変わりゆくオフィスの役割
テレワークが進むとオフィスは不要になる?
“オフィス”と聞いて思い浮かべるのはどんな場所でしょうか。従来のオフィスは「全員が同じ時間、同じ場所に集まって働く」という働き方を前提に設計されてきたため、人数分のスペースを確保できること、そして電気容量や通信環境、安全性など最低限のニーズを満たしていればよく、自ずと画一的なものとなっていました。
一方で今後、働き方の多様化・流動化が進むと、オフィスに求められる役割が変わってくると考えられます。モバイルワークや在宅勤務制度が広がり、働く場所の制限が緩和された結果「オフィスは不要になる」「面積が縮小する」という言説も見られますが、本当にそうでしょうか?
働く人の成長を助けるオフィスとは
テレワークなどに代表される「働き方改革」の目的の一つは生産性の向上です。ただオフィスコストや労働時間を縮減するという発想ではなく、そこで働く人の生産性や効率性に寄与するオフィスのあり方を考える必要があるでしょう。
働く人の心理面に影響を与え、モチベーションや創造性を高めるオフィス環境の整備は近年、企業から注目される重要なテーマとなっています。そうした働く場所づくりのヒントとして、心理学者・マズローの「欲求段階説」をご紹介します。
マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、人間の欲求を5段階で理論化しました(図参照)。「生理的欲求」は食事・睡眠・排泄などの欲求、「安全欲求」は事故防止や健康的な暮らしに対する欲求、「社会的欲求」は被受容感や帰属意識などの欲求、「尊重欲求」は自己・他者からの尊敬に対する欲求、そして「自己実現欲求」は能力の発揮や創造的活動に対する欲求です。
働く人の欲求をこのピラミッドにあてはめた場合、従来のオフィスで重視されていたのは下から2~3段階程度、つまり安全性や清潔さ、狭すぎないスペースなど最低限必要なハード面のニーズだけだったかもしれません。しかし、より上位の欲求を満たす機能をオフィスに備えることができれば、そこで働く人の「自己実現に向けた成長」を助け、生産性向上につながると考えられないでしょうか。
例えば、部門の壁がないオープンなスペースでコラボレーションが生まれたり、リフレッシュスペースによってストレスが緩和されモチベーションが高まり、より創造的な仕事ができたりするという例はすでに見られ始めています。オフィスという場所に求められる役割は、ただ必要人数を収める“ハコ”だった時代以上に高度になっているのです。
「集まるオフィス」と「分散させるオフィス」の使い分け
ここまでオフィスの“中身”について考えてきましたが、働き方の多様化に対応するには働く“場所”も重要です。そこで次に、集約型オフィス(例:都心の本社オフィス)と、近年存在感が高まりつつある分散型オフィス(例:サテライトオフィスやシェアオフィス)、それぞれの機能や役割について考えてみたいと思います。
まず、集約型オフィスの役割は、働く場所の分散に伴い大きく変わりつつあります。ICT環境の進化によりどこででも仕事ができるようになった今、それでも集まることで価値を生み出すような場所として求められているのです。具体的には、対面の会議での創造性を高めるような会議室、雑談の中からイノベーションが生まれるようなカフェテリアといったものです。従業員が一同に会する本社オフィスを、経営ビジョンの共有や組織へのエンゲージメント向上の場と位置付けることもできるかもしれません。そういった機能を持つオフィスであれば、ウェブ会議やチャットによるコミュニケーションでは代替されず、通勤時間をかけてでもオフィスに集まる価値があるといえるでしょう。
一方の分散型オフィスは、「どこででも仕事ができる」という状況を最大限に生かすための場所であるべきです。従業員の移動時間削減につながる立地戦略はもちろん、エリアごとに最適なオフィスのタイプを使い分ける必要があるでしょう。従業員の育児支援のため、住宅街に託児スペース付きのサテライトオフィスを用意したり、営業担当者の移動を効率化するため、取引先企業付近のシェアオフィスを契約したりするイメージです。こうした施策は時間とコストの効率化だけでなく、従業員の精神的・肉体的ストレスを軽減し、仕事の質向上や雇用維持、採用強化への効果も期待できます。
どちらのオフィスについてもいえることは前述の通り、働く人の心理面への影響がより重要になりつつあるということです。在宅勤務だけでなく、分散型オフィスでのテレワークに企業の関心が集まっているのもそのためでしょう。
オフィスのあり方も多様化する時代へ
日本の労働力人口が減り続ける中、「同じ時間、同じ場所に集まれる人」だけしか働けない企業は人材を確保できず、競争力を失っていくかもしれません。働き方改革が進んだ先に「多様な人が、多様な時間に、多様な場所で」働く時代が来るとすれば、必要なオフィスのあり方も多様化すると考えるのが自然です。
つまり、「集約型オフィス」VS「分散型オフィス(自宅を含む)」という二項対立ではなく、そうしたさまざまな場所の機能を明確に使い分け、一体的に活用して生産性向上につなげることが、これから企業が取り組むべき課題であるといえるでしょう。
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