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【WORKTREND⑳】グローバル:ネットワーク型経済における企業の役割は何か?

仕事とワークスペースをメインテーマとする世界的な知識ネットワーク「WORKTECH Academy」(ワークテック・アカデミー)では、グローバルトレンドを俯瞰する多彩な記事を発表している。今回はその中から、ラミダス・コンサルティング社の社長兼不動産専門作家、アナリストであるロブ・ハリス博士のレポートをご紹介する。

パンデミックは、恒久的なリモートワークを望むオフィスワーカーと、オフィスへの復帰を求める企業との対立という点で、ワーカーと雇用主との関係の変化を浮き彫りにした。そして、ハイブリッドワークの世界における企業の役割は、4つの段階を経て5段階目に入りつつある。

リスク管理からカルチャー管理までの4つの段階を経て進化してきた企業の役割が、5段階目を迎えようとしている。それは、これまでで最も過激な変化である。

1.リスク管理

1660年代、国際貿易のコストとリスクの増加に対処するために設立された株式会社が、近代的な企業体の始まりであった。東インド会社は最も有名な例で、最初の事務所は現在のロンドン市内にあるロイズビルの敷地内にあった。

その後1844年に制定された会社法により、営利目的で設立された流通株のある組織やメンバー数が25人を超える組織は、すべて法人化しなければならなくなった。その後まもなく、現代的な意味での有限責任は企業体の共通の特徴となった。このように、初期の企業の主な役割はリスク管理であった。

2.コスト管理

第2段階はコスト管理である。ノーベル経済学賞を受賞したロナルド・コース氏は、1937年の論文で「個人よりも企業体のほうが生産や取引のコストに対処する能力が高いため、市場での取引相手には個人よりもパートナシップや会社などの事業体のほうが好まれる」と主張した(*1)。しかし、19世紀後半から20世紀に取引コストの内部化が進むと、人員増や業務の複雑化が起き、企業体は次第に官僚的になっていった。

3.「事務職員軍団」の管理

組織が部門化・階層化され、大規模で柔軟性に欠けた鈍重なビジネスモデルが発展したことで、ワーカーの仕事は事務的なプロセスベースのものとなり、等級と職務が明確に区分されるようになった。大手メーカーや銀行、保険会社、広告・メディア会社、法律事務所、会計事務所などの本社は、すべて大きな建物に集中していった。そして、何層もの管理体制が構築され、アメーバのように複雑な部門構造に分かれていった。

このコーポラティズムの時代は、ウィリアム・ホリングスワース・ホワイト氏の『The Organization Man』(*2)やアンソニー・サンプソン氏の『Company Man: the Rise and Fall of Corporate Life』(*3)に見事に描写されていた。ミクルウェイト氏とウールドリッジ氏は『The Company』(*4)において、「新しい垂直ファイリングキャビネット型の摩天楼は、広大な企業帝国を管理する大勢の従業員の軍団に提供するために再設計された」と述べている。

このように、企業の第3の役割は、膨大な数の労働者を物理的に配置し、共通のプロセスと手続きに体系化することであった。

しかし、1990年代初頭の不況の後、経営の専門家たちはより効率的な構造を支持し、複雑化・肥大化した組織の終焉を語った。AT&TやGE、Hanson、ICI、Racal、Shellなどの企業は、アウトソーシングとディレイアリング(管理体制の簡潔化)に取り組み始めた。同時にデジタル革命が加速し、やがて大企業と中小企業が対等な立場となり、より多様な企業風景が出現してきた。そして、事務職と管理職を中心とした大勢の従業員を管理する企業の役割に陰りが見え始めた。

4.カルチャー管理

21世紀前半には、より流動的で俊敏な組織が普及し、製品価値よりも知的価値が高まったことを受け、経験や事業を共有する場としての役割が注目されるようになった。つまり、企業の役割は企業文化を創造すること、「人財」を惹きつけて育て、忠誠心と一体感を生み出すことへと進化した。

テーブルサッカーやスライドなどの遊びをオフィスに取り入れる大胆な試みは、残念な結果に終わった。しかし、「強いチームをつくる」という概念は広く受け入れられ、メイポール(ヨーロッパの民俗祭で建てられ、周りを人々が踊りまわる木の柱)のような、人々が集まって共通の目的を見出すスペースを設けたオフィスが支持されるようになった。「ワークプレイス体験」という概念は、企業の厳しい現実(利益追求)と人間中心の要求(忠誠心)の融合を目指すデザイナーにとって当たり前のものとなった。

ただし、このトレンドに対するソーシャルメディアや新聞などのコメントには不協和音が生じていた。一方では、パンデミック下における新しい期待に応えず、従業員のニーズを理解しない有害な企業経営の文化、他方では、時代遅れで魅力がなく、不健康で陳腐な機能不全の職場であると指摘されている。さらに、通勤再開に対するワーカーの抵抗感が強まっていることも、企業の新しい役割に対する真の挑戦といえるであろう。

「新しい期待に適応していない有害な企業経営の文化…」

このような視点が長く続くかどうかはまだわからない。しかし、結果はどうであれ、企業の役割が再び変化していることは確かだ。

5.第5段階はネットワークの管理?

