多様化するワークフォースのためのオフィスデザイン
ジェレミー・マイヤーソン/WORKTECH Academy 理事、Royal College of Art 特認教授
他の先進諸国に先んじて超高齢社会に突入した日本において、高齢者を含む多様な人が働くようになるオフィスをどのように考えていくべきなのでしょうか。英国のWORKTECH Academy理事であるジェレミー・マイヤーソン氏に、「多様化するワークフォースのためのオフィスデザイン」というテーマでお話を伺いました。
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変化を求められるワークプレイス
近年、オフィスに対する期待値が高まっています。2000年代以降、オフィスで行われる仕事の大半がナレッジワークになっているのに、ワークプレイスの考え方が工場労働の時代から変わっていないためです。工場の働き方に根差した、人を檻に閉じ込めて管理する発想のワークプレイスがいまだに存在し、業務内容と働く環境にミスマッチが起きている。ナレッジワーク時代に適したプレイスへと変えていかなくてはなりません。
プロセスに基づく工場労働では「毎日同じモノを何個作れるか」という評価基準でしたが、ナレッジワーカーにとって同じ1日は2回とありません。その中で、ソーシャル、コラボレーション、ネットワークといった価値がより重要になっています。例えば、前職の経験から学び、新しい出会いからイノベーションを生み出すような働き方です。
1980年代には日本企業のイノベーションが世界を牽引しました。当時はイノベーションといえばモノづくりの分野で、例えば世界中がトヨタから学んだものです。それが今、デジタルエコノミー/ナレッジエコノミーの世界になって日本はイノベーションで遅れをとっている。チャレンジの時といえるでしょう。
ワークプレイスを変革すべきもう一つの理由は、ワーカーの多様化です。イギリスに関していえば20世紀半ばまで、オフィスワーカーの大半は健康な白人男性でした。しかし今は女性も、高齢者も、障害を持つ人も同じ場所で働きます。新しいワーカーに対してどんなオフィスをつくっていくべきか。様々な人を満足させるのは難しいことですが、考えていく必要があります。
特に、日本は他の先進諸国に先んじて超高齢社会に突入しています。世界のワークシーンではミレニアルが注目されていますが、経済を維持するには高齢者にも長くナレッジワークを続けてもらわなくてはならない。誰もが精神的にも肉体的にも健康に働ける環境をつくっていくことは、日本だけでなく世界共通の課題となっています。
これからのワークプレイスを形作る4要素
我々が行った様々な研究*から、ワークプレイスを形作る4つの要素がみえてきました。Control/Messaging/Alignment/Refreshの4つです。企業がこれからのオフィスを考えるにあたり、この4要素を意識するとよいと思います。
*出所:Research Design Connections /WORKTECH Academy
1)Control:自身が仕事をコントロールできていると感じる
最も重要なのがコントロールです。といっても、組織がワーカーをコントロールするという意味ではなく、ワーカー自身が自分の働く環境をコントロールできるか否かということです。心理学者クレイグ・ナイト氏による実験では、豪華なオフィス環境よりも、被験者自身が好きなもので飾り付けたオフィス環境において事務作業のミスが減り、生産性が高まったという結果が出ています。
例えば空調や照明、デスクの高さや椅子の種類、オフィス内のどこで働くか等、ワーカー自身がチョイスできることが重要です。暑さを我慢したり、立って働きたいのにスタンディングデスクが無かったりと、ユーザーに選択権がないオフィスはまだ多いのではないでしょうか。
さらには場所だけでなく、働く時間、業務内容、通勤手段、通勤時間、ワークとライフのバランスなど、仕事全体を自身がコントロールできていると感じられることが、ウェルビーイングや生産性向上の観点から非常に大切です。とはいえ、我々の研究ではワーカーの好き放題("too much control")にさせるのもよくないとわかりましたので、組織としてちょうどいいバランスを探る必要はあるでしょう。
今後RPAやチャットボットといったソリューションを導入し、些末な業務(例:会議室予約など)を減らして本来業務に多くのパワーを割けるようになれば、自身の仕事をコントロールしている感覚はより強く持てるはず。とてもエキサイティングですよね。だからAIやRPA、IoTといったテクノロジーはワークプレイスにどんどん取り入れるべきだと思います。
2)Messaging:企業からワーカーへのメッセージを体現する
すべてのワークプレイスは、ワーカーに対する組織からのメッセージを発信しています。良いオフィスが良いメッセージを発するだけでなく、オフィスについて何も考えず何も施さないことも、マイナスのメッセージとして発信されてしまいます。言い換えればオフィスとは、組織がワーカーをどのように扱おうとしているのか、その姿勢や企業文化を体現する非言語コミュニケーションなのです。
