過疎の町・神山にみるワークプレイスの新たな価値基準
徳島県山間部に位置する神山町は、2010年頃からIT関連企業のサテライトオフィスが相次いで開設されたことで注目を集めました。徳島駅からバスで1時間という立地条件でありながら、2018年7月現在16社がオフィスを構え、その従業員を含む多くの移住者が働いています。
「都心・駅近」といった利便性に基づくオフィス立地の価値観とはかけ離れたこの地に、企業や人はなぜ働く場所を求めて集まってくるのでしょうか。神山へのサテライトオフィス誘致や移住促進を手掛けてきた地元のNPO法人「グリーンバレー」理事の大南信也氏に話を聞きました。神山の働く場所としての魅力を紐解くことで、価値あるワークプレイスづくりのヒントを探ります。
創造的な仕事をしたい人材が集まる仕組み
神山が働く場所として選ばれるようになった要因の一つが、職人やクリエイターなど「手に職を持つ人」に対象を絞った移住促進策「ワーク・イン・レジデンス(WIR)」です。来てほしい職種を町が逆指名することで、地域の発展に必要な人材をピンポイントで集めようというプロジェクトでした。
逆指名する職種を決めるため、移住希望者の申請書には「あなたの夢」「10年後は何で生計を立てる予定か」といった志向を記入してもらい、そのデータを集めて応募が見込めそうな職種を探りました。提供する空き家の条件も考慮し、例えば「この空き家は神山温泉が近くて商売向きだから、パン屋さん募集」といった具合に移住募集を出していった結果、起業や開業を目指す、志の高い人が多数移住してきています。
対象者をあえて絞ったことについて、大南氏は「『自分が求められている』という意識の濃い人だけを呼ぶことができた。何か新しい、創造的な仕事をしたい人が集まってくれたおかげで、夢を実現する場所としての価値が高まったと思います」と振り返ります。
ダイレクトパスがつながる場所
WIRに続き、2010年にはサテライトオフィス構想「オフィス・イン神山」が動き出しました。大南氏によると「『ここでも働いていける』と気付く人をあぶり出すためのプロジェクト」で、仕事を持つ人を対象に、今度は空き家を“オフィス”に改修して提供したのです。「都心のビルに集まらなくても働ける」という、昨今のフレキシブルワークに先駆けた発想であったかもしれません。
徳島県全域に整備されていた光ケーブル網も好材料となり、このプロジェクトをきっかけに、IT関連企業のサテライトオフィスが神山町に進出し始めました。通信環境が東京以上に良いことに加え、職住近接が叶い、豊かな自然の中でワークライフバランスを高められる点も評価された結果でしょう。
しかし、自然豊かで通信環境の整った地域は他にもあります。複数の企業がサテライトオフィスを設け、県外から来たワーカーがこの地に留まる理由について大南氏は、とある移住者の言葉を借りて説明してくれました。
「彼が言うには、『サッカーでダイレクトパスがつながる感覚』で物事が進むのだそうです。自分の持っている課題をゾーンに蹴り出すとすぐ最適な人に当たって、また次の人にパスされ、ポンポンと小気味よく解決されてゴールに向かう。アイデアが東京と比べ物にならないスピード感で形になるんです。これはコミュニティが小さいからこその強みだと思います」。
個人ベースでつながると課題解決スピードが増す
WIR発想で集まった“濃い”移住者やITベンチャーの若者などで構成される神山コミュニティは、ネットワークが個人ベースでつながり、仕事や特技が組織ではなく個人に紐づいています。そのため、今誰が何をしているのか、何ができるのかが常に可視化され、課題解決に近い人を見つけやすいうえに、神山以外のネットワークから協力者を紹介してもらうケースもあるそうです。
「そうして新しいことが生まれる様子を見て、何かやりたい人が『神山なら何とかなるかも』と集まってくる。それが成功してまた新しい人を呼び寄せる。東京ではできないことができる場所として信頼され、人材が集まる好循環ができているんです」。
近年、イノベーション創出を目指すうえでコラボレーションの重要性が認識されつつありますが、都会では“特技”が企業や部門といった組織に紐づいているため、まずアポイントをとって、打ち合わせをして、できることを確認して……といった段取りが必要になります。仕事のスピード感が増す今、特技を持つ個人同士のつながりやすさは、働く場所の価値に直結していくかもしれません。
寛容さがコミュニティへの帰属意識を高める
ワーカーや企業を惹きつける神山のもう一つの特徴が、「郷に入っては郷に従え」とは真逆の、多様な価値観をそのまま受け入れる寛容さです。サテライトオフィスを置く企業に対して特にルールを課さず、地域参加を求めることもありません。移住者がどんな商売を始めても止めることはせず、去る場合も引き留めず、一人ひとりの選択を尊重する姿勢が共有されています。「価値がわからないから反対するのではなく、わからないなら任せてしまった方が良い結果を生む」というのが、大南氏の持論です。
「神山も昔は“保守的な田舎”で、枠にはまることを強要する空気がありました。でも僕は余白とか隙間が好きだったから、グリーンバレーでは『やったらええんちゃうん』を合言葉に、枠を押し広げるための活動をしてきた。その押し広げてできた隙間が、移住者やサテライトオフィスで働くITワーカーといった、多様な“ヨソ者”の人たちにとって居心地良かったんだと思います」。
違いを認め、コミットを求めない空気は、かえって“ヨソ者”たちの地域に対する帰属意識を高め、地域参加や地域貢献が自然と行われる結果となりました。例えば、2013年から神山にオフィスを構える映像制作会社えんがわでは、毎年七夕まつりや映画祭を開催して地元を盛り上げ、従業員の多くは棚田の景観維持やアートイベントといった地域活動に自主的に参加しています。
働く場所の価値基準が変わる
今後、ワーカーの多様化が進むことは間違いありません。女性やシニア、ミレニアルズ、障害者、外国人といった、属性も価値観も多様な人々を、企業が均一な環境とルールのもと「枠にはめて」働かせるデメリットは増していくでしょう。
前述のえんがわでは、東京と神山のどちらで働くか、入社後にワーカー自身が選べるようにしているそうです。「会社の指示だから、ではなく、自分で選んだ場所で働く方が満足度やモチベーションも高まるのではないでしょうか」と同社代表取締役社長 隅田徹氏が話す通り、生産性向上の点からも、多様性を受け入れて選択肢を与え、ワーカーそれぞれの選択を尊重することが重要になっていくと考えられます。
創造的で意欲ある人材を集めてつなぐ仕組みに加え、彼らの多様性を受け入れ、自主性に任せることで、新しい仕事ができる場所としての価値を高めてきた神山町。東京都心ではハイスペックなオフィスビルの大量供給が予定されていますが、イノベーションが求められるこれからの時代には、オフィス選びの価値基準も変わっていくのかもしれません。
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