デジタル革命はすべてを変えた。それぞれが孤立した「企業の島」は終焉を迎え、代わりに知識ベースの仕事や進展した専門性、複雑なサプライチェーン、派遣労働者からなる「ネットワーク型経済」が主流となっている。接続性の重要性、構造の変化、知識労働者の優先順位などによって、企業の役割が変化している。

同時に、テクノロジーを駆使して働く人々が急速に増え、いつ・どのように・誰のために働くかを選べるようになっている。自身の働き方をより管理できるように起業を選ぶ人も増えている。そして私たちは、週5日にわたって同じ空間で働く必要はなく、非同期型の働き方が完全に実現可能であることを学んだ。

このような状況下で、企業の最も重要な役割は、社内ネットワーク、社外ネットワーク、物理的ネットワーク、デジタルネットワークなどのあらゆるネットワークを管理することにある。では、これからの企業の姿はどのようなものになるのであろうか。

将来の企業は、デジタル・プロジェクト・マネジャーのような存在になるかもしれない

大胆な仮定から始めてみよう。現在2万5,000人から5万人の従業員を抱えている企業が、2040年には2,500人から5,000人の従業員で同じ成果を達成できると仮定する。

さて、それはどのような組織かというと、流動的で浸透性が高く、適応的なものになるだろう。将校や下士官、その他の階級からなる軍隊のような階層的で古いスタイルは忌み嫌われ、企業は「島」から、有機的かつ流動的な方法で組織化された「ビジネス・エコシステムの一員」へと移行するのだ。

そのとき企業は、デジタルプロジェクトおよびプログラムのマネジャーのような存在になる可能性がある。そこではガバナンスや財務、ESGの各機能に支えられた少人数の中核スタッフが、新製品や新サービスの設計と開発を調整し、販売やマーケティング戦略を策定する。人事やIT、不動産などの機能的なアウトソーシングが広範に行われるほか、労働者のアウトソーシングも広まり、中小企業やフリーランスワーカーの急成長を促すかもしれない。

内部的には、プロジェクトとタスクのニーズに応じて関係性の形成と解消が行われるようになる。ナレッジワーカーと人工知能(AI)はビックデータを共同で活用し、下流の顧客関係と上流のサプライチェーン関係を管理する。一般的な取引活動は人工知能が担い、専門性を持つ人間は人工知能の手に負えない高度な仕事のみを担当することになる。

この中核的な労働力のほかに、派遣労働者を含む外部の労働力が加わるだろう。これらの労働者にとって企業との関係は、共生的なものから取引的なものへと変化していくと考えられる。さらに、多くの労働者が、どこで何日働き、どのような報酬を得てどのくらい休暇をとるかを決められるようになる一方、企業年金や有給休暇、ウェルビーイング、その他の福利厚生など、現在享受している恩恵を失うことになる。

オフィスは高品質なコアスペースと汎用的なその他のスペースで構成され、オフィスビルのサービス化が進む

企業の不動産に対するニーズはより流動的になり、大規模な1棟ビルに集中することなく分散化される。不動産はほかの商品と同様に、日単位や月単位、年単位など、企業の必要に応じた期間で契約されるようになる。オフィスもラグジュアリーホテルとビジネスホテルのように使い分けられ、コアスペースは高品質で魅力的な環境を提供するために特注で設計される一方、ほかのスペースは汎用的なものになるだろう。

「企業の『心臓部』は大学のようでもあり、ホテルのようでもあり、クラブのようでもあり、職場のようでもある…」

コアスペースは、ガバナンスや企業風土、教育、人間関係を管理する「企業の心臓部」となる。デスクトップPCも電話もなく、拡張現実と仮想現実にいつでもアクセスできる。この「心臓部」は大学のようでもあり、ホテルのようでもあり、クラブのようでもあり、職場のようでもある。それは、静かで瞑想的な空間やチームワークの空間、社交の空間のブレンドで構成される。

不動産の供給側は今後、サービス主導の業界へと進化していくだろう。そのためにはホテル業界のように、所有と運営を分離することが基本となる。

所有者と運営者が分離されれば、不動産業の収益において、資産価値の向上(キャピタルゲイン)だけでなく、サービスの提供によって得られる収益(インカムゲイン)が重要視されるようになるため、よりシンプルで環境に優しい建物の供給が見込まれる。賃貸オフィスビルにとっては、光と空気の質やビル管理システム、サービスの提供、フロントサポートなどがすべて「体験型」ワークプレイスを提供するうえで考慮すべき重要事項となるだろう。

これらすべては、私たちがオフィスの「第5の時代」に急速に移行していることを示唆している(*5)。

  • *1)出典:Coase R (1937) 、『The Nature of the Firm Economica』、 Vol 4、 No 16、386~405ページ
  • *2)出典:Whyte WH (1956)、『 The Organization Man』
  • *3)出典:Sampson A (1995) 、『Company Man: the Rise and Fall of Corporate Life』
  • *4)出典:Micklethwait J & Wooldridge A (2003)、『 The Company: A Short History of a Revolutionary』
  • *5)出典:Harris R (2021)、『 London’s Global Office Economy: from Clerical Factory to Digital Hub 』337ページ
筆者:
* Rob Harris博士は、ラミダス・コンサルティング会社の社長兼不動産専門作家、アナリスト。ハリス博士の新しい本『London’s Global Office Economy: From Clerical Factory to Digital Hub』は、2021年にRoutledgeにより出版されている。

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