WORKTREND

【WORKTREND⑫】キャリアの自立を支える「共助」、日本では伸びしろあり

大嶋寧子/リクルートワークス研究所 主任研究員

日本人のキャリアパスは、これまで所属企業主導の傾向が強かったが、労働市場の流動化や働く期間の長期化が進むことによって、キャリアの自立が求められるようになってきた。特に、近年注目の集まる副業・兼業や社員の個人事業主化などについては、働く人の自由度が高まる一方、キャリアがすべて自己責任になることへの不安を感じる人も多いだろう。そこで、リクルートワークス研究所は2021年3月に「「つながり」のキャリア論 希望を叶える6つの共助」を発表した。同レポートでは、キャリアの支え合い、つまり「共助」が働く人の自己実現を叶える突破口となると提唱している。同レポートの取りまとめに携わったリクルートワークス研究所 大嶋寧子氏にインタビューを行い、「共助」の中身や、個人あるいは企業へのメッセージを伺った。

リクルートワークス研究所 主任研究員 大嶋寧子氏

自由な人生を阻害するのは「キャリアの孤立」である

このプロジェクトの端緒は、なぜ令和の時代になっても日本で希望の生き方やキャリアの選択が難しいのか、という問いから始まりました。プロジェクトにあたって行った取材では、オランダでは一人ひとりが、人生の各ステージで仕事、家族、育児、ケア、友人との関係、趣味などに時間やエネルギーをどう配分したいのかを決め、必要に応じて積極的にその組み合わせを変えているという話を聞きました。少子高齢化が進む日本では、人々が育児や介護といったさまざまな役割を担っていきますが、希望の生き方やキャリアを選択し、変えていける人生が望ましいと考えられます。

しかし、我々の調査によると、日本では働く人の多くがキャリアに関する新たな挑戦ーーたとえば転職や長期休暇・休業、副業・兼業などをあきらめています。つまり、やりたいことがあっても自分にはできないと考える人が多いのです。また、現在の仕事に対する満足度は低いものの、次の一歩を踏み出せず、勤務先とlose-loseの関係に陥っている人も少なくありません。その理由を探ると、新たなキャリアの挑戦にあたって、自らの経験から助言を与えてくれたり、失敗した場合に居場所を提供してくれたりするような人間関係を持っている日本人が極めて少なく、ほとんどの人が「キャリアの孤立」に陥っている状況が浮き彫りになりました。

今後の伸びしろが大きい「共助」に期待

「キャリアの孤立」から脱出するには、公助と共助の両方が必要だと考えられます。私たちは最初、公助に着目しましたが、日本のキャリアに関わる公助、たとえば失業時のセーフティネットや再就職を支援するための公共職業訓練などは、先進国のなかでは非常に規模が小さいといわざるをえません。これは、従来の日本型雇用慣行において安定的な雇用と賃金が保証されてきたことの結果ではありますが、今後、個人がキャリアの自立を求められる時代へと移行するうえでは、公助が個人の挑戦を支えられるようになる必要があります。

しかし、短期間で公助の拡充を実現するのは難しいことに加えて、もう一つの選択肢としての共助に大きな可能性があることが分かってきました。ここでいう共助とは、個人同士のキャリアを支え合うもの、たとえば互いにサポートし合う家族や地域コミュニティ、あるいは企業内の労働組合、企業間の横断的な職業コミュニティなどを指します。海外調査を行ったところ、様々な国でキャリアの共助が発達していることが分かりました。例えば、雇用が流動的なデンマークでは労働組合が個人のキャリアの挑戦を強く支えています。またスペインでは労働者協同組合という形で経営に関わりながら働く形が発展していたり、アメリカでは巨大IT企業で労組が結成されたり、オンライン上で労働者がつながるプラットフォームが立ち上がったりと、共助の発展や見直しの動きがみられました。一方、日本の場合は、これまで個人のキャリアは企業に依存していたため、共助が発揮される余地が少なかったのです。

ただし、これまで共助に関わってこなかった日本人も、共助にまったく興味がないわけではありません。内閣府の調査(*)によると、「共助・支え合い」の活動に参加したことがない人のうち63%が、今後は積極的に共助に関わる活動をしたいと回答しました。また、我々が今年行った調査でも、望ましい社会像として「個人同士の助け合いがあふれる社会」と回答した人がもっとも多かったのです。実際、職業コミュニティの活発化や、SNSを通じた異なる地域の個人同士の連携など、近年日本社会に共助の事例が確実に増えていると感じます。やはりこれからの日本人のキャリアの支えとして、共助はもっとも伸びしろがあり、注目すべき領域だと考えています。

