大企業の人材獲得ニーズに応え、フレキシブルオフィスは郊外へ
ジョン・ウィリアムズ/ザ・インスタント・グループ マーケティング部長
仕事とワークスペースに関する国際的な知識ネットワーク「WORKTECH Academy」のパートナーであるザ・インスタント・グループのジョン・ウィリアムズ氏によると、企業によるフレキシブルオフィス利用が世界的に拡大し、その需要は大都市から郊外や二次的な都市へ向かいつつあるといいます。その背景を語った同氏へのインタビューをご紹介します。
不動産もサービス主導の業界へ
ザ・インスタント・グループ(以下インスタント)は世界2000以上の都市でワークスペースソリューションを展開し、フレキシブルスペース市場に関するデータや知見を豊富に持っています。
例えば我々の最新調査では、フレキシブルスペースの拠点数が最も多いのがロンドン、次がニューヨークで、この両都市は年間成長率も2割近くと市場が大きく拡大しています。また、アジア・パシフィックの成長は顕著で、中でも最大オフィス規模を持つ東京マーケットには高い関心を持っています。デスクレート(1席あたりの月額使用料)が最も高いのは現在ニューヨークですが、年間成長率では東京が最も大きく伸びています。いま、世界のフレキシブルオフィスの市場全体が成長を続けていますが、その成長の特徴には変化がみられています。
ウィーワークがこの市場の最大のプロバイダーであると思っている人もいるかもしれませんが、彼らは多くの独立した事業者で構成される巨大市場のほんの一部に過ぎません。年間15%の成長が予測されているフレキシブルスペース市場は、多くのスペースを提供するインディーズ系と中小企業で構成されています。そのため、従来のワークスペースとはまったく異なる様相を呈しています。
現在、資産ベースの業務からサービス提供へ移行している業界が数多くあります。アマゾンは店舗を持たない最大の小売業者であり、ネットフリックスは映画館で上映したことのない最大の映画会社です。自動車メーカーが苦戦し、工場を閉める一方、レンタカー会社は成長を続けています。フレキシブル化が進む不動産業界も例外ではありません。世界主要都市でフレキシブルスペースがオフィス市場に占める割合は現在5%程度ですが、インスタントでは今後、主要な大企業によるオフィス需要の40%がフレキシブルスペースに移行すると予測しています。
バランスシートを軽くしたい大企業
なぜ大企業の利用が加速しているのか。背景として、2008年の金融危機以来みられる、事業計画サイクルの短期化があります。今は平均5年といわれていて、10年間のオフィスリース契約に署名することは合理的ではありません。企業は機敏性(agility)を重視し、ポートフォリオの柔軟性を高めたいと考えている。新しいオフィスの着工から開業まで2年かかるような従来のスピード感は、急成長するハイテク企業らのタイムラインにはそぐわないのです。
加えて世界的な空室率の低下と賃料高騰により、スペースをアウトソースし、バランスシートを軽くすることのできるフレキシブルオフィスの利用価値が高まっています。フレキシブルオフィスは企業が抱えるリスクと責任を軽減し、ワークプレイスを利用するまでの所要時間を短縮してくれるソリューションとして存在感を増しています。
優秀な人材が住む二次都市への移行
今後20年間の主要なワークスペーストレンドの一つは、柔軟な働き方の進展によって組織が解体されることです。キーワードは「選択」です。過去120年間、不動産業界はほぼ同じ顧客に同じ製品を販売してきました。画一的なカーペットに白い壁。そこで働くワーカーたちの働き方も画一的なものでした。しかし、今日のフレキシブルスペースは根本的に異なるアプローチで設計され、立地的にも内容的にも多様な選択肢を提供しています。
立地面でいえば近年、フレキシブルスペース市場に占めるグローバル都市のシェアが少しずつ減少し、二次的な都市に向かう傾向がみられています。例えば、イギリスならロンドンだけでなくマンチェスターやブリストル、ドイツならベルリンだけでなくキールやニュルンベルクといった都市です。
これにはユーザーである大企業の需要の変化が影響しています。大企業では、グローバル都市の高騰し続ける賃料を避けるためだけでなく、優秀な人材獲得のために準大都市や郊外に拠点を設ける動きが生まれているのです。ワーカーは家賃が高騰する都心部から周辺部へ移り住み、都心オフィスに通勤する負担は増しています。そこで企業は、郊外にフレキシブルスペースを契約し、比較的大規模な拠点として使うことで、そのエリアに住む人材を集めようというわけです。
