慣例を破る:未来の働き方を変革する8つのアイデア
仕事とワークスペースをメインテーマとする世界的な知識ネットワーク「WORKTECH Academy」(ワークテック・アカデミー)は、2024年第3四半期にトレンドレポート「BREAKING CONVENTIONS:Eight key ideas redirecting the future of work」を発表した。同レポートは、2024年にバーゼル、ロンドン、アムステルダム、メルボルン、シカゴ、パリとマンチェスターで開催されたカンファレンスにおける8人の基調講演者の取り組みを特集したものである。
彼らの肩書は建築家、活動家、学者、経営コンサルタント、グローバル不動産責任者など多岐にわたり、探求するテーマも多様であるが、共通しているのは、慣例を打破し、働き方の未来に向けて新たな道を切り開こうとしている点である。
今回は、これら8つのアイデアについて翻訳・編集して紹介する。
1.不動産の再発明
■都市もハイブリッド化が必要
パンデミックが都市に与えた深刻な影響は、今もなお続いている。都市不動産のルールを再考すべき時が来た。
マッキンゼーグローバル研究所のジャン・ミシュク博士の分析によれば、世界的なパンデミックの影響により、柔軟な働き方がオフィスの稼働率を低下させ、郊外が都市中心部よりも速いペースで成長し、都市中心部の人流が減少し、また開発業者はもはや低金利の恩恵を受けられなくなっているなど、都市は大きな打撃を受けている。
ミシュク氏はワークテックバーゼル2024で、商業用不動産に何が起こっているのか、そして何を変えるべきかについて、マクロ経済的な視点を示した。マッキンゼー社の調査から、ハイブリッドワークのオフィス出社日数が約3.5日程度に落ち着き始めているという朗報があった。しかし、2030年までに世界的にオフィススペースの利用は10%減少すると予測されている。
また、同社によれば、ナレッジエコノミーの大企業、特に専門サービス、情報と金融業界はオフィス出社率が最も低い。ニューヨーク、サンフランシスコ、ロンドンの3都市は、オフィス需要の減少が最も大きい一方で、都市部の住宅需要の増加が一部の痛みを和らげる見込みだという。ミシュク氏は、「私たちの世界は不動産で成り立っており、建築の利用方法が変われば、私たちの富と都市の未来も大きく変わるだろう」と強調した。
従って、先進国経済へのダメージを最小限に抑え、都市の回復力を高めるためには、不動産の再構築が急務である。同氏は、ビジネスの構成と都市構造との関係が経済的ショックに対処するうえで重要であることを指摘した。知識労働者や通勤者、大企業が多く、文化的にリモートワークが受け入れられやすいビジネス構成を持つ都市は、特に脆弱である。これが、オフィスビルの多さや、急激な価格勾配、緑地の少なさ、複合用途の少なさを特徴とする都市構造と組み合わさると、さらにリスクが高まる。
■働く都市を4つのスケールで再設計する
都市不動産を再構築するために何ができるのか? ワークテックバーゼルでジャン・ミシュク博士は、インテリアや建物から都市やシステムに至るまで、幅広いスケールのアイデアを提示した。これらのモデルは、世界中の多くの都市や組織で注目を集めている。
- オフィスフロア:柔軟で魅力的であるべきである。「通勤する価値」を提供するため、ホスピタリティ志向のワークスペースを設け、どの程度の出社率でも最適な体験が得られるようにする必要がある。テクノロジーを活用してデータを収集し、スペースの利用状況を理解することが重要である。接続性(コネクティビティ)を重視すべきである。現在、多くの企業がオフィス回帰に対して「義務ではなく、魅力的なオフィスへ引き寄せる」戦略をとっている。
- 建物:新たな用途に適応可能な「ハイブリッドビル」である必要がある。通勤しやすく、多目的に使用できる立地が優先されるべきである。必要に応じて、オフィスから住宅など、需要の高い用途への転用も検討されるべきである。標準的な建物は、原則として異なる用途に容易に変更できる設計やインフラ、技術を備えている必要がある。さらに、郊外の拠点周辺に集合住宅や小売施設を増やすことも検討課題とすべきである。
