WORKTREND

参加企業と地域の双方にメリットをもたらす、企業型ワーケーションとは

渡邉岳志/信州たてしなDMC

ワーケーションとは、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語である。その在り方はさまざまで、ワーカー個人が休暇の旅行に合わせて働く場合や、企業が研修等に利用する場合などがある。

長野県立科町では、2016年頃から「立科 WORK TRIP」という枠組みで「企業型ワーケーション」を推進している。その特徴やもたらす効果について、ワーケーションコンシェルジュとして立科 WORK TRIPの運営に関わる、信州たてしなDMC 渡邉 岳志 氏に話を伺った。

信州たてしなDMC 渡邉 岳志 氏(本人提供)

「企業型ワーケーション」で新たな宿泊需要を開拓する

立科 WORK TRIPの立ち上げ当初はまだ、「ワーケーション」という言葉が普及しておらず、仕事と旅を融合させる取り組みを「ワークトリップ」と命名した。エリア内のホテルやペンション、コワーキング施設などを仕事の場として利用できるプランを企業向けに提供している。

女神湖畔のコワーキング施設「Lakeoffice女神湖」(渡邉氏 提供)

特徴的なのは、地域と企業とのつながりを重視している点だ。その背景には、立科町が抱える観光課題がある。

同町には避暑地として訪れる人が多く、年間観光客数の約半数が7~9月に集中している。宿泊は週末に偏る傾向があり、閑散期や平日の観光客誘致が課題だ。「個人利用のワーケーションは土日に集中してしまいますが、企業を誘致すれば閑散期や平日に来てもらうことができます。さらに、参加者はワーケーションがきっかけで初めて立科町に来たという方がほとんどで、関係人口の増加にもつながっています」(渡邉氏)。

また、立科町が取り組む雇用創出施策への貢献にもなっている。同町では「地元での仕事が少ない」「子育てをしながら働くのが難しい」といった課題解消のため、働く意欲を持つ住民が在宅勤務できるようトレーニングをし、首都圏企業から業務を受託する仕組みづくりをしている。ワーケーションで立科町を訪れる企業が増えることで、活動の認知拡大や企業との関係性構築につながる。

チームビルディングや人材定着など、企業課題に応じたプラン

ターゲットである企業にとっての利便性を高めるため、立科 WORK TRIPでは、施設利用費・交通費・宿泊費・食費などの各種費用を一括で処理できる仕組みをはじめとした、徹底的な企業目線のサポートを行っている。「気候の感覚や土地勘もない初めての土地で、すべてを準備するのは大変ですし、個人利用と違い企業利用は手続きが煩雑になりがちです。現地を知るワーケーションコンシェルジュがワンストップでサポートすることで、企業担当者の負担を減らすことに注力しています」と渡邉氏は話す。

特に参加企業に喜ばれているのが、各社の目的や要望に合ったワーケーションプランの提案だ。企業がワーケーションを利用する理由はさまざまであり、2020年頃からの約3年間は、コロナ禍による半強制的な在宅勤務の普及に伴い、リアルコミュニケーションや集中できる環境へのニーズが高まった。直近では、チームビルディングや人材定着を目的に利用する企業が増えているという。

「チームビルディングを目的とする企業でも、参加者同士の関係性によって、異なるプランを提案します。たとえば、新人社員や初対面の人がいる場合には相互理解を促進する『自己開示プログラム』を取り入れることで、迅速なオンボーディングが可能ですし、ある程度お互いを知っているグループであれば、サウナツアーや星空観賞など自由参加型のツアーをいくつか組み込むと効果的でしょう」(渡邉氏)。

参加企業と地域の双方に刺激を与える「越境学習」

人材定着を目的とする企業に対しては、地元事業者との交流プログラムにより、エンゲージメントの向上を促す。プログラム参加者は、町内で働く事業者の姿を実際に見たり、地域特有の課題や事業の背景について直接話を聞いたりすることができる。「町内のだいたいの人は顔見知りなので、『一緒に頑張ってくれそうな、いい兄ちゃん』に声をかけています」と渡邉氏は言い、現在は、農家や建築家、ワイナリーの支配人など、さまざまな事業者の協力を得ている。ただ作業場所を借りるだけであれば必ずしも立科である必要はないが、地域ならではの知見を持つ彼らの存在が、企業があえて立科を訪れる理由となっている。

このプログラムは、単なるアクティビティではなく、自己成長につながる「越境学習」となる点が特徴だ。普段とは違う環境で、普段は出会えない人と交流することは、新たな視点や価値観を得る機会となる。そのうえで自らを振り返ることで、仕事における気づきにつながる。加えて、チームで経験を共有することで仲間意識が生まれ、心理的安全性の向上といった効果もあるそうだ。

「プログラムの最後に参加者に感想を聞くと、我々が想定している以上にたくさんのことを吸収してくれており、その知的探求心に驚かされます。初めてワーケーションをする企業はどのような内容であれ『楽しかった』と言ってくれますが、それだけで満足するのではなく、ワーケーションの経験値がある企業からも『学びになった、立科に来て良かった』と言ってもらえるワーケーションを目指しています」と渡邉氏は話す。

交流プログラムによるメリットは、参加企業に対してだけではない。厳冬期しか休みのない農家など、外部との交流が少ない地元事業者にとっても、外からの刺激を得る貴重な機会となっているという。「企業がワーケーションに来るたび、参加者から何回も同じ質問を受けることもありますが、嫌な顔をせず、むしろ『自分の考えの整理になる』と喜んでくれる方もいます。また、りんご農家との交流プログラムでは、『広い農園の管理が難しく、盗難被害に悩んでいる』という話を聞いたエンジニアチームの参加者から、自動追尾のドローンを活用するアイデアが出たことがありました。参加企業にとってはビジネスチャンスの発見であり、農家にとっても、交流の機会がなければ気づかなかった新しい視点でした。その後も、生の声を聞きながらアイデアを出し合い、費用感など具体的な話もその場でどんどん進みます。狙っていたわけではありませんが、自然にイノベーションが生まれた事例です」(渡邉氏)。

りんご農家との交流プログラムの様子(渡邉氏 提供)

全国の観光地と相互誘客、企業型ワーケーションを広げたい

立科だけでなく全国各地域にそれぞれの課題や魅力があり、地元で頑張るプレーヤーがいるだろう。渡邉氏は、さまざまな地域にノウハウを伝えてコンシェルジュを育成するなど、企業型ワーケーションの文化を広める活動をしている。「目標は全国のワーケーション受け入れ地との相互誘客です。立科でのワーケーションを体験したら、次はぜひ、別の地域で違う景色・人・食べ物・空気を感じてほしいです」と今後の抱負を語った。

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