供給・ストック

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2022.03.07

東京賃貸オフィスビル市場における修繕費の将来予測(2022年)

日本ではこれまで人口増加や都市部への人口流入に伴い、盛んな建設活動がみられてきたが、近年ではスクラップ・アンド・ビルドのフロー型社会からストック型社会へ移行しつつある。ストック型社会において、数多くのオフィスビルが今後とも良好な建物ストックとして機能するためには、中長期的な視点で適正な維持管理を行うことが必要となる。そこで、ザイマックス不動産総合研究所(以下、「ザイマックス総研」)は、東京23区の「賃貸オフィスビル市場における修繕費の将来予測(2022年)」を公表する。なお、2015年も同様の調査(*1)を行っている。本調査は、現在のストックを示す「オフィスピラミッド 2022」(*2)を基に今後のストックの推計を行い、東京23区の賃貸オフィスビルにおける維持管理に必要な修繕費を2022年から2061年までの40年間にわたり推計したものである。

*2 2022年1月12日公表「オフィスピラミッド 2022

1.  修繕費の将来予測

本調査は、東京23区における賃貸オフィスビルの各年の修繕費をビル毎に算出し、性能維持工事・共用部改修(バリューアップ工事)・原状回復工事に分類し、集計したものである。なお、本調査の対象工事や修繕費の算出方法については第2章を参照されたい。

2022年から2061年までの40年間の東京23区賃貸オフィスビルの修繕費は、おおよそ年間4,000億~5,000億円の間で推移している。2022年からの20年間は年間4,500億円を上回る水準であるものの、それ以降は設備の更新や改修が続いていた築古化したビルの建て替えが進み、修繕費は徐々に減少へと転じる【図表1】。

【図表1】東京23区賃貸オフィスビル市場における修繕費の将来予測


次に、規模別での修繕費の将来予測をみてみると、大規模ビル(延床面積5,000坪以上)の修繕費は、どの年においても中小規模ビル(延床面積300坪以上5,000坪未満)を大きく上回っている【図表2】。その理由としては、大規模ビルは各年のストックが延床面積ベースで中小規模ビルの約1.5倍あり、加えて特有の設備も多いことが挙げられる。また、2022年時点では、中小規模ビルと比較して、大規模ビルの平均築年数は若いことから、今後築古化が進むにしたがって大規模な工事が断続的に発生するため、大規模ビルの修繕費は一定の水準で推移していくと考えられる。一方、中小規模ビルは、2022年で平均築年数が約33年と全体的に築古化しており、今後は順次建て替えが進んでいくだろう。修繕費は設備の更新サイクルに合わせて増加、減少を繰り返しながらも、築古化したビルの建て替えが進むことで長期的には減少傾向となる。

【図表2】規模別の修繕費の将来予測

2. 本調査の考え方

2.1. 集計対象となる工事について

賃貸オフィスビルでは、性能維持工事やバリューアップ工事、原状回復工事など様々な工事が発生する。これらの工事を共用部と専用部、工事の一般的な費用負担(オーナー負担、テナント負担)について区分色分けし、概念図に示すと【図表3】のとおりになる。

【図表3】本調査における賃貸オフィスビルの工事の概念図

本調査では、【図表3】の工事のうち、性能維持工事・共用部改修(バリューアップ工事)・原状回復工事(実線部分)を分析対象とし、金額的に個別性の高いその他バリューアップ工事や入居工事(点線部分)は対象外としている。なお、各ビルの仕様やグレードなどは一律とした。

各工事の定義は次の通りである。

【性能維持工事】

空調や電気、衛生、防災などの設備や、外壁、内装部材等の経年により劣化した性能を、運用上支障のない、または新築時のレベルまで回復させるための工事。

【バリューアップ工事】

著しい性能の劣化や、その時点の価値基準に応えられない社会的劣化がある場合などに行う、ビルの価値を高めるための工事。共用部の大規模改修のほか、耐震改修や、省エネ性能向上や環境認証取得に向けた改修などが含まれる。

【原状回復工事】

賃貸借契約に基づいて、テナントが退去時に専用部を契約締結時の状態に修復するための工事。

2.2. 修繕費の算出方法について

【図表4】にオフィスビルの竣工後50年間に見込まれる性能維持工事と共用部改修(バリューアップ工事)の金額とサイクルのイメージを示した。オフィスビルは様々な建築部位や設備から構成されており、これらの建築部位や設備は耐用年数によって更新サイクルが異なる。そのため、修繕費は毎年一定の金額ではなく、年によって大きく上下する。劣化や故障の少ない新築当初の修繕費は少額であるが、竣工後15年頃より、外壁改修や空調などの大型設備の更新が発生し多額の修繕費が必要となる。また約30年で概ね設備の更新が一巡する。

【図表4】竣工後50年間のオフィスビルの修繕イメージ
(延床面積5,000㎡、地上12F/地下1F、1984年竣工を想定)

本調査では、ザイマックスグループの工事実績をもとに作成した計画指標(想定設備や台数、修繕周期や金額)を使用し、個別ビルの70年間の修繕費を工事毎に算出した。個別ビルの修繕費を年ごとにストック全体で集計し、2022年から2061年までの各年の修繕費とした【図表5】。

