場の価値につながる信頼関係とは。中小企業を元気にするイノベーション拠点
エヌエヌ生命保険
エヌエヌ生命保険は、中小企業を対象に法人保険を提供する保険会社だ。2020年に本社を移転した際、オフィスの一部にイノベーション拠点「NN Shibuya Crossroads」を整備し、企業間交流や事業創出の支援に取り組んでいる。同社のタグライン「中小企業サポーター」を体現するこの取り組みは、社会貢献活動であると同時に、同社のビジネスにも良いインパクトをもたらしている。イノベーションを育む場の特徴や、コミュニティマネージャーの役割に焦点を当て、同社の活動を紹介する。
社員の働きやすさと「中小企業を元気に」の想いを体現する新オフィス
2020年に本社を渋谷スクランブルスクエアに移転。当初は柔軟な働き方の実現を目指し、出社率8割を前提にオフィスを設計していたが、コロナ禍により実際の出社率は大きく低下した。こうした状況の変化を受け、2022年に働き方を見直しガイドラインを策定。2024年にはそのガイドラインに即したオフィスへの改修を実施した。当時の出社状況も踏まえ、将来的にも出社率3割程度で推移すると見込み、オフィス面積は1フロア分縮小。用途に応じたゾーニングや予約不要の小会議室などを導入したABWのオフィスとなった。
エンプロイーサクセス部の松田しのぶ氏は、効率的な運用に向けてセンサーによるデータ活用も視野に入れつつ、「社員の満足度向上には、社員の声に耳を傾け丁寧に応えることが不可欠」と強調する。年2回実施するサーベイの結果を改修に反映したほか、寄せられるすべての意見に個別に返答している。また、ABW運用におけるルールやマナー面の課題にも継続的に取り組む姿勢を示した。
社員の働きやすさを追求すると同時に、同社の想いを体現する象徴的なスペースが、中小企業のためのイノベーション拠点「NN Shibuya Crossroads」だ。経営者同士の交流を促し、事業に関する気付きや新たな価値創造を支援する場としてオフィスの一部を開放。同社のタグライン「中小企業サポーター」を実践するためのアプローチの一つである。

中小企業の交差点、NN Shibuya Crossroads
利用者のためにオフィス内で最も景観の良い場所に設けられたNN Shibuya Crossroadsは、オランダにルーツを持つ同社らしく、サーキュラーエコノミーが意識された空間で、福祉施設でつくられた廃材テーブルや、ドラム缶の演台が並ぶ。コミュニティマネージャーやスペース運営を担う事業開発部 CSV(*)推進チームの保谷氏は「本来は廃棄されるタンスをコミュニティメンバーの手でアップサイクルさせた家具を貸出しいただいたり、一級畳技能士のメンバーから畳を寄贈いただいたり、コミュニティの皆さんとともにつくり上げたスペース。つくり手の顔がみえるモノに囲まれて中小企業を身近に感じられることは社員にも良い影響を与えています」と話す。
* CSV…Creating Shared Value(共有価値の創造)の略。企業が事業活動を通じて社会的課題の解決に取り組み、社会的価値と経済的価値を同時に創造する考え方。

事前予約のうえCSV推進チームによる受付が完了すれば、保険契約者に限らず、同社が運営する各種コミュニティのメンバーや家業支援者なども利用可能だ。同社社員もリラックスした打合せや気分転換に場所を変えての作業の際に利用するということもあり、電源やWi-Fi、什器など執務しやすい環境が整ったスペースは、地方企業の出張時のワークスペースとしても重宝されている。展示会などで上京した企業にとって土地勘がない会場周辺で働く場所を探すのは難しく、貸会議室を借りるのは負担だが、渋谷駅直結の立地で、何かあれば相談できるコミュニティマネージャーがいる安心感や、ドロップインのコワーキングスペースやカフェでは難しいワークショップや道具を使った作業などもできる点で好評だという。
また、セミナーやワークショップなどのイベント会場としても利用される。保谷氏と同じくCSV推進チームの片山氏は「過去には、中小企業庁が立ち上げた『アトツギ支援コンソーシアム』のキックオフイベントのサポートもしました。数少ない全国を網羅した後継者支援団体である家業イノベーション・ラボをきっかけに連携する機会があり、NN Shibuya Crossroadsも後継者支援の象徴的な場所として捉えてもらえていると思います」と語る。

