【フランスの働き方改革④】ワークスペース最大手が目指すフレキシブルワークの未来
IWG フランス
欧米の中でも鉄道通勤のオフィスワーカーが多いフランス。パリの地価上昇が続く近年は郊外へ移り住んだ人々の通勤時間が延び、通勤ストレス増大が社会課題となっている。その解消手段となっているのがテレワークであり、特に2017年の労働法改正以降は国を挙げての後押しが加速している。
日本と共通点の多いこうした環境下で、働き方とワークプレイスの変革に挑戦するフランス企業の話を聞いた。なお、取材時点(2019年11月)からコロナ危機を経て状況が変わっている部分もあるものの、アフターコロナの日本企業にも参考となる内容であるため、当時の事例として紹介する。
個人事業主たちの65%は孤立を恐れている
IWG(インターナショナル・ワークプレイス・グループ、旧リージャス)は現在、世界110カ国以上1,100都市を超える地域で3,400超のワークスペースを展開する世界最大のワークスペースプロバイダーだ。傘下ブランドには「Regus」、「SPACES」、「HQ」、「Signature」、「No18」、「Stop&Work」(フランスのみ)など、それぞれ特徴の異なるスペースを運営している。
リージャス(IWGの最初のブランド)がベルギーのブリュッセルに最初のビジネスセンターを開設した1989年当時、現在のようなテクノロジーはまだ存在していなかったが、創設者であるマーク・ディクソン氏は当時からワーカー同士のネットワークを構築することが最大のビジネスポイントになると理解していた。
「我々の創設者は経験豊富な起業家として、仕事の未来は空間、課題、アイデアを共有するなかで、共にビジネスを生み出していくようになると考えていました。ビジネスセンターは単なる費用対効果の高いワークスペースソリューションではなく、企業のビジネスのための触媒となることにいち早く気付いたのです」(IWG フランス マーケティング&コミュニケーション部長 ヴィリディアナ・アブウ氏)。
2008年の世界的経済危機以来、ノマドワーカーやフリーランサー、個人事業主や起業家などがフレキシブルオフィスを利用する機会は増えていったが、こうした新たな労働形態のワーカーに対してIWGが行った調査では、65%がサポート無しで孤立することを恐れていると回答した。彼らが自宅にこもって一人で働くのでなく、ビジネスセンターやコワークスペースのような場所で仕事をしていれば、他のワーカーたちとマネジメントに関する話や税金や巷のビジネスの噂まで、何でも情報交換することができる。実際にこうしたコミュニケーションから新たなビジネスが生まれ、エコシステムがつくられている。
IWGの強みは、フレキシブルワークスペースで世界最大のネットワークを保有する点にあるだろう。同社は最初のビジネスセンターをブリュッセルやロンドン、パリに開設し、やがてヨーロッパから他地域へ、大都市の中心部から第二の都市へと事業を拡大していった。このネットワークは都心部のオフィスエリアだけでなく、空港、鉄道沿線、公共施設、ショッピングモールなど多様な立地や建物に広がるため、企業規模や業種を問わずさまざまな顧客のニーズに対応している。また、IWG独自のメンバーシッププランは、世界中にあるIWGのスペースを全て利用できるため、移動の多い現代のワーカーにとって大きなメリットになっている。
キャラクターが異なる各ワークスペースブランド
新しいテクノロジーの発達とともにテレワークなどの新しい働き方が発展し、ワークプレイス需要もそれに従って変化してきた。IWGでは、こうした動きにより敏感でいるため、タイプの異なるさまざまなブランドを展開している。例えば、グループの歴史的ブランドである「Regus」は、あらゆる規模の企業に柔軟に適応するための立地選びを最重視している。各拠点1000〜2000m2で、企業や個人事業主ごとに専用区画を契約できるほか、すべてのセンターにはコワーキングエリア、レセプション、キッチン、カフェエリアもあり、ビジネスラウンジとして利用できるタイプだ。
「SPACES」は起業家精神のあるクリエイティブなワークスペースを提供している。各拠点は3000~1万8000m2規模で、凝った内装デザインや、コミュニティとのコラボレーションイベント、フィットネスルーム、カフェテリア、レストランなどが併設されている。現在、世界中に300拠点が存在し、今後150拠点がオープンする予定だ。
一方、小規模でより高級感を打ち出した「Signature」は、パリならヴァンドーム広場やフォーブル・サントノレ通りなどの高級な立地にある。これから開設される予定の最も新しいブランド「No18」は、五つ星ホテルのようなラグジュアリーな雰囲気で、最高級のデザインを誇るプライベートクラブ的な存在になる予定だ。
