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【WORKTREND㉟】センサ技術でよりよい職場へ。非言語情報を生かし、セレンディピティを誘発する

荒川豊/九州大学 大学院システム情報科学研究院 教授

技術の進歩により、センサの高度化と多様化が進み、さまざまな情報をデータとして取得できるようになった。さらにIoTやAI技術と組み合わせれば、これらのデータをリアルタイムに処理、分析することが可能となり、より豊かな生活の実現が期待される。

近年、働き方改革の推進やハイブリッドワークの普及など、働く環境への注目が高まっている。そこで、働く環境の改善におけるセンサの役割に焦点を当て、センサ技術の最先端に携わる専門家に話をうかがった。

九州大学 大学院システム情報科学研究院 教授 荒川豊氏

センサ技術は生活になくてはならないものへ

センサ技術は我々の日常生活に浸透し、さまざまな場面で活用されています。スマーフォトンやスマートウォッチによる健康管理や、人感センサによる民家の防犯対策などはすでに一般的なものでしょう。近年、都市規模のセンサ活用も広がり、人流や混雑度のセンシングは都市の賑わいを最適化する手段として期待されています。観光客の行動情報やドライブレコーダーの映像から発見された隠れ観光スポットは、観光政策の策定において参考にされることもあります。

また、人をセンサとして用いる「市民参加型センシング」は、地域共創の分野で活用されています。たとえば、自治体はインターネットを介して、「○○の道路に穴があった!」「ここに落書きがあるよ」といった位置情報付きの投稿を受け付けることで、巡回点検を頻繁に行わなくても、公共インフラの損傷を早期に発見し、スピーディに対応することが可能です。

センサ技術があらゆる場面で活用されるなか、近年注目されているのがワークプレイスにおけるセンシングです。コロナ禍をきっかけに多くの企業が導入したテレワークは、従業員のワークライフバランスを向上させる一方、コミュニケーション不足の課題をもたらしました。そのため、必要に応じて出社とテレワークを組み合わせたハイブリッドワークが注目されています。

センサ情報に基づくイベント提案で出社を楽しく

ただし、テレワークに慣れると、出社時にも黙々とPCに向かうことが多くなり、特にフリーアドレス席の場合は、同僚が来ているのかどうかもわからず、ちょっとした雑談や一緒にランチすることのハードルが高くなります。コミュニケーションが減少しさらに話しにくくなるという負のスパイラルが続くと、従業員の帰属意識の低下や人材流出といった長期的な問題が懸念されます。

こうした課題の解決策の一例として、キーホルダサイズのビーコン、ビーコンスキャナ、チャットボットを連動させ、メンバーの連れ立ち行動を促進するシステムを提案しています。従業員にはビーコンを配布するうえ、社内のさまざまなエリアにスキャナを配置します。そこから得た従業員ごとの在不在、在エリアといった情報をもとに、人数やタイミングに合わせてランチなどのイベントをチャットボットが提案します。社内ではSlackなどのチャットツールが運用されていることが前提となりますが、この仕組みがセレンディピティを誘発し、対面コミュニケーションの機会を設けることで出社がより楽しくなると考えています。

我々の研究室でも実際に運用しているシステムとしては、休憩ボットがあります。チャットツールを通して、休憩ボットは研究室に来ている人に対して、定期的に、暑い/寒いや、眠たいといった状態を聴いてきます。複数人の人が眠たいと入力した場合は、「コーヒーを飲みたい人は手を挙げてください」と研究室全体に通知が行き渡り、そこで手を挙げた複数のメンバーから、ランダムに「〇〇さん、コーヒーを淹れてください」とご指名が飛ぶようになっています。こうした仕掛けで休憩を促すだけではなく、休憩をきっかけにコミュニケーションを楽しむことができるのです。

システムの導入による行動変容シナリオ

センサの活躍が拓く会議の新たな可能性

また、ハイブリッド環境におけるコミュニケーション課題のもう一つは、対面会議とオンライン会議のギャップだと思われます。会議の場面では、参加者の仕草や表情、笑い声や相槌といった非言語情報は、会議の進行状況の認識や会議の効果測定において、貴重な判断材料といえます。会議中、多くの人が頷いた場合、意見の合意が形成されていることが想像できますし、発言する人数やそのタイミング、声の大きさなどの情報からは、参加者の関与状況について深い洞察を得ることができます。しかしオンライン会議の場合、そういった非言語情報を確認しにくいため、相手の反応に応じて会議を進行させることが難しいといわれています。

そこで我々は、会議中に発生頻度の高い「頷き」に特化し、参加者全員の動きをリアルタイムにフィードバックするシステムを開発しました。このシステムでは、オンライン会議中にwebカメラで認識した顔画像の変化から頷きを検出し、その回数を会議画面に重畳表示します。こうした仕組みによって、相手の反応をより明確に捉えることができたり、これまで気づかなかった自身の仕草を意識するようになったりなど、オンライン会議において新たな気づきが生まれることが確認されました。

頷きのリアルタイムフィードバックシステムのイメージ概要

対面会議であればオンライン会議よりも取得できる情報は多く、センサ技術を活用できる場面はさらに増えます。我々の最近の取り組みとして、音声情報のセンシングのほか、会議室の椅子にセンサを搭載し、重心の変化や振動具合を検知して着席者の仕草の判別を行っています。また、会議室の天井にカメラを設置して参加者の顔の向きを推定するといったことも行っています。このようにセンサ技術を駆使することで、議事録や資料だけでは捉えきれない非言語情報を総合的に分析することが可能になります。その結果、会議をより効率的に進行させるヒントや会議中の心理的安全性を高める方法など、多くの発見が期待されています。

生産性とウェルネスの両立を可能にするツールとして

快適なオフィス環境の構築においても、センサの活用は不可欠です。すでに一部のオフィスでは、センサ付きの設備を導入し、より働きやすい環境を整えるよう努力がなされています。我々の研究室でも、人感センサと照度センサが組み込まれた照明器具を設置しています。これは天候や時間帯に応じて自動的に調光されるもので、目の疲れが軽減されるだけでなく、作業の集中度向上にも寄与します。

また、オフィス家具メーカーと共同で姿勢をセンシングする椅子の開発にも取り組んでいます。オフィスワーカーは長時間座っていることが多いため、不適切な姿勢は肩こりや腰痛の原因となるばかりか、精神的なストレスも引き起こしかねません。この問題に対処するため、椅子が利用者の姿勢を検知し、最適な座り位置や椅子の設定を提案することで、ワーカーの健康管理をサポートすることを目指しています。ワークプレイスにおけるセンサ技術の活躍は、生産性とウェルネスの両立を可能にし、新しい働き方の可能性を切り拓いていくでしょう。

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