみられ始めているという。彼らはミシガン大学付属モット病院で治療用の若者向けゲームルームを設置したほか、仕事のストレスを解消するためにワークプレイスでビデオゲームをプレイする多くの例も指摘している。
アンダーソン氏は、「より多くの従業員が自分専用のゲーム機や椅子を追加し始めるのも、賢明な組織のリーダーが、つながりを生み出す重要な文化的試金石や職場見学の目玉としてゲームルームを認識するのも時間の問題」とコメントした。
12.思慮深い都市主義(Considerate urbanism)
より健全な都市づくりには、新しい都市型マインドフルネスが必要
多くの都市が引き続き騒音、熱狂、汚染などにより、人々にとって厳しく疎外的な環境となっているため、より健全な都市づくりが2024年の主要テーマとなるだろう。イギリスの都市計画者兼設計専門家リアン・ハートリー氏は、都市が自然に対抗するために建設されてきたため、自然が私たちに与えてくれる、より健全で有意義なつながりが欠けていると考えている。
この課題に対する解決策として、同氏は「思慮深い都市主義」を提案した。このモデルには、車中心からケア中心のシステムへの移行や、市民の生活体験への配慮、健康と社会的不平等への対応など、多くの側面がある。
最も目を引くのは、都市の住民や通勤者に、都市型マインドフルネスを実践させる発想であった。ワークプレイスにおけるマインドフルネスはよく知られており、ヨガや瞑想と並んでウェルビーイング・パッケージの一環として定着している。しかし、ハートリー氏が提案したのは、マインドフルネスを都市というより大きな空間全体でとらえなおすことであった。このシナリオでは、都市は「私たち自身の都市」になる。
建築家や都市計画家は、より多くの緑地や自転車専用道路、都市水路を整備するなど、2024年により健康的な都市を現実的なレベルで推進し続けるだろう。しかし、私たちが都市について真にどう感じているかにつながる、より高いレベルの心理的関与を持つことで、さらに新しい可能性が生まれるかもしれない。今年は、より思慮深い都市主義が浸透するだろうか。
13.デザインにおけるAI(AI for designers)
デザイナーをサポートするAIツールの導入が急増する
2023年には、チャットGPTがリリースされ、生成AIがオフィスビルの設計を手がける初の事例が登場した。ヒコック・コール建築スタジオは、チャットGPTとミッドジャーニーを使って、オフィスや店舗、住宅、ホテル、図書スペースを組み合わせた複合用途のビルを設計した。このテクノロジーはミスを犯したが、そこから素早く学び、まるで賢い若手デザイナーがシニアパートナーから指導を受けるかのようなものであった。
2024年には、AIを活用したデザインツールに関して何が期待されるだろうか?
今後もツールの導入は急増すると予想される。企業がアイデア創出やイノベーションの一環として活用することで、テキストから画像への変換ツールが注目を集めるだろう。また、AIは機械、電気、配管システムの不具合など、建築設計で繰り返し発生する技術的な問題に取り組み、設計基準を満たす新しい方法を考え出すのにも活用されるだろう。
建物内のエネルギー効率を最適化したり、都市スケールのデザインを探求したりするために設計された他のAIツールも市場に出回っており、建築家にデザインに対する新たな視点を提供し、新たな基準を検討する手助けをしている。
しかし、2024年に生成AIだけで設計されたオフィスが登場することはないだろう。AIによってデザイナーがすぐに仕事を失うことはない。AIは依然として基本的な設計ミスを犯し、専門家による監督と判断なしに利用することはできない。とはいえ、デザイナーをサポートするAIツールの開発は重要な変化であり、今年のワークプレイス・デザインをますます形づくることになるだろう。
14.映えるオフィス(The envy office)
このインテリアはインスタ映えするのか?
