ソフトサービスが拓くビル事業の可能性
BIRTH LAB・BIRTH WORK 麻布十番/髙木ビル
ビル事業者である髙木ビルは、オフィスビルやレジデンスといったハードを提供する基盤事業に加え、「BIRTHプロジェクト」を通じて人の成長・チャレンジへの伴走を目指している。本記事では、その取り組みの一つである、コミュニティスペースBIRTH LAB・コワーキングスペースBIRTH WORK 麻布十番での事例をもとに、不動産の新たな価値やビル事業の可能性について、髙木ビル代表取締役 髙木 秀邦氏にうかがった。また、コワーキングスペースでのコミュニティ形成の在り方について、同スペースのコミュニティディレクターも務めるJCCO(日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会)代表理事 青木 雄太氏にうかがった。
ニーズの変化に応えることで、成長・チャレンジに伴走する
BIRTH LAB・BIRTH WORK 麻布十番は、株式会社髙木ビルが保有する麻布十番髙木ビルの1・5・8・9階に位置する。BIRTH LABは、スタジオやキッチンなどを備えたコミュニティスペース兼コワーキングスペースだ。主に、スタートアップ企業や起業家が利用し、事業の成長に伴ってコワーキングスペースから同ビル内のシェアオフィスの個室、さらには同社のオフィスビル、マンションのSOHO(*)利用などへステップアップが可能だ。個室には内装や什器が整っており、近年になって中小規模ビルでも広まりつつあるセットアップオフィスも先駆けて取り入れている。
* Small Office Home Officeの略。小規模なオフィスや自宅兼オフィスで働くこと、またはその物件。
また、ユーザーの意見を取り入れながら日々スペースの更新が行われている点も特徴である。これまでに、フォンブースや個室ブース、集中作業向けの静かなコワーキングフロアといった機能が新設されてきたほか、各スペース内のレイアウト変更も度々実施される。「スペースの価値を高めるにはユーザーニーズに応えることが大事です。平均的なものと比べてちょっとした工夫があることで独自の価値づくりにつながります」(髙木氏)。
ハードだけではない、人の繋がりを生むビル事業
髙木ビルの「伴走」は、成長や用途に応じたスペースを提供するというハード面だけにとどまらない。むしろ、「ビル事業におけるハードの割合はどんどん減り、ソフトの割合が増えてきている」という。
「東日本大震災の際、計画停電でビルの稼働は止まり、経済の停滞により退去していくテナントをただ見ていることしかできませんでした。この経験を機に、ビル事業はつくって貸すだけでなく、何かビジネスが生まれる・稼働することが大事だと思うようになりました。それからは人の繋がりやワクワクする体験、チャレンジを生むことを意識したビル事業に取り組んでいます」(髙木氏)。
ソフト面の価値を再認識した出来事として、コロナ禍の経験があった。「集まることへの規制が厳しくなり、BIRTH LABも閉めざるを得なかった時期がありましたが、この状況でも何か行動できないかを考えました。飲食業界の方が、営業はできないのに家賃だけかかるという苦しい状況にあることを知り、週替わり弁当を提供するシェアキッチンとしてBIRTH LABを無料開放しました。キッチンを備え、大通りに面した立地だからこそできた取り組みだと思います。飲食店には料理を提供する機会を、近隣住民の方にはコロナ禍で落ち込んでしまった食事の楽しみを提供することができ、大変好評でした。自分にとっても、本来のコワーキングスペースとしての稼働ができないなかでビルオーナーとして活動を続けられたことが自信になりましたし、ソフトサービスによりビル事業の可能性が広がることを実感し、その価値をもっと追求していきたいと思いました」(髙木氏)。
不動産の価値を高めるコミュニティマネージャーとは
不動産の新たな価値として、人の繋がりを生むことを意識したビル事業に取り組んできた経験を踏まえ、髙木ビルは2023年、エンスペースやfunky jumpと共同で、JCCO(日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会)を設立した。JCCOでは、利用者・運営者・社会の三者にとって有意義なコワーキングスペースを増やすことをビジョンに掲げ、コミュニティマネージャーの育成に取り組んでいる。