- 近隣地域と都市:より健全な複合用途の環境を創出するために、制限的なゾーニング政策を改革し、利用者の移動や体験を優先する必要がある。近隣地域に新たな用途を誘致し、新しいアプローチを試行し、評価するための取り組みを強化すべきである。郊外からの通勤者は、都心部での複合的な体験をますます求めるようになっている。歩行者にやさしい緑地を増やすことや、スマートシステムや新技術を活用した交通システムの見直しも必要である。
- 金融:都市不動産を支える融資システム全体が、抜本的な再調整と資本再構築を必要としている。損失を認識し、需要の高いスペースに資本を再配分することが求められる。不良不動産の再開発には資本を確保することが重要である。ハイブリッドワークの時代に、より「ハイブリッドな都市」を創り出すための全体的な取り組みは、それを支える金融システムのリスクとリターンにかかっている。
2.文化功労者
■影響力を発揮する多様なチームの構築
組織は、単に文化的適合ではなく、文化的貢献に焦点をあてて多様なチームを構築する必要がある。
経済的および地政学的な状況が目まぐるしく変化する現在、企業目標を達成するために、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DE&I)への取り組みはかつてないほど強まっている。しかし、多くの組織は、採用プロセスにおいてよく見られるバイアスに影響されやすく、真に多様性のあるチーム作りを妨げていると、DE&Iの専門家であるトビー・マイルドン氏は指摘している。
マッキンゼー社の最新の『Diversity Matters(ダイバーシティの重要性)』レポートによると、「民族的多様性が上位25%の企業は、下位25%の企業よりも業績が優れている可能性が39%高い」という結果が示されている。多様性のある企業文化を構築することのメリットに関する研究や認識が高まっているにもかかわらず、採用プロセスでは、必ずしもビジネスに大きな影響を与える人材ではなく、組織の文化に適した人材が好まれる傾向がある。
ワークテックマンチェスター2024でマイルドン氏は、採用選考基準として「専門知識」「経験」「個性」「影響力」の4つの分野を提示した。同氏は、採用プロセスの初期段階では専門知識と経験が評価される一方で、最終段階では、応募者の人格や「文化的適合性」が重視され、企業のビジョンを達成するためにどのように働き、その結果どのような影響を与えるかが十分に評価されていないと指摘した。このプロセスは、チーム内に偏りと同質性を生み出す原因となる。
同氏は、組織内のあらゆるレベルで人材がどのように最高の影響力を発揮できるかを深く理解し、重要な人材を見極め、育成する方法を根本的に見直す必要があると提唱した。さらにゲーム・チェンジング指数(GC指数)を用いて、戦略からイノベーション、そして細部へのこだわりまで、個人がチームに与えうる5つの異なるタイプの影響について説明した。労働力の多様化を目指す組織は、個人がチームに与える多様な影響を考慮し、ビジネスに最大の利益をもたらすために、異なるエネルギーレベルを提供できるチームを育成することが重要だとしている。
■多様なチームにおけるエネルギーのバランス
チーム内のエネルギーのバランスを適切に保つためには、各個人の強みと弱みを慎重に考慮する必要がある。2012年にジョン・マーヴィン・スミス博士とネイサン・オット氏によって考案されたゲーム・チェンジング指数は、個人が有意義な影響を生み出すための傾向を測定するためのツールである。主に性格特性を調査するマイヤーズ・ブリッグスタイプ指標(MBTI)のような従来のプロファイリング評価とは異なり、変化をもたらすための個人の生来の意欲を5つの分野で具体的に評価する。
- ゲームチェンジャー(The Game Changer):独創的なアイデアを生み出し、イノベーションの種をまく。新しいコンセプトや解決策を通じて未来をどのように変革するかを常に考えている。