例として、IBMはブリストルに数百人規模のフレキシブルスペースを契約し、近郊に住むIT人材へのアプローチに成功しています。ブリストルはロンドンから車で2時間半ほど離れたイギリスの主要都市で、人気の居住エリアでもあります。IBMはこの拠点で、獲得競争が年々激化するIT人材のプロジェクト参加を募集しました。金融機関も法律事務所もアマゾンと人材を奪い合っているような現在の状況下では、優秀な人材が多く住むエリアに拠点を設けることが人材獲得の有効な手段となっています。また、プロジェクトベースの雇用ではフリーランスや副業などパートタイム勤務のワーカーも多く集まるため、出入りする人数が流動的になるという点で、フレキシブルオフィスは好都合です。
もちろん、こうした企業の動きはワーカーの働き方のトレンドと表裏一体のものです。大都市のセンターオフィスに毎日通勤するような固定的で一極集中的な働き方は過去のものとなり、現代のワーカーにとっては、働く場所と時間を自らコントロールすることが当たり前になっています。例えば、集まって行うミーティングなどの業務は週の真ん中に集め、月曜と金曜は自宅や近所のフレキシブルオフィスで働いて週末をフルに楽しむような、メリハリある働き方です。仕事と生活を自律的にコントロールするトレンドの中で、自宅近くにあって自身の裁量で使えるワークプレイスは必要不可欠なものとなっているのです。
物件オーナーや投資家、スペースオペレーターたちは、こうした需要に対応するため、二次的な都市により多くのフレキシブルスペースを提供することになるでしょう。そして、その場所に新たな市場がつくられることとなります。フレキシブルスペース市場の最も魅力的な点の一つは、ユーザーの需要に非常に敏感に反応することです。
企業が求めるのはコワーキングと機密性の両方
柔軟なワークスペースのモデルについて誤解されている点があります。ウィーワークのようないわゆる「コワーキング」、つまり月単位の一席ごとのメンバーシップを指しますが、アナリストが夢中になっているこの非常にトレンディなモデルは、実際にはフレキシブルワークスペース市場の2%を占めるにすぎません。対して従来の「サービスオフィス」は恐竜のようなもので、もはや誰からも求められていない。多くの企業は今、これらのハイブリッドを望んでいます。つまり、魅力的でコワーキングしやすい快適な共用エリアを好みつつ、そこでもセキュリティと機密性を備えたプライベートなオフィス空間を必要としているのです。
そのニーズに対応するため、現在多くの事業者が提供し始めているのがマネージドオフィスです。単一のプロバイダーが調達から管理まで一気通貫で請け負う、企業ごとにカスタマイズされたワークスペースソリューションで、利用料金にファシリティマネジメント等すべての費用が含まれています。我々インスタントにおいて最も急成長している分野であり、これまでにアマゾンやフェイスブック、バークレイズなどのビッグネームのオフィスを手掛けてきました。プロジェクトオフィスやコンタクトセンターとしての利用はもちろん、本社として利用する企業も増えています。
ブランド大統合後も成長を続ける
ここまで話してきた通り、この巨大市場は顧客の需要に呼応して選択肢を増やし続け、今では世界中に約3万カ所のフレキシブルスペースと6,000を超えるオペレーターが存在します。しかし、我々は近いうちにブランドの大統合が起こるだろうと考えています。ビジネスの性質としてそれは必然です。我々のデータでは、拠点ごとの面積が年々大きくなっていることがわかっています。25席以上のまとまったデスク数を求める企業によるフレキシブルスペース利用のニーズが増えているからです。法人利用の割合は今後さらに増えるでしょうから、フレキシブルスペースのオペレーターは、その需要に応えるためにより大きなフロア面積を調達しなければならなくなるでしょう。それがオペレーターの淘汰につながる可能性もあります。
図は、時間の経過に伴う産業の普及を表した曲線です。現時点は緑色の点、コワーキングの興奮がピークに達する手前にあるといえます。誰もがこの新しい市場に夢中になった後、必然的に下落し、統合の期間を迎えます。数多あるオペレーターたちは互いに落ち着き、新しいルールが生まれ、安定的に推移するタイミングが訪れるでしょう。いずれにせよ、市場は今後も需要に応じて変化を続けていくのです。
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