BIRTH LAB・BIRTH WORK 麻布十番のコミュニティディレクターでJCCOの代表理事を務める青木氏は、不動産の付加価値となるコミュニティについてこう語る。「入居企業のキャピタルゲインといった大きな目標をコミュニティで達成するためには、スタートアップ支援に関する高度なスキルがコミュニティマネージャーに求められます。一方で、入居期間が延びたり、入居企業の従業員が増えて面積を拡張したり、イベント会場として利用してもらえるなど、小さな成果の積み重ねを目指す場合、運営者の働きかけが収益に結びつきやすく、高度なスキルよりも広範できめ細かいサポートが求められます。コミュニティという言葉は曖昧で、ビジネスの場では伝わりにくい面がありますが、コミュニティマネージャーの役割をすり合わせながら、人材育成することで、ビル全体の売り上げ向上につながるコミュニティ形成の普及を目指しています」。
JCCOが目指す、コミュニティで小さな成果を積み重ねる運用は、ヨーロッパのコワーキングスペースでは主流だという。また、ヨーロッパでは、コワーキング施設運営者同士のナレッジシェアも盛んであり、その思想を導入するために、JCCOではコワーキングスペースカンファレンスCoworking Europeとの提携もしている。「Coworking Europeでは、コワーキングスペースのPDCAが非常に高いレベルでシェアされています。たとえば、『エネルギーコストが上昇したため、ドロップインの賃料を●%引き上げた。その結果、●%のユーザーが離脱したが、利益は●%増加した』といった報告がごく当たり前に行われています。日本ではここまで踏み込んだ報告はあまり見られませんが、日本でもコミュニティマネージャーが一丸となって、業界のノウハウを築き上げていきたいと考えています」(青木氏)。
ナレッジシェアで日本全体のコワーキングスペースを活性化
髙木ビルとしても、ビル事業・コワーキングスペース事業の活性化のため、BIRTHプロジェクトを通して培ったノウハウの全国への展開を進めている。「シェアキッチンの取り組みは、新旧の飲食店舗が集まり、近隣住民の日常的な消費行動とも密接な職住一体の麻布十番という立地特性の効果も大きく、どこにでも横展開できるわけではありませんが、同じように職住一体のエリアにある中規模ビルのコワーキングスペースにはマッチする可能性があります。我々のやり方が合う場所にはノウハウをシェアできればと、現在4つの自治体と連携しています」(髙木氏)。たとえばこれまでに、ワークスペースをつくることは決まったものの、運営のノウハウのなかった奈良県宇陀市に対し、施設のコンセプトコピー作成やファシリティ・人員配置のアドバイスなど、立ち上げ段階でのサポートを行った。
「全国のコワーキングスペースにリソースまで提供して運営を手伝うのは限界があるので、集客など普段の運営は各施設それぞれで行いながら、各地のコミュニティマネージャーが連携してコワーキングスペース業界としてのバリューを一緒につくっていきます。利益の追求という観点では遠回りですが、日本全体と業界の未来を見据えると、今はネットワークやカルチャーづくりが重要です」と髙木氏は話す。
また、青木氏は「BIRTHが各地に赴くのではなく『麻布十番にいながら協力できること』を募るスタイルをとることで、ほかの自治体もその取り組みに巻き込み、BIRTHが各自治体をつなぐ結節点になります。自治体同士の接点が生まれることでその先のコラボレーションにもつながります」と続けた。
ビル事業者を導く成功事例に
「不動産は何もしなければ古くなり資産価値は下がる一方です。資産価値が低下した不動産の建て替えはかなりコストがかかりますが、従来の価値観にとらわれず、ハード面で少しの工夫を加えたり、ソフトサービスをうまく活用したりすることで、新たな価値が生まれ、その下降曲線をなだらかに、さらには上昇させることができると考えています。ハードルの高いことだと捉えられがちですが、ビル事業の挑戦は1フロアからでも小さく始めることができます。日本のビルの大半は中小ビルです。全国の中小ビルオーナーが積極的に挑戦できるよう、我々が成功事例となり発信していきたいです」(髙木氏)。
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