【WORKTREND①】オフィス街から「ライフの領域」に浸み出すワークプレイス
オフィス、住宅、商業……不動産の境界が曖昧に
コロナ禍に見舞われた2020年度、日本のオフィスワークは激変した。在宅勤務の広がりはその象徴だろう。そして「ワーク」の変化は、オフィスをはじめとする不動産のあり方にも影響を与えている。具体的には、オフィス/住宅/商業/宿泊など、これまでエリアと用途によって明確に区別されていた不動産の境界が曖昧かつフレキシブルになり始めている。
背景には主に2つの要因がある。1つは、密集を避ける要請が都心オフィス街から人を遠ざけ、都心一極集中だったワークの場所が周辺部に浸み出したこと。現状では東京23区の賃貸オフィス面積の75%が都心5区に集中している(*1)が、コロナ禍により「オフィスワークは都心でするもの」というエリアの常識が揺らいでいる。
- *1 出所:2021年1月15日公表 ザイマックス総研「オフィスピラミッド 2021」
2つ目は、その受け皿として在宅勤務が選ばれたものの、半ば強制的に始まった在宅勤務が自宅だけで働くことの限界や課題を浮き彫りにした結果、住宅や商業、娯楽といった「ライフのための施設」においてワークプレイスの需要が急激に高まったこと。前述の通り、人の多く住む周辺部では都心部に比べてオフィス(=ワークのための施設)の供給が乏しいため、自宅以外に働く場所を求めた人々がファミリーレストランやカラオケ等にパソコン仕事を持ち込む現象が報じられた。
こうした新たな需要を受けてカラオケやホテルは早々にテレワークプランを打ち出し、不動産事業者をはじめ多様なサプライヤーが、ショッピングモールや駅構内、マンション共用部などへのワークスペース供給を開始している。これらのサービスが受け入れられている一因として、多くのワーカーが在宅勤務を経験したことで空間のみならず時間的・感覚的にもワークとライフの境界線が薄れつつあったことが、少なからず寄与しているだろう。
郊外エリアでのワークプレイス供給が本格化
もちろん、これらの潮流が、日本社会が2016年頃から政府主導で取り組んできた働き方改革を素地としていることはいうまでもない。コロナ禍以前から、職住近接やフレキシブルな働き方への志向は存在していたし、テレワークを支える通信技術やツールも提供されていた。保守的な企業文化やワーカーのマインドなどが障壁となり漸進的であった歩みが、コロナ禍を機に急加速したに過ぎないのだ。
長年取り組んできたバックボーンがあるからこそ、感染リスクがゼロになっても単純に元に戻ることはなく、エリア・用途の両面から不動産の境界線はますます薄れていくだろう。都心に集まらなくても働けることは多くの企業で証明されたし、郊外エリアでのワークプレイス供給も本格化している。
たとえば、東京23区内にあるフレキシブルオフィスは7割以上の拠点が都心5区に集中しているが、2020年に開業した拠点に絞ると周辺18区の割合が前年までよりも増えている(*2)。また、複数のフレキシブルオフィス事業者が将来の需要を見越して郊外エリアでの注力展開を表明し、オフィス物件の希少さから店舗や駅、生活利便施設などの余剰床を活用して出店を進めている。ワーカーが多様な選択肢から働く場所を選べる環境は着々と整いつつあり、今後多少の揺り戻しはありえても、このトレンドが一過性のもので終わるとは考えづらい。
- *2 出所:2021年2月17日公表 ザイマックス総研「フレキシブルオフィス市場調査2021」
都心オフィス街から解放されるオフィスワーク
ポストコロナに向け、企業も働く場所のあり方を見直し始めている。ザイマックス総研が2021年1月に行った調査では、回答企業の6割が「ワークプレイス戦略の見直しを経営課題として重視している」と回答したほか、そのような企業は既存のオフィス面積をコロナ禍収束後に縮小する意向が高いという特徴もみられた(*3)。
- *3 出所:2021年3月22日公表 ザイマックス総研「経営課題としてのワークプレイス戦略」
実際にコロナ禍以降、大企業が都心オフィスを縮小・解約する動きは相次いで報じられているが、注目すべきはこれらの大部分が、テレワーク活用や郊外分散型ワークプレイスの整備などとセットで推進されている点だ。つまり、目先のオフィスコスト削減を目的とした消極策ではなく、ワークプレイス全体を戦略的に再構築していく動きの一端と捉えることができる。
たとえば、富士通は2022年度末までに国内既存オフィス面積を半減し、国内グループ全従業員(製造拠点などを除く)約8万人が自宅やサテライトオフィスなどから働く場所を自由に選択できる勤務形態に移行する。並行して単身赴任の解消や、介護などの事情で転居を余儀なくされても遠地から勤務できる制度の整備などを進め、場所に縛られずに働ける環境を実現しつつある。また、2007年頃からオフィス改革に取り組んできたNECネッツエスアイでは、都心本社の面積を60%削減し、その分の人員を首都圏7ヵ所の自社サテライトオフィス等に分散させることで従業員の通勤時間を大幅に削減。本社やサテライトオフィスとは別に、イノベーションや技術開発に特化した拠点も設けるなど、分散・自律型の働き方を目指して変革を続けている。
ほかにも象徴的なニュースとしては、本社を東京都心から兵庫県淡路島へ移転するパソナや、山梨県の富士山麓に移転するアミューズ、埼玉県所沢市にキャンパス型の新オフィスを観光・商業施設などとともに一体開発したKADOKAWAなどが記憶に新しいだろう。こうした事例は、すでにオフィスワークが都心オフィス街から解放されつつあることの証左ともいえる。
企業は不動産に「利用的価値」を求める
また、今後多くの企業がワークプレイス戦略を再構築するにあたっては、不動産の使い方の常識も変わっていくだろう。従来はオフィスビルを所有または賃借するしか選択肢がなかったが、最近では月極めサービスなどをオフィス拠点として利用契約する例は珍しくなくなり、なかには本社機能を移す企業も登場している。たとえばクックパッドは2021年5月に、フレキシブルオフィスサービスであるweworkへの本社移転を予定しており、その狙いについて「将来的には出社勤務を前提としながら、社会状況に合わせた柔軟なオフィス運用ができる」ことや「多拠点を有するなど拡張性の高い働き方を実現できる」ことなどを挙げている。経営におけるアジリティの重要性が高まるなか、ニューノーマルの世界では同社同様、不動産に「資産的価値」よりも「利用的価値」を求める企業が増えていく可能性がある。
働く場所に関して、すでにこれだけの変化が顕在化している。コロナ禍終息後の世界は、企業がオフィス利用の常識から解放されて戦略的にワークプレイスを再構築し、不動産事業者をはじめとするサプライヤーが多様な需要に応えるための新たな選択肢を提供していくだろう。そうなれば、オフィスに縛られていたワーカーは場所から解放され、フレキシブルな空間(=不動産)を自在に使いこなすことで仕事の生産性を高め、私生活を充実させ、豊かな人生を目指すことができる。感染対策に苦慮しつつ試行錯誤を続ける現在は、この1つの理想形に向けた準備期間となりうるかもしれない。
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