【WORKTREND⑱】グローバル:オフィス回帰の付加価値を高める10アイディア
英国のWORKTECH Academy(仕事とワークスペースをメインテーマとする学識者・専門家・実務家による世界的な知識ネットワークで、グローバルトレンドを俯瞰する多彩な記事を多数発表)が2021年第三四半期に発表した「Trend Report Q3 2021 『Scoring a Strike:Ten ideas to target on return to the office』」では、企業が社員をオフィスに回帰させる際に付加価値を付ける10のビッグアイディアを紹介している。これらは世界をリードする10人の専門家が、ポストコロナに向けて企業はハイブリッドな働き方を前提にワークプレイス戦略をどのように策定していくべきかについて都市(都市計画・開発・公衆衛生)、組織(フレキシブルな働き方・データ・文化・ワークプレイス戦略)、建物(オフィスデザイン・インクルージョン・空間設計)の分野から語ったものである。今回はこのレポートの要旨を日本の読者向けに紹介する。
1.都市
都市計画:深みと多様性のある人間味あふれる都市づくりを
英国の代表的な建築家であるトーマス・ヘザーウィック氏は、社員が働く場所を選択できるようになった今、より人間中心のワークプレイスを目指す企業は、オフィスを置く都市のタイプを慎重に考慮すべきであると語る。また、効率性を重視した都市づくりでは、「感情的な機能性」と「より強いコミュニティの価値」が必要であるという。
そのような人間味あふれる都市において、オフィスビルと市民やコミュニティのスペースを統合することは重要な要素である。人々が行きたくなるような創造的で面白い空間を作るために、開発者や入居企業が、単に「お金を追いかける」のではなく、建築家、開発者、コミュニティが一体となって協力するよう呼びかけている。
また同氏は、このような新しい都市部に位置するオフィスビルは、人材の採用や社員をオフィスに回帰させる上で有効であると語る。
都市開発:コミュニティや地域社会を中心に据えた開発を
Google社でパンデミックの際に行われた調査では、従業員は新しい職場が社会的、文化的、学習的な活動のファシリテーター(進行役)として機能することを望んでいることがわかった。そのためには、新しい職場を文化的な活動から離れた都市の周辺に置くのではなく、都市の社会的な中心部に置くことが必要である。
同社のシニアディレクターであり、同社がカリフォルニアに建設するDowntown West Campus(建設費約1700億円、敷地面積約98万坪)の開発計画の責任者であるアレクサ・アリーナ氏は、ポストパンデミックの時代に大規模なオフィス開発を計画している企業は、コミュニティからのフィードバックのレベルを上げることを意思決定プロセスに組み込むべきと主張した。また、そのようなコミュニティ主導の意思決定は、より包括的であるだけでなく、社内外の人々に受け入れられ、支持される可能性が高いと述べている。
公衆衛生:ビジネスリーダーは組織の壁を越えて社会の健康格差に取り組むべき
公衆衛生の研究者でユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教授のピーター・ゴールドブラット氏は、「パンデミック後、企業は社員の健康とウェルビーイングをサポートするだけでなく、より広い範囲での公衆衛生課題、たとえば都市における健康格差にも対応すべきだ」と提唱している。
同氏は現役世代の健康状態は全般的に停滞し、健康格差も拡大しており、社会的に最も貧しい人々の健康状態が悪化していると述べている。そこで、より健康な社会でビジネスを成功させるために企業がとるべき3つの方法を提案している。第一に、企業は「社会全体の視点」から人事制度を見直すべきである。そうすることで、企業の方針は自社、社会、ステークホルダーに与える影響を見極めるだろう。第二に、人々の健康と自然的な環境との間には明確な関係があることを認識し、職場の設計に環境に配慮した方針を採用するよう努めること。第三に、企業は「優れた経営手法によるフレンドリーな職場環境」の構築に努め、特に地位や給料の低い労働者のストレスを軽減することに注力すること、である。
