【フランスの働き方改革①】東京並みの通勤ストレス解消に挑む国鉄企業
SNCF(フランス国鉄)
欧米の中でも鉄道通勤のオフィスワーカーが多いフランス。パリの地価上昇が続く近年は、郊外へ移り住んだ人々の通勤時間が延びるとともにパリ市内への通勤列車がますます混雑し、通勤ストレス増大が社会課題となっている。
その現実的な解消手段となっているのがテレワークであり、特に2017年の労働法改正以降は国を挙げての後押しが加速している。一方で、フランス企業は伝統的に従業員に対する管理意識が強く、職場にいることを重視する風土がテレワーク普及の阻害にもなっている。
日本と通じるこうした環境下で働き方改革に挑戦するフランス企業の取り組みは、日本企業にも示唆を与えるものであろう。本シリーズでは、フランスの働き方に関するいくつかのインタビューを紹介する。
保守的な企業文化と従業員の抵抗
SNCFは1937年に国有化され仏国鉄となり、1983年には公共企業体の一種である商工的公施設(EPIC)に変更されたものの完全な民営化はされていない。現在世界120カ国で事業を展開し、年商333億ユーロのうち33%は海外事業で達成している。利用客数は国内外含め1日平均14万9000人、従業員数は海外事業も含めて27万人というフランス屈指の大企業である。
同社では2006年以降、従業員への快適な労働環境提供を目指し多くの努力がなされている。その一環として2009年にはテレワークを導入し、2012年からは、社員のみならず一般客の利用も視野に入れたテレワークスペースの提供を開始した。現在ではSNCFが保有する駅を中心とした土地と建物を利用してコワークスペースを開発し、フランス全体のフレキシブルワーク促進の底上げを担っている。
しかし、同社の働き方改革は簡単な道のりではなかったという。事業の国際化に比例して変化しつつあるものの、元国営企業である同社の体質は古く、年功序列、終身雇用などの保守的な考えが未だ一般的で、テレワークなどの新しい労働スタイルの導入には多くの抵抗があった。その背景には、各地方の民間交通機関が独自に運営していた1920年代に現場従業員が大幅に不足し、より多くの人材を確保するために公務員の中でも破格な優遇資格が与えられた過去がある。例えば、終身雇用は当たり前、超過勤務には数週間の休暇が与えられ、医療費は無料、駅付属の住居利用、退職後も運賃は一生無料など、現在の労働市場では考えられないほどの特別待遇が保守的な企業文化を生み出し、改革によって特権を失うことを恐れた従業員たちが大きく抵抗する状況につながった。
2020年1月現在のフランスは折しも、仏政府の年金制度改革案に反対する無期限ストライキの真最中。ストは主にSNCFをはじめとする公共交通機関で大規模に行われており、運行する電車の9割がキャンセルされるなど混乱状態が続いている。
「SNCFの社員がこう言うのは大変皮肉な話で恐縮ですが、ストなどで通勤手段が遮断された状況下ではSNCF社内も含め、フランス全体でテレワーク需要が一気に増えます。こうした状況を好機と受け止め、テレワークを推し進めるべきだと思っています」(SNCF コワークスペース・プログラム担当責任者 アントワーヌ・マルタン氏)。
テレワーク導入後も週1回はチームで集まる
SNCFでのテレワーク導入は、主にパリ郊外に住む社員たちの通勤ストレスを軽減するためのアイデアとして始まった。導入にあたり、テレワークの利点をまとめた資料をニュースレターで告知し、プロモーションビデオを流すなど社内での啓蒙活動が行われた。しかし2016年にテレワークに関する大規模な社内アンケートを行った際、多くの社員がテレワークを希望しているが、具体的な導入には躊躇しているという結果が出たのだ。そして、テレワークをすることでオフィスにいない時間が増え、自らの評価が下がり、今後の昇進などに弊害が生じるのではないかといった懸念から申請を諦めている社員が多くいるということが明らかになった。
2012年にテレワークに関する法律が整備された後に申請は一気に増えたが、今度はマネジャー側の抵抗が発生した。従来マネジャーは部下を視覚でコントロールするという考えが大半で、結果で評価するという新しいマネージング方法に戸惑った。こうした問題に対応するためSNCFでは、マネジャーへのフォローアップを強化し、マネジャーは「社員の管理者」ではなく「プロジェクトのファシリテーター」であるという新しい役割を受け入れられるような体制構築を心がけている。フランスにはまだプレゼンティズムが根強くあるが、新しい働き方がより浸透することで部下との信頼関係や個々のメンタリティーが少しずつ変化し、文化的革新(パラダイムシフト)を迎える局面にある。また、働き方に対する考え方が全く異なる若い世代(XやY世代)が労働市場に参入したことで様相が変わりつつある。
「フランスではテレワークが社員の権利として法律で認められています。ただ、マネジャーは、法律があるから仕方なく部下の申請を受け入れるというのではなく、もともと互いに信頼関係があるから、テレワークを導入した後も変わらず上手く行くということなのです。法律があろうとなかろうと、マネジャーと部下との間で信頼関係がなければ、いずれにせよ失敗に終わってしまうものだと思います」(SNCF 駅再開発担当責任者 カトリーヌ・ピオル氏)。
