NY発ワークスペース事業者が目指す「賃貸借契約からの解放」
ノーテル(knotel)
コラボレーションやイノベーションといった機能を謳うコワーキングオフィスが注目される一方で、企業によるフレキシブルオフィス利用が増えるに従い、カスタマイズやセキュリティを求めるニーズが生まれている。そんなニーズにいち早く対応してきたのが、フレキシブルワークスペース運営企業のノーテルだ。同社は2016年にニューヨークで事業を始め、現在では世界17都市、200拠点以上(内ニューヨークが120拠点以上)を展開している。
2020年には日本進出も予定しているノーテルが、企業のニーズを取り込んできた理由とは。最高執行責任者のユージーン・リー氏にインタビューを行った。
オフィスに「規模と期間の柔軟性」を
ノーテルの独自性は、開業当初から顧客ターゲットを数十人規模以上のある程度成熟した企業に絞ってきた点だ。多くのフレキシブルワークスペース事業者が、当初はフリーランサーや起業家、小規模なスタートアップを対象に、複数ユーザー間で共有する「コワーキング」スペースを提供していたのに対して、ノーテルは顧客企業ごとにカスタマイズした専用スペースを提供してきた。
「ノーテルは企業のワークプレイスの柔軟性を高めることを軸に事業を立ち上げたので、ここ数年トレンドとなっているコワーキングオフィスとはビジネスモデルが異なります。我々の拠点に『コワーク』するためのスペースは一つもないし、イベントを主催することもありません。サービスのコアは、企業のワークスペースに『規模の柔軟性』と『期間の柔軟性』を提供することです。
米国のオフィス賃貸契約期間は通常5~10年と長いため、多くの―おそらく全体の7~8割の企業は契約期間を満了する前に移動する必要に迫られます。組織が成長すれば不足し、縮小したければ余るので、スペースを切り分けたり解約金を払って移転したりしなければならない。そのために物件オーナーと交渉し、関係各所に電話をかけ、遅れを心配しながら何ヶ月も待つという手間とコストを企業が負担しています。ノーテルが提供するのは、そうした負担をすべて吸収し、企業が必要とするワークスペースをタイムリーに用意するオールインソリューションです」(リー氏)。
ギグ・エコノミーと賃貸借契約とのギャップ
基本のサービスモデルは、顧客企業の要望を受けてオフィスに入居するための全工程をワンストップで請け負うもの。物件選定や内装デザイン、工事管理、家具の発注など入居前のプロセスだけでなく、入居後のファシリティマネジメントやオペレーションまで含まれる。
内装デザインや家具は画一的なものではなく、各社がどんな雰囲気の中でどんな働き方をしたいのかをヒアリングしながらカスタムメイドしていくという。全ての費用は利用料に包括され、退去時には原状回復の必要もない。さらに拡張・縮小ニーズが生まれた際は、ノーテルのポートフォリオから新たなオフィスを選んですぐに移動することもできる。実際に、顧客の平均入居期間は18~24ヶ月ほどであり、2年以内には多くの企業が必要に迫られて他の拠点へ移動している。
こうしたサービスが受け入れられた背景には、高額なニューヨークの賃料*1やギグ・エコノミーの拡大などが関係している。ギグ・エコノミーを牽引する米国ではプロジェクトベースの仕事が増加しており*2、各企業で働く人員の流動化が進む中、例えばプロジェクトチーム解散後に残ったオフィスの賃料を払い続けるような無駄を減らしたいと考えるのは当然だろう。従来の固定的なオフィス契約と、労働市場の実態が合わなくなりつつあるのだ。
- *1 CBRE「Manhattan Midtown Office MarketView Q4 2019」によると、ニューヨークの中でも主要オフィスエリアであるミッドタウンの2019年末の賃料は86.35ドル/1平方フィートで、2018年末と比べ10%上昇している。
- *2 Staffing Industry Analysts「GLOBAL GIG ECONOMY REACHES USD 4.5 TRILLION」によると、2018年には米国の全労働者の34%にあたる推定5,300万人がギグ・ワーク(企業に雇用されずに単発で請け負う仕事)を受注し、全世界での経済規模は推定4.5兆ドルに達したという。
プロジェクト拠点やサテライトオフィスとして
