【フランスの働き方改革③】ヒエラルキーを解体し水平的組織を目指すオフィス改革
エンジー(ENGIE)
フランスは欧州諸国の中でも、保守的な企業風土や従業員への管理意識の強さなど、働き方を取り巻く環境において日本との共通点が多い。今回はフランスを代表する大企業・エンジーが、2016年から取り組んだ働き方とワークプレイス変革の取り組みについて話を聞いた。なお、取材時点(2019年11月)からコロナ危機を経て状況が変わっている部分もあるものの、アフターコロナに向けた参考となる取り組みでもあるため、当時の事例として紹介する。
女性CEOが挑んだコラボラティブな働き方への転換
エンジーはパリのビジネス地区であるラ・デファンスに本社を置く、電気・ガス供給の大手企業だ。世界約70カ国に展開し、従業員数16万人、売上高世界第3位のフランスを代表する企業の一つであり、2008年に民営化する前はフランスのガス開発・供給市場を独占していた。
2016年にフランスの大企業で初の女性CEOとして就任したイザベル・コシェール氏(2020年2月に退任)は、元公共事業体ならではの古い体質を払拭すべく大規模な改革に取り組んだ。その内容はグリーンエネルギーへの転換といった事業戦略上の変革に留まらず、働き方やワークプレイスの改革にも及んでいる。
コシェール氏による働き方改革の肝は、民営化以前の保守的なカルチャーを解体し、より水平的でコラボラティブな働き方を実現することであった。例えば、職位の高い社員ほどオフィスの高層階を利用し、デスクの占有面積も広くなるといったヒエラルキー的な体制がオフィスにも反映されていたため、改革は「Co-Construction(共同構築)」というスローガンの下、2017年初めの本社屋の大改装プロジェクトを皮切りにスタートした。
「改装プロジェクトでは、本社がグループ全体のモデルとなって具体的な指針を示す必要があります。まず社内アンケートを行った結果、社内のスペースの60%が無駄に使われていることがわかりました。特に管理職のオフィススペースで多くの無駄があることが判明し、この事実を管理職に理解してもらった上で、社員全員にオフィス改革が必要であることを説得しました」(エンジー 副CREディレクター フィリップ・エルナンデス氏)。
プロジェクトチームは、エルナンデス氏を含むエンジーのCRE担当、建築家、ワークプレイスコンサルタントなどに加え、指名された各部署の代表者で構成され、社員への情報共有やコミュニケーションを重視しつつ進められた。こうして遂行された本社屋の改装は、エンジーの働き方自体を刷新するものであった。
社員をコミットメントさせる改革で入社応募数3倍に
まず、管理職のみの特権階級的扱いは全面的に廃止し、すべての階で同一レベルのインテリアやオフィス家具を採用。30ある部署のそれぞれの業務内容や性質に適した機能的なオフィスレイアウトに変更した。また、定常的な作業を行うアシスタント職以外の個人デスクを廃止し、不必要に大きかった会議室は複数の実用的なサイズの会議室に分割した紙資料類は最低限を残して全てデジタル化するとともに、社員の私物保管スペースも各自に小さな引き出し一つのみに縮小した。そうしてスペースの無駄を極限まで削減した分、以前より数倍広くなったカフェスペースには、複数人での仕事も可能なデスクなどを設置した。
「改革を社内に浸透させるには社員のコミットメントが不可欠です。今回は、大々的にオフィスインテリアを変えたことで社員のマインドが変わったことが成功のポイントとなりました。また、オフィス改革に伴ってマネジメントや組織の在り方を変えたのも大きかったです。例えば、以前は部署ごとに個々のプロジェクトを立ち上げ、本社上層部がそれを承認する体制だったため透明性に欠けていましたが、改革以降は互いに情報を共有し、共同でプロジェクトを立ち上げられるような横断的な体制を、子会社も含めて構築しました。これにより、多くのプロジェクトで関係者全員がパリ本社に集まって一緒に働く機会も増え、透明性、生産性ともにアップしてシナジーを生み出すことに成功しています」(エルナンデス氏)。
しかし、新しい環境に慣れるために時間のかかる社員もいる。こうした社員の不安を解消するため、移転前後の2ヶ月間は「共同で働くとは」と題したアトリエを定期的に催した。内容は例えば、固定デスクのないフレックスオフィスでの行動、衛生面でのアドバイスなど詳細にわたった。また、従来のマネジメント方法から水平的組織へ移行する際、多くのディレクターやマネジャーレベルで抵抗や不安を訴える声があったため、数ヶ月にわたって外部コーチなど専門家を招いて対処した。このアトリエは移転完了後も数ヶ月にわたって開催された。