フランスにはIWG傘下のスペースが全部で130拠点(内、Regusが80、SPACESとStop&Workが各10、HQが20)ある。ユーザーを大別すると、「大企業」「中小企業やスタートアップ」「個人事業主やフリーランサー」がそれぞれ三分の一ずつとなっていて、IWGはこの割合をベストと捉えている。
昨今、フランスのフレキシブルワークスペース市場は飽和しているといわれる中、IWGは積極的な投資を続けている。例えば、2019年3月には、ヨーロッパ随一のビジネス地区であるパリ西郊外のラ・デファンスに、パリ最大規模の「SPACES」をオープンした。広さ1万8000m2、デスク数1575台、会議室10室を数える、世界最大規模のコワーキングスペースである。
ユーザーの利用ケースはさまざまだ。例えば、IT企業が数十~百人規模で期間限定のプロジェクトチームを立ち上げる際や、グローバル企業がパリに進出する際のマーケティング拠点としての利用、パリ郊外や地方に本社を置くフランスの大企業が若者を採用するため、パリ市内の「SPACES」で採用活動を行うこともある。また、大企業では営業職が国内のクライアントを訪ねる際や海外出張の際に世界中のスペースをタッチダウン拠点として利用している。必要に応じてサイズを柔軟に拡張・縮小でき、コストを効率化できる点が、こうしたスペースを利用する企業にとって最大の利点となっている。
「『SPACES』をラ・デファンスにオープンする際の大きな挑戦は、IT企業などのいわゆる“ニューエコノミー”の企業やミレニアル世代を、CAC40*に名を連ねる大企業のヘッドクォーターがオフィスを構えるラ・デファンスに連れて行くことでした」(アブウ氏)。
*CAC40…ユーロネクスト・パリ(旧パリ証券取引所)に上場されている株式銘柄のうち、時価総額上位40銘柄で構成される株価指数。
パリの住人はパリを取り囲む環状道路(ペリフェリック)を超えてまで働きに行きたいとは思わない。特にラ・デファンスは高層ビルが密集するイメージが強く、コラボレーションを好む現代のワーカーからは時代遅れなエリアと見なされていた。だからこそ、そんな場所に新風を吹き込む意義があったのだ。IWGは数年前からラ・デファンスでミレニアル世代を惹きつける多くのイベントを開催し、「SPACES」をアピールするとともにラ・デファンスのイメージ刷新に注力した。
郊外に展開する「Stop&Work」が地域経済に貢献
IWGによる郊外でのワークスペース展開は他にもある。2014年からフランスのみで展開している「Stop&Work」は現在10拠点あるが、特徴はすべてパリの郊外にあることだ。パリ近郊のベルサイユ市にある拠点のユーザーは、近隣住民や近くの学校に子供を通わせている親などで、70%がフリーランサーや個人事業主などの個人顧客だが、会社員の時差出勤にも利用されている。こうしたスペースは地域経済にも貢献しているため、地方都市の市長などが自らの地域にワークスペースを誘致する例も増えている。こうしたスペースが地域にできることによって、市は税金を得て、郊外に住む人々はわざわざパリに出ることなく仕事ができるようになっている。
パリ近郊の市町村は、図書館や映画館やアソシエーションのための会議場などの敷地や建物を保有しているが、効果的に利用されていないケースが多い。こういった場所にワークスペースをつくることで、新しいエネルギーを注ぎ、ローカルコミュニティーを構築して地域を活気づけていくことができる。「Stop&Work」は大抵オープン後2、3ヶ月以内に満員になる。例えば、パリの南郊外にあるマッシーの拠点は、オープン当日の利用率は50%であったが、現在は95%ほどに上がっている。IWGでは今後もこうした郊外エリア、つまり人々の居住地区に多くのスペースを展開することを企業戦略としている。
働き方の変化:テレワークが広がるパリの状況
フランスでテレワークが浸透してきた背景にはいくつかの歴史・政治・社会的理由が関わっている。まず、1990年代に第三次産業が急激に伸び、フランス政府の方針により早い段階から労働のデジタル化が進んだ。さらに2008年の世界金融危機以降、多くの企業が経費節減のため都市部にあった社屋を郊外に移し、通勤負担が増えた従業員から不満が噴出したことを機にテレワークについての議論が盛んになった。2009年には全国でインフルエンザが蔓延し、緊急対策として自宅勤務を期間限定で許可したことが、結果、テレワーク本格導入へとつながった。2012年にはテレワークに関する事項が労働法典に加えられ、デジタル技術を駆使した新しい働き方が提示された。
