世界のオフィストレンドは「人間中心」へ WORKTECH18 Tokyoレポート
働き方を見直す動きは、日本のみならず海外でも活発化しています。働き方×オフィス編集部では、2017年秋のロンドン会場に続き、2018年4月5日に東京・品川で国内初開催された「WORKTECH18 Tokyo」に参加してきました。
「WORKTECH」(ワークテック)は、ワークスタイル変革と不動産・ワークスペースをメインテーマとする世界的なカンファレンスです。2011年から毎年各国で開催され、不動産やIT、サービス、建築、家具といった業界関係者を集めて新たなトレンドを生み出そうとしています。
今回の東京会場では、国内外で活躍するスピーカー総勢15名による講演やパネルディスカッションが行われ、働き方の変化とワークプレイスのあり方に関する最新情報が共有されました。全てのプログラムに共通していたのが、働く「人」にフォーカスし、人とワークプレイスとの関係性を重視する発想です。グローバルな視座とともに日本企業へのヒントも提示された今回のプログラムの中から、ポイントをダイジェストでお届けします。
セッションリスト
- Working Beautifully: From the Future
Primo Orpilla(プリモ・オーピラ)/O+A Studioプリンシパル兼共同創始者 - All Together Now: Designing for a More Diverse Workforce
Jeremy Myerson(ジェレミー・マイヤーソン)/The WORKTECH Academyディレクター、Royal College of Art 特任教授 - 日本における働き方の未来
山下 正太郎/コクヨ クリエイティブセンター 上級研究員、ワークサイト編集長 - グローバルな視点からみた日本の働き方改革とオフィス需要の方向性
中山 善夫/ザイマックス不動産総合研究所 代表取締役社長 - IT'S NOT ABOUT THE WORKPLACE - IT IS ABOUT THE WAY YOU WORK
Iolanda Meehan(オランダ・ミーハン)/Veldhoen+company マネージング・パートナー・アジア
Gijs Nooteboom(ギジス・ノーテブーム)/Veldhoen+company パートナー - 日本における「高生産性」を引き出すワークプレイスを目指して
James Calder(ジェームス・カルダー)/Calder Consultants 創始者 - ワークスペース・デザイナーの為のデザイン思考
Andreas Erbe(アンドレアス・アーブ)/IE School of Architecture & Design講師、launchlabs 創設者 - ピープル・アナリティクスとワークプレイスの未来
Ben Waber(ベン・ウェーバー)/Humanyze 最高経営責任者 - HOW WORKPLACE ANALYTICS WILL ENABLE THE FUTURE OF WORK
Ryan Fuller(ライアン・フューラー)/ Microsoft Workplace Analytics ジェネラル・マネジャー、ワークプレイス・アナリティクス - Future Creative Workplace
大川 貴史/三井デザインテック ワークスタイル戦略室 チーフコンサルタント - パネルディスカッション:日本における働き方(Flexible Working)と働く場(Workplace)の未来を考える
渋谷 闘志彦/総務省 情報流通行政局 情報流通高度化推進室長
野口 孝広/リクルート 執行役員
溝上 裕二/ジョーンズラングラサール プロジェクト・開発マネジメント事業部 アソシエイトディレクター
(モデレータ)石崎 真弓/ザイマックス不動産総合研究所 主任研究員
1.グローバルなワークプレイスの潮流
働き方の変化にあわせて、新しいワークプレイスのあり方を追求する動きは、各国で広がっています。
働き方が変わりつつある要因の一つが、組織やマネジメントスタイルの変化です。効率性を志向する「ヒエラルキー型」の組織から、創造性やコラボレーションを重視する「ネットワーク型」の組織に移行しつつあることは複数のスピーカーが指摘しました。また、ギグエコノミーと呼ばれる、パートタイムやプロジェクトベースの働き方も台頭しています。
