トピックレポート

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2021.11.01

ウェルネスオフィスの経済的価値の分析

~健康性、快適性に優れたオフィスビルは6.6%賃料が高い結果~

世界中でサステナブルな社会の実現が目指されるなか、環境だけでなくウェルネス(身体的・精神的・社会的に健康で安心な状態)への配慮も重視されるようになりつつある。日本の不動産業界においても、健康性、快適性に優れた不動産を評価するCASBEE-ウェルネスオフィス(以下、CASBEE-WO)などの認証制度も開始されている。しかし、不動産市場におけるウェルネスの経済的価値は明らかになっておらず、不動産ストック全体への浸透に際しての課題となっている。そこで、我々は東京23区のオフィス新規成約賃料データを整備し、ヘドニック・アプローチによりCASBEE-WOの経済的効果を分析した。結果、ウェルネス性能が高い物件(ウェルネスオフィス)はそうでない物件に比べ、6.6%賃料が高いことがわかった。

1. はじめに:ウェルネスとは?

地球温暖化や生物多様性の危機、新型コロナウイルス感染症の拡大などの問題が深刻化するなか、サステナブルな社会の実現を目指す動きが世界的に広まっている。近年は、脱炭素といった環境(Environment)だけでなく、社会(Social)の要素が日本でも注目されるようになった。背景には、日本で進行する高齢化・少子化・人手不足問題があり、働く人の健康維持、企業の生産性向上、働き方改革が社会課題として浮上してきていることが挙げられる。

そのなかで、特に、あらゆる商品・サービスにおいてウェルネス(身体的・精神的・社会的に健康で安心な状態)への配慮が重視されるようになりつつある。国民生活や経済成長を支える不可欠の基盤である不動産分野では、執務環境の改善、知的生産性の向上、優秀な人材確保などの観点から、働く人の健康性、快適性に優れた不動産への注目が高まっている。

オフィスにおいても、求められる機能やあり方は大きく変わろうとしている。これまでも、知的生産性を高める内装や設備、高度な通信インフラといったオフィスで働く上での効率性が求められてきた。これからはさらに、感染症に対する安全性や、働く人のイノベーションを喚起して働く場所を柔軟に決めることが可能な機能も求められるようになる。

しかし、現状では、働く人の健康性、快適性に優れた不動産に対する評価方法がまだ十分に普及しているとはいいがたい。2006年に国連環境計画金融イニシアティブと国連グローバル・コンパクトにより策定されたPRI(Principle for Responsible Investment、責任投資原則)以降、不動産におけるESG(Environment, Social, Governance)投資に注目が集まりつつある。しかし、健康性、快適性を考慮した品質・性能・運用に優れた不動産の経済的・社会的な付加価値に着目した投資は十分に行われていない。

この課題をうけ、世界各国でウェルネス認証が開発、運用されている。世界では、WELL(2014年~)、Fitwel(2017年~)が、日本ではCASBEE-ウェルネスオフィス(2019年~)が運用を開始している。

健康性、快適性等に優れた不動産が見える化され、日本の不動産の国際競争力が強化されるとともに、大規模な新築ビルだけでなく既存や中小ビルも含め認証制度が活用され、不動産ストックの質が向上することが重要である。

2. 既往研究:ウェルネスの価値とは?

新しい価値が市場で普及する際に重要な役割を果たすのが価値の測定である。

環境認証の経済的価値の実証に多大な貢献をもたらした、Eichiholtzらによる2010年の論文*1では、新しい価値概念の市場の普及において価値の測定が必要であると指摘している。

*1 2010年公表「Doing well by doing good? Green office buildings」(Eichholtz, Kok, Quigley)

国土交通省による2019年のアンケート*2でも、ESG不動産の普及促進に向けた施策として最も多く挙げられたのは「環境性、健康性、快適性等の要素に優れた不動産に入居することにより、優秀な人材確保、長期雇用安定に寄与、従業員の満足度や業務生産性が向上することがわかる検証結果や好事例等の情報開示」であった。


このようなウェルネスの経済的価値を明らかにしたいという社会からのニーズを受け、昨今、国内外で研究が行われている。

企業が、ワークプレイスの健康性、快適性に価値を見出しているかを確かめる調査として、久保寺ら*3は、企業がウェルネスに対して+5.63%追加支払意思があること示した(アンケート調査:136件、CVM:仮想的市場評価法)。前述の国土交通省の報告書では、企業がESG不動産に対して4~6%の賃料上昇を許容する企業が最も多いとしている(アンケート調査:411件、単純集計)。ウェルネスの創り出す付加価値が不動産市場で適切に評価されているかを確かめる調査として、久保ら*4は、物件の募集情報からウェルネス性能を推定し、CASBEE-WOスコア1点あたりの賃料プレミアムを234.2円と推定した(重回帰分析)。

*3 2021年9月公表「CVMによる健康性や快適性に優れたオフィスへの追加賃料支払意志額の推定(2)(日本建築学会大会学術講演梗概集)」(久保寺、伊澤、林)
*4 2021年9月公表「CASBEE-ウェルネスオフィスの評価結果と成約賃料の関係について(日本建築学会大会学術講演梗概集)」(久保、成田、林、樋山、原田)