そして決定打は2017年、マクロン政権下で改正された労働法典により、テレワークを労働者の権利とし、雇用者は申請を拒否する際に拒否理由を正当化する義務があるとした。また、フランスも他国同様、都市部での地価上昇が顕著で、人々は家賃の安い場所を求めて郊外へ移動していった。公共交通の便が良くない地域では自動車で通勤するしかない労働者も多く、通勤ラッシュ時の都市部での渋滞は深刻化している。また、郊外とパリをつなぐ郊外急行線の混雑が劣悪化しているうえ、比較的頻繁に行われるストライキによって鉄道が運行停止になることも多く、労働者の通勤ストレスは大きな社会問題となっている。
こうした背景から、テレワーク推進の動きが高まり、企業もテレワーク導入を積極的に行うようになった。現在フランスでは、2000万人弱の労働者がテレワークを定期的に行っている。2018年から2019年の1年間で70万人増加しており、この数字はますます増える傾向だ。採用時にテレワークの可能性を提示しなければ、優秀な若い世代の雇用は難しいとさえいわれている。
在宅勤務から、家の近くのフレキシブルスペースへ
フランスでは、テレワークの一番効果的な頻度は週2回とされている。テレワークの大きなメリットは、通勤ストレスが軽減され、本来通勤に使っていた時間を他のことに使うことができるため、生活の充実度が上がることだ。また、オフィスでは電話が鳴ったり、同僚とのコミュニケーションが発生したりして集中しづらいが、自宅なら環境さえ整っていれば、仕事に集中できるので生産性も上がる。
しかし逆に、自宅だとオンとオフの切り替えが難しく、働きすぎてしまう傾向があることが問題視されている。また、週5日をテレワークにすると組織から孤立し、テレワークによって得られるはずの生産性向上というメリットが逆に失われる可能性もあると報告されている。
また、仕事に適した環境が自宅に整っていない場合や家族がいる場合などもあり、例えばビデオ会議でプロらしくない印象を相手に与えてしまうため、最近では自宅働くこと自体がストレスになるという報告もある。こうした事情から、テレワークの場所を自宅から自宅付近のフレキシブルワークスペースに切り替える人が増えている。テレワークのメリットを維持しながらデメリットを解消できるからだ。
「自宅でのテレワークは私には向いていませんでした。朝起きてすぐに仕事を始めると、お昼をとるのも忘れて仕事に没頭していました。生産性高く働けたと思った反面、非常に疲れてしまっていたのも事実です。家にいると色々なことが同時にできてしまうし、家族からの依頼も増えます。今は自宅で働くことをやめ、自宅から10分の『SPACES』をよく使っています。徒歩か自転車で行くので運動量も増えますし、ファシリティ全般も充実していて、オンとオフの切り替えができるのが良いですね。働く場所を自分で選べるワークスタイルは、効率性だけでなく生産性の観点から見ても理想的だと思います。IWGの顧客も、53%が週2回は普段のオフィス以外の場所で仕事をしていて、週1回となるとその数は84%まで上がるのです」(アブウ氏)。
フレキシブルワークに欠かせない要素は信頼
パリでは大多数の育児女性が働いている。アブウ氏も子育てと仕事の両立に忙しく、日々のスケジューリングに頭を抱えるパリジェンヌの一人だ。彼女はアポイントがパリ市内でない日は自宅に近い拠点で働き、パリ市内でアポイントがある時は中心部の「SPACES」か「Regus」で仕事をするなど、スケジュールと照らし合わせ、場所を使い分けながら、時間を効率的に使って働いている。こうした柔軟で自律的な働き方は、会社やチームメンバーとの信頼関係がなければ成立しない。
テレワークをはじめとするフレキシブルワークの普及が、ワークマネジメントの定義を根底から変化させていることは間違いない。部下を管理する側のマネジャーは、目の前にいない部下に対して、仕事の成果で部下を評価するという新たなマネージング方法を受け入れなければならないが、それには抵抗や戸惑いも多い。しかし、ますますデジタル化している現代のビジネス環境において、規則で人を管理できた時代のマネジメント方法で対応することはもはや不可能になっている。会社と従業員、上司と部下、チーム内などにおいて、信頼関係の構築が最も重要な点となる。
「私も苦労してきたからこそ、私のチームメンバーには働きやすい環境を提示したいのです。フレキシブルワークに欠かせないのは信頼感と適切なプロセスの構築です。お互いが信頼し合っていれば、いつも同じオフィスで働いていなくても効果的な仕事は可能なのです」(アブウ氏)。
取材時期:2019年11月
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