こうした変化を受け、ワーカー一人ひとりのパフォーマンス向上はもちろん、チームワークやコラボレーションを促すための空間づくりが世界共通のテーマとされているようです。
チームワークのための場所
オフィスのコンサルタントを手掛けるCalder Consultantsのジェームス・カルダー氏は、新しい働き方の特徴として
- 即興の打ち合わせの増加(形式的な大人数の会議の減少)
- チームでのリアルタイムな決断の増加(メール数の減少)
といった傾向を例示し、こうした働き方に適したワークプレイスづくりのヒントとして、モバイルワーキングよりもチームワークのためのスペースの重要性を指摘しました。「各自が何をしているのか知らない、ナレッジギャップがある状態では生産性は上がらない。個人はプライバシーを求めるが、重要なのは互いに出会いやすい空間です」。
IE School of Architecture & Designのアンドレアス・アーブ氏も、コラボレーションの生まれる空間をデザインすべきだとし、「スペースにおける知識のフローがイノベーションを生む」と語りました。「ワークプレイスを建物や技術、予算ありきではなく、人間起点で考えること。働く人々が空間に何を求め、何を問題としているのか?質問と観察を繰り返すことでインサイトをつかむ必要があります」。
空間デザインはワーカーへのメッセージ
働き方だけでなく、ワーカーがワークプレイスに求める価値も変化しています。O+A Studioのプリモ・オーピラ氏は、多くの企業において従業員の過半数をミレニアル世代が占めている今、空間デザインがそこで働く人に与える影響が、かつてないほど重要になっていると指摘しました。
「企業が人をどう扱おうとしているのか、その姿勢を空間デザインで示すことが大切です。意図を持ち、考慮されたデザインが組織へのエンゲージメントを掻き立て、そこで働き続けたいと思わせます」。
例えば、自動車配車サービスで知られるUber社のオフィスにはリビングルームのような執務スペースがあり、その壁紙や家具といったインテリアのディテールにまでこだわることで、従業員への感謝を表現しているといいます。
The WORKTECH Academyディレクターのジェレミー・マイヤーソン氏も「オフィスが非言語のコミュニケーションを発信する」という表現を用いて、企業のメッセージを体現したオフィスデザインの例を紹介しました。風通しの良い組織を“吹き抜けの階段”で表現したり、円形の建築やオフィス家具によって、チームワークを重視する姿勢を表現したり……。こうした方法をすぐに取り入れることは難しくても、その発想は参考にできるかもしれません。
レイアウトは柔軟・多様・選択型へ
同氏はまた、高齢化や女性進出が進む世界の状況に対し、多様なワーカーを満足させるオフィスづくりのポイントにも触れました。キーワードの一つが「コントロール」です。
「デスクの高さや椅子の種類、オフィス内のどこで働くかといったこともワーカー自身がコントロールできる環境は、ウェルビーイングと生産性向上の観点から有効です。心理学者クレイグ・ナイト氏による実験では、豪華なオフィス環境よりも、被験者自身が好きなもので飾り付けたオフィス環境において事務作業の生産性が高まったとされています」。
ワーカーが自由に場所を選択して働けるレイアウトプランはABW(Activity Based Working)と呼ばれ、今回のカンファレンスでも、海外の先進オフィス事例とともに多数紹介されました。集中スペースやリラックスに特化したスペース、同僚とカジュアルにコミュニケーションするためのスペースなどをオフィス内に取り揃え、プロジェクトに応じて容易に変えられる可動式レイアウトとすることで、組織の変化にも柔軟に対応することができます。
ABWやフリーアドレスの導入により、欧米では1人あたりのオフィス面積は縮小傾向にあるそうです。しかし、固定席が並ぶ旧来型オフィスに比べ、ABWのコンセプトに基づき用意された多様なスペースはまったく狭さを感じさせず、さらにテレワークの浸透で働く場所はオフィス外にも広がっているため、従業員の快適性は向上しているという話もありました。
