【WORKTREND⑯】シニアが活躍する社会に向け、企業にできる職場づくり
労働力の主力になりつつあるシニア世代
いうまでもなく、わが国の少子高齢化が確実に進んでいる。2008年をピークに総人口が減少に転じた一方、65歳以上の高齢者人口が微増し、結果として高齢化率は上昇し続けている。国立社会保障・人口問題研究所によると、2065年に、生産年齢(15~64歳)人口割合は51.4%まで低下するのに対して、高齢化率は38.4%まで上昇すると見込まれている(*1)。労働力の不足を補填するには、シニアの活用は一番の近道かもしれない。また、人生100年時代といわれるように、人々の健康寿命が伸び続けており(図表1)、働く能力および意欲を有するシニアは増えていくと予想される。社会にとっては、彼らが生き生きと働ける環境をつくることが重要な課題となっている。
- *1 出所:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成 29 年推計)」
【図表1】 健康寿命*の推移
実際、タクシー運転者の平均年齢が59.5歳になったことや、90代にしてマクドナルドの店舗スタッフとして働く方がいるなど、私たちの日常生活を支える労働力として、シニアはすでに大きな存在感を示している。OECDのデータによると、日本の高齢者の就業率は世界的にみても高い水準になっている(図表2)。さらに、近年「高年齢者雇用安定法」の一連の改正によって、シニアの就労機会がより確実に確保されてきた。高齢化大国の日本は、シニアの労働参加の分野においては決して低い水準ではないものの、就業における選択の幅や仕事に対する満足度といった働く「質」の目線では、まだ改善の余地があるだろう。
【図表2】 G7における高齢者(65歳以上)の就業率(2020年)
シニアが活躍できる職場づくりのための取り組み
日本では中高年の転職が容易ではないため、シニアになっても働き続けるとしたら、現役時代と同じ企業で働きたい労働者が多いだろう。現在も、法律により努力義務と定められた「65歳までの雇用確保措置」を大多数の企業が採用しているが、その中身をみると、「定年制の廃止」や「定年の引上げ」を実施した企業の割合は合わせて2割程度にとどまり、8割近い企業が「継続雇用制度の導入」を選択している(図表3)。つまり、多くの企業では、従業員が定年を迎えると一旦雇用契約を終了させ、新しい労働条件で再雇用することにしているのである。実際に新しい労働条件では、嘱託やパート・アルバイトなど非正規型の雇用形態となり、賃金水準が定年前に比べて低下するケースが多くみられる。JILPTの調査(*2)によると、定年後も同じ会社で継続して働く人の82.3%は、定年到達直後に賃金が減少している一方、仕事内容については「変化していない」と答えた人が57.2%にのぼった。つまり、定年だけが原因で賃金が減った人が一定数存在している。
- *2 出所:JILPT「60 代の雇用・生活調査(2020年3月)」
【図表3】 雇用確保措置の内訳
業務内容が同じであるにも関わらず、賃金が大きく異なることは、そもそも「同一労働・同一賃金」の原則に反しているといえる。また、働くシニア自身も、賃金に対して満足している人は44%にとどまっている(*3)。賃金に不満があれば当然シニア労働者の働く意欲は低下し、職場全体の生産性への影響も懸念される。今年から雇用確保措置の努力義務は65歳から70歳まで引き上げられ、定年後継続して働く労働者がさらに増えると考えられるため、彼らが納得して、従業員の一人として堂々と働ける報酬制度の構築は喫緊の課題になるだろう。
先進企業事例として、たとえばITサービス会社のSCSKは深刻なIT人材不足を受け、定年になったベテラン社員にも主戦力として活躍してもらうために2018年から「シニア正社員制度」を導入した。65歳まで正社員としての雇用を保証するほか、専門性やパフォーマンスの高さに応じて「グレード別加算給」や「専門性認定手当」が支給される。また、貢献度によっては現役社員と同レベルのボーナスも得られる。年齢と関係なく、高いスキルを持った人材が前向きに活躍できる制度である。
- *3 出所:日本労働組合総連合会「高齢者雇用に関する調査2020」
テレワークやリスキリングが追い風に
