【フランスの働き方改革⑤】変わるパリのワークプレイス

リュドヴィク・レジョンドル

パリで人気のコワークスペース (c)Deskopolitan
パリで人気のコワークスペース (c)Deskopolitan

テレワークをはじめとする働き方の変化は企業のオフィス戦略に影響を与え、従来のような固定的なオフィスを保持し続けることへの疑問も生まれている。企業は今後、オフィスをどのように考えていけばいいのか。長年パリで企業不動産を手掛けてきたCREの専門家に話を聞いた。なお、インタビューはコロナ危機発生以前の2019年11月に行ったものだが、働き方のフレキシブル化といった大きな潮流は変わらずむしろ加速しているため、アフターコロナのワークプレイスを予測する材料として、当時の内容を紹介する。

Ludovic LEGENDRE(リュドヴィク・レジョンドル)
Ludovic LEGENDRE(リュドヴィク・レジョンドル)/ Parella ピープル&トランスフォーメーションサービスライン担当パートナー。CREとワークプレイスの専門家としてCAPGEMINI INVENT副社長などを歴任。パリのワークプレイスのキーパーソンとして講演会やセミナーを多数主催しメディア等で活躍する。RICSメンバー。2020年6月より現職。

問われる「オフィスに出向く価値」

ICTの発達やコミュニケーションツールの充実により、特殊な職種以外は、仕事をするために終始オフィスにいる必要がなくなりつつある。ワーカー同士がフィジカルな接触なしに協業できるという状況は、企業が組織構築する際の可能性を大幅に広げ、ますます国際化が進んだ。このパラダイムの転換はスペースと時間に対する個々の関係に大きな変化をもたらし、仕事環境はより柔軟に、より自由になった。

オフィスに出向く理由はより限定的になり、ワークプレイスの定義が根本的に変化している。企業にはワーカー同士の質の良いコミュニケーションを引き出し、つながりを強めるための工夫が求められる。「2018年にArsegにより公表された労働環境に関する調査では、コーヒーマシン前での同僚との『雑談』の多くは、会議室でのフォーマルな話し合いよりずっとクリエイティビティに長けていると明言されています。私も同感です」(レジョンドル氏)。

世界の大都市同様、パリのオフィス賃料はここ数年上昇してきた。特にQCA(Quartier Centre Affaire)と呼ばれる、マドレーヌ、サンラザール、オペラ付近の賃料は現在1平米1000ユーロ/月、デスクあたり年間12,000〜15,000ユーロと高額化している。しかし、こうしたオフィスも週末と夜間は使用されず、営業時間内も外出や出張などでオフィスを留守にする社員のデスクを考慮すると全てのデスクが埋まっていることはほぼない。特にバカンスの長いフランスの年次有給休暇は5週間、平均稼働日数は年間で117日といわれており、これに週平均1〜2回のテレワークが加わるとさらにオフィスの利用率は減るわけで、企業が負担するオフィス賃料には多大な無駄が含まれている。

こうした背景から昨今、パリではオフィスに必ずいる必要がある職種以外のデスク面積を縮小する傾向が続いている。オフィス全体のダウンサイズや、オフィスシェアの考えが広まりつつあり、固定的なオフィスコストを縮減した代わりにテレワークを増やしたり、コワークスペースを利用したりする例が増えている。たとえばIT企業のオラクル社では近年、拠点の多くを閉鎖して、従業員は自宅近くにあるリージャスなどのフレキシブルスペースで働いている。彼らがフレキシブルスペースを選んだ理由は、規模の調整が容易で、柔軟性があり、同社が抱える多様な協業プロジェクトの性質に合致しているためだ。拠点閉鎖に至るような大胆な例はまだ少ないが、手狭なオフィスを拡張するのではなく、レイアウトのフレキシブル化で対応するだけでも、企業の財務パフォーマンスの点で非常に有益な場合がある。

行く価値のあるオフィスをつくるのは「ワーカーの声」

ただし、こうしたワークプレイス変革が本当の意味で成功するためには、ワーカーに対する「サービス」の充実が鍵であり、ワーカーが働きたいと思える企業の理想に少しでも近づける努力が必要であるとレジョンドル氏は指摘する。「働き方改革などのプロジェクトに参加すると、企業とワーカーの間にある、ワークプレイスや働き方に対する感覚のギャップが大きいことがわかります。企業側が良いとすることが必ずしもワーカーの望むことではないからです」。

日本同様、フランスの多くの企業でもオフィスレイアウトの見直しが進んでいるが、企業側が押しつけるのではなく、実際にそこで働くワーカーの声を吸い上げることが一つのポイントとなっている。

