ニューノーマルのオフィスは「見事な」と形容される場所へ

ジェレミー・マイヤーソン/WORKTECH Academy 理事、Royal College of Art 研究教授

コロナ禍によって世界の仕事やワークプレイスに何が起きているのでしょうか。そして、企業はどのように適応し、将来への戦略を策定していくべきなのでしょうか。WORKTECH Academy理事 ジェレミー・マイヤーソン(Jeremy Myerson)氏は2020年10月に開催された「WORKTECH 20 Tokyo」で、ニューノーマルの未来予想図を語りました。前編に続き、後編ではポストコロナのオフィス像を予測します。

オンライン開催された「WORKTECH 20 Tokyo」で講演するマイヤーソン氏
オンライン開催された「WORKTECH 20 Tokyo」で講演するマイヤーソン氏

不定期で訪れるホスピタリティ重視の場所へ

ポストコロナのオフィスはどのようなものになるか。まず、安心安全への要求に応え、設計・設備などのハード面が大きく進化するでしょう。ウイルス汚染への懸念から、顔認識テクノロジーが普及して接触は最小限に抑えられ、セキュリティが自動化され、キーレス、タッチレスで入退室できるようになります。ビル内の空調管理が改善され高い空気清浄技術が導入されるでしょうし、窓も増えるかもしれません。オフィスビルの入口やロビー空間は再設計され、セルフサービスのコーヒーや雑誌が姿を消す代わりに、手洗い場や除菌スプレー、検温システムなどが導入されます。

さらにはオフィスの位置付けも、毎日モニターの前でルーティンワークをするために通う場所から、不定期で訪れるホスピタリティ重視の場所へと変わるでしょう。行く目的が明確化され、たとえば研修や指導、プレゼン、イノベーションアクティビティなどを行う、積極的に人とつながり交流するための場所になり、画面上での一人作業のために通うことはなくなります。そのような作業は自宅や近所のフレキシブルワークスペース、もしくはサテライトオフィスで行うようになるからです。特に、大企業の本社は大きく変貌すると思います。

そして新たな役割を担うようになったオフィスでは、「よりよい体験」に重きが置かれるようになるでしょう。UX(ユーザーエクスペリエンス)という視点は、ワークプレイス設計においては数年前までまったく考慮されてきませんでしたが、今では強い関心を集めています。すでに「Chief Experience Officer(最高体験責任者)」や「Vibe Manager(雰囲気マネジャー)」など、UXに特化し、そこでの体験やそこに行く意味を提供することを使命とする役職も現れているほどです。

働く人の1日に命を吹き込むようなワークプレイス体験

我々は2019年、Mirvac社と共同で「SX(スーパーエクスペリエンス)」の誕生を考察するレポートを発表しました。スーパーエクスペリエンスとは「独特で影響力があり、精神的・知性的な快感を与え、そこで働く人の1日に命を吹き込むようなワークプレイス体験」のこと。そしてUXからスーパーエクスペリエンスへの転換、具体的には今まで以上にワーカーを中心とする発想の必要性を訴えました。

スーパーエクスペリエンスは多くの場合、フィジカルとデジタルの要素を掛け合わせて生み出されます。親しみやすい小規模のものもあれば大規模に展開できるものもありますし、予想を覆し驚きを与えることもあれば安心感を与えるものもあります。写真はスーパーエクスペリエンスと呼ぶにふさわしい、2018年に完成したAmazonのシアトル本社です。ガラス張りのドーム型オフィスの中では約4万本もの植物が生育され、社員の想像力を促進し脳機能や認知能力を向上させます。バイオフィリック・デザインのそうした効果は実証されており、ワークプレイスへの導入は今後増加するでしょう。

さて、スーパーエクスペリエンスを深く検討していくと、従来のワークプレイス体験が明瞭化と最適化に重きを置いたものであったことがわかります。仕組みやファシリティをより簡単でわかりやすいものにし、リソースを最適化することが目的とされてきました。これは組織の効率化という点では優れています。日本の職場はまさに明瞭化と最適化の模範といえるでしょう。