- 戦略家(The Strategist):アイデアに意味を持たせる。ゲームチェンジャーのアイデアを基に、未来を論理的かつ体系的に描き、それらを実行可能で効果的に遂行できるように計画を立てる。
- 実行者(The Implementer):アイデアとロードマップに命を吹き込む。 ゲームチェンジャーのアイデアを、戦略家の計画に基づいて実行に移し、未来を築く。
- 研磨者(The Polisher)::計画を完璧に仕上げる。最終的なアイデアを明確かつ詳細に分析し、微調整を行って完璧なものに仕上げる。
- プレーメーカー(The Play Maker):プロセス全体において不可欠な存在である。計画を指揮する役割を果たすスーパー・コミュニケーターであり、チーム全員が同じ目的に向かって連携できるように調整する。
3.AI支援チーム
■リーダーシップレベルでの生成AI活用
生成AIツールを効果的に導入するには、知識のつながりとチームダイナミクスを強化するためのトップダウンアプローチが必要である。
2022年末に爆発的に職場に導入されて以来、ChatGPTは、世界中の多くのナレッジワーカーにとって強力な追加チームメンバーとなった。しかし、アムステルダムに拠点を置くKINイノベーションセンターの研究者であるエラ・ハフェルマルツ博士とヤーナ・レトコフスキー博士によると、ChatGPTのような生成AIツールは、急速な普及にもかかわらず依然として規制されておらず、しばしば誤解されている。その結果、検証されていない業務や知識のつながりの断絶、チームダイナミクスの混乱を引き起こす可能性がある。
同氏らは、ワークテックアムステルダム2024で、研究者マーリーン・ユイスマン氏と共同で実施した「ChatGPTを活用した労働力の管理:その利点と副作用の理解」と題する研究を発表した。この調査では、3人に2人の従業員が、ChatGPTを利用していることを上司に報告していないことが判明した。ChatGPTは「エレファント・イン・ザ・ルーム」(*誰もが認識しているが触れたがらない問題)となっており、適切な規制やリーダーシップの理解がなければ、ナレッジワークやチームダイナミクスに深刻な悪影響を与える可能性がある。
また同氏らは、ChatGPTが利用者の業務に深く浸透し、業務のどの部分が人間によるもので、どの部分がAIによって生成されたかが不明確になっていることを指摘した。現状では、従業員は同僚や上司とやり取りするのと同様に、ChatGPTにタスクの実行を依頼したり、指示を確認したりして業務を進めている。このシナリオでは、生成AIが知識のつながりの断絶、知識の質の限定的な監視と学習機会の制限という3つの分野でナレッジワークに悪影響を及ぼす可能性があると強調した。
生成AIを日々のワークフローに統合することの潜在的なリスクがある一方で、これらのツールを禁止したり、無視したりすることは、長期的にはより大きな損失を招くと同氏らは主張している。むしろ、マネージャーはこれらのツールの使い方を学び、その機能と限界を理解し、知識のつながりとチームダイナミクスを維持・強化するために活用すべきであると述べている。
チーム内での生成AIのゲリラ的な使用は、今後も続くだろう。リーダーは、生成AIツールを使いこなす従業員とそうでない従業員との間で起こりうる分裂を防ぐために、今すぐ関与する必要がある。トップダウンのアプローチで標準と方針を定めることにより、生成AIツールが公正に使用され、仕事の未来を阻害するのではなく、発展を促進する手段となるだろう。
■生成AIと共に働く
エラ・ハフェルマルツ氏とヤーナ・レトコフスキー氏は、生成AIの3つの主な副作用と、それがマネージャーやナレッジワークに与える影響を強調し、それに対する実践的提案を示した。
- 生成AIはタスクを即座にサポートするため、従業員は互いに、または上司に頼る代わりにAIに頼るようになる。
ナレッジワークへの影響:知識のつながりが断絶し、従業員が孤立し、知識がサイロ化される。