同氏は、コロナ危機は、多くの人々にとって仕事が不安定なものであることを露呈させ、不平等な状況を悪化させたが、政府、地方自治体、企業は、公衆衛生を支えるために、仕事の量だけでなく雇用の質を高めることに注力する必要がある、とも述べている。
2.組織
フレキシブルな働き方:フレキシブルスペースが重要な資産となる理由
世界的な経済学者であるジム・オニール教授は、金融業界での長いキャリアの中で、度重なる出張と対面式の会議を身をもって体験してきており、現在はフレキシブルな働き方に対応するためには企業文化を変える必要があると考えている。その中で、フレキシブルスペースが企業の不動産戦略に与える影響や、企業が社員個人や社会の規範や欲求などを無視することで生じる危険性について着目している。
また同氏は、何十年もの間待ち望まれていた仕事の世界における変革が今まさに起きており、ようやく人々の生産性を向上させる基盤が整い、より効率的な生活を送ることができるようになったと語る。一方で、多くの大手銀行は依然として行員全員をオフィスに戻すことに固執しており、企業全体の働き方が今後どうなるのかは不確かな状況である。
データ:ピープルアナリティクスを社員のパーソナルなものにする理由
ボストンコンサルティンググループのアソシエイトディレクターのクリスティ・ウールジー氏は、社員のワークプレイスデータについて、これまでは主に建物のパフォーマンスや居住者の効率を測定するために企業に使用されてきたが、これらのデータは企業だけのものではなく、社員が「自分の認知能力や健康状態を管理する」ために、自分の個人データにもっとアクセスできるようにすべきだと主張する。
パンデミックの影響で、デジタルとフィジカルな体験が一体となってエンゲージメントとビジネスバリューを促進する世界へのシフトが加速する中、同氏は、インテリジェントなワークプレイスは人間の潜在能力を引き出すために活用されるべきであると述べる。
また、社員や組織に関する「データ」を収集・分析し、組織づくりに生かす組織開発の手法とされるピープルアナリティクスにおいて、これまでプライバシーや透明性が課題として提起されてきたこともあり、企業が社員のデータを収集するように、社員も自分のデータの内容やいつ収集されているかを知り、そのデータから得る価値を実感できるようにする必要がある。
以上のように、社員から最高の生産性を得ることができる企業は、人とパフォーマンスを第一に、建物管理やスペースの効率化を第二に考えて、データ戦略に取り組む企業である、と同氏は述べている。
文化:オフィス復帰後の社員の燃え尽き症候群に注意
米国の心理学者であり、ギャラップ社の戦略的リーダーでもあるベン・ウィガート教授は、パンデミック後、社員がオフィスに戻ってきたときに燃え尽き症候群を発症する危険性があると警告する。そしてそれらが、社員のエンゲージメント、ウェルビーイング、生産性に悪影響を及ぼさないかを企業は注意深く見守る必要があり、これら3つの要素を織り交ぜて組織を一つの絵にすることが重要だと同氏は述べている。
ギャラップ社が実施したコロナ危機時の社員のエンゲージメント追跡調査では、通常、相互に影響し合うエンゲージメントとウェルビーイングが乖離していた。パンデミックの初期段階では、エンゲージメントが高いままだったのに対し、ウェルビーイングは低迷した。燃え尽き症候群の社員が抱える共通課題は、「優先順位の競合と変化」、「容赦ない仕事量」、「新しいプロセスやアプローチに自信が持てない」、「精神的な重圧を抱えている」、「得意なことができない」などであった。
同調査では、燃え尽き症候群を防ぎ、ポジティブな体験をするためには、マネージャーの存在が欠かせないことがわかっている。70%の従業員は、上司のサポートがあれば燃え尽き症候群になる可能性が低下し、62%の従業員は、上司が仕事上の問題に耳を傾けてくれれば、燃え尽き症候群になる可能性が低下するという。
また同氏は、リモートワーカーの調整、信頼関係の構築、機会均等の観点からの公平性の確保、生産性の測定などの課題もあげている。デジタルツールはこれらの課題に対する解決策を提供してくれるが、技術的な疲労やツールの使い過ぎが燃え尽き症候群の原因になることを警告しており、「テクノロジーは別の重荷ではなく、答えである必要がある」と主張している。
ワークプレイス戦略:自分たちの未来のビジョンをつくる