一方、年齢を重ねることで身体能力が低下し、短時間勤務やフレックスな勤務形態を望む労働者も当然いるだろう。そこで、昨今浸透してきたテレワークを活用することで、身体的負担の大きい通勤を減らしたり、柔軟な働き方や働く場所を提供したりして、無理のない範囲で働きたいシニアの活躍を促すことができるかもしれない。たとえば、コンタクトセンターやバックオフィスなどの顧客接点周辺のBPOサービスを提供するりらいあコミュニケーションズはコロナ禍以前、体力面での負担や身内の介護といったシニア特有の事情から、シニアの割合が高いチームの欠勤率が高いという課題を抱えていた。しかし、コロナ禍を機に在宅勤務を導入した結果、シニアオペレーターが自身の都合にあわせて働くことが可能となり、欠勤率が大幅に改善したという(*4)。
- *4 出所:2021年4月20日公表 ジョブズリサーチセンター「シニア(高齢者)世代の継続雇用を実現した、在宅ワーク導入事例」
また、職種によっては、労働負荷の大きさからそのまま続けにくい業務や、技能・知識の大幅刷新が必要なポジションも少なくない。こうした場合は、働く意欲のあるシニアを活用できるよう、企業が従業員に新たなスキルを習得させる機会、いわゆるリスキリングの機会を提供することが望ましい。リスキリングを通して、シニアは新しいスキルを得ながら、長いキャリアで積み重ねた知恵と経験を活かし、新たなライフステージでも生産性を発揮できるだろう。しかしながら現状では、シニア自身が生涯学習の必要性を感じにくいことや、シニア従業員の教育に対して企業の期待値が低いことから、先進諸国と比べると日本のシニアの職業訓練参加率は低い水準にとどまっている(図表4)。DX時代においては、新たに生まれる業務や変化し続ける働き方に対応できるよう、シニアに限らずすべての労働者に生涯学習が求められるため、リスキリングは、企業全体の人材戦略においても重要なテーマになるであろう。
【図表4】 55~64歳の雇用者の仕事に関連した訓練への参加率
シニアのもう一つのキャリアパスとして、長年培ったビジネスノウハウや築き上げた人脈を活用し、自ら新事業を立ち上げるケースもある。実際、日本の起業家のうち、60代以上の割合はすでに3割を超え、起業の主力といっても過言ではない(図表5)。そこで、国や自治体も後押しするよう、支援策を打ち出している。たとえば、資金面のサポートとして日本政策金融公庫がシニア起業家を対象に最大7,200万円を融資する制度があるほか、神奈川県が主導でシニア起業家向けにビジネスグランプリを開催したり、低料金レンタルオフィスを用意したりしている。また、民間企業がシニア従業員のセカンドキャリアを支援する動きもみられている。独ボッシュ日本法人は、定年を迎える従業員を他部署及び社外とマッチングする仕組みを設けた。ベテラン技術者としてのノウハウが元の職場だけに留まらず継承されるほか、シニア自身の働きがいややりがいの向上にもつながっている。
【図表5】 シニア起業家の割合推移
自由な選択が尊重される社会に
就職を機に会社に入り、若手、中堅、ベテラン社員を経て定年を迎えるキャリアパスはほとんどの日本人ワーカーが経験している。従来、キャリアの終点かのように捉えられてきた定年は、今までのキャリアをあらためて整理し、心身の状態を確認しつつ、次はどのようなライフステージに入りたいかを考えるステップへと変化しつつある。次の仕事にチャレンジすることを決めた場合、定年はむしろ第二のキャリアの起点といえるだろう。
企業にとっては、若年人口が減り続けるといった労働市場の制限がある以上、シニア労働者をいかに活用するかは、競争を勝ち抜くための重要な経営課題である。そこで、定年を迎える従業員の決断を尊重して、多様な選択肢を提供することの重要性は高まるだろう。たとえば、定年前と同様に活躍して会社に貢献する人に妥当な賃金を約束する、自分のペースで働きたい人に柔軟な働き方を用意する、新天地でチャレンジしたい人に必要なリスキリングの機会や支援制度を提供することなどが挙げられる。
もちろん、すべての人が高齢になっても働き続けたいわけではない。長いキャリアを通して存分に働き、定年を機に引退を決めるシニアも多数いる。自分の趣味、家族との時間を大切にしたり、アクティビティを通して健康な心身を維持したり、ボランティア活動を行って社会とつながりを持つなど、仕事によらなくても豊かな生活を送るという選択肢もある。100年続くかもしれない人生において、終盤になっても自分の意志でライフスタイルを選び、そこで充実した日々を送れることは一億総活躍社会の実現につながるだろう。
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