こうした新しいレイアウトプランは、スペース効率化やコスト削減といった発想ではなく、働く人の選択肢を増やすことで快適性や生産性を高める目的で取り入れると上手くいくようです。Veldhoen+companyのオランダ・ミーハン氏は、企業がABWを取り入れる心構えとして「従業員は着席していなくても付加価値を提供できます。営業職以外に対してもこの信頼を持つことができれば、企業はワークプレイスを通じて、従業員の活動を後押しできるでしょう」と語りました。
テクノロジーが変える働き方とオフィス
また、IoTやAI、センシングといったテクノロジーを使い、ワーカーとワークプレイスに関する様々なデータを活用する試みも進んでいます。
背景にあるのはフレキシブルワークの広がりです。誰がいつ、どこで働いているのかが見えづらくなっている状況下で、ワーカーの行動データを収集、蓄積し、どのように有効活用するかが企業にとっての課題となりつつあります。今回のカンファレンスでは、そのソリューションも多数提示されました。
例えば、Humanyze社が提供するのは「ピープル・アナリティクス」に基づくコンサルティングです。ワーカーの行動やコミュニケーション、身体データ等を測定し、最適な働き方を提案して組織改善につなげています。また、Microsoft社は、仕事の生産性が企業にもワーカー本人にも可視化されるツールを提供し、人事戦略の判断支援を行っています。
同社のライアン・フューラー氏は、製造業が当たり前に行ってきたインプット(仕事)とアウトプット(生み出される価値)の定量的な測定・評価を、今後はナレッジワークにおいても実践していく必要があると語りました。社会情勢が大きく変化する中、働き方やワークプレイスにおけるテクノロジーの活用は、ますます重要な課題となってくるでしょう。
2.日本のワークプレイスのあり方を考える
一方、日本における働き方とワークプレイスの未来はどうあるべきなのか。カンファレンスの最後には、行政、企業、不動産コンサルティング業界それぞれの第一線を担う登壇者による、パネルディスカッションが行われました。
グローバルトレンドと日本の背景の違い
最初の話題は、「日本もグローバルトレンドを追いかけるべきか」という問いでした。
グローバルな観点からみた場合、ワークプレイスが変化している背景には前述の通り「ミレニアル世代*の台頭」があることを無視できません。彼らは「企業文化」をより重視し、また「自由に働く時間や場所を選びたい」という要望が高く、企業はそのニーズに応えるため、働く場所についても多様に変化させています。
逆に、日本は少子高齢化社会の先端を走り、今後は労働人口の減少が確実となっている国です。若い世代だけでなく、女性やシニアといった多様なワーカーが今以上に長く活躍できる社会を目指しています。また、「労働時間」の効率化が命題とされるなか、企業はテレワークの導入**などにより、時間を効率化すべく働く場所を多様化させている、といった海外との違いが指摘されました。
ワークプレイスをフレキシブル化するという方向性は同じであるものの、日本では海外のトレンドをただ模倣するのではなく、独自の優先順位で海外に先駆けたモデルケースを生み出していくこともできるかもしれません。背景の違いを知ることで、私たちが考えるべき方向感がより明確になる議論でした。
- * ミレニアル世代・・・・・・1980年代半ば~2000年前後に生まれた世代の俗称。インターネットが当たり前にある世界で成長し、上の世代とは異なる価値観を持つ層であると考えられている。
- ** テレワーク普及に向けた政府目標のもと、総務省はテレワーク推進に資するICT環境整備や企業・自治体向けの啓発活動などを実施している。2018年7月23~27日には、テレワークの全国一斉実施を呼びかける活動「テレワーク・デイズ」を展開。
日本独自の課題
次に、登壇者各位の立場から、取り組みを通じて今感じている課題が語られました。
印象的だったのは、働く個人のマインドチェンジ(意識変革)が重要だという話。現状では、個人のセルフマネジメント面においても、管理者のマネジメント面においても、「“何のために”働く時間と場所を柔軟にするのか」という点を、しっかり落とし込んで理解することが難しい状況にあるようです。
