【WORKTREND⑲】テレワーカーのワーク・エンゲイジメント低下を防ぐには
島津明人/慶應義塾大学
近年、従業員のウェルネスを経営戦略に位置づけ、「健康経営」を掲げる企業が増えている。それらの企業は従業員がオフィスに出社することを前提に、従業員の心身の健康を向上させるための施策を講じてきた。しかし、コロナ禍を機に多くの企業で働き方が一変した結果、テレワークをはじめとするニューノーマルの働き方を前提に、ウェルネスを再考する必要が生まれてきている。運動不足や孤独感など、テレワーク下で生じた課題解決のためにできることとは何か。20年以上にわたり働く人のメンタルヘルスについて研究している慶應義塾大学 島津明人教授に話を伺った。
テレワーカーのメンタルヘルスが新たな課題に
近年、働く人のウェルネス、特にこころの健康(メンタルヘルス)への注目が高まっています。ウェルネスとは、からだや精神の健康はもちろん、社会的にも良好でいきいきとした状態を指す概念です。
歴史をたどると、働く人のメンタルヘルスに焦点が向けられ始めたのは第二次世界大戦後でした。当時は精神疾患の治療や再発防止がメインテーマでしたが、次第に範囲が広がり、発症後の治療から早期発見、そしてメンタル不調の未然防止までをカバーするようになりました。
さらに近年では、単にネガティブ要素の排除・予防に留まらず、より積極的によい状態を目指す「ポジティブメンタルヘルス」への関心が高まってきました。背景として、頭脳労働者の増加はもちろん、特に日本の場合は総労働人口の減少といった問題があり、労働生産性の向上やイノベーション創出などの必要から、一人ひとりがいきいきと働くことがより重視されるようになってきたと考えられます。
そしてここ2年のコロナ禍において、新たな課題が現れました。テレワークが一定の割合で定着した結果、これまでオフィスに集まって働いていたワーカーの一部がテレワーカーになり、急速な働き方の変化にさらされ、従来とは異なる心理的ストレスやワーク・エンゲイジメントの低下が指摘されるようになりました。テレワーカーに特有のメンタルヘルスの課題解決に向けて、新たなアプローチが必要となっています。
ストレス解消に向けてサードプレイスは有効
現在、テレワークといえばほぼ在宅勤務を中心に行われているため、ワーカーにとって最大のメリットは通勤の解消であるといわれています。時間の節約はもちろん、満員電車に乗るストレスの解消は大きな恩恵でしょう。しかし、通勤は完全にネガティブなものではなく、オンオフのスイッチという効果も持っていると思います。子育て中のワーカーを例とすれば、朝の支度を終えて子どもを保育園に送り、そこから電車に乗って出社するという過程は、自然と私生活モードから仕事モードへの切り替えを促してくれるでしょう。退社後の帰路も同様に、頭から仕事を切り離す効果をもたらします。通勤がなくなったことでオンオフの区切りがつけられず、ストレスを抱えている人が少なくありません。
また、自宅だとメリハリなく長時間仕事をしてしまいがちなので、交感神経が高ぶった状態——つまり心身のアクセルを踏み続ける緊張状態が長引き、不調を生じさせてしまう懸念もあります。
こうした問題への対策として、長期的にテレワークが続く場合には「サードプレイス」を持つことを提唱します。ここでいうサードプレイスとは、「家庭(第一)と職場(第二)という二つの生活拠点以外の、息抜きできる第三の居場所」のことで、車社会のアメリカで最初に提唱された概念です。車通勤は家と職場を往復するだけで、私生活と仕事の間に「余白の時間」がないためストレスがたまりやすいと指摘されたのです。翻って日本では、外の世界と接点を持つ電車通勤や「仕事終わりの一杯(飲み会)」などが余白の時間として機能していましたが、在宅勤務のワーカーは、あらためてサードプレイスを見つける必要があります。たとえば、近所のカフェや地元のコミュニティスペースなど、身近な場所が居心地の良いサードプレイスになるかもしれません。
弱まったコネクションがワーク・エンゲイジメントの低下を招く
私たちが全国のワーカーを対象に実施した追跡調査によると、働き方の変化がメンタルヘルスにおよぼす影響はワーカーの性格や好み、ライフスタイルによってまちまちですが、総じてテレワーク環境下におけるワーク・エンゲイジメントの低下が観察されました。ワーク・エンゲイジメントとは仕事に誇り(やりがい)を感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得ていきいきとしている状態のことを指し、良いパフォーマンスに結びつく重要な指標であるといわれています。それに影響する要素はチームメンバーによるサポートや職場風土、仕事の裁量権などさまざまなものがありますが、テレワーカーのワーク・エンゲイジメントが低下している要因の一つは、チームメンバーとのつながりが弱まっていることではないかと考えています。
人間は社会的動物であり、第二の拠点である職場でソーシャルコネクションを求めるのはごく自然なことです。従来の日本企業では、緊密なコミュニケーションとリレーションを前提に「チームに与えられた仕事にみんなで取り組む」という働き方が一般的でした。オフィスにいれば労せず密なコミュニケーションをとれるし、雑談も自然と生まれます。しかし、リモート環境下ではコミュニケーションのハードルが高まり、ソーシャルコネクションの実感を得づらくなっています。仕事の面でも、主体的に他人と協調しながら仕事を進めるスキルや高い自律性が求められるようになり、戸惑いを感じているワーカーは少なくないでしょう。
「個」で働くからこそ、横のつながりを保つ工夫を
また、日本企業の新卒採用はメンバーシップ型が主流であり、職種や業務範囲を限定しない「総合職」として採用されるワーカーがほとんどでした。しかし、今までのように緊密に連携できないテレワーク下では、チーム全体の業務を分解し、ワーカーごとに業務範囲を明確に定めたうえで、具体的な個々のタスクを割り振ったほうが、仕事を進めやすいことがわかってきました。こうした仕事の進め方の変化に対し、ワーカーがもともと想定していた「総合職」の仕事とのギャップを感じてしまうと、モチベーションの低下を招きかねません。
今後もテレワークが続けば、業務範囲の明確化や仕事の専門化はある程度進むかもしれませんが、職場には誰にも割り当てられないあいまいな業務が絶えず発生するでしょう。そういう場合にも個人がストレスを抱えず、チームとしてスムーズに機能できるよう、メンバー同士が物理的に集まらなくてもつながりを感じられ、互いに助け合うことを促す風土が必要ではないでしょうか。こうした環境を整えるには、全体を統合するマネジメントが不可欠であるほか、横のつながりを保つため、時にリアルに集まり、気軽に雑談できるリフレッシュスペースなどの整備が有効だと考えています。
最後に、「健全なる精神は健全なる身体に宿る」といわれるように、メンタルヘルスの向上にはからだの健康が欠かせません。テレワークで通勤しないばかりか、一日中座りっぱなしになるなど、身体活動量が極端に少なくなったという声はよく聞かれます。身体活動量の減少は肥満や筋力低下につながるだけでなく、メンタルヘルスの不調を誘因する可能性も多くの研究で指摘されています。また、日光を浴びるとこころが落ち着くことも証明されていますので、外に出て日差しを浴びたり、適度な運動をすることが望ましいです。
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