しかし、ウェルネス認証取得物件の経済的プレミアムを推定した実証研究はまだみられない。

今回の分析では、不動産のウェルネスを評価する認証(CASBEE-WO)の取得物件における賃料プレミアムを、実際の成約事例データを用いて推定する。

3. データとモデル

今回、分析用データセットとして、東京23区賃貸オフィスビルの新規成約事例データ6,295棟、51,850件(2010年~2021年)を整備した。

このデータセットでは新規賃料、規模、築年数、立地、成約時期、設備のほか、健康性、快適性を示す変数として、CASBEE-WO取得物件である場合1とするダミー変数を作成している。ここでは、認証を取得する前の成約事例であっても1としている。これは、研究の対象が、認証のラベルとしてのプレミアムにあるのではなく、ウェルネス性能にあるためである。CASBEE-WOを取得できた物件は、認証取得の前から高いウェルネス性能を持っているという仮定を置いている。なお、我々のデータセットの中で、認証を取得している物件は13棟あり、賃貸事例は151件あった。

CASBEE-WO認証を取得している物件(認証あり物件)と取得していない物件(認証なし物件)のスペックを比較すると、認証あり物件の方が大きく、新しく、駅から近い傾向(【図表1】)があり、賃料プレミアムの推定に際しては平均値の比較ではなく、ヘドニック回帰モデル(【図表2】)による品質調整(ヘドニック・アプローチ)が必要となる。

【図表1】CASBEE-WO認証あり物件と認証なし物件のスペックの比較

【図表2】ウェルネス性能の効果を推定するヘドニック回帰モデル

4. 結果と考察

前章で示したデータおよびヘドニック回帰モデルでCASBEE-WOの賃料プレミアムについて推定したところ、+6.6%で統計的に有意であった(【図表3】)。これは、先述のアンケート・CVMによる久保寺らの結果、および公表情報から推定したウェルネススコアを用いて久保らが示した賃料プレミアムの推定結果と整合的であった。

【図表3】回帰結果

CASBEE-WOは開始して日が浅く、分析時点(2021年)で認証を取得している物件も13棟とまだ普及が進んでいない。そのようななかで、オフィスビルのウェルネス性能に対して、プラスの賃料プレミアムという形で経済的価値が評価された背景について考察すると、以下の2点が考えられる。

まず、オフィス利用者である企業(需要者)にとって、ウェルネスは生産性の向上、従業員の健康につながり、直接的に利益を感じやすい。維持管理状態が良い、換気性能が高い、自然光が入るなど、快適性や健康性に関する項目は、オフィス利用者である企業が移転の際に重視する条件として常に挙げられてきた*5 *6。

*5 2017年1月30日公表「大都市圏オフィス需要調査2016 <働き方の変化とオフィス編>」図表10(ザイマックス不動産総合研究所)
*6 2021年6月9日公表「大都市圏オフィス需要調査2021春」図表40(ザイマックス不動産総合研究所)

次に、賃貸仲介会社やビルオーナー(供給者)は、企業がオフィス探しにおいて室内の快適さや従業員の健康を重視することを理解しており、豊富な情報提供を通じてそのニーズに応えてきた。スペックデータ・写真・動画・テキスト情報を整備し、ウェブページに掲載し、内見対応を行い、商品の魅力のひとつとして室内環境の良さや働きやすさをアピールすることは、平常に行われている(ただし、現状では供給者がこれらの魅力を「不動産のウェルネス性能」として整理して理解していない可能性がある)。

したがって、現時点でも、オフィス賃貸市場の情報流通プロセスにおいて、オフィスの健康性、快適性に関する需要者のニーズと供給者からの情報伝達が成立し、市場として機能している可能性がある。

5. まとめ

今回の実証分析を通じて、不動産のウェルネス性能は、賃料プレミアムとしてすでに顕在化していることが示された。

これは、現在のオフィス賃貸市場において、企業はオフィスビルのウェルネスに対して価値を見出し、日本のオフィス賃貸市場にウェルネス性能(健康性、快適性)を評価するためのプロセスが組み込まれていることを示唆している。

そのうえで、CASBEE-WOのような認証制度の意義を整理すると、誤判定リスクと情報流通コストの軽減であると考えられる。快適性や健康性は実際に入居してみないと確かめられない。物件によって検索サイトにアップする写真やデータの質や量は異なるうえ、内見に際しても間違って判断してしまうおそれもある。認証制度がウェルネス性能を評価するものとして市場に認知されれば、誤判定リスクが大きく下がることが期待できる。また、ウェルネス認証というラベルがあることで、意思決定者およびステークホルダーへ客観的に説明しやすくなる。ウェルネス認証を使うことで、企業の移転担当者は、移転先ビルの働きやすさを経営者へ伝えやすくなる。企業は、自身のワークプレイス整備状況を労働市場や金融市場へアピールする際に材料として用いることができる。築古・中小ビルのオーナーにとっては、スペックの数字だけでは表せない働きやすさを、オフィスを探す企業に伝えることができる。

今回得られた示唆を拡張させると、健康性や快適性のように、企業の生産性を高め、企業に直接的にベネフィットをもたらす要素は不動産の価値に表れやすいとも考えられる。このことは、フレキシブルオフィス、サテライトオフィスといったワークプレイスを最適化するサービスにも定量的な価値がある可能性を示唆している。企業のオフィスの働きやすさに対するニーズはより顕在化していく方向へ変化しつつある。不動産事業者には従来の床貸しに留まらない商品とサービスの進化が求められている。

調査概要

調査期間

2001年~2021年

調査対象

東京23区に所在する賃貸オフィスビル

抽出条件:延床面積300坪以上

サンプル数

51,850事例

調査地域

東京23区

推定方法

ヘドニック・アプローチ

調査内容

坪あたり新規成約賃料(共益費込み)

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