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【WORKTREND㉞】事例:本をきっかけとしたコミュニケーションが生まれる空間

日本出版販売

日本出版販売(以下、日販)は、働き方の変化やグループ事業の広がりに伴い、2023年2月に御茶ノ水本社の7階を「OCHANOBA(オチャノバ)」へとリニューアルした。本をきっかけとしたコミュニケーションが生まれる空間とはどのようなものなのか、プロジェクトメンバーの南光太郎氏、植木大志氏、運用に携わる奈良部 紗羅氏にインタビューを行った。

(撮影 鈴木文人)

目指したのは社内外の「ヘッドクオーター」

リニューアルの背景について植木氏は、「もともと100%出社が当たり前でしたが、コロナ禍を機に在宅勤務とのハイブリッドワークになりました。こうした働き方の変化や、御茶ノ水本社に加え関東を中心にグループ20数社の拠点が点在している状況において、会社へのつながりやリアルな場所の意味がより重視されるようになりました。そんな折、代表(吉川氏)の『日販グループのヘッドクオーターとなる場所をつくりたい』という意向がきっかけとなり、本社のリニューアルが決まったのです」と話す。

本社のリニューアルに際し、プロジェクトメンバーとして所属部署の異なる若手社員5名が集められた。「オフィスづくりの知見もなく、事例収集から始めました。どのフロアに何をどのようにつくるか、何も決まっていない状態からのスタートで、まずは働きたいと思えるオフィスとは何かを考えました。ワークショップを開いて社員に課題を聞くと、横のつながりが薄くコミュニケーションに時間がかかることなどが挙げられました。実際、部署ごとにフロアや空間がわかれていて部署間の交流は少なく、当時は他部署の人を『●階の人』と呼んでいる状況でしたので、オフィスの中心に社員が集まるマグネットスペースが必要だと考えました」(南氏)。「目指したのは人材確保です。それは単に新卒採用というだけでなく、社外の方に『この会社と働きたい』と思ってもらうことも含みます。日販の事業を発信することで、社外との共創にもつなげたいと考えました」(植木氏)。

受付スペースの様子。本をはじめ、文具、インテリア、植栽など、
日販グループの「豊かな空間づくり」に関する幅広い事業を発信。

「『若い社員が何かつくっている』と、他人事のように思われてはダメだと思いました。つくって終わりではなく、その前後でいかに巻き込んで自分ごとにしてもらうかを意識して、計画中は全社説明会を何度も実施しました。OCHANOBAへの要望をアンケートで集めて結果をメルマガで配信したり、内装工事の中継をしたり、双方向のやり取りを大切にしました。開設後は、定期的なイベントで利用を促すのはもちろん、引き続きアンケートを実施し、それにより改善した様子を発信することで、意見を受け入れ反映する姿勢をみせるように心掛けています」と南氏は話す。アンケートでは「○○のスペースが気に入っている」などの肯定的な内容から、「音楽を落ち着いたものに変えてほしい」「ライブラリの本を貸し出ししてほしい」などの些細な要望まで、多くの意見が寄せられているそうだ。「たくさん意見をもらえるのは自分ごととして関心を持ってもらえているからこそ」(南氏)と手ごたえを感じている。

本で空間をつくる、本で人がつながる

「出版業界が発展してきた御茶ノ水を、これからも文化発信拠点としたい」という同社の思いは、『OCHANOBA』という名称や内装に反映されている。たとえば、天井をスケルトンにしてフロア内に段差をつくることで、高低差の多い御茶ノ水の地形を表現しているほか、壁の色やレンガの材質、ニコライ堂を意識した曲線など、御茶ノ水を想起させるデザインがちりばめられている。

約2,000冊の本が並ぶライブラリ。(撮影 鈴木文人)

