WORKTREND

【WORKTREND㉔】事例:リモートだけでは得られない体験とは?九段下オフィスの集まりたくなる仕掛け

リクルート

リクルートは2021年3月頃、首都圏に散らばっていた7つの拠点(面積合計約3,500坪)を同程度の面積である九段下オフィスに集約した。かつては大学の校舎としても利用されていた名残を感じる5棟に分かれたビルである。旧オフィスに入居していた営業やエンジニアスタッフ約1,500人のホーム拠点であり、ほかの拠点の従業員もサテライトオフィス的に利用可能だ。コロナ禍の現在は各部署の出社率50%までを上限としており、実際には20%程度で稼働している。オフィス然としていないこのビルへのこだわりや、これからのオフィスの在り方を、総務統括室 ワークプレイス統括部の西田華乃氏にインタビューで伺った。

オフィス転換期、常識にとらわれないオフィスづくり

リクルートはコロナ禍以前からリモートワークに取り組んでいたこともあり、コロナ禍でもスムーズに働き方を切り替えられたという。そのため、移転プロジェクトが立ち上がった当初は「オフィスは要らないのでは?」という議論も生まれたが、オフィスを従業員が集まる場所として位置づけ、「チームのためのABW(TABW)」「ワーカーの活力を養うウェルビーイング拠点」「タッチレスオフィス」「地球環境への配慮(SDGs)」という4つのコンセプトを軸に九段下オフィスを計画した。

「私たちが過去に手掛けたリクルートのオフィスは、駅チカの築浅物件で執務席8割・会議室2割という”常識的なオフィス”がほとんどでした。しかし、チャレンジできる余地のあるオフィスを手掛けたいという想いから、実は10年程前から廃校のような物件を探していて、仲介会社から最後の最後に紹介されたのがこのビルでした。1960年竣工の古いビルで、天井も低く、オフィスとして使うイメージは持ちにくい物件でしたが、だからこそ自由にチャレンジできる可能性を感じました。偶然ですがこのビルは築62年で、リクルートと同い年でもあります」。

「自分で変えられる」オフィス

ファシリティの配分も、これまでの常識にとらわれずゼロベースで考えている。フリーアドレスのデスクが並ぶ組織に割りあてた執務スペースと、その他スペース(会議室や気軽に集まれるブレストスペース、リフレッシュスペース、集中ブース等)の割合は半々程度に落ち着いた。「2020年2月頃から始まったプロジェクトだったため、オフィス稼働時のコロナの状況が読めず苦労しました」と西田氏は振り返る。

ファシリティには「チームのためのABW(TABW)」の考えを取り入れ、2人から200人まで集まる人数に合わせてサイズや形を調整できる可変性の高さを重視した。また、誰でも感覚的に使い方を理解でき、軽くて簡単に動かせる什器を採用することで、ユーザーが自由に変えられる空間を目指した。たとえば空間の仕切りには、壁や重たいパーテーションではなく、障子風の間仕切りやカーテンが多く採用されている。

「デザイン性も大事ですが、機能性が第一である為、デザイナー様と意見交換を重ね、両方を実現する形を模索しました。カーテンで仕切る空間は、椅子を持ってくれば何人でも集まれると好評です。また、人数に合わせて使いやすい『ジョイン』は最も稼働しているエリアです。1週間単位でも予約可能で、大人数での研修や新入社員との関係構築に便利な広々としたエリアです。サウンドマスキングを活用しているものの、完全にクローズではないため音漏れもありますが、閉め切ってない状態が長時間利用には心地よいという声ももらっています。音の問題は計画時から予想されていたので、モックアップを作って実験を繰り返しました。実験では前後左右と天井方向で音がどこまで聞こえるか、聞こえ方はどうかを確認しました」。

軽量素材でつくられ、女性一人でも簡単に組み立てられるデスク(左上)や、動かして間仕切りにもなるホワイトボード(右上)がある『ブレスト』。200人規模の空間をカーテンで仕切れる『パノラマ』(左下)。
障子風の間仕切りがある『ジョイン』(右下)。

「緊急事態宣言下には在宅勤務でこもりきりになった人も多いでしょう。家にはデスクワークに適した椅子や机はなく、通勤が大事な運動になっていたことに気付いたと思います」と指摘するとおり、オフィスには働くための基本的な什器があり、出社すること自体が運動となる。さらに九段下オフィスでは、最大の特徴でもある東西南北と中央で機能の分かれた5棟の構造を活かし、回遊性高くストレスなく移動できる仕掛けが用意されている。棟と棟の間の屋外空間や渡り廊下などの動線にレンガを敷くことで視覚的につなげ、階段の非常扉を開放することで自然とエレベーターではなく階段での昇降を促す。また、皇居ランに使える、シャワー・更衣室付きのランニングステーションのほか、空気環境・湿度・温度のモニタリング機能やサーカディアンリズム照明など、自宅では得られないウェルビーイングな環境を用意している。

レンガを敷いた屋外空間(左)。オールジェンダートイレ(右)で心身の健康も促す。

従業員がより快適に過ごせるよう、ユニバーサルなオフィスづくりや利便性の向上も意識した。その取り組みの1つとして、オフィス内をすべてタッチレスにできないかと模索したという。オフィスで発生するタッチの機会を洗い出して定量化したうえで、非接触のエレベーターや照明、自動扉を導入し、自動販売機のふたの撤去といった細かな施策も重ねた結果、88%の削減に成功した。「コロナ禍で安心安全の観点からもタッチレスの重要性が増し、取り組みの追い風となりました。たとえば自動扉により重い荷物を持っている場合や車いすでも楽に通れるようになりました。感染症対策の面でも大きなメリットを感じます」と、期待以上の効果を実感している。