これまでは「とにかくオフィスに出社して、デスクに座っている」≒「仕事をしている」という雰囲気がありましたが、働く時間と場所が多様になった結果、いつ、どこでどんな仕事をするのか、ワーカー個人の意識と行動を大きく変える必要があると同時に、マネジメントの意識と行動もあわせて変えていかなければなりません。
また、物理的なワークプレイスが多様化することで、情報セキュリティの担保も重要な課題となります。具体的に、何をどこまでワーカーの裁量に任せ、どうマネジメントしていくべきか考えていくべきでしょう。
重要なのは、これらを経営課題として捉え、取り組んでいくことです。ディスカッションの中では、大企業だけではなく中小企業でも最近、ワークプレイスを変化させる取り組みが増えているという話がありました。優秀な人材採用や雇用維持の面からも、経営者がいち早く決断し、オフィスのレイアウト変更やテレワーク導入などに着手しているケースが見られるそうです。
今はまだトライアルアンドエラーが続く状況ですが、後に続く企業にとっても参考となる事例が、今後は多数共有されていくのではないでしょうか。
将来のワークプレイスを考えるヒント
こういった働き方の変化を受けて、今後のワークプレイスをどう考えていくべきなのでしょうか。最後は、日本で起こりつつある2つの動きについて話し合われました。
①オフィスの中の使い方が変わる––レイアウトの自由化・フレキシブル化、ABWの拡大へ
グローバルトレンドと同様、日本でもオフィスのフリーアドレス化やABW化に着手する企業は増えています。働き方に伴いオフィスもフレキシブル化することで、目の前にいなくても即興のミーティングがしやすくなり、仕事のスピードが上がったり、組織編制のたびにレイアウト変更工事をする必要がなくなったりと、そのメリットは想像以上に多そうです。
また、今後IoTやセンシングなどの先端技術を取り入れたオフィスが増えれば、より「働きやすい」「限られた時間でも成果を出しやすい」環境づくりが可能となっていくでしょう。
②オフィスのサービス化が加速––「所有・賃借」から「利用」へ
従来のオフィスは「立地」「賃料単価」「オフィス面積=人数×1人あたり面積」といった基準だけで選び、「所有」「賃借」いずれかの形をとるためどうしても固定的なものでした。今、こうした従来の方法に加えて、場所も時間もフレキシブルに「利用」するワークプレイスのサービス提供が始まっています。
様々な事業者が参入し、サービスメニューも増えており、企業にとっては「誰が」「いつ」「どう使うのか」という視点で、従来の固定的なオフィス(本社など)とフレキシブルなワークプレイスの両方を効果的に使い分けることが求められるでしょう。
3.まとめ
今回のカンファレンスでは、オフィスのグローバルトレンドが「人間中心」に向かっている状況が確認されました。ワーカー個人を尊重し、組織とワーカー間の信頼関係を醸成する場としてワークプレイスをデザインすることの重要性は、複数のスピーカーによって語られたテーマです。企業にとって簡単なことではありませんが、マイヤーソン氏の「組織の目的と個人のニーズを合致させ、均衡をとっていく努力をすべきだろう」という言葉は、考え方の参考になるかもしれません。
一方、日本のオフィスではまだ従来の島型レイアウトが多く、縦割り組織やヒエラルキー型のマネジメントがベースにある状況です。また、従来のマネジメントスタイルを変えないままテレワークや新しい働き方を導入した結果、中間管理職層が上からの「改革」と下からの「ワークライフバランス」に挟まれ、困難を強いられるという例も報告されました。
働き方を変えていく際には、ワーカーやマネジメント層、経営層までが一緒にマインドを変革し、制度やツール、オフィス環境を統合的に見直していく必要があることは、今回のカンファレンスでも強調されたポイントです。
今後もトライアルを続けながら、さらに踏み込んでいくための視点が共有された「WORKTECH18 Tokyo」。世界の最先端トレンドを知ることで、翻って私たちの働き方とオフィスを見直すヒントを発見できるのではないでしょうか。
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