一部の大手企業が従業員をオフィスに戻そうと苦心するなか、新しいタイプのオフィスが話題になっている。それは、「映えるオフィス」(*ゴールドバーグ氏とコデ氏がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した2023年11月の記事「The Envy Office: Can Instagrammable Design Lure Young Workers Back?(映えるオフィス:インスタ映えするデザインは若者を呼び戻せるか?)」で用いた造語)である。
映えるオフィスとは、「リビングルームの快適さと休暇の華やかさを組み合わせようとしたときに起こるもの」であり、「カラフルな壁、布張りの家具、厳選されたコーヒーテーブルの本が特徴」と定義されている。これらのスペースは、職場で撮った写真をソーシャルフィードに投稿する機会を多く提供し、従業員を引き寄せる。
ギャラップ社の調査で一貫して示されたとおり、ワーカーの半数以上が仕事からアイデンティティを感じていることからも、若者がアイデンティティを表したオフィスをソーシャルメディアに載せたいと思うのは当然かもしれない。
一方、ゴールドバーグらは、映えるオフィスで人々が得ているものと、仕事を効率よく進めるために必要なものとの間にギャップがある可能性を指摘している。
「映えるオフィス」は、一部の企業目標に適合しない可能性が明らかになるにつれ、一時的なトレンドとして下火になるかもしれない。しかし、2024年には、少なくともソーシャルメディアフィードを彩るオフィスインテリアへの愛着が残ることが予想される。
15.コーポレート・コワーキング(Corporate coworking)
大企業ユーザーを魅了する新しいメンバーシップ・アメニティ
フレキシブルな働き方の新時代において、コワーキングが回復し、急成長している。ただし、フリーランサーやスタートアップ企業、起業家へ依存していた従来の顧客層が変わりつつあり、2024年のコワーキングスペースは、企業のオフィススペース市場でさらに大きなシェアを獲得しようとしている。
ワークテック・アカデミーとワークプレイス管理ソフトウェアのザップフロア社との共同調査によると、コワーキングスペースは個室やチーム専用オフィスの数を増やし、法人顧客を獲得しようとする傾向がみられた。
コワーキングスペースは、企業の従業員が期待する基準を反映し、託児施設や最先端のジム、マッサージを導入するなど、アメニティ提供のギャップを埋めるためのステップを踏んでいる。また、クライアントとスペースを共有できるようにするなどメンバーシップをより柔軟にしたり、国際的なネットワークを構築し、グローバル企業に対して主要都市の拠点を提供している。
最先端のテクノロジーを導入し、よりシームレスな体験と最高水準の企業向けサービスを提供する。これらの変化は、コワーキングスペースが2024年に、企業が検討すべき代替不動産の基盤としてその競争力をさらに増すことを示唆している。そしてこれは、双方向に効果的である。企業の不動産チームは、コワーキングスペースから学び、どの要因がユーザーからの人気を高めているかをより深く理解できるようになるだろう。
16.通勤を正す(Fixing the commute)
「通勤を稼ぐ」が「通勤を正す」に変わる
「通勤を稼ぐ」(通勤時間を有効活用する)は、2023年によく聞かれた言葉である。多くのワーカーが本格的にオフィスに戻ることに抵抗を感じたが、その要因として、毎日の通勤にかかる時間とコスト、ストレスが大きな障壁となっていることが研究で示唆された。
2024年には、オフィス回帰を阻む通勤について企業が何らかの対策を講じるようになり、通勤を「稼ぐ」から「正す」に変わるかもしれない。
正すためには何をすればいいのだろうか? 多くの企業はすでに、職場にデジタルダッシュボードを設置し、従業員にリアルタイムの交通情報を提供している。駐輪場や自転車修理店、e-バイクやスクーターのための充電スポット、徒歩や自転車で通勤する人のためのシャワー施設などの投資もみられた。さらに、バス路線の改善を市当局に働きかけてもいる。
