【フランスの働き方改革②】駅内ワークスペースを起点にローカル起業を盛り上げる

SNCF(フランス国鉄)

使われなくなった駅長宿舎をワークスペースに改修し、地元での起業支援などに利用している。
使われなくなった駅長宿舎をワークスペースに改修し、地元での起業支援などに利用している。

パリは欧米の都市でも鉄道通勤のオフィスワーカーが多く、東京同様に苛烈な通勤ストレスが社会問題化している。さらに保守的な企業風土など、働き方改革を取り巻く環境が日本と通じる点も多い。本シリーズでは日本企業のヒントとしてもらうべく、フランスの働き方に関するインタビューを紹介する。

国鉄企業であるSNCFのインタビュー前編では、駅に設けたワークスペースによってフランスの通勤ストレス解消を目指す取り組みを紹介したが、同社はさらに今、ワークスペースを起点に地域活性や起業支援といったミッションに挑戦している。

駅長宿舎をインキュベーションスペースに改修

「Work & Station」の四つのタイプのうち最後に紹介するワークスペースは、駅長宿舎を改修して作られたスペースだ。もともとパリ首都圏の駅舎の多くは19世紀末~20世紀初頭に建設され、当時の駅長は駅併設の宿舎に住んでいたが、現在はその習慣もなくなっている。SNCFはこの空き家になった宿舎を、70~250㎡程のワークスペースとして改修した。

特徴は、地域活性・弱者救済などの社会課題の解決を指針とし、インキュベーター的な役割を果たしている点だ。社会的意義のあるプロジェクトを支援するためのスペースであり、他の一般的な、単なるスペースのレンタルとは少し性格が異なる。

スペースの設置が決定された駅の多くは低所得者向け住宅が密集する「脆弱な都市区域※1」と呼ばれる地域で、特に若者の失業率と犯罪率が高い。こうした地域での若者の労働参加や起業支援、長期失業者の労働市場参入を目的としたプロジェクトに対して、非常に安価にスペースを提供しているのだ。

  • ※1 2005年にパリ郊外で少年二人が警官に追われて事故死し、全国規模の暴動に発展したことをきっかけに、都市社会政策が強化され、「脆弱地区」をはじめとする経済・社会問題対策優先実施区域が選定された。
パリ中心部から離れた郊外駅に多数設置されたワークスペース(黄緑色のポイントは稼働中、黄色のポイントは開設予定)。
パリ中心部から離れた郊外駅に多数設置されたワークスペース
(黄緑色のポイントは稼働中、黄色のポイントは開設予定)。

例えば、起業支援として弁護士・公認会計士・税理士などとの講習会や、起業コンサルタントとのワークショップ、ユーザー同士の情報交換や住民同士の交流イベントなどが開催されている。こうしたプロジェクトは地方自治体からの支援で行われるため、市民の参加は無料だ。スペースは現在7拠点あり、今後20拠点ほどが完成する。パリにあるのは1カ所で、その他はすべて郊外に開設されている。

「ワークスペースがあることで、インキュベーター並みの支援体制を武器に郊外の若者たちの起業を援助し、彼らを地元に引き止め、地元での起業を可能にしています。『脆弱な都市区域』のような課題を抱える地域に投資し、地域からビジネスを発していける体制を確立することは、地域経済活性の面で大きな意義があると思います」(SNCF 駅再開発担当責任者 カトリーヌ・ピオル氏)。

このプロジェクトは現在のフランスの起業ブームに合致し、多くのスタートアップの需要を取り込んでいる。利用者は若者からリタイア層までさまざまで、成功事例も多数生まれている。その一つが、「脆弱な都市区域」の一つであるドランシー(パリから北に20分)で若者グループによって立ち上げられたスニーカーブランドだ。ドランシー市長の協力もあり、今や成長したブランドは地元の人々の誇りとなっているが、もしこのSNCFの取り組みがなければ彼らはパリに進出する以外の選択肢を持たず、ドランシー発のブランドは生まれなかっただろう。

もう一つの例は、パリから北西に30分ほどのサン=ジェルマンアンレイのケース。「脆弱な都市区域」ではないが、高齢層での失業率が年々増加傾向にあるこの地区で、45〜50歳くらいのミドル世代が起業するケースが目立っている。彼らは長年勤めた会社を辞めて起業を考えており、SNCFのコワークスペースの支援を受け、飲食業や内装業などさまざまな業種での起業について情報を得ている。郊外の活性化や若者・高齢者の起業支援など、日本にも共通する社会課題と、郊外ワークプレイスとの親和性は非常に高い。