「Awesome(見事な)」と形容される職場

しかし、効率的な職場は誰もが知るとおり、インスピレーションを促す空間とはいえません。ワークプレイスの専門家はバランスの大切さに気付き始めています。体験には好奇心や喜びの要素が必要であり、明瞭さだけでは味気なくマンネリ化してしまうのです。

体験とはリソースの最適化ではなく、人に着目した共感性のあるものであるべきです。つまりスーパーエクスペリエンスを実現するには、オフィスの目的を「明瞭化・最適化」から「共感性・好奇心」へとシフトする考え方が必要です。共感性や好奇心を刺激するワークプレイス体験は、ワーカーの切り替えを手助けします。そしてそれにより、個々の想像力が高まり、イノベーションが生まれ、職場内の信頼が高まるのです。明瞭さや最適さが不要というわけではなく、明瞭なITや効率的な清掃ももちろん大切です。しかし、新たな次元に進む必要があるのです。

素晴らしい体験の例として、ニューヨークにあるワン・ワールドトレードセンターのエレベーターをご紹介します。47秒で102階まで昇る間に、没入型のデジタルディスプレイがニューヨーク市の歴史を見せてくれます。16世紀の農村時代から、今日の高層ビル群の景色までの変貌です。このような体験は、私たちに感動を与えてくれます。

「Awesome(見事な)」という形容詞は、教会や博物館、オペラハウス、高級住宅などに対して使われることはあっても、ワークプレイスに対して使われることは滅多にありません。しかしそれも、職場における「感動」の重要性が理解されれば変わってくるかもしれません。ある科学的研究によると、人は感動をもたらす物体や空間を前にしたときに想像力や好奇心、情報処理能力が高まり、考えがより寛大になり、じれったさが減るそうです。

「Awe(感動)」の学術的な定義は「まったく新しく理解しにくいものを前にした際に感じる驚きや素晴らしさの感情」「それまでの世界観ではとても理解できない刺激のこと」。そうした感情や刺激の必要性は今後、オフィスワークにおいてますます高まるでしょう。

IT、人事、総務などを統合したサービス部門を

お話ししてきた通り、ポストコロナに向けて念頭に置くべきことは空間から体験へのシフトです。AVセンサーテクノロジーや没入テクノロジーなど、スーパーエクスペリエンスの構築に必要な技術はすでに存在します。しかし何よりも大切なのは、人(行動)・場所・テクノロジーを1つの連体形として捉えることです。

現在の大企業ではIT、人事、総務などの部署がそれぞれ別々に機能していますが、人々がオフィスに来ることを「選ぶ」将来を考えるとそれでは不十分でしょう。今後はより高度な体験を提供するため、これらの部署の機能を包括した1つの「統合サービス部門」を設けることが一般的になるかもしれません。ポストコロナのニューノーマルという未知の領域に踏み込むためには、ワークプレイスデザインに関する既存の常識を破らなければならないのです。

最後に、British Council for Officesのコンペに入賞した作品をご紹介します。「2035年のワークプレイス」を構想するもので、グリーンデザインや人間中心、デジタルコネクション、コミュニティ重視といった、これからの世界で重視される価値観を読み取ることができます。今は先行きが見通せず、「オフィスは死ぬ」とも言われていますが、その流れに反して非常にポジティブで楽観的な未来像です。私もオフィスは死ぬどころかむしろ盛り上がると、賑わい方が変わるだけだと思っています。

Jeremy Myerson(ジェレミー・マイヤーソン)/WORKTECH Academy 理事、Royal College of Art 研究教授

ジャーナリスト、編集者として『デザイン』『クリエイティブ・レビュー』『ワールド・アーキテクチャー』などに携わり、1986年に『デザインウィーク』を創刊、初代編集長を務める。1999年にRoyal College of Artでデザインに関する研究機関Helen Hamlyn Centre for Designの設立に参加し、2015年9月まで16年間監督した。同年10月にUnwiredと共に、世界的な知識ネットワークであるWORKTECH Academyを設立。韓国、スイス、香港のデザイン機関の諮問委員会にも参加するなど、グローバルに活躍する。

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