「現在でも新しい働き方になじめず悩みを抱えている社員はいます。人数でいうとごく少数ですが、時代遅れな人たちだと軽視せず、最後まできちんとサポートしていくこと。こういったマイノリティの声に耳を傾けることが改革を成功に導くのだと思います」(エルナンデス氏)。
社員を改革にコミットメントさせるこうした取り組みはフランスのメディアでも取り上げられ、エンジーは働きたい会社の上位にランクインし、2019年の入社応募は16年比3倍以上の80万件となった。
テレワークとフレキシブルスペースの利用
テレワークについては、もともと出張の多いマネジャーレベルでのみ非公式に利用されていたが、2012年のテレワークに関する法律施行後は全社的に認知され、現在は最大で週2回の利用が認められている。利用にはマネジャーの許可が要るが、2012年の法律施行以来、申請却下には相当な理由を明記する必要があるため、人事部が仲介してなるべく却下しない態勢をとっている。マネジャーが却下した場合でも、人事部が介入した話し合いの末に週1回だけ許可するなど、少しでも社員がフレキシブルな働き方を取り入れられるように努力がなされている。
また、働き方改革を機にフレキシブルオフィスの利用機会も増えている。改装でスペースが効率的に利用されるようになったものの、水平的かつコラボラティブな働き方に変わったことでパリ本社に多くの社員や関係者が集まるようになり、スペースが不足する場合もあるためだ。また、公共交通機関のストライキや災害時のBCP対策としての利用も認められており、部署によっては、緊急時でも従業員が安心して働ける環境を提供するためにコワーキングスペースとBCP契約している。
コワーキングスペースの例外的な利用事例として、2016年末、エンジーがデジタル領域での新たなビジネス発信を目指して発足したデジタルユニットの存在がある。彼らは「パリのシリコン・バレー」と呼ばれる「シリコン・サンティエ(Silicon Sentier)」のコワーキングスペースを拠点としている。エンジーにとって、こうしたユニットの立ち上げは未知の試みであり先行きが読みづらかったため、サイズのアップダウンが容易なコワーキングスペースを選択した。実際に、プロジェクト発足当初50人だったスタッフはその後200人の規模に膨れ上がった。
「現在のパリでは、特殊な分野で最新情報を得るにはその情報の真ん中に存在する必要があります。デジタル分野の場合はラ・デファンスではなく、シリコン・サンティエなのです。しかし、シリコン・サンティエでのオフィス賃貸のノウハウが全くなかったので、プロのアドバイスが聞け、初期投資が抑えられるコワーキングスペースの利用は非常に有利でした」(エルナンデス氏)。
キャンパス型新社屋で目指すサステナブルかつ水平的な組織
こうしてエンジーの働き方およびオフィス改革は成果を収めたが、一方で、ラ・デファンスの高層ビルタイプのオフィスでは、同社の目指す水平的かつコラボラティブな働き方の推進に限界があった。コシェールCEOによる「エネルギー大手として、脱炭素社会に向けた未来のオフィス像をより長期の視点で捉え、自社オフィスをもって提示する必要がある」との訴えにも後押しされ、いつしか新たなオフィス像として、キャンパスタイプの新社屋構想が広まっていったという。
このキャンパス型新社屋は2023年に完成予定で、9ヘクタールの広大な敷地には最高で7階建ての低層オフィスビル4棟のほか、外部の人も利用できる巨大なコワークセンターやスポーツ施設、カンファレンス会場、電気自動車・自転車の充電パーキング、カフェテリア、公園、低所得者や学生のための住宅、託児所なども設置される予定だ。将来的には本社勤務の社員だけでなく、パリ近郊に散らばるグループ会社の数千人の社員をも集結させ、横のつながりを強化した働き方を目指す。また、市との協議段階ではあるが、トラムウェイやバスなどの公共交通駅の建設も予想されており、サステナブルなトピックスが満載の壮大なプロジェクトになりそうだ。
- ※ 当記事の内容は取材時点(2019年11月)のものであり、現在は状況が変わっている可能性があります。
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