マネージャーへの提案:知識のつながりを修復・維持するために、社会的相互作用を設計する。例えば、仕事のルーチンについて話し合い、対面コラボレーションを奨励し、社交的な交流を促進する。 - 情報の検索、初稿の作成、作業の検証を生成AIに依存することにはリスクがある。AIとの絡み合いが進むにつれ、従業員は自分の知識がどこまでで、AIの力がどこから始まるのかを判断できなくなる。
ナレッジワークへの影響:知識の質の監視が欠如し、誤った内容が顧客に届く可能性がある。知識の妥当性が確認されず、社会的なチェックとバランスが欠落することになる。
マネージャーへの提案:基準を設定する。自ら生成AIを使って、その可能性と限界を理解する必要がある。また、主要な利用者の協力を得て自信のない利用者をサポートし、生成AIに関する方針が変化に柔軟に対応できるようにすることも重要である。 - ナレッジワークに必要なスキルやタスクが変化する。例えば、最初のドラフトは素早く作成できるが、慎重に編集する必要がある。
ナレッジワークへの影響:業務の役割が再構築されることで、従業員のパフォーマンスを評価し、育成することが重要な課題となる。
マネージャーへの提案:将来を見据えて、生成AIが長期的にどのように役立つかを理解する必要がある。マネージャーは生成AIの役割についてチームとオープンに話し合い、人材育成と能力開発の取り組みを見直すとともに、新入社員のための現場での実体験を強調すべきである。
4.コミュニティ資本
■台頭する社会的インパクトのある不動産
より広範なコミュニティに貢献する社会的取り組みは、従業員やESG(環境・社会・ガバナンス)アジェンダにも有効である。
ESGアジェンダは、現在、企業経営者にとって最優先事項であり、その多くはグリーン認証を強化することに焦点をあてている。しかし、ブッキングドットコム社不動産およびワークスペースサービスのディレクターであるマルニックス・マリ氏によると、社会的取り組みへの投資は、企業のロードマップにおける次の大きな波となり、組織を超えて広範囲に利益をもたらすという。
同氏は、ワークテックメルボルン2024で、周囲のコミュニティと積極的に関わり、持続可能な取り組みを支援し、社会的影響を考慮したワークスペースが、ビジネス、従業員、そして地域経済に利益をもたらすことができると主張した。さらに、アムステルダムにあるブッキングドットコム社の新グローバル本社を例に、ワークスペースの社会的基盤に投資することが、ビジネスや経済に大きな利益をもたらすことを証明した。
総床面積65,000平方フィートの新本社ビルは、アムステルダムを拠点とする7,000人の従業員のために設計されており、西ヨーロッパ最大のオフィスの一つである。この単一テナントのスペースは、つながりと開放性を体現し、市内中心部におけるその存在が社会に与える影響を考慮している。この新しいオフィスのビジョンは、ワークプレイスリーダーと従業員からなる専任チームにより作成された。世界のワークスペースに共通する持続可能性のトレンドを踏まえ、通勤インセンティブやバイオフィリックデザインから廃棄物ゼロの取り組みやモジュラー家具に至るまで、新たな基準を設定し、持続可能な実践の未来に対する大胆なビジョンを具現化している。
持続可能性への取り組みと並行して、社会的取り組みにも革新的なアプローチをとっている。マリ氏は「ここまで大きくなると、木の陰に隠れようとするゾウのようなものです。全面的に表に出て、都市やコミュニティと協力したほうがよいのです」とコメントしている。同社は、非営利団体などと提携し、ビルの1階にある1,500平方メートルのオープンレストランとレジャースペースを活性化させる。900平方メートルの新しいレストランは、難民に仕事の機会を提供し、一般に全面的に開放するほか、ワークショップ用の会議室や、地域に根ざしたプログラムを提供するイベントスペースが併設される予定である。
■社会的インパクトを与えるためにワークプレイスを活用する際に考慮すべきこと