顧客企業の規模やタイプによって、ノーテルの利用目的は変わってくる。例えば中小規模の企業では、ノーテルの提供するスペースを本社オフィスとして利用する場合も多い。日本ではまだあまり一般的でないが、欧米ではオフィス賃料高騰やビジネススピードの加速といった理由から、賃貸借契約ではなく利用契約によるフレキシブルオフィスにヘッドクオーターを設ける動きがみられており、ノーテルはその主要な選択肢となっている。
一方、大企業では数十人~数百人規模のプロジェクト拠点や、本拠地以外のサテライトオフィスとして利用されるケースが多いという。
「例えばあなたが銀行の経営陣で、『ブロックチェーンによる影響を探るためイノベーションセンターを開設したいが、それが永続的なものになるかどうかはわからない』と考えた時、50人のエンジニアチームをノーテルに配置すれば、チームの増員に迫られて移転する際も、もしくは閉鎖する際もスムーズです。また、企業買収も頻繁に行われるので、人員がいっきに数百名規模で増えることもあります。せっかく買った企業が地理的に離れていたら、期待されたシナジーも生まれづらい。そういう場合にも、買収側のオフィスになるべく近い拠点を紹介したりします。
また別の例では、グローバルな大企業が新たな国や都市に進出する際、現地のノーテルの拠点を利用すれば、手軽に自社専用のサテライトオフィスを持つことができます。その国の不動産業界の商慣習や法規制を一から勉強する必要はありません。従来のオフィス契約のための煩雑なプロセスは、多くの企業にとって専門分野ではないし、時間とエネルギーの無駄だと思います」(リー氏)。
テナント企業とビルオーナーのギャップを埋める
ユーザー企業だけでなく、不動産オーナーに対してもノーテルは新たな機会を提供している。
まず、不動産オーナーの多くはフレキシブルオフィス運営のノウハウを持っていない。彼らは従来の安定的な長期契約を望んでいるものの、柔軟性を求める企業ニーズとのギャップを無視し続けることはできず、所有ビルをフレキシブルスペースとして提供することに対しても前向きになりつつあるという。そうしたビルをノーテルが賃借し、顧客企業の要望に応じたスペースの設計や内装デザインなどを付加して転貸することは、オーナーのポートフォリオの柔軟性を高め、彼らのテナントへのサービスにもつながっている。
また、前述した企業側のメリットの裏返しになるが、グローバル展開する顧客企業が新たな市場に進出する際、既知のブランドであるノーテルの拠点を選ぶ可能性は高い。「複数の顧客は、私たちに『東京にノーテルがあれば入居したい』と話しています。どの都市の不動産オーナーも、海外や他都市の企業とのネットワークはあまり持っておらず、テナントとして誘致してくるのは困難でしょう。我々はオーナーにとって、グローバルクライアントとの接点になりえます」(リー氏)。
こうしたノーテルブランドの認知度の高まりを受け、最近では顧客に転貸する基本モデルのほかに、オーナーと物件のマネジメント契約を結ぶケースも増えている。リー氏はこれを、ホテル業界になぞらえて説明した。
「マリオットやヒルトンといった世界的ブランドはホテルの運営パートナーであって、必ずしも建物を所有しているわけではありません。しかし、例えば私が東京を訪問するとき、マリオットホテルを見つけたら安心してそこに滞在するでしょう。ブランドには人を動かす力がある。現在のオフィス業界にはホテルのような世界的ブランドはありませんが、ノーテルがオフィスビルの運営パートナーとなり、ブランド価値を付加することでテナントから選ばれるような状況を目指します」(リー氏)。
東京オフィス市場に一石を投じるか
日本進出の際には、まずグローバル企業の日本オフィスがターゲットとなるだろう。彼らが日本に拠点を置く際、内装コストや敷金といった日本の不動産賃貸借の慣習に自ら対処しなくても、ノーテルが現地市場の知識を提供できるためだ。
ただ、日本企業にとっても、グローバル化やM&Aの加速など、変化するビジネス環境への対応は求められており、オフィスについても従来の所有または賃貸借だけでない新たな選択肢が必要となる可能性はある。例えば、現在の日本企業にとってのフレキシブルオフィスはテレワーク拠点としての利用が主流であり、所有または賃貸借オフィスに対して補助的な位置にとどまっているが、ノーテルの日本上陸によって本社をフレキシブル化するという選択が広がる可能性もある。
同社の上陸は、日本のフレキシブルオフィス市場のサービスメニューの多様化を促すと同時に、従来からのオフィス市場における賃貸借モデルのありかたに影響を与える契機ともなるかもしれない。
取材年月:2020年1月
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