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【WORKTREND㉘】事例:ありたい姿から逆算したオフィス、運用ルール定着を促す試み

古河電気工業

古河電気工業は2021年7月、東京・千代田区の常盤橋タワーに本社を移転した。コロナ禍発生前に立ち上がった移転プロジェクトがコロナ禍発生を経てどのように進んだのか、また、完成した新オフィスを従業員に効果的に利用してもらうための工夫を、リスクマネジメント本部 総務部 プロパティマネジメント課長 河井健一氏、同部 総務課長 山田 肇氏に伺った。

"ありたい姿"から必要な機能を導き出す

移転前の旧オフィスについて河井氏は「入居当初は500人程度だった在籍人数が徐々に増え、そのたびに通路やミーティングスペース、会議室を執務席化せざるを得ず、次第に同じ形の机が並ぶだけのオフィスになっていきました。最終的に在籍人数が約800人になると、最低限の機能のなかで、自分の席で作業するか会議室で打ち合わせをするかという働き方しかありませんでした。休憩場所の選択肢も少ない状況で、コミュニケーションも生まれにくかったと思います」と振り返る。このようなオフィスを変え、新しい働き方を追求・実施することを目的に、今回の移転プロジェクトが始まった。

「まずは、古河電気工業のペルソナ(従業員像)を設定しました。具体的には、『50代以上・部長』『50代・女性事務職』『40代・数人の部下を持つ課長・営業』『30代・結婚したばかりで小さい子供がいる・(コロナ禍以前すでに)テレワークや時差出勤を実施』『20代・入社間もない新人』など、7つのペルソナに分けられました。生産性の向上、コミュニケーション活性化、ストレス軽減という基本的な考えのもと、ペルソナごとの"ありたい姿"、つまり理想の働き方を24時間の円グラフにしてイメージしました。そして、その実現のために新本社に必要な機能や場所などの要素を洗い出し、オフィスデザインに反映しました。たとえばコミュニケーション活性化の観点では、各フロアをつなぐ中階段や、気晴らしに話ができる場所、リフレッシュできる場所、コーヒーを飲みながら雑談できる場所など、さまざまな意見があがりました。執務席についても、集中特化で電話NGの席やちょっとしたミーティングがしやすい席など、機能によるバリエーションが考えられました」(河井氏)。こうして、一般執務室、集中、コミュニケーション、リフレッシュという機能ごとのゾーンに、多様なファシリティを配置したABWのオフィスプランが完成した。

コロナ禍で必要なファシリティがより明確に

オフィスプランが完成した2020年4月は、ちょうどコロナ禍発生により世間的に出社制限やテレワークの対応が始まった頃だった。「生産性の向上、コミュニケーション活性化、ストレス軽減という基本方針は変わりませんが、コロナ禍を前提に必要な機能を検討し直しました。テレワークやオンラインコミュニケーションが普及することを前提に、オンオフ混在する多様なコミュニケーションへの対応や、集中やリフレッシュといった機能の重要性がより明確になったと思います」と河井氏は話す。機能の見直しを行った新オフィスには、ホワイトボードのある立ちクイック会議スペースや、リアルとオンラインのハイブリッド会議が可能な会議スペースといった多様なコミュニケーションに対応したファシリティが用意された。そのほか、1人用集中スペースや1日30分まで利用可能なリラックスブースなど、新たな機能も拡充している。

壁がホワイトボードになっている立ちクイック会議スペース(左上)、リラックスブース(右上)、
ハイブリッドの会議スペース(下)

また、プロジェクト開始当初は人数分の席数を用意する予定であったが、テレワークが当たり前になったことを受けて座席数を見直した。「コロナ禍で急遽始まったテレワークも、社内システムの運用見直しにより一定程度の業務をこなせることが分かったため、出社率が90%前後だったコロナ前の状況に戻ることはないと判断し、執務席は人数の50%に決めました。今後もし出社率50%を超えても、執務席以外の多様なファシリティを活用してもらうことでカバーできます」(河井氏)。執務席数の半減により生まれたスペースは現在、動かしやすい什器やパーティションを設置し、株主総会や入社式、グループ内の大規模なイベントに活用しやすいレイアウトとしている。ICT機器を充実させて、コロナ禍で増えたリアルとリモートのハイブリッドイベントにも利用しているという。

完成した新オフィスについて山田氏は「時代の変遷で変わってきた価値観に追いつくオフィスになったと思います。すぐ何かが変わるということはありませんが、歩いていて声をかけられる機会が増えたと感じます。以前は事業部ごとに空間がわかれていましたが、今は物理的に壁がなく隣の事業部の声が聞こえるため、部署間の垣根も薄らいだのではないでしょうか。これまでメールでやり取りしていたような用件も、同じ空間にいるのであれば会って話そうという気になりますね。各フロアをつなぐ中階段もわざわざエレベーターを使用しなくて済むため活用されており、コミュニケーション促進の効果があったと思います。人の流れはオフィスの血流であり、止めてはいけないと思っています」と語る。

新オフィスのコンセプトを全従業員に浸透させる工夫

今回のプロジェクトメンバーは各部署から若手中心に集められている。『若い人の意見を中心に取り入れよう』という社長からのトップダウンの発信もあり、古河電工の約3割を占める中高年層からの不満もなく、若手の意見を反映しやすい環境だった。とはいえ、中高年層は自席か会議室で働くかつての働き方に馴染みがあり、気分や業務に合わせて場所を移るABWは面倒に感じたり、オープンな場所でのミーティングに抵抗感があったりと、新しい働き方の実践は簡単ではない。

河井氏も「人事の話やインサイダー情報を扱うような秘匿性の高い会議以外は、オープンなスペースを利用するよう推奨しています。会議室の数もその運用に基づいて最大必要数を考えて計画しましたが、これまでの習慣から秘匿性の低い内容でも会議室を予約してしまう社員も一部にみられます。オープンに話していい内容かどうか、自分のなかの物差しを変えるのは難しいことですが、PCさえ持っていけばどこでも働ける環境がありながら、従業員自身のマインドが縛りになっているように思います」と、運用の課題を感じている。

このような課題に対し、「オフィスのコンセプトを全世代・全従業員に少しでも理解を深めて頂くために社員向けのオフィスツアーを、今は月1回、中途入社の方や異動してきた方を対象に行っています。どういうコンセプトでこのオフィスをつくったのか、どんな機能があるのかという話をすることで、徐々に新しい働き方が浸透していると思います」と、オフィスツアーを担当する河井氏は効果を実感している。

"ありたい姿"を実践してもらうための工夫はほかにもある。「個室の消毒が徹底されない事に対して、正しい使い方を実演した動画を作ってルール徹底を促しました。これからは動画のコミュニケーションも重要になると思っています。いまは、リラックスブースの稼働が低いことに対して、社長がリラックスブースを活用している様子の動画を流すことで利用促進を考えています」(山田氏)。また、ビーコンから取得したデータにより、従業員の位置情報や出社率を各自で確認可能な仕組みを整えているため、同僚の出社状況を確認しながら効率よく働く場所を判断できる。取得したデータはファシリティの改善やオフィスでの課題解決としての活用も目指す。

今後の働き方について河井氏は、「状況に応じて出社率の制限はしていますが、制限の範囲内でのテレワークとオフィスの使い分けは各部門や個人の判断にゆだねています。(意図してそこが働きやすいならそれでもいいが、)何も考えず1日中同じ席に座るのではなく、この業務はどこでやるとベストかを常に意識して、業務に適した場所を自分で選択しながら、より気持ちよく仕事をしてほしいと思います」と語る。

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