従業員とより広範なコミュニティのために、人を中心としたワークプレイスを推進する際には、インクルーシブデザインが重要となる。ブッキングドットコム社のキャンパスでは、建物全体の構成を見直し、従業員や一般市民のニーズを満たす方法を検討しつつ、持続可能な取り組みや社会的インパクトを生み出すパートナーシップによってそれを補完している。
- 立地:同ビルは、アムステルダムの中心地オーステルドクスアイランドに位置しており、人々が出会い、働き、遊ぶことを促進する大規模な都市プロジェクトの一環である。アムステルダムの中心にあることを意識し、街の特性を反映させることを目指している。外観は、アムステルダム港の産業史にちなみ、水と空を映し出し、内部はアムステルダムの中心街の活気を反映している。
- パートナーシップ同社は、価値観の一致する企業との協力に注力しており、雇用市場の発展、新しい才能の育成を支援している。その一環として、難民支援NPO法人レフュジー・カンパニーやIT人材のミスマッチ問題に取り組むテックグラウンズ社と提携し、雇用市場に平等なアクセスが難しいコミュニティに新たな機会を創出している。
- 持続可能性:持続可能性は、地域社会に対する企業責任の重要な要素である。同ビルの取り組みは、環境問題に取り組むための先進的な戦略を象徴している。屋上には832枚のソーラーパネルが設置されており、冷暖房は最先端のWKO(熱冷貯蔵)技術を用いて、夏と冬の間、地下深くに熱や冷気を蓄え、ガスを使わずに空気の調整を行っている。
5.気分をデザインする
■沈滞から繁栄へ
場所のデザインは、組織が繁栄するために重要な要素である。しかし、まずは、なぜ従業員が沈滞しているのかを理解する必要がある。
空間は、心身のウェルビーイングと生産性を向上させるために不可欠である。しかし、従業員をうつ状態から繁栄へと導くためにワークプレイスデザインを活用する際に、組織は沈滞という「奇妙な中間点」を見落としがちであると、デザインコンサルタント会社ジェニアントのチーフ・エクスペリエンス・オフィサー(CXO)であるデビッド・デューン氏は述べている。
同氏は、ワークテックシカゴ2024で、沈滞とは何か、そして組織がその状態から抜け出すためにワークプレイスデザインをどのように活用すればよいかについて深く分析した。沈滞をメンタルヘルスにおいて軽視されがちな中間子と呼び、その主な特徴として、社会学者コーリー・キーズ氏の新著を引用して「人生が外的要因に左右されていると感じる」、「強みと弱みが見えない」、「退屈・不安」、「仕事が無意味に感じる」、「頭がぼーっとする」、「コミュニティから切り離される」、「感情が平坦になる」、「擬似生産性」を挙げている。
組織が沈滞から抜け出し繁栄に向かうために、素晴らしいワークプレイスのデザインが手助けとなる。同氏は、ジェリー・サインフェルド氏の音叉の例えを用いて、「人間にはリズムや周波数、振動がある。自分の周波数と振動が、その場所と一致すると心地よく感じる」と説明した。
生産性が高い従業員を支援し、維持するために、企業はワークプレイスに二つの要素を取り入れる必要があるという。一つは、他のクリエイティブな人々やイネーブラー(後援者)、専門家にアクセスできる「ホットスポット」で、従業員はここで約20%の時間を過ごす。もう一つは、個人の固有のリズムに合わせてパーソナライズされた「フローフィールド」で、従業員はここで約80%の時間を過ごす。
■沈滞を防ぐために
組織を繁栄に導くためにデザインをどのように活用すべきか? デューン氏はキーズ氏が提唱した「繁栄の5つのビタミン」を引用し、成長と学習、温かい人間関係の育成、祈りや瞑想や同じ価値観を持つ人との出会いなどを通しての気づき、生きがい、そして遊び心を挙げた。
さらにデューン氏は、変革のための3つの重要なステップを提示した。
- リサーチ:従業員を理解する。定性的および定量的なデータや、ペルソナ、移動、行動パターンに基づいて、自社に適した戦略を立てる。まずはできるところから始めることが重要である。