サン=ジェルマンアンレイのコワークスペースでは、起業を目指す地元住民たちの交流が生まれている(写真はSNCF提供)
サン=ジェルマンアンレイのコワークスペースでは、起業を目指す地元住民たちの交流が生まれている
(写真はSNCF提供)

国レベルでスタートした「1001駅」プロジェクト

フランスには現在、列車が発着しなくなった小さな駅や、駅の再開発で使われなくなったスペースのある駅が多く存在する。SNCFはそのスペースを利用して、街が必要としているサービスやアソシエーションなどを入札して招き入れるプロジェクトを発進させた。その名も「1001駅」プロジェクト。パイロットケースとして、2018年4~6月にパリ近郊の30駅でのプロジェクト公募を行い、地域活性への貢献が期待される35のスタートアップや団体が選ばれた。さらに、2019年6月には対象駅をフランス全土の300駅に広げて公募を行った。

サービスはSNCFユーザーのみならず、地域住民全体に対して提供され、いくつかのプロジェクトは大成功している。例えば、マッシー=パレゾー駅(パリから南に30分)では、駅の近代化のため、従来の駅舎のすぐ隣に新しい駅舎が建設された。こうした郊外の駅は街にとってシンボル的な存在であることが多く、SNCFは使われなくなった旧駅舎を取り壊すよりも街の活性化につながる機能を招き入れる方が良いと判断した。多数の応募の中からスポーツ用品のリサイクル業者が選ばれ、2019年11月に店舗のオープンを祝ったばかりだ。すでに多くの住民に利用されている。

また、アルジョントゥイユ(パリ中心から15分)の駅の中に託児所を開設したケース。4~12歳の子供達をただ預かるだけでなく、美術やダンス、音楽などの芸術に触れさせることを主な目的としている。利用料は家庭の収入によって変化し、低所得家庭は市の援助が受けられる。この託児所はアソシエーションが運営していて、非常に大きな成功を遂げている。

駅に開設された託児所(写真はSNCF提供)
駅に開設された託児所(写真はSNCF提供)

「国は地域の持続可能な経済発展、障害者や失業者の社会活動参加などにつながる社会的プロジェクトを支援し、そうしたプロジェクトが1001駅プロジェクトに参入します。使われなくなった駅跡地やスペースで、こうした社会的意義のあるプロジェクトが実現し、国や地方自治体の支援金を受け、街が活性化されていくという一つのエコシステムが形成されているのです」(SNCF コワークスペース・プログラム担当責任者 アントワーヌ・マルタン氏)。

人があまり通らない駅にも存在価値を与える

地域貢献テーマとは別に、SNCFの資産である駅建物や土地の保全の面でもこうしたプロジェクトは意味を持つ。使われなくなった建物は老朽化し、改善普及費は莫大になり、放っておけばいずれは取り壊さなければならなくなる。しかし、さまざまなプロジェクトによって建物や土地が有効活用されることで適正なメンテナンスが行われ、資産価値の維持につながっている。

「老朽化した駅や空きスペースの問題にはいつの時代も頭を悩ませてきました。駅をユーザーのために開かれたサービスの場として捉え、さまざまな事業者やサービスを誘致してきましたが、では、人があまり通らない小さな駅の存在価値は何なのか。そういう駅でも取り壊してしまうのではなく、資産の保存・保全や地域活性を目指してアイデアを出し、プロジェクトを立ち上げ、どんどん試していくこと、これが私たちの使命です」(ピオル氏)。

フランスの駅はこうしたサービスによって活気付けないと、雰囲気が一気に悪くなるという懸念もある。そうなると人々はますます駅に近寄らなくなり、ホームレスの居場所になり、不法占拠されたりする。治安の観点からも、駅に単なる交通機関以上の存在価値を持たせることは重要なのだ。

人々の消費の志向が変わってきたことは、1001駅プロジェクトのような地域活性の取り組みの追い風となっている。人々は地産商品や地元アーティストを好み、ローカルに根ざした消費を心掛けるようになっており、スターバックスなどの国際企業を事業者として招き入れるよりも、ローカル企業が地元駅を盛り上げることを望んでいるからだ。

「国を代表する企業であるSNCFが積極的にテレワークを推進して、フランス全体に働き方改革における指針を示すこと。駅構内の空いている場所にワークスペースを設けるだけで満足せず、雇用を創出し、地域経済を活性させるようなプロジェクトを積極的に導入していくこと。地域コミュニティの新たな形を生み出していくことなど、駅という場を起点にユーザー同士を結びつける取り組みの可能性は、今後も広がっていくことでしょう」(ピオル氏)。

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