「企業は未来を予測するのではなく、自分たちが望む未来を積極的に形成すべきだ」。これは、米国のベストセラー作家であり、アリゾナ州立大学のレジデンス・フューチャリストのブライアン・デビッド・ジョンソン教授の見解である。同氏は、自らを「予測することを拒否する未来学者」と称し、未来は固定された場所ではなく、形作り、デザインすることができると主張する。よって、企業は未来にどう備えるかを考えるだけでなく、自社のビジネスに直接利益をもたらす未来を実現するためにどのように行動すべきか、を考える必要があり、未来のビジョンを描くことで、企業はその未来を実現するために、どのようなステップを踏み、どのような要素を導入し、どのような障壁を乗り越えなければならないかを理解することができる、と語る。また、企業が望む未来を理解するためには、他人の意見に耳を傾ける必要があるが、そこには限界がある。間違いはあるだろうが、重要なのはその間違いを軌道修正することであるという。
同氏は、最初のステップは、社員や顧客とオープンに会話することだけであるという。そして、企業は変化を起こすために必要なツールを見極める必要がある。その際、変化の計画に必ずしも同意していない社内の人々の意見も考慮する必要があるものの、それがイノベーションの妨げになってはならない、と述べている。
ワークプレイスの未来に関する専門的な知識は、社員の期待を形にするのに役立つが、企業は自分たちの未来を一歩一歩計画することに積極的に参加する必要がある。世界的なパンデミックから脱却するために、企業の意思決定者は最初から明確にした未来のビジョンに向けての進捗を追跡できるような実用的なフレームワークを開発し、今こそワークプレイス戦略の再設定ボタンを押すべきである、と語る。
3.建物
オフィスデザイン:長距離フライトのようなオフィスを終わらせる時が来た
「ポストパンデミック時代のオフィスは、自宅で仕事をするよりも快適で刺激的な空間をつくる必要があるだろう」。これは、世界的に有名な建築事務所BIG(Bjarke Ingels Group)のテクニカルディレクターであるアンディ・ヤング氏の見解である。同氏は、セキュリティ、人工照明、真っ白な壁、限られた空間、居心地の悪い座席配置など、「オフィスでの仕事は8時間の長距離フライトに多々似ている」と語る。自宅で仕事をする方が快適な場合が多いが、オフィスの価値を証明するために、ワークプレイスデザインを再構築する必要があると考える。
オフィスが提供する物理的な近接性がなければ、イノベーションの割合は減少する。よって、企業はオフィスが何よりも社会的な交流や人との近接性を生み出すものであることを受け入れるべきであり、社員が実際に仕事に出てくるようにしなければならない。そのためにも、企業は快適さとインスピレーションのための空間をデザインし、社員がオフィスに戻ってくることを促すようなコミュニティ感を実現する必要がある、と同氏は語る。
また現在、企業や組織は、持続可能性(サスティナビリティ)や温暖化対策などに配慮したオフィス(二酸化炭素排出量を削減したビルなど)を求めている。オフィスをまるで自宅にいるかのように感じさせたり、温暖化対策やメンタルヘルスの問題などに取り組むことは、それらに意欲的な新世代の人材を惹きつけるための企業努力の一環である。
インクルージョン:神経多様性(ニューロダイバーシティ)を考慮した設計を
建築事務所のHOK社のワークプレイス部門のディレクターであるケイ・サージェント氏は、ハイブリッドな働き方で人材のプールを広げる企業は、神経多様性(*1)をもつ社員の環境的なニーズについてより深く配慮できるよう、さらに成長する必要があると語る。
- *1 神経多様性(ニューロダイバーシティ):人間の認知機能の多様性を認識し、ASD(自閉スペクトラム症)・ADHD(注意欠陥多動性障害)・ディスレクシア(発達性読み書き障害)・ディスプラクシア(協調性運動障害)などの神経乖離性疾患をその自然の多様性の一部として含める概念
企業がより柔軟な働き方の制度を導入した結果、企業は人材プールを拡大し、優秀な人材を探す際により広い範囲に網をかけることができるようになった。ハイブリッドな働き方は、コロナ危機前のように、社員がオフィスから通える距離にいなければならないという制約を取り除きつつある。しかし、神経多様性のある社員を含む、より多様な労働力には、より包括的なワークプレイスデザインが必要である。