- 共同デザイン:従業員の周波数と振動がビジネスのリズムと一致するスペースを設計する。成長、温かい人間関係、畏敬の念、目的、そして遊びを最大化する。
- 最適化:測定する。耳を傾ける。人々をより幸せにするために変化し続ける。逞しい柔軟性を養い、浮き沈みの中でも一貫性を保ち、反応するのではなく対応する。
6.週4日勤務の功績
■エンゲージメントを失った従業員のための週4日勤務の未来
週4日勤務はウェルビーイングを促進し、労働時間を増やせば生産性が上がるという従来の常識を覆す。
従業員のエンゲージメント喪失や燃え尽き症候群がかつてないレベルに達するなか、職場でのウェルビーイングの低下は、個人だけでなく組織にも影響を及ぼしている。これらの問題は、特定の業界に限定されるものではなく、離職率や生産性の低下など、現代の労働力のほぼすべての側面に影響を与えている。
4 Day Week Globalのフランスにおけるパートナーである4jours.workの共同創設者フィリップ・デュ・パイラ氏は、労働時間の削減が前進への道であるとしている。同氏はワークテックパリ2024で、従業員のエンゲージメントとウェルビーイングの急速な悪化は、給与を減らさずに労働時間を削減し、週に休日を1日増やす新しい働き方を導入することで逆転できると説明した。カンファレンスで発表されたデータによると、従業員の34%が燃え尽き症候群に苦しんでおり、これはパンデミック以前の3倍に相当する。しかし、週4日勤務の従業員では、この割合はわずか9%で劇的に減少すると、インフィニットポテンシャル社の調査が示している。
週4日勤務は世界中で徐々に注目を集めているが、その導入は主に試験的なものや小規模企業での限定的な実施に留まっている。同氏は、仕事と生活の従来の関係に疑問を呈し、仕事の役割、働き方、そして私たちが望む社会のあり方を問い直すべきだと提唱している。週4日勤務は、生産性が労働時間数に依存するという長年の思い込みに挑戦するものである。
■より賢い労働モデルの実現
パイラ氏はワークテックパリ2024で、勤務スケジュールの調整方法や柔軟な運用方法など、週4日勤務を取り入れるためのさまざまなアプローチを紹介し、週4日勤務が組織にもたらすメリットについて以下のようにいくつかの側面で取り上げた。
- 環境への貢献:二酸化炭素排出量を削減し、持続可能性への取り組みを推進する組織にとって、週4日勤務の導入は鍵となる可能性がある。マサチューセッツ大学アマースト校の研究では、労働時間を10%短縮することで、個人の二酸化炭素排出量が全体で8.6%削減されることが示された。また、ボストンカレッジの経済学者兼社会学者であるジュリエット・ショール氏は、週4日勤務の導入が世界の二酸化炭素排出量削減の鍵であると主張している。
2022年に4 Day Week Globalが実施した一連の週4日勤務のトライアルでも 同様の結果が示された。出勤日数が1日減ることで、通勤時間は3.5時間から約2.6時間に減少し、自動車通勤者も全体的に減少した。オフィスの稼働日数が減ることで、エネルギー使用量の削減が可能となり、持続可能な働き方を目指す企業にとってさらなる環境面でのメリットが期待できる。
- 生産性の向上:日本マイクロソフト社での試験的導入では、週4日勤務が企業の効率性を向上させることが実証された。勤務日数の短縮により、平均的な会議時間が60分から30分に半減し、会議の参加人数は5人までと制限された。その結果、5週間の試行で生産性が40%向上したと報告されている。
- ウェルビーイングの向上:従業員のウェルビーイングを促進したい企業にとって、週4日勤務は仕事関連のストレスの軽減に役立つ。2022年に世界各地で行われた一連のトライアルに参加した企業では、試行期間中に約8%の増収が報告され、2021年の同時期と比べて37.55%の増加が見られた。従業員の欠勤や退職者数は減少し、採用も増加傾向にあった。ウェルビーイングと生産性を両立させたい企業にとって、週4日勤務はその答えになるかもしれない。