イノベーションにつながるコミュニティ形成
NN Shibuya Crossroads開設に至るまでにも、CSV推進チームでは社会貢献を軸に中小企業を支援する取り組みを長年続けてきた。たとえば自社社員のスキルを活かして中小企業のお困りごとの解決を手助けするボランティア活動「SME(中小企業)サポーターズ」や、イノベーションを志向する全国の家業後継者のための支援活動「家業イノベーション・ラボ」の運営などである。家業イノベーション・ラボは、現在730名が登録しており、家業に特有の課題について意見交換できるほか、プログラムやセミナーといった学びの機会も提供している。
こうした取り組みの基盤となっているのが、CSV推進チームが日々全国の中小企業を訪問し、現地でのイベントやプログラム支援、相談対応を通じて形成するコミュニティだ。「イノベーションはつながりから生まれるという体感があるものの、同業・同地域だからといって、なかなか自らつながりにいけないものです。そこで、我々がおせっかいを焼くことで中小企業のコミュニティを広げています。あくまで社会貢献として行っている活動で、中小企業を支えるための信頼あるコネクションづくりが目的です」(保谷氏)。
企業同士をつなぐ際には、競合関係を避けるため「遠方同業」を意識している。出張時にお互いの工場を見学するなどの交流から、同業ならではのマニアックな発見もあるそうだ。「我々はあくまでコミュニティマネージャー。中小企業診断士やコンサルではないので、お困りごとに対する直接の解決策は持っていませんし、大切な家業に関して無責任な助言はできませんが、同じ悩みを経験した人や専門家とつなぐことができます。きっかけさえあれば、いつの間にか自発的なコラボレーションも生まれていきます」(片山氏)。
信頼とリアルな場が生むコラボレーション
同社が提供する各種プログラムの参加企業同士であっても必ずしも深い関係になるわけではないが、NN Shibuya Crossroadsというリアルな場が顔を合わせるきっかけになる。そしてその出会いからイノベーションの事例も生まれている。
顔料箔のKANMAKI(京都市)、和紙のオオウエ(大阪市)、紙箱のモリタ(札幌市)。本来は出会いようのない地域の異なる3社だが、家業イノベーション・ラボのコミュニティやプログラムを通じて知り合い、NN Shibuya Crossroadsで対面した。互いの課題を話し合いながら商談が進み、紙製文具を共同制作した。完成品はオランダの展示即売会に出品され、現在では第2弾としてオランダ人デザイナーとのコラボ企画に発展。国内展開とともに、オランダをゲートウェイとした欧州進出を目指している。

自身も他社のイノベーション施設を利用するという片山氏は「コミュニティマネージャーに施設のメンバーを紹介されても、名刺交換にとどまり次の展開につながらないことも多いです。利用者同士のニーズと提供し合えるものが合致しないとビジネスマッチングは成立しません。各々のビジネス内容と提供できるスキルや知識をしっかり把握し、信頼のある深い関係性を持つコミュニティマネージャーの存在が、モノができるまでのイノベーションにつながる秘訣だと思います」という。実際に日々の取り組みを通じて育まれた信頼関係から、NN Shibuya Crossroadsを訪れる人のなかには、場を利用しに来るというよりも、片山氏・保谷氏に会いに来ることを目的とする人も少なくないそうだ。
続けて、「メンバー同士のコラボレーションが生まれるなか、今後はプロダクトの展示会やお披露目会など、多様な形で施設を活用し、中小企業の支援拠点としての機能をさらに広げていきたいです。また、現在も空間やイベントを通じて中小企業を身近に感じることのできる施設になっていますが、社内外の交流も促進していきたいです」(片山氏)と、NN Shibuya Crossroadsのさらなる展開への意気込みを語った。
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