コンセプトの一つである地球環境への配慮については、新築ではなく古いビルを使い続けること自体に大きな価値があるだけでなく、間仕切りにカーテンを使う(=必要な資源や防災設備が減る)ことやOAフロアを敷かないことなど、従来の「オフィスの常識」を疑い徹底的に無駄を削減することでも貢献している。「いまや有線LANも固定電話も必要ないのでOAフロアにする必要はないと判断しました。電源コードはフラットケーブルやモバイルバッテリーで代用しています。配線が露出しなくて見た目も良いし、約10cm×階数分、ビルの階数によってはワンフロア分の空間が生まれますから、将来的にはOAフロアのないオフィスが一般的になるのではないでしょうか」。

古墳時代から始まる九段下の年表(左)と、皇居周りのランニングコースが示されたランニングステーション(右)。従業員が地域を知るきっかけや地域社会との共生につなげる意図がある。

九段下オフィスでの挑戦は続く

今回の集約移転により賃料を削減できたうえ、ファシリティ面の工夫で工数や無駄を削減した分、無人コンビニなどの最新技術に対してメリハリある投資を実現した。しかし、「過去の経験からは読めないことが多く、工事中は頻繁に現場に通った」というように、この物件でのチャレンジングなオフィスづくりには苦労も多かったようだ。雨漏りや既存不適格、アスベストの問題などを一つひとつクリアしていったほか、棟ごとに柱や壁の位置が違うため、それぞれレイアウトを考えなければならないという課題もあった。特に、四方をほかの棟に囲まれている中央棟は、明るく開放感のある雰囲気にするために壁を全面ガラス張りに変更し、白を基調にした内装にするなどの手間と工夫を要した。「苦労が絶えませんでしたが、その分完成したオフィスには愛着が沸きました。従業員も棟内を歩き回りながらシーンによって場所を使い分けるなど、狙いどおり自発的に新オフィスを活用してくれています」。

入居から1年余り経つが、今後も九段下オフィスは更新されていく。運用面では、多様なスペースを従業員によりうまく活用してもらうための試みとして、使い方を示す動画を作成中だ。予約システムから得る稼働率のデータや従業員アンケートをもとにファシリティも変化させていく。直近ではオンラインブースや大きめの会議室の増設、ロッカーエリアの廃止などを予定している。「無線電源や音と目線を遮るエアカーテンが実用化されれば導入したい」と語り、今後も九段下オフィスを舞台にさまざまなチャレンジが展開されそうだ。

集まりたくなるオフィスでリモートでは築けない関係性を築く

組織ごとやチーム単位のルールはあるものの、リクルートの人事制度では働く時間も場所も従業員の判断に委ねられている。「今後、九段下オフィスに所属部署のある人数は約3,000人にしていく予定です。出社率の制限も情勢によって緩和される可能性がありますが、執務席は現在の1,500席から増やす予定はありません。集まるためのオフィスとはいえ、在宅勤務やサテライトオフィスといった出社以外の選択肢が当たり前になっているので、出社率が50%を超えることはないと想定しています」。

一方で、リモートのコミュニケーションだけになることへの危機感も認識している。「リモートワークのまま2年が経ち、難しさも出ていると個人的には感じます。私自身、最初の数ヶ月は過去の『貯金(信頼残高)』がありましたが、顔を合わせたことのない異動者や新入社員が増えるうちに帰属意識が薄れ、業務以外のコミュニケーションをとれないことで『貯金』が目減りしているかもしれないと感じることがあります。また、業務以外のコミュニケーションも重要で、1,000時間リモートで話しても得られないものがあると思います。たとえ個人作業が多くても、出社してオフィスですれ違うだけでも築ける関係性はあるはずです。月1回の部会では9割近いメンバーが出社するので、誰かに会えるとわかっていれば出社したい人は多いのだと思います」と話した。また、「中途社員が関係性を築きやすいように、はじめのうちは数名ずつのメンバーにローテーションで出社してもらい、慣れてきたら徐々に出社日数を減らしていく、という運用を取り入れたことがあります。少しの時間でも顔を合わせたり、お昼ごはんを一緒に食べたりするだけでも関係が深まるようで効果的だったと思います」と、対面のコミュニケーションの効果を実感している。

「働き方の選択肢がない会社は選ばれない時代です。出社を強制することはありませんが、顔を合わせて関係性をつくることも大切だと思います。そのために、九段下オフィス以外も含め、出社が前提でなくても来たくなる・集まりたくなるオフィスの仕掛けが必要です。また、どこでも働ける運用であっても、従業員一人ひとりのホーム拠点を定め、そこに行けばメンバーに会えるという”居場所”をつくってあげることも大切だと思います」。

TOPへ戻る

関連記事

VIEWPOINTWORKTREND

【WORKTREND㉓】人間の可能性を引き出す「場」の力、オフィスビルが果たす役割

相浦みどり/PLPアーキテクチャー 担当役員

ポストコロナに求められるオフィスとはどのようなものか。スマートビルの代名詞「ジ・エッジ」をはじめ、世界のビルや都市開発を手掛けてきた専門家に聞いた。

VIEWPOINTWORKTREND

【WORKTREND⑪】コロナ禍にみられる企業のワークプレイス戦略

コロナ禍で加速した働き方の変化に応じて、ワークプレイス戦略の見直しが進んでいる。多くの企業が模索を続けるなかで、現れてきた取り組みを紹介する。