7.マインドフルネスをマスターする
■心の回復力を高める方法
脳に優しい環境をつくるためには、職場でのストレスへの取り組み方を根本的に見直す必要がある。
従業員の燃え尽き症候群は過去最高に達している。ギャラップ社の調査によると、米国の従業員の4人に3人が、少なくともときどき燃え尽き症候群を経験しているという。しかし、従業員は、脳を常に脅威の状態にさらし、最高のパフォーマンスを発揮できない環境で働き続けている、とグローバル銀行HSBCのマインドフルネス部門責任者であるシーム・トラム氏は指摘している。
ロンドンで開催されたアンワーキング・カンファレンス2024で、同氏は、従業員の心の回復力を高める方法を早急に再考する必要があると主張した。企業のウェルネスへの取り組みは、健康的な食事や安価なジム会員権、人間工学に基づいたワークステーションなどを提供するためのプログラムが整っているが、ストレスの根本原因に対処する取り組みはほとんどない。職場でのストレスを軽減するために、神経科学とマインドフルネスの実践を取り入れ、燃え尽き症候群を未然に防ぐべきだと同氏は強調している。
現在の仕事は、メールのやり取り、絶え間ない会議、フィードバックの会話が中心であり、これは低〜中程度のストレス状態を常に引き起こしている可能性がある。人間のストレス反応は、必要なときオンになり、回復のためオフに切り替わるように設計されている。回復の時間がなければストレスは蓄積され続け、やがて慢性化し、最終的に燃え尽き症候群へと変化する。
マインドフルネスは、従業員がいつでも活用できるものであり、ストレスの症状を認識し、それに対処する方法を意識的に決めることを可能にする。従来の職場におけるウェルビーイングの考え方と異なり、マインドフルネスは、ジムや社交などの代替活動でストレスを解消することだけを目的とするのではなく、むしろ脳に働きかけることで、個人が職場環境をどのようにコントロールできるかという意識を高めることができる。
マインドフルな実践はリーダーシップから始まる。マインドフルネスの最大の障壁は、人々が簡単に習慣を変えられないことである。各世代は先輩から学んだ習慣を引き継いでいるため、時代遅れの習慣が生き続けているのである。「もはや50〜60年前の働き方やウェルビーイング戦略に頼ることはできません。そのサイクルを断ち切る時期が来ています」とトラム氏は主張した。
■グローバル組織でマインドフルネスを活用するには
職場におけるマインドフルネスを実現するためには、仕事や働く環境に対する考え方を根本的に見直す必要がある。HSBCの場合、プログラムが成功した要因はいくつかある。
- データの収集:プログラムの成功を評価するためのデータを収集することが重要である。例えば、HSBCはマインドフルネス・セッションのリクエスト数を追跡している。2023年末時点で、リクエスト数は前年比100%増加した。また、セッション前後のアンケートも実施しており、その結果、マインドフルネス・セッションに参加した人は、ストレスからの回復力が30%向上したことがわかった。
- テンプレートとガイドラインの作成:グローバル企業では、マインドフルネスプログラムは安全で一貫性があり、責任のある方法で提供されるべきである。優れたマインドフルネス推進者は、職場コミュニティの特定のニーズに合わせて調整された、一貫したテンプレートとガイドラインを活用する必要がある。
- 模範を示す:リーダーは変化に影響を与えるため、自らマインドフルな実践を働き方に取り入れる必要がある。例えば、フィードバックをマインドフルに行う方法を学ぶことが重要である。研究によると、フィードバックが行動変化につながるのは30%に過ぎないが、それは脳が脅威を感じている状態にあり、指導を受け入れられないためだという。マネージャーは、報酬に基づく「前向きな状態」を中心にフィードバックを提供することで、より良い結果を導くことができる。
8.未来のワークプレイス
■オフィスの束縛から逃れる
