ビルオーナー

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2019.09.24

中小規模ビルのベストプラクティス事例集①

~変化する時代におけるビルオーナーの取り組みの紹介~

オフィスビルは、住宅と並ぶ代表的な不動産アセットであり、日本経済を支える企業や官公庁の活動の基盤として重要な役割を果たしている。オフィスビルは規模によって、大規模ビルと中小規模ビルに分けられる。賃貸オフィスビルのストックは、棟数ベースで中小規模ビルが9割と大多数を占めており、そのうえ、バブル期に大量供給されたビル群が多く、年々ストック全体の築古化が進んでいるのが実状である。供給面からみると、東京都心では大規模ビルの供給が中心であり、中小規模ビルの新規供給は少ない(*1)。また、大規模開発に伴う人の流れや街のアメニティの更新などによって、オフィスエリアに変化が生じている。一方、需要面では、働き方改革などにより、企業のオフィス戦略やオフィスに求められる要素が変化してきており、オフィスビル経営を取り巻く環境は、ますます多様化し、複雑なものとなってきている。

ザイマックス不動産総合研究所(以下、「ザイマックス総研」)では、早稲田大学建築学科小松幸夫研究室と共同で、2015年より中小規模ビルを保有し賃貸ビル事業を行うビルオーナーにアンケートおよびヒアリングによる調査を継続的に行い、その結果を弊社HPで発表している(*2)。2017年以降の調査では、好調なオフィス市況を受けて、短期的な見通しについて比較的楽観しているビルオーナーが多い一方、中長期的には悲観的な考えが多くを占めていることがわかった。今後、築年のさらなる経過に伴い、修繕や改修費が増加していくことに加え、賃料の下落や空室の増加を不安に思うビルオーナーは、何らかの対策を打つ必要は感じているものの、運営上の問題を抱えていることや経済的な合理性を見いだせないこと、またどこから手を付けてよいのかもわからないことから、各種対策の実施を躊躇しているようである。

ザイマックス総研では、前述のビルオーナーへのアンケート調査に加え、ビルオーナーへのヒアリングによる事例調査を継続的に実施している。これらには、ビルオーナーの創意工夫や、ビル経営のヒントが含まれており、他のビルオーナーにとっても参考となる内容も多い。そこで、このたび早稲田大学小松幸夫教授監修のもと、「中小規模ビルのベストプラクティス事例集 第1回」で、優れた取り組みの事例をベストプラクティスとして取り上げ、本レポートを発表することとした。なお、弊社では今後ともビルオーナーへのヒアリングを継続し、本事例集をシリーズ化し、定期的に発表していく予定である。本内容がビルオーナーをはじめとする賃貸ビル関係者にとって有益な情報になれば幸いである。

*1 2019年1月23日公表「【東京23区】オフィスピラミッド2019
     2019年1月23日公表「【大阪市】オフィスピラミッド2019
*2 2015年11月26日公表「ビルオーナーの実態調査2015
     2017年10月25日公表「ビルオーナーの実態調査2017
     2018年10月25日公表「ビルオーナーの実態調査2018


調査の目的

ビルの価値を向上させる一般的な手法として、リニューアルや耐震補強などのハード面での改修、清掃の徹底やテナントサービスの付加、周辺地域との連携などのソフト面の工夫などがあげられる。しかし、それぞれの施策によってどれだけの効果を得られるかは、ビルにより個別性が大きく、一般的な指標もない。

本調査は、「中小規模ビルの価値を向上させる」という大きな課題の中で、ビルオーナーが実践している様々な取り組みをピックアップし、ベストプラクティスとして整理していくものである。また、ビルの価値をビルオーナーから見た価値(不動産としての資産、収益性、運営上のコスト削減など)と、テナントから見た価値(快適性・使い方やニーズに合わせた満足度など)に基づく2つに分け、それらが具体的な取り組み前後でどう変化したかを考察する。