  • * 出所:内閣府「NPO法人に関する世論調査」(平成30年10月調査)

企業へのメッセージ:人材確保とイノベーション創出を念頭に、共助育成の後押しを

日本の場合、働く人のほとんどが企業や団体に雇われているため、共助を育てていくには企業が大きな役割を果たす必要があります。共助が成長することは、個人の自律的なキャリア形成の強力なサポートとなるだけでなく、多くの企業にとって共通の課題である人材不足の解消やイノベーションの創出にも有効です。

例えば、企業が自社にマッチする人材の新規採用に苦労するなか、退職した元社員が集うコミュニティ「企業アルムナイ」が採用のための人材プールや社外人材との共創の場として注目されています。かつて転職者は「裏切者」とみなされ、自身のキャリアアップや新たな人生への挑戦といった積極的な理由であっても、一度退職すると所属していた企業との関係はそこで途絶えてしまいました。しかし、元社員は職場のカルチャーや仕事の進め方などに当然詳しいため、企業アルムナイから再入社した人は他社から中途採用した人よりもミスマッチが生じにくくなります。また、社内外の知見を組み合わせて新たなビジネスモデルを迅速構築することが求められる時代に、企業アルムナイがあることは、社外との多様なビジネス上の連携の可能性を拓いてくれます。

また、従業員が企業横断的なコミュニティに参加することで、異なる企業同士の交流が生まれ、新たな学びを通して視野を広げることができ、イノベーション創出を促す効果も期待できます。たとえば、大企業の有志団体が集うONE JAPANでは、約50の大企業の若手・中堅社員が集まって交流イベントや提言活動などを行っており、参加者同士の共創による共同プロジェクトや企業内の新規事業創出などが実現しています。

企業にとっても、これからは広い視野で新たなイノベーションの種を持ってきてくれる従業員が必要なはずです。そのために従業員が積極的に共助活動に参加できるような後押しをすべきではないでしょうか。同僚の研究者の分析によれば、そうした後押しの方策として「ライフ・ワーク支援型管理職」の育成が有効です。ライフ・ワーク支援型管理職は自ら仕事以外の共助活動に積極的に参加し、部下も同じように社外の活動に参加できるよう配慮、支援する管理職のことを指します。上司がこうした管理職の場合、部下が家事や育児だけでなく、社外の学び活動にも参加でき、キャリアの共助を持ちやすいのです。また、従業員が社外コミュニティに参加したことによるスキルアップや、有益な情報を社内で共有することに対して、企業がきちんと評価することも、従業員のモチベーション向上や共助活動支援につながります。

個人へのメッセージ:「アンテナを立てる」から「椅子をつくる」へ

もちろん、共助の形成には個人の自主性が欠かせません。日本社会の世帯規模は縮小し続けており、家族の数は少なくなりますし、職場のコネクションも以前より希薄化し、全ての人が家庭や職場で質の高い人間関係を築ける訳ではなくなっています。そのような状況で自身のキャリアの可能性を広げるには、家庭と職場以外のコミュニティに積極的に参加することが重要になると思います。

そのためには、まず共助の価値を知っておく必要があります。共助の価値を認識している人は、自身のことを発信したり助けを求めたりするなど、日頃からアンテナを立てるようになり、新たなコミュニティの入り口を見つけやすくなります。共助によって活躍の糸口をつかんだ方の話を聞くと、コミュニティに参加したきっかけは偶然であったというパターンがかなり多いです。特に、今はSNSをはじめオンラインリソースが普及したことで、時間や場所を超えて多様なコミュニティと接触することが可能なので、まずは気軽に参加してみてはいかがでしょうか。

参加してみて、自分と合うかどうかを確認しましょう。しばらく様子見して合わないと感じたなら、縛られず離れる選択肢もあります。参加も離脱も自由にでき、上から縛るような仕組みがないこともキャリアの共助の大切な要素です。もし自分と合いそうで、積極的に関わりたいと思うなら、コミュニティのなかに自分の「椅子」をつくることが次のステップになるでしょう。具体的には、日常的な運営やイベント企画などの役割を担ってみることです。役割を担うことによって、コミュニティへの帰属感やメンバー同士のつながりが強化できるほか、自身の成長を実感でき、好循環に入れると思います。そこで身に着けた新しい視界や考え方、経験は、自分らしいキャリアを考え、その実現に向けて一歩踏み出す一助となるはずです。

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