これらはすべて有益なイノベーションであるが、変革をもたらすものとはいえない。では、次はどうするのか? ワークテック・アカデミーは、インフラ企業アコム社およびロイヤル・カレッジ・オブ・アートと共同でスマート通勤の未来のシナリオを作成した際、都市モビリティのソリューションとテクノロジーが活用される新たな世界を発見した。そこでは、ウェルネスとバイオフィリアを中心に設計された自律型通勤ポッドから、EVTOL(電動垂直離着陸)飛行機や直感型ループ、ジップラインスクーターまで、探求すべき可能性は数多くあった。
以下の4つのキーワードは、未来の通勤のあるべき姿を表象したものである。
- 拡張型(Augmented):AIや自動化を最大限に活用する
- バランス型(Balanced):仕事と私生活を両立させる
- 適応型(Adaptable):あらゆる年齢層や能力に合わせて利用できる
- 心身一体型(Holistic):職場へ通勤する時に疲れ果てるのではなく、むしろリフレッシュできるようなシームレスな旅を創造する
2024年は、通勤を負担の少ないものにするために、ようやく本格的な設計が注目される年になるだろうか。
17.循環型の家具(Circular Furniture)
デスクが埋立地に捨てられないための新たな取り組みが始まる
大手企業がサーキュラーエコノミー(循環経済)を理解し、ハイブリッドワークのためにオフィスを見直す際、不要となる家具をリサイクルすることが推進されている。フレキシブルな働き方が主流となる2024年においては、コスト削減を図るために家具をリサイクルするだけでなく、中古家具を活用するなど、より多くの企業がこの先例に倣うことが予想される。
大量の余剰スペースを削減してワークスペースを効率化しようとする動きは、持続可能性の観点からはプラスに働く。しかし、新しいオフィスで不要になった家具はどうなるのだろうか? 企業スペースの廃止を専門とするグリーン・スタンダード社によれば、幸いなことに、サーキュラーエコノミーに乗り出す企業が増えているという。グリーン・スタンダード社は、家具などのオフィス資産を廃棄しないよう、過去15年間にわたりフォーチュン100社の25%以上の企業と協力してきた。その結果、11万トン以上のオフィス家具が埋め立て処分を回避した。
2024年には、サーキュラーデザインの実践がより標準的なものとなり、より多くの企業がその原則に取り組み、家具サプライヤーも循環を採用して持続可能性の資質を示すだろう。グリーン・スタンダード社が『State of the Circular Workplace 2023(循環型ワークプレイスの現状2023)』レポートで述べているように、「循環型のワークプレイスとは、廃棄物ゼロのオフィスである」。
18.バーンアウトにブレーキを(Breaking On Burnout)
本当に燃え尽きているのか、それともただ退屈しているだけなのか?
2023年、バーンアウト(燃え尽き症候群)は世界的に増加傾向にあった。従業員の42%以上がバーンアウトの影響を感じているとの調査結果があり、憂慮すべき数字である。
しかし昨今、「バーンアウト」という言葉が、単に疲労やストレス、不安、退屈、あるいはそれらの複合を感じている人々を表すのに本当に適切なのかどうかが問われ始めている。行動科学者兼ワークプレイス専門家であるビヘイブ社のアレクサンドラ・ドブラ-キール博士は、「従業員に影響を与えるさまざまなプレッシャーが重なることが、バーンアウトの誤診を拡大している原因だ」と指摘している。
2024年には、企業がバーンアウトを他の仕事のストレスから切り離し、より前向きなエンゲージメントの文化を創造するための取り組みが不可欠になるだろう。企業が直面している課題は、働き方の柔軟性の高まりが、従業員のバーンアウトの原因として指摘されていることである。
ハイブリッドワークには境界線の曖昧さがつきものである。従業員は、常に仕事できることが期待されており、1日の仕事に明確な終わりがないと感じるかもしれない。この境界線の曖昧さは、従業員のストレスや疲労の増加につながり、バーンアウトの一因となる。今年、企業がハイブリッドモデルへの適応を進めていくなかで、従業員をバーンアウトのような状態に不用意に追い込み、その結果、バーンアウトが過剰に報告されることのないように注意しなければならない。