【図表5】修繕費集計のイメージ

2.3. オフィスストックの考え方について

修繕費の予測を行うにあたっては、オフィスストックにおける今後の「滅失」と「新規供給」の考え方についても整理しておく必要がある。本調査では、東京23区における延床面積300坪以上の主な用途がオフィスであるビルを対象に分析している。既存建物の滅失が竣工から50~70年の間で統計的に正規分布(平均60年・標準偏差5年)に従う確率密度で発生するものとし、大規模ビルは滅失から4年後、中小規模ビルは2年後に同規模で建て替わるとした。なお、今後新規供給が予定されている建物については、ザイマックス総研が公表している2025年までの新規供給量のみを含めている(*3)。

*3 2022年1月22日公表「オフィス新規供給量 2022

規模別の棟数および平均築年数の推移は【図表6】のとおりである。棟数の推移をみると、2022年時点で平均築年数の高い中小規模ビルの建て替わりの速度が速いものの、両規模とも毎年の棟数の増減率は1%前後となっている。また、大規模ビルの平均築年数は、2022年から2050年頃にかけて緩やかに上昇し、以降は緩やかに下降している。一方、中小規模ビルの平均築年数は築古化したビルの建て替えに伴い2040年頃から大きく下降している。

【図表6】東京23区賃貸オフィスビルの棟数および平均築年数の推移(推定値)

3. おわりに

今回の調査では、東京23区の賃貸オフィスビル市場で将来必要となる修繕費を予測した。このことは、今後の賃貸オフィスビル市場を俯瞰し、マクロ的な政策を考えていく上で有効であろう。一方で、良質なオフィスストックの形成と、テナント企業に対する安心安全な働く場所の提供の実現のためには、実際に修繕を行う個々のビルが今後とも必要な修繕を行っていくことが大切である。ザイマックス総研が毎年実施しているビルオーナーへのアンケート(*4)では、今後の賃貸ビル事業に関して、ビルの築古化に伴う修繕費の増加が大きな心配事の一つとなっていることがわかっている。ビルが古くなると空室の発生や賃料の下落で収入が減り、必要な修繕ができない場合もあるだろう。また仮に、金融機関から融資を受けたいと思っても、築年数により難しい場合も考えられる。しかし、「修繕」は今後の良好なストック形成の「鍵」となる重要事項である。どのように修繕を推し進めていくか、マクロおよびミクロの両面において、様々な角度からの検討が必要になると思われる。

ザイマックス総研は、今後とも社会的な課題となるテーマについて調査分析を行い、有益な情報を発信していきたいと考えている。

*4 2021年10月5日公表「ビルオーナーの実態調査 2021


(謝辞)

本調査を行うにあたって、早稲田大学 小松幸夫名誉教授・同創造理工学部 石田航星准教授より、ビルの滅失などを踏まえたストック量の推計方法についてご助言いただきました。ここに厚く感謝申し上げます。

調査概要

調査エリア

東京23区

調査対象ビル

・延床面積300坪以上

・主な用途が事務所

・9,519棟(2022年時点)

*収集データは、新聞記事など一般に公開されている情報のほか、賃貸募集(過去を含む)された情報などをもとに竣工年・延床面積・階数が判明している物件を対象として集計した。なお、原則自社ビルを除いている。

*2022年以降のストック量の変化については、2025年までに竣工予定のビルを加え、既存ビルは築50~70年で同規模に建て替わると推定した。

修繕費算出方法

・ザイマックスグループの工事実績をもとに作成した計画指標(「Xymax標準LCC」)を使用し、各ビルの修繕費を建築部位・工事毎に経年別に試算した。

・ビルの設備の有無・数量・容量などのスペックついては、延床面積・階数・竣工年より、法令等に基づいて想定した。また、仕様やグレードについては、相場賃料で賃貸可能なレベルとしており、特別な仕様やグレードは考慮していない。

 【設備仕様参考例】

 (延床面積5,000㎡、地上12F/地下1F、1984年竣工)

   ・屋上防水:アスファルト防水押えコンクリート

   ・外壁:タイル貼り

   ・空調方式:個別空調

   ・駐車設備:水平循環式 1基

   ・EV台数:2台

・共用部改修(バリューアップ工事)は、陳腐化したトイレ・給湯室・エントランス・廊下・サイン・EV籠内などのリニューアルを想定した。また、免震、耐震改修や、社会環境の変化によって求められる設備改修は含んでいない。

・専用部の原状回復工事内容は下記を対象とし、間仕切りの撤去、増設電源・増設空調機の撤去などは含んでいない。

   ・床タイルカーペットの貼り替え

   ・壁のクロス貼り替え、または再塗装

   ・天井岩綿吸音板の塗装

   ・出入口建具や窓台などの塗装

   ・OAフロア内のLANやコンセントの配線撤去

   ・照明器具の管球交換

   ・鍵の交換、クリーニング

   ・工事に必要な養生などの仮設費

・入居工事は修繕費の集計には含んでいない。

・大規模ビルの設備・仕様においては個別性が高いため、一定の基準で統一した。

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