ワークプレイスが発するメッセージとして、わかりやすいのが快適性です。オフィスに求められる快適性には3段階あります。まず、身体的な快適さ。これには温度や湿度、明るさ、音などが影響します。次に機能的な快適さ。例えばパソコン画面が光を反射しないことや、人間工学に基づいてデザインされたワーキングチェアなど、デザイナーの仕事の領域になります。
ここまではハード面の話なので、取り組みやすいしワーカーの反応もわかりやすいですね。最も難しいのが3段階目、心理的な快適さです。例えば帰属意識や愛着を育み、自らのテリトリーであると感じられるようなオフィスは心理的に快適であるといえるでしょう。
抽象的で効果がみえづらく、デザインの難しい部分ですが、これは今後取り組んでいくべき課題だと思います。身体面・機能面など個人に作用する快適性だけではなく、帰属意識や愛着を育むオフィスはチームとしての快適性を高めるためです。仕事においてコミュニケーションやコラボレーションの重要性が高まる中、こうしたメッセージがとても重要になっていると思います。
3)Alignment:相反する企業と個人のニーズをつなぐ
企業のニーズとワーカーのニーズという、本来相反するものをつないで整合性をとることも、ワークプレイスが持つ重要な役割の一つです。具体的な方法として、例えばヘルシーなフード&ドリンクの提供があります。
ここで重要なのは、企業がただ食料を置くだけでなく、ヘルシーなものをきちんと選んで提供しているということです。先ほどのメッセージングにも通じますが、こうした意図を持つことが企業に対するワーカーの帰属意識や信頼感を生み出しえます。
最近ではテラスや屋上庭園など、緑を感じられるワークプレイスの例がよくみられますが、こうした取り組みもアラインメントに非常に効果的です。「緑を感じたい」はワーカーのごく個人的なニーズであり、ヘルシーフード同様、「利益をあげたい」という企業のニーズとは矛盾するものです。しかし、ワーカーのニーズを満たすワークプレイスを用意することでパフォーマンスが向上すれば、結果的に企業のニーズも満たされるという点で、オフィスは双方のニーズをつなぐ役割を果たすことができます。
4)Refresh:リフレッシュによって3C(集中・協働・熟考)の質を高める
ナレッジワークの質を高めるワークプレイスには、集中(Concentration)・協働(Collaboration)・熟考(Contemplation)という“3つのC”に特化したスペースが必要です。具体的には下記のようなスペースです。
①集中(Concentration)––
例えばデータの精査や深い分析をするためのスペース。タスクライトや電動昇降デスク、サウンドマスキングシステム、窓からの眺望などを備える。
②協働(Collaboration)––
例えばデータ共有や、コラボレーションにより新たな価値を創造するためにチームごとに所有するスペース。ディスプレイメディアやベンチスタイルのテーブル、色が変わる照明などを備える。
③熟考(Contemplation)––
データを遮断し、デジタルから離れて熟考するスペース。ガーデニング設備や水のカーテン、人間工学に基づいた家具などを備えるプライベートな空間。
近年、ナレッジワーカーの多様化・高齢化を背景に、これらのスペースをうまく機能させるためのリフレッシュの重要性が高まっています。
ナレッジワークは非常に疲れるものです。オンタイムの間中ずっとテンションを高く保ち続けることはできませんから、リフレッシュやリラックスの時間を持つ必要があります。特に、今後は超高齢社会で長く働き続けるためにも、ただ休むだけでなく心身ともに回復してリブート(再起動)することが大切です。
これからのナレッジワーカーは、「集中・協働・熟考」と「リフレッシュ・リラックス」をいったりきたりするような働き方をするようになるでしょう。当然ワークプレイスも、そうした働き方をサポートできるものでなくてはなりません。
終わりに
これからのオフィスを考えるうえでは、人(HR)・テクノロジー(IT)・プレイス(FM)という今までバラバラに機能していたものを融合し、シームレスな連続体として考えていく必要があります。前述の4要素を意識すれば、おのずとすべての機能を連携させなくてはならないことがわかるでしょう。
日本は超高齢社会のフロントランナーとして、我々に手本を示してくれるとうれしいですね。日本企業の課題は、旧来からの階層的構造や独自のやり方を持っていることですが、グローバルでパフォーマンスを発揮すると同時にユニークさを維持するだけの根拠はあるのではないでしょうか。応援しています。
Jeremy Myerson(ジェレミー・マイヤーソン)/WORKTECH Academy 理事、Royal College of Art 特認教授 ジャーナリスト、編集者として『デザイン』『クリエイティブ・レビュー』『ワールド・アーキテクチャー』などに携わり、1986年に『デザインウィーク』を創刊、初代編集長を務める。1999年にRoyal College of Artでデザインに関する研究機関Helen Hamlyn Centre for Designの設立に参加し、2015年9月まで16年間監督した。同年10月にUnwiredと共に、世界的な知識ネットワークであるWORKTECH Academyを設立。韓国、スイス、香港のデザイン機関の諮問委員会にも参加するなど、グローバルに活躍する。
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