バーンアウトは組織にも大きな影響を与える。意欲を失った従業員が仕事を辞める可能性が高まるにつれ、企業は新規採用と研修のコストに直面する。2024年には、バーンアウトを防ぐためのより積極的な方針と、人々の実際のメンタルヘルスをより正確に評価することが求められるだろう。
19.15分都市(The 15-minute city)
陰謀論を撤退させる時が来た
多くの専門家は、より多くのワークプレイスが「15分都市」に統合されると予測している。
15分モデルは、商店や教育、医療、文化、職場など必要とするすべてのサービスに徒歩や自転車でアクセスできるコンパクトな都市の構想で、ソルボンヌ大学で科学者カルロス・モレノ氏によって考案され、パリのアンヌ・イダルゴ市長をはじめとする世界中の多くの都市に受け入れられた。都市中心部の汚染を減少させ、健康を向上させるうえで、このモデルには多くの利点があることから関心が高まっている。
しかし、より持続可能で人間中心の都市居住区をつくるために設計されたこの計画モデルは、2023年にイギリスの「文化戦争」に巻き込まれた。リバタリアン(自由主義者)は15分都市を、「個人の移動を抑制する目的で生み出された、個人の自由に対する影の脅威」として再定義したのである。
幸いなことに、この陰謀論者との衝突は15分モデルの支持者を妨げてはおらず、国際的な支持は依然として揺るぎない。ただし、この概念を一連の交通緩和策に矮小化することが有益でないことは明らかだ。15分都市の定義や評価は、時に最も熱烈な支持者でさえ悩ませるほど複雑である。
建築事務所ハッセル社が5,000人以上を対象に行った調査では、この概念が人によって異なる意味を持つことが明らかになった。コンパクトなコミュニティのための「コンパクトな場所」(11%)やアメニティが充実した「複数の機能を持つ場所」(38%)から、持続可能なアクセスを備えた「徒歩圏内の場所」(60%)まで、その定義は多岐にわたった。
ハッセル社は、「徒歩でアクセスできる、アメニティが充実した環境の中で、人々をより近づけることによってつくられる」15分の近隣地域という独自の定義を提案した。2024年には、おそらく陰謀論の撤退が予想される。
20.リターン・オン・エクスペリエンス(Return on Experience)
「エクスペリエンス・メーカー」は、投資に値する
2024年の主要トレンドのレビューを、新しいワークプレイスの最大のテーマの一つである「エクスペリエンス」で締めくくる。今年は、ROI(リターン・オン・インベストメント:投資利回り)の話は少なくなり、ROE(リターン・オン・エクスペリエンス)に焦点が当てられるだろう。
アンワーク社のグローバルコンサルティング社長であるキャサリン・ハーヴィ氏によると、従来のスペース中心のオフィス評価指標は、新しい指標によって脅威にさらされるだろう。これらの指標は、より体験的で人中心のものとなり、人々を職場に引き戻すために何が機能しているかを理解することを目的としている。
これに伴い、大企業では、従業員の1日を通しての体験をサポートする「エクスペリエンス・メーカー」(体験をつくる専門職)への投資が増えるだろう。顧客サービスが業務の中心であることを保証するために、多くのエクスペリエンス・メーカーは、ホスピタリティ分野から採用される。
エクスペリエンスへの投資にはさまざまな形がある。前述で紹介したスマート通勤やバイオモーフィズム、スマートテクノロジー、香りの空間、e-ゲーミングは、その一部の事例である。さらに、アンワーク社のキャサリン・ハーヴィ氏は、ワークプレイスエクスペリエンスの新しい要素として、ワーキングテラスを挙げている。これは、新規オフィス検索で最も人気のある要素の一つとなっているという。
暖かい季節に従業員が集まって仕事をすることができるテラスは、最近非常に望まれているアメニティである。コロナ禍中のロックダウンの余波かもしれないが、テラスは、日光と新鮮な空気の中で仕事をしながら、同僚とコミュニケーションをとったり、メールを整理したりすることができる屋外のワークスペースを提供するため、オフィス入居者や従業員にとって大きな魅力となっている。屋外の強いWi-Fiとたくさんの素晴らしい植栽は必須であり、ビーハイブ(蜂の巣箱のような形をしたワークスペース)の一つか二つあればなおよい。
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