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オープンイノベーションを「ちゃんと事業化」するために必要な要素

TOA

大手音響機器メーカーのTOAは、異業種協創を目的としたコンソーシアム「point 0」が設立された2019年から参画し、他社と連携した実証実験などを通して新規事業を形にしてきた。社外の知識やリソースを活用する「オープンイノベーション」はその有効性が認識される一方、成果につなげる難しさもある。TOAはなぜ、オープンイノベーションを事業という成果に結実できたのか。実証実験の意義やコワーキングスペースの役割などに焦点を当て、6年間の歩みを紐解く。

TOA ネクストビジネス推進室長 兼 otonoha 代表取締役社長 稲畑 伸一郎氏(point 0 marunouchiにて撮影)

ものづくりに対する課題感

TOAがpoint 0への参画を決めた背景には、80年以上の歴史を持つメーカーとしての危機感があった。参画を会社に提案した張本人であり、同社のpoint 0での活動を牽引してきた稲畑氏は当時をこう振り返る。

「ものづくりの強みを生かしながらお客様と継続的につながることが喫緊の課題でした。商品を作って売ることがゴールになってしまい、その後どう使われてどんなニーズがあるのかといった情報を得られず、次のビジネスに展開できていなかったんです。国内市場が縮小するなか、既存資産を使って価値創出する方法を模索していました」。

国内の営業部に部長として戻った際、20年前とあまり変わっていなかったことも焦燥感につながった。「このままでは事業成長が見込めない、でも営業の立場でできることに限界があるとも感じていたときにpoint 0創立の新聞記事を見て、すぐ参加に向けて動きました。発起人のダイキンさんに共感を覚えたのも大きかった。主力事業の空調と音響は、どちらも空間の価値を高めるけれど目に見えず、単一事業的なビジネスモデルという点も含めて似た悩みを抱えているのではないかと」。

実証実験とユーザーの声から得た気付き

point 0は、参画企業が協創/共創して「未来のオフィス空間づくり」を目指すコンソーシアムであり、東京・丸の内のコワーキングスペース「point 0 marunouchi」をはじめとした運営施設を実証実験の場として使える点が特徴だ。TOAも他社と連携しながら6年間で25件の実証実験を行った。通常は合意形成に時間がかかる企業間連携だが、point 0では実証実験を行うためのルールが定型化されているため、スピード感をもって進められるという。

「オフィス向けの製品やサービスの検証なので、さまざまな業界の人が実際に働いている場所で実験できるメリットが想像以上に大きかった。事業創造を目指す仲間でもあるので自分ごとのように考えてくれて、『こんな風にできないの?』とユーザー視点の意見をどんどんくれる。その声に必死に応えているうちに、気付いたら事業化できてしまうような環境です」。

実証実験では、音響がオフィスの快適性や生産性などに与える影響を検証する。たとえば、リモート会議の快適性を高める実証実験(2020年)を丹青社と共同で行った際には、テーブルの天板裏面にスピーカーを設置し、臨場感ある音環境が利用者から高評価を得た。このとき、低い位置で音を出す方がよりよい聴こえ方になると気付いたことが、後の植栽型スピーカーや、デスク下に設置できるスピーカーの開発につながっていく。

otonohaの主力プロダクトである植栽型スピーカー。鉢の部分にスピーカーを内蔵し、床に置いても邪魔にならないようデザインされている。

「もともとpoint 0 marunouchiでは天井スピーカーで自然音を流していたのですが、入居者から『川のせせらぎが頭上から聴こえるのは違和感がある』と言われていたんです。それで比較検証してみたところ、低い位置からの反響音の方が心地良く感じる人が多いことがわかりました。設備のプロだからこそ『スピーカーは天井に付けるもの』という思い込みがあって、位置を低くすることが価値になるなんて気付かなかった。社内から出ない発想をpoint 0でもらう機会は多いです」。

体感とデータの両輪で、ソリューションの説得力を高める

2021年には、モーションセンサーとスピーカーを内蔵した木製ベンチ「Ruhe(ルーエ)」を設置し、音の介在がコミュニケーションを促す可能性を検証した。Ruheは近くを通ったり植栽に手をかざしたりすると自動生成された環境音が流れ、2人で一緒に手をかざすと音に変化が起きるといったインタラクティブな仕掛けにより、会話や立ち止まるきっかけを提供する。

現在もpoint 0 marunouchiに常設されているベンチ型サウンドアート「Ruhe」(左)。
貝殻を模したモーションセンサー(右)で人の動きを感知し、特殊技術で生成された環境音を拡散する。

「コロナ禍で、オフィスに来る意味や対面コミュニケーションの価値の再定義を目指して生まれたソリューションで、アンケートや入居者の反応も上々でした。実証期間の後半には滞留人数の比較を行い、音を流した週は流さない週と比べ、コミュニケーション発生率が3割高いという結果も得られました」。この経験から、音によるオフィス空間の価値向上は可能だという手応えを得たことが、後に音環境コンサルティング事業「sound veil」の立ち上げにつながった。

実証実験の目的の一つがエビデンスの獲得だ。定性・定量データを集め、ソリューションの効果を可視化することでビジネスの説得力を増強する。TOAもpoint 0参画のゴールとして「音のみえる化」、つまり言語化・数値化に重きを置いていた。一方で、エビデンスだけではビジネスを拡大できないこともわかってきたという。

「数字は興味を持ってもらうきっかけにはなるけれど、最終的に決め手になるのはお客様の体感です。その点、実験場であると同時にショールームでもあるpoint 0 marunouchiでソリューションを体験してもらえることは、営業活動の後押しになっています。体感とデータの両輪で説得力を高められることが、リアルな場を持っていることの強みですね」。

新領域に挑むときこそ、異業種協創が真価を発揮する

コロナ禍を含む6年間で、オープンイノベーションによる事業化を実現したTOA。同社では過去にも他社との協創に取り組んだ経験があるが、point 0は継続的に成果を求められる点が有効だったと稲畑氏は語る。「隔週での進捗共有や年次レポートで実績を報告する必要があるので、“名ばかりの参加”ではいられない仕組みになっている。だからこそ、そのプレッシャーを糧にしてアイデアを出し続け、検証を重ね、事業化が加速しました」。

コンソーシアムへの参画は、イノベーションに対する全社的な機運を高める契機ともなった。2021年には、新規事業創出を担う「ネクストビジネス推進室」を社長直轄で設立。さらに2023年には、既存事業にとらわれない挑戦を可能にする社内ベンチャー「otonoha」を起業し、稲畑氏が代表に就任した。point 0への出資についても、短期的な収益だけでなく、広告・ブランディング効果まで含めた投資対効果が社内で認められていることが、挑戦の土壌につながっているという。

「とはいえ、会社に出資してもらう以上は成果を追い続ける必要があります。今後挑戦したいのは、学校や病院、住宅などオフィス以外の空間に音環境コンサルティングを広げること。暮らしの領域に進出するなら、そのための実証実験の場に新たに飛び込むことも検討したいです。また、新たな成長領域の探索と創造のための活動を進め、新規事業を立ち上げていきたい。すでに動いている構想もあり、そちらでもpoint 0 marunouchiをテストマーケティングの場として活用するつもりです。新規事業に挑戦するときこそ、異業種の人々とのつながりが真価を発揮すると思います」。

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