倉庫空間のリノベーションで、天王洲をスタートアップの聖地にする
Creation Camp TENNOZ/寺田倉庫
近年、都心部を中心に大規模オフィスビルの新規供給が進む一方、都心部から離れた天王洲の不動産市況は不振だという。天王洲エリアを本拠地とする寺田倉庫はエリアの魅力拡大を目指し、2024年4月から天王洲にスタートアップ、ベンチャーを誘致し、水辺とアートの街をビジネスイノベーション拠点とするプロジェクト「Isle of Creation TENNOZ」に取り組んでいる。同年10月にはその第1弾施策として、自社の空き倉庫をリノベーションしたスタートアップのためのインキュベーション施設「Creation Camp TENNOZ」を開設した。プロジェクトの背景や今後の展望について、企画・運営に携わる閑野 高広氏に伺った。

水辺とアートの街を発展させ、文化の創造拠点に
寺田倉庫は天王洲を拠点とする倉庫業者で、ワインや美術品といった文化価値の高い資産の保管を主力事業としている。ただモノを預かるだけでなく、自社で運営するミュージアムでアートの展覧会を開催するなど、コレクションの価値を高め発信する取り組みも行う。また、ミュージアムをはじめとした芸術文化発信施設の運営を通じて「水辺とアートの街」をテーマとした街づくりにも注力してきた。
その成果もあり同社の物件は一定の評価を得られているが、天王洲エリア内の空室状況については課題が残る。「エリアに根付いた企業として、寺田倉庫の価値向上には、エリア全体の価値向上も不可欠です」と閑野氏は話す。ただし、目の前の空室率改善のために、賃料水準を見直したり、オフィスレイアウトを見直したりするだけでは、根本的な解決にはならない。同社は、愛着のあるこの地を活気づけるため、文化を発信する街づくりの経験や自社の倉庫スペースを活かし、他のエリアにはないブランド力の創出を目指した。

天王洲には、これまで推進してきた「水辺とアートの街」というコンセプトを通じて、「価値観を作り出す最適な環境」と「想像力を掻き立てる水辺の空間」という、クリエイティビティを引き出す2つの要素が培われていた。この下地を活かし、天王洲を新たな文化や価値観を生み出す人々が集うビジネスイノベーションの拠点とする「Isle of Creation TENNOZ」プロジェクトを始動した。
倉庫空間をリノベーションし、スタートアップを惹きつける
プロジェクトの第1弾として、2024年10月にオープンしたのが倉庫をリノベーションしたインキュベーション施設「Creation Camp TENNOZ」だ。元倉庫であることを活かし部室をイメージしたという空間は、間仕切り壁が少なく、什器を動かせばイベント利用もしやすいフラットなつくりだ。


創業3年以内、2~5名規模のシード期のスタートアップ企業を全国から募集し、毎年最大10社の入居を想定している。入居企業は2年間無料で施設を利用できるほか、寺田倉庫からの出資、メンターや支援企業からのアドバイス、ビジネスイベントへの参加機会などのサポートを受けることができる。
「最終的にはIPOやM&AといったEXITにつながるような企業を選考できることが大事ですが、ビジネスイノベーションの街づくりとして、地域への愛着や街との接続性、当事業への共感性も加味し選考しました。寺田倉庫が募集するということで、コマースやアート系の企業からの応募も多くありましたが、最終的に採択されたのは生成AIやヘルスケア、自動車整備DXなど多様な分野の9社でした」と閑野氏は話し、入居企業同士のコラボレーションや、寺田倉庫が推進する街づくりと連携をしながら、彼らにより、天王洲らしい新たな起業文化が生まれることを期待する。
コミュニティが天王洲の求心力になる
独自の価値で選ばれてきた天王洲エリアだが、寺田倉庫は次なる課題としてスタートアップ・ベンチャー企業の長期的な定着を目指している。たとえ創業者に気に入ってもらえても、組織が成長すると通勤利便性などがネックとなり、天王洲を離れてしまう企業が多いためだ。そこで、プロジェクトの第2弾として「Creation Hub TENNOZ」を計画している。「Creation Camp TENNOZ」の卒業生のほか、六本木・渋谷といった天王洲エリア外で起業した会社も含め、成長に伴う拠点拡大の過程にあるスタートアップやベンチャーが、自然に集まる環境を天王洲全体で整備していく。
「まずは寺田倉庫の物件をリノベーションしたワークプレイスづくりを考えています。スタートアップの聖地として、できる限り彼らの悩みに応えるべく、契約形態や面積を柔軟に対応できるオフィスを検討しています。いずれは天王洲全体の空きスペースを活用しながら展開していきたいと考えています。周辺にはすでに稼働しているスタートアップ支援施設もあるので、来期はビジネスイベントなどでの連携もしていきたいです」と閑野氏は今後の構想を語る。
また、同氏は「人を惹きつけるのはコミュニティだ」と考えており、起業家などクリエイティビティの高い層にとって魅力的なワークプレイスづくりにおいて、オフィスの箱だけをつくるのではなく、コミュニティ形成の役割を機能させることを意識している。「海外では『そこに集まる誰もが気軽に話せる環境』が大きな求心力を持っています。違う会社でも、同じ職種の人同士や趣味の合う人同士での交流が生まれることで、事業シナジーにもつながるでしょう。たとえば寺田倉庫の複数のオフィスを自由に行き来できるキャンパスのようにすることで出会いを生むなど、ここにしかないコミュニティをつくることができればエリアの強みになると思います」(閑野氏)。
ワークプレイスに限らず、その場ならではの体験は人を惹きつける。「飲食店でも、賃料の安さだけを理由に出店するチェーン店ではなく、天王洲で過ごす人に向けた飲食店が増えていけばと思います。T.Y.HARBOR(*自社倉庫をリノベーションしたブルワリー併設のレストラン)のような、天王洲の魅力を高めていける事例を増やしていきたいです」(閑野氏)。
ソフト面での取り組みも行っており、周辺企業と共同で定期開催している「キャナルフェス」は、地域に愛されるイベントになっている。「今後もさらに天王洲を盛り上げていけるよう、我々が先陣を切って挑戦を続けながら、他社や自治体とともにエリア活性化を進めていきたいです」と閑野氏は意気込む。天王洲がどのような街に進化していくのか、今後の展開に注目したい。
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