事業で本を扱う日販の象徴でもあるライブラリは、月に数十冊の本が追加され、本の見せ方にも工夫がある。「仕事がしやすいデスクやリラックスしやすい椅子を選ぶのと同じように、仕事の参考になりそうな本や息抜きになる本など、ブックディレクターが空間に合わせて選書しています。また、『1000人の本棚』の本は、イベント等を通じて社員自身が選書しました。売れ筋の本ではなく、誰かの思い入れのある本がノージャンルに並ぶので企業のパーソナリティが表れます。それぞれの本に、選んだ人と選んだ理由が書かれたカードが挟まっており、コミュニケーションのきっかけにもなります。」(植木氏)。廊下にも、毎月異なるテーマで選書される本棚があるなど、さまざまな場面で本に触れられるフロアとなった。

(左)みんなでつくる「1000人の本棚」。(右)空間に合わせた選書が行われている。

ランチタイムににぎわうラウンジは動かしやすい什器で揃えてあり、入社式や株主総会といった会社行事、業務時間内外の交流イベントのスペースとしても利用される。月1回を目安に、短歌や文房具などさまざまなテーマで本を織り交ぜた社員向けイベントが開かれる。「毎回30人から50人ほど集まります。初対面の人でも本があるだけで話題が生まれますし、本1冊あればイベントができるんです。最近は社員自らが読書会や懇親会を開くことも増えています」(南氏)。他社とのコラボイベントを実施したこともあり、各社の社員を交えたイベントはビジネスマッチングにもつながっているという。

そのほか、カジュアルな雰囲気のカフェエリアや、作る・収穫する・食べるという過程を共有するCity Farming、社員のプロフィールがファイリングされたヒューマンライブラリー、社内スタジオにて生放送されるラジオ「オチャノバ放送局」などにより、人が集まりつながる空間となっている。

(左)City Farming。1年を通して毎日15〜20個のいちごが収穫できる。
(右)ヒューマンライブラリー。互いの趣味や得意・苦手なことを知り、
ビジネスでもサポートし合える関係をつくる。

社内外・地域へとひらき、新しいモノ/コトを生む場に

肩の力を抜いて働ける雰囲気や、普段は話さない人にも話しかけやすい雰囲気があるOCHANOBAをめあてに出社する社員は増えているそうだ。各々のニーズに合わせて活用されており、たとえば、経理仕事などの事務処理を所属部署のフロアで済ませたあと、頭を柔らかくして行う仕事や他部署とのコミュニケーションのためにOCHANOBAに訪れる社員が多くみられる。他拠点勤務の社員が本社に来たときの居場所としても重宝されている。また、ABWを意識し窓際席や個室も用意されているため、1人で集中したいとき、オンラインミーティングをするときにもよく利用されており、リニューアル前の課題の1つであった個室不足も解消されたという。

今後について南氏は、「年齢や部署関係なくみんなの場所であることをもっと周知していきたいです。慣れ親しんだ場所が好きな人や、電話する機会の多い営業職など、既存フロアのほうが働きやすいと感じる人もおり、選択肢のなかで働きやすい場所で働くのがよいという前提ではありますが、変化への抵抗感や一部の人のためのものという不公平感を抱く社員にも、もっと気軽に使ってもらえる空間を目指します」と話す。また、「今年度中に、近辺の大学生や、幼稚園・保育園のお子さん、社員のお子さんなどを呼ぶイベントを検討しています。OCHANOBAと同時期にリニューアルした王子の物流センターでは、工場稼働にあたりお世話になっている地域への還元として、リニューアルした屋上で納涼イベントを行いました。出版業界の一員としてOCHANOBAから御茶ノ水に還元していければと思います」と社内だけでなく、地域を含めて社外の人にも活用してもらいたいと奈良部氏は語る。

「私自身、新事業の企画時に、同じメンバーとしか会話せず煮詰まることがありましたが、OCHANOBAで会った人と話すことで頭が整理された経験があります。何気ないコミュニケーションが結果的にイノベーションにつながっているということは、ほかの社員も経験していると思います。今後も共創・事業発展の実証実験の場として、もっと新しいモノ/コトが生みだせるよう考えていきたいです。すでに他社とのコラボイベント等を始めていますが、書店に本を卸すだけでなく、本のある空間・豊かな空間づくりを行う日販として、まず自分たちがライブラリやイベントを通じていろいろなことを試し、OCHANOBAでの体験からお客様が望むものをライブにつくっていきたいです」(南氏)。

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