企業は何年も前から職場における多様性の重要性を強調してきた。しかし、同氏が「ダイバーシティは人材から見いだせる多様性であり、インクルージョンとは一人一人がもつ内面的特徴である」と語ったように、ダイバーシティは人材プールを広げた際の副産物であるが、インクルージョンとは、社員のマネジメント時に社員一人一人がそれぞれ有する神経多様性のニーズに応えることを意味している。同氏によると、7人に1人が神経多様性を持ち、そのうちの約50%は、自分が神経多様性であることを知らないとのことである。したがって、雇用主はワークプレイスが人々にどのような影響を与えるかを理解し、さまざまな神経学的背景を持つ社員が働けるような多様な環境を構築する責任があり、人々の特定のニーズに合った選択肢を提供するスペースのエコシステムを構築する必要がある。ワークプレイスは人々が集中したり、考えたり、創造したり、コミュニケーションをしたり、集まったりなどさまざまな活動を可能にするべきである。同氏は雇用主が大幅に改善できる方法の一つとして、音響環境を提案している。これは職場を静かにするということではなく、異なるレベルの音響的な快適さに対応する異なるスペースや環境を用意することである。
空間設計:出会いの場としてのオフィス
「ポストパンデミックの時代には、オフィススペースは社員にさまざまな機会やチャンスを与える『機会構造』の場となり、社員間の社会的な交流を促進するための施策により真剣に取り組む必要がある」。これは建築社会学の専門家でユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教授のケルスティン・ザイラー氏の見解である。同氏は、ハイブリッドワークモデルの一環として社員がオフィスで過ごす時間が短くなっていることから、イノベーションを生み出す効果を最大限に高めるためにオフィス環境を適応させることが重要であると考えている。
同氏は、オフィスがイノベーションに貢献するのは、物理的な空間と予定外の出会いがあるからだという。この2つは、自宅で仕事をする場合にはほとんど再現することができない。同氏は、コーヒーショップや駅のホームで出会う人たちのような「弱い絆」が重要だと考えている。しかし、パンデミックではそのような絆は失われてしまい、自宅で仕事をするとなると、自分のチームとしか関わりを持たず(「強い絆」)、外部の人とは関わりを持たないため、アイディアがすぐに陳腐化してしまう。そのため、デジタルやハイブリッドワーキングを検討する際にはこの点を考慮する必要がある。空間計画は人を集めることも遠ざけることもできるものであり、物理的なスペースをうまく設計すれば、企業と社員のアイデンティティー、信頼、コミュニティ、帰属意識に役立つものとなる。
企業が社員をオフィスに呼び戻す際に注目しなければならないのは、「帰属意識」という考え方である。空間構成の違いによって、出会いを促したり、避けたりすることができる(距離を置く、プライバシーを守る、集中するなど)ようにするなど、オフィスの利用者がオフィスのレイアウトを新たに見直すことができるようにすることが重要である、と同氏は語る。
4.最後に
以上、世界をリードする10人の専門家たちによる、オフィスに社員を戻す際に付加価値を高めるキーアイディアを紹介した。企業は社員をオフィスに戻す際に、健康、文化、戦略、データ、デザイン、インクルージョン、柔軟性、エンゲージメントなど、さまざまな目標を同時に達成することが求められる。それは、体力、集中力、そして正確さを必要とする作業である。
今回取り上げた10のアイディアがポストコロナにおける企業のワークプレイス戦略のヒントになれば幸いである。
関連記事
ポストコロナに戻るべきオフィスとは? WORKTECH 20 Tokyoレポート
10月に開催されたワークテックでは、コロナ禍を受け急激に変化する世界のワークプレイスや働き方事情が語られました。ダイジェストで紹介します。
大企業の人材獲得ニーズに応え、フレキシブルオフィスは郊外へ
ジョン・ウィリアムズ/ザ・インスタント・グループ マーケティング部長
世界の大都市で成長してきたフレキシブルオフィス市場が今、郊外や準大都市などへ移行しつつあるといいます。企業利用の拡大がその後押しとなっているようです。