テレワークを希望する曜日は社員の希望が反映されるが、重要なのは、チームの全員が最低週に1回は顔を合わせられる日をつくるということ。ピオル氏の部署はチーム間でのやりとりが多いため、毎週月曜日ともう1日、合わせて週2日は必ず全員が集まる日を設け、予めこの2日に重要な会議を設定している。逆に金曜日はテレワークの日として大概のチームメンバーは自宅でテレワークをしている。
SNCFでは2018年、全従業員14万9000人の2,4%にあたる3500人が正式にテレワークを行なっている。全国平均(8,5%)から比べるとテレワーク導入率は低くなっているが、これは業種上、テレワークが不可能な職種に就く従業員が多いことも理由に挙げられる。
「社屋が新しくなってどんなに素晴らしい労働環境があったとしても、やはり通勤ストレスを軽減できるテレワークはありがたいです。テレワーク時には集中が必要なレポート執筆やメール対応、契約書作成などの実務をこなし、会社に来る時はチーム同士のコミュニケーションを重視しています。こうしてメリハリができることで仕事の生産性がとても高くなっていると感じています」(マルタン氏)。
自宅で働けない社員のための郊外コワークスペース
通勤ストレス軽減というテレワークの目的を達成するため、同社が2012年から取り組んだのが「Bi Localisé」という社員用コワークスペースプロジェクトだ。これは、SNCFが保有する自社ビルや駅構内の空きスペースにコワークスペースを設け、付近に住む社員のテレワーク拠点として提供するもの。例えば、パリから80km離れたランブイエ付近には多くのSNCF社員が住んでいるが、公共交通の便があまり良くないため車通勤をしている人が多い。朝の渋滞問題をはじめとする通勤ストレスを軽減するため、ランブイエの駅構内に設置された「Bi Localisé」では日々20人ほどの社員がテレワークを行っている。「Bi Localisé」はパリ郊外の主要駅など10カ所に設置され、付近に住む社員は毎日パリまで出勤しなくても仕事ができるようになった。
「Bi Localisé」はSNCFでテレワークが本格的に始まる前の試験段階中に発足したもので、自宅でもオフィスでもない第三の場所、在宅勤務とオフィスワークの中間という位置づけになる。同社では自宅でテレワークを行うにあたって労働環境に関する一定のルールをクリアする必要があり、例えば幼い子供がいたり、安全なインターネット環境がなかったりする社員はテレワークを行うことができない。「Bi Localisé」はこうした社員に、通勤に便利でかつ仕事に適した環境を提供する手段として受け入れられた。
外部向けコワークスペース「Work & Station」で列車混雑解消へ
自社従業員向けのコワークスペース「Bi Localisé」の成功を受け、2016年からは外部向けにもコワークスペースの提供を開始した。「Work & Station」と名付けられたそのプロジェクトは、通勤ラッシュ時の列車混雑というフランスの社会問題に対し、鉄道会社として解決に取り組むものだ。
多くのワーカーが通勤に利用するパリ近郊急行列車は頻繁に遅延するため、混雑による肉体的ストレスのみならず、毎日通勤にどのくらい時間がかかるか分からないという精神的ストレスをも生み出している。駅構内に設置されたコワークスペースは現在、電車のアクシデントで足止めをくらった人や、ラッシュを避けるための時間差出勤を試みる人など様々な人に活用されている。
「Work & Station」には現在四つのタイプがあり、設置する駅のスペースに合わせて、またその地方の特性、客層などによって使い分けられている。使用料無料で最も小さな「ミクロコワーキング」と呼ばれるタイプは、駅の待合室のようなもので、パリ首都圏にある駅の半分以上に設置されている。Wi-Fiやパソコン用の電源、飲み物の自動販売機などがあり、滞在時間は大体15~30分と短い。
最も大きなタイプは「ビジネスセンター」だ。SNCFの主要駅(フランス版新幹線「TGV」の始発着駅)はその多くが歴史的建造物だが、手持ち無沙汰で利用されていない広大なスペースが多々ある。2016年以降、SNCFはこのスペースに大規模なコワークスペースを展開している。メインターゲットは、駅からパリ市内に出る時間も惜しい多忙なビジネスパーソンで、顧客とのアポイントも駅構内で完結できるため時間節約になると好評だ。建物に合わせ、インテリアは高級感を強調し、使用料も高めに設定されている。運営はRegus、Multiburoなどの大手のコワークスペース運営会社に委託している。
ミクロコワーキングとビジネスセンターの中間に位置するタイプもある。パリ首都圏周辺の主要駅構内にある駅長宿舎であった場所や、駅近くに保有する敷地(以前はパーキングや物流サービスのためのスペースであった場所)に建設されたコワークスペースで、こちらも通勤ラッシュを軽減する目的で立ち上がったプロジェクトだ。利用者は、個人事業主やスタートアップなどを想定しているほか、社員が自宅付近で働けるようにと企業が契約するケースも多くある。2020年始めに1拠点目がオープンする予定で、さらに建設中の2件も2020年中にそれぞれオープン予定が決まっている。その他、10件ほどが構想段階である。
前編はここまで。後編では、新たなワークスペースによって通勤ストレス軽減だけでなく、地域活性や起業支援といったミッションに挑むSNCFの取り組みを紹介する。
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