例えば、あるフランスの大企業では社屋の大規模な改装工事を行い、だだっ広いオープンフロアの社屋を完全フリーアドレス制にして、多機能のマルチスペースへと変貌させた。この改装プロジェクトの際、全社員から代表者を数人選んでプロジェクトチームに参加させ、社員側からのボトムアップの意見を多く取り入れたことで実際の働き方に即したワークプレイス戦略の立案が実現したという。この企業に勤める男性管理職の、新しいワークプレイスにおける1日を紹介したい。

「出勤。今日は午前中に会議などの予定が入っていないので、会社が契約しているコワークスペースに立ち寄り、来月のプロジェクトに参加予定のフリーランサーと朝食を兼ねた非公式ミーティングを済ませ、いくつか作業をした後10時半に本社オフィスへ。11時からのサプライヤーとの会議では活発な議論が予想されるため、AV 設備が充実し、可動タイプの座席などがある小規模なクリエイティブルームを選択。遅めのランチはカフェテリアでコーヒータイムを楽しむ同僚と現在進行中のプロジェクトについて話しながら軽く済ませる。防音の電話ブースで同僚と電話会議をした後、集中を要する仕事をこなすため仕切りのついた集中ブースでみっちり2時間作業する。17時にオフィスを出て、社外のデジタルユニットとのミーティングのため、朝とはまた別のコワークスペースへ。このコワークスペースは社内にはないデジタル技術専門の設備が充実しているため、デジタルユニットとのプロジェクト進行に欠かせない場所となっている。ミーティング終了後もそのままメンバーたちといくつか作業をして19時過ぎに帰宅の徒につく」。

このように、その日の仕事内容や相手に合わせて働く場所を選択することで生産性を高めることが可能になる。単にオフィスのマルチスペース化が流行しているから取り入れるのではなく、社員のウェルネスやコミュニケーション品質向上といった目的を明確にし、張本人であるワーカー一人ひとりのコミットメントが重要だ。

「ワークプレイスに関するユーザーの要求はますます高まり、またその要求はとても早く変化していきます。未来の成功する企業の争点は、こうした動きに敏感になれるか否かかもしれません」(レジョンドル氏)。

変わるワークプレイスの役割

パリワーカーのノマド化は年々顕著になるばかりだ。在宅勤務やコワークスペースでの仕事はもちろんのこと、街中のカフェ、空港、駅、公園などでもWi-Fiが飛び、街のあらゆる場所でモバイルパソコンを広げた人を見かける。そんなパリの企業で今求められているのが「ワークプレイスのデジタル化」だ。

テクノロジーの進歩とともにデジタル世代が労働市場に参入したことや、グローバル化で多国籍な人々とのコラボレーションが増えたことで、多くの企業が採用していたイントラネットから、より効果的なシステムへの移行が求められるようになった。業務上必要なあらゆる情報(人、業務システム、ツール、ソーシャルメディア、ファイル共有等)を仮想空間のプラットフォームにアップロードし、リアルタイムで共有・集約されることで、業務が大幅に効率化され、時間や場所に縛られない働き方が可能となりつつある。

こうしたデジタル化されたワークプレイスはワーカー同士の協業を加速し、役職や業種にこだわることなく、よりオープンなコミュニケーション風土を形成し、チームの団結力、会社へのエンゲージメントアップなどの効果が期待されている。また、時間や出張先、旅行先など場所に縛られない働き方が実現することで、通勤などの移動時間が軽減され、フレキシビリティがアップし、働き方改革の底上げ効果につながる。

デジタルトランスフォーメーションを専門とするパリのコンサルティング事務所のArctusが2019年に発表したレポートによると、「デジタルワークプレイス」導入に関するアンケートを実行した中規模以上の90%の企業が、従来のイントラネットには限界があるとし、78%の企業がイントラネットから「デジタルワークプレイス」への移行を希望しているもしくはすでに設置していると回答しており、その数値は2017年時と比較すると23%も増えている。しかし、こうした新しい技術の導入には専門家の介入と経営陣側の理解が必須となり、上記の企業の34%が導入に躊躇していると回答しており、普及にはまだ時間がかかるとみられる。

また、リモートワークの進展により働く場所の制約がなくなると、働く場所を都市部に集中する必要がなくなり、都市と地方の環境も現在とは様変わりする可能性がある。ワーカーは都市にはない豊かな自然などを満喫しながら、都市に住んでいるのと変わらず仕事ができるようになり、地域に根差した豊かな人生を送ることが可能になるかもしれない。若者の都市部への流出抑制や、育児世代や高齢者の労働参加も容易になるなど、社会的なメリットも大きい。このように、企業のワークプレイスは単なる作業場ではなく、こうした多様な価値と役割が求められる高度なものになりつつある。日本でも今後、働き手の減少や仕事の自動化・ロボット化といったさまざまな要素が働く場所や、それを取り巻く都市の在り方にも影響を与えていくだろう。

  • ※ 当記事の内容は取材時点(2019年11月)のものであり、現在は状況が変わっている可能性があります。

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