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【WORKTREND㉜】顔見知りが増えコミュニティが育つ。リアルな空間に集まる価値とは

平田美奈子/CIC Tokyo ゼネラル・マネージャー

コロナ禍に見舞われたこの3年間は、人と会いリアルな空間を共有することの価値が再発見される契機ともなった。ようやくコロナ禍が収束に向かい、出社とリモートを使い分ける働き方が主流となるなか、企業のオフィスが「訪れる価値のある場所」であるためには何が必要なのか。そのヒントを得るため、コロナ禍中でも多くの入居者を引き付けてきたシェアオフィス「CIC Tokyo」のゼネラル・マネージャーにインタビューを行った。

CIC Tokyo ゼネラル・マネージャー 平田美奈子氏

多様な入居者が共存するエコシステム

東京・虎ノ門のオフィスビルの2フロアを占有する「CIC Tokyo」には、現在250社以上が入居している。「イノベーション促進」を掲げるブランドの特性上スタートアップが6割ほどを占めるが、それだけではない。日本を代表する大企業の新規事業部門や、外国企業の日本初進出拠点、大学、士業などのプロフェッショナルファーム、さらに地方自治体や海外の観光局といった多彩な顔触れが、イノベーションという共通の関心テーマのもと集まっている。

「多様な入居者が共存するエコシステムに価値を感じ、目的意識を持って入居される企業が多いです。スタートアップとの接点にフォーカスした大企業のイノベーション担当の方とか、日本での人脈づくりのために入居されている海外企業の方とか。ビジネスだけでなくプライベートに関しても、温度感がありながらきちんとスクリーニングされた情報を得られるコミュニティが形成されています」と、CIC Tokyoの施設運営を統括する平田美奈子氏は話す。

コロナ禍で「場所の価値」に対する意識がシビアに

欧米を中心に展開するCIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)のアジア初拠点であるCIC Tokyoがオープンしたのは2020年10月、コロナ禍初期のこと。日本でもテレワークが急速に普及し、人が集まるためのスペースを提供するCICにとっては厳しいタイミングにも思えるが、平田氏はそうは感じていなかったという。

「何の疑問もなくオフィスで働いていた時代と違って、コロナ以降は『この場所にどんな価値があるのか?』という意識がシビアになった。コミュニティやミックスカルチャー、フレキシビリティといった価値を提供するCICには追い風だったと思います。たとえば、本社オフィスの面積を減らしてCICに入居したある企業の方は、毎日社外の人と出会える、効率的に自社の商品やサービスを知ってもらえる環境だと話していました。この場所をどう意味付けするかが重要であって、不動産業としてスペースを貸している意識は薄いです」。

入居率は現在高い水準で安定している。入居時に資産状況や企業規模などを問うことはないが、コミュニティを一緒につくっていけるかどうかは気にしていると平田氏は話す。

「CICは人の集積こそがイノベーションを生むと考えているため、『一都市一拠点』という戦略をとっています。分散せず一カ所に集まることがコミュニティ形成には必要ですが、ただ同じ場所にいればよいというわけではなく、常にメンテナンスして育てていく必要があります。それぞれ個室にこもっていてもらえば運営としてはラクだけど、せっかくつながりを求めて来てくれているのにそれでは価値がない。手間と時間のかかる関係構築を、入居者と運営みんなで楽しめるような仕掛けづくりが我々の役割です」。

イベントで興味範囲の異なる人々が交わる

仕掛けの一つが、毎日のように開催されるイベントだ。趣味を軸にしたコミュニティイベントからビジネスイベントまでテーマは多岐にわたり、入居者に限らず誰でも参加できるものもある。主催もCICだけでなく、入居者発信の企画や外部とのコラボ企画などさまざまだ。テーマの異なる複数のイベントを同日に開催することで、興味範囲の異なる人々が出会い、交わるきっかけとなっている。

CIC Tokyoの2フロアをつなぐ大階段がイベント会場。入居者はイベントに参加していなくても雰囲気を感じ取ることができる。© CIC Tokyo

「2018年3月から毎週木曜日に姉妹団体であるVenture Café Tokyoが『Thursday Gathering』というイベントを運営していて、それが今のCIC Tokyoのイノベーションコミュニティにつながっています。とはいえ、当初は多様なカルチャーの擦り合わせに苦心しました。日本企業の方に『アメリカのスタートアップを紹介して』と言われて紹介してみても、スピード感がまったく違ってなかなか上手くいかない。まずは名刺交換よりも『どんな分野に興味あるのか、どんなことに困っているのか』といった、個人と個人のコミュニケーションの作法に慣れてもらうことからスタートしました」。

なんとなく顔見知りが増えていく空間デザイン

CIC Tokyoの空間デザインにも人をつなぐ仕掛けがある。たとえば、フロア内を回遊する通路はくねくねと曲がっている部分が多く、個室はほぼすべて透明なガラス張りで通路から中が見えるようになっている。

「歩くだけで視線が左右に振れてほかの利用者と目が合いやすいし、個室の中も自然と視界に入るように設計されています。業務の都合ですりガラスを希望される方もいますが、透明にしている意図を理解してそのまま入居していただいています。人間は社会的動物であるといわれますがそのとおりで、知らない人でも何度か顔を合わせていると声を掛けたくなってくるし、あの人めずらしくスーツ着てる、商談なのかな、となんとなく顔見知りが増えていくんですよね。こういう効果はリアルな空間ならではだと思います」。

フロアマップには記載されていないが、曲線的な通路の両側に、細胞をコンセプトに設計された多角形の個室が並んでいる(編集部撮影)

また、キッチンもほかの利用者と遠すぎず近すぎず、話しかけやすい適度な距離感が計算されており、交流が生まれやすいスペースになっている。「豆から挽くコーヒーマシンは1杯淹れるのに1分半くらいかかって、それがちょうど気軽に話しかけやすいし、忙しければ去りやすい時間でもあるんです。あとはスタッフがよく巡回していて、新規の方や初対面と思われる方同士を紹介することもあります。スタッフはかなり多くの方の顔とお名前、好きなドリンクなどを覚えています」。

イベントスペースの一部としても機能しているキッチン。取材した日もドリンクやスナックを取りに来た多くの入居者で賑わっていた。© CIC Tokyo

この場所から日本のイノベーションレベルを上げたい

こうした仕掛けが奏功し、オープンから2年半で数多くの協業が生まれている。たとえば2021年には、新設されたモビリティ分野の非営利組織が、日本を代表する大手電機メーカーと共同でコンテンツ開発に取り組み話題となった。両者はともにCIC Tokyo開設初期からの入居者であり、コミュニティへの参加にも積極的であったことからコラボレーションにつながったという。また、CICが特定のテーマで出資企業やスタートアップを募るイノベーションプログラムなど、CIC主導の企画も多く、その関連イベントは年間200を超える。

「中立性のあるCICが旗印となって、つながるべき人たちがつながる仕掛けを今後もつくっていきたいです。個人的には日本の現状に危機感を持っていて、もっとイノベーションレベルを上げないとシュリンクしていく一方だと思っています。たとえば日本のスタートアップが海外になかなか出て行かないことや、長すぎる会議、ジェンダーギャップなど……日本ならではの課題に対してCIC Tokyoでできることを考えたい。日本の文化をイノベーションモードに変えていくための、足がかりとなる場所を目指したいです」。

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