未来のワークプレイスを構築したいのであれば、オフィス開発の仕組みを超越する必要がある。
不動産業界がオフィスの開発と提供に焦点をあて続けるなかで、どのようにして未来のワークプレイスを創造できるだろうか? メルボルン大学経営・マーケティング学部の名誉学者であるアグスティン・チェベス博士は、ワークテックメルボルン2024での基調講演でこの問いに挑んだ。
同氏は、オフィスは労働生活の長い進化のなかで比較的遅れて発明されたものであるため、「ワークプレイス」という言葉を「オフィス」と同義語として使うことは有益ではないと説明した。同氏はまた、経営学教授オーレン・ハラリ氏の名言「電灯は、ロウソクの継続的な改良から生まれたものではない」を借りて、「未来のワークプレイスは、オフィスの継続的な改善からは生まれない」と述べた。
同氏は宇宙開発に喩え、「オフィスの引力から解放される」ために必要な「ワークプレイスの速度」を表現した。この速度に到達する方法を探るために、同氏はオーストラリアの著名なワークプレイス専門家たちを集めて、エンドユーザー(個人からさまざまな形体の組織まで)、プロバイダー(デザインや資金、開発を通してワークプレイスを実現する人々)、そして第三者(交通、ホスピタリティ、小売、都市管理など、ワークプレイスの変化に影響を受ける関係者)といった3グループに分けて、長期的な調査研究を進めている。
この研究はまだ進行中だが、初期の発見として、スペースの稼働率や平方メートルあたりの金額という観点からワークプレイスを測定することを超えて、新しい価値を開発する必要性を明らかにした。「オフィスは現状維持に利益をもたらしています。しかし、仕事の能力が拡張されてきたのに対して、オフィスは発明として古くなったのです。働く環境を再構築することで、人々は恩恵を受けるでしょう」と同氏は結論づけた。
■仕事のルービックキューブを解く
チェベス博士は、従来のオフィスソリューションを超越し、未来のワークプレイスを実現するための方法を、「仕事のルービックキューブ」の比喩を用いて説明した。
「仕事のルービックキューブ」は従業員や企業、開発業者などワークプレイスにおけるさまざまなステークホルダーで構成されており、気候変動危機やコロナ禍、生成AIの台頭などさまざまな危機によって何度も崩されてきた。危機が起こるたびに、「仕事のルービックキューブ」は新たな形に再構成されるのである。
このパズルは非常に複雑で、毎回組み立て直すのは困難である。利害関係者の間で衝突が発生し、連携が取れないことが多い。例えば、「ESGアジェンダは素晴らしいが、それが利益の邪魔になると話は別だ!」と同氏は指摘した。不動産業界における権力と利害のバランスを理解することが、パズルを解く鍵であり、商業的論理と社会的論理を組み合わせた、新しい働く環境を創造することができると主張した。
では、新しい働く環境とはどのようなものだろうか? ワークテック・アカデミーの調査によれば、伝統的な企業オフィスを超えた新しいワークプレイスのエコシステムが出現しており、以下のような場所が挙げられる。
- 郊外のサテライトオフィス
- パブやバー内のワークスペース
- 中心街や商業施設にあるワークスペース
- オフィスタワー内のコワーキングフロア
- 交通機構内のワークスペース
- 屋外のワークエリア
- 図書館やその他の公共インフラ
ゲンスラー社の「グローバルワークプレイス調査2024」によると、優れた企業は「オフィス内外のスペースのエコシステム」を構築することで差別化を図っている。このエコシステムは、オフィス内の共創、集中、つながりのためのスペースと、近隣のケアサービスや芸術、文化、エンターテイメント、精神性を提供する「豊かな場」とを結びつけることが理想的である。
このモデルは、15カ国での10業種にわたる16,000人のオフィスワーカーのデータに基づき、「仕事のルービックキューブ」が再構成された未来のワークプレイスを想定した一例である。
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