事例を通じて紹介するビルオーナーの取り組みでは、「所有するビルの特性や利点を引き出す」、「ターゲットとするテナントを分析し明確化する」、「周辺地域の活性化などの工夫によりビルの価値を向上させる」などをしており、その効果についても紹介していく。これらは、どのような対策を行うか悩んでいるビルオーナーにとって、有益な情報となるであろう。

ザイマックス総研では今後、こうした「個別解」を多数収集し、賃貸ビル事業におけるビルの価値向上を、「建物」「オペレーション」「テナント」「地域・環境」といった側面から分析することで、収集する個別解の中に潜む一般性を見いだしていきたいと考える。


ベストプラクティス事例の紹介

今回は第1回として、Ⅰ.テナントの長期間入居を目指して、耐震補強と機能面やデザイン性を重視した全館リニューアルを実施した円昭ビル(名古屋市)、Ⅱ.ホームページやSNSを使ってビルのブランディングに取り組み、ビルを活性化させた大禅ビル(福岡市)、Ⅲ.2018年LEED Gold認証の取得など、時代を超えてテナントニーズを先読みし再生を続ける近三ビルヂング(東京都)、Ⅳ.社会情勢の変化を敏感にとらえ、テナントターゲットを拡大しビルを満室稼働させている田丸ビル(東京都)、Ⅴ.個性的な手法とマーケット戦略によってビルを収益化し、新旧テナントの交流による融和を目指している富士ビル・アルト神戸(神戸市)、以上5棟における取り組みの事例を紹介する。なお、各事例内容については、概ね以下の項目に整理している。

 ●  取り組みの概要

 ●  ビルの概要

 ●  取り組みの経緯と問題意識

 ●  取り組みの内容

 ●  取り組みの効果や反応

 ●  取り組み後の価値の変化

 ●  コメント・感想(ビルオーナー)


Ⅰ.円昭ビル(名古屋市)

円昭ビルは築40年以上経過したビルであるが、長期間入居してくれるテナントにターゲットを絞り込み、テナントの満足度をUPさせるためにハード・ソフト面含めた全館リニューアルに取り組んだ事例である。改修にあたっては、DIYや市販品のカーペットを調達するなどオーナー自ら手間をかけることにより、抑えられる費用は抑え、新しさと古さのバランスを保ったデザインを実現している。機能面では、省エネ対策や働き方の変化に敏感に対応した工夫なども施されている。随所にオーナーのおしゃれな遊び心も垣間見られる居心地のよいビルである。また、テナントの安心・安全のために耐震補強も行っている。

1. ビル概要

所在地: 愛知県名古屋市 「御器所駅」徒歩1分

延床面積:1,009㎡ 

階数:  地上5階

竣工年: 1974年 

改修年: 2016年1月~2017年2月

周辺環境:名古屋駅から地下鉄で15分ほどの交通の便が良い立地。最寄駅は、鶴舞線と桜通線の二線が利用できる。環境の良い住宅地であり、商業ビルは幹線道路沿いと駅前に限られている。職住近接の働き方が可能な地域である。

経営者の年齢:50歳代


2. 全館リニューアルへの取り組みのきっかけ

築古化が進み、何らかの手を入れないといけないと考え始めた2011年に、東北地方太平洋沖地震が発生し、グループ会社の建築会社とともに復興支援に現地入りした。鉄筋コンクリートのビルが崩壊している様子を見て、耐震の重要性を実感した。南海トラフ地震のリスクが高まる中、長期の賃貸が期待できるテナントの誘致には耐震強度の確保が必須と考え、建て替えの計画を進めていた。しかし、建築費の高騰や当初予定していたビル形状での建築が困難であることが判明したことにより、既存のビルのままで耐震補強し、あわせて全館のリューアル(改修)を実施する計画に変更した。

3. 全館リニューアルの内容 

① 耐震補強

1階は耐震壁の設置とアラミド繊維による柱の補強を行い、上階部分は鉄骨ブレースを採用、外観を損なわないよう建物内に設置した。ブレースの室内への搬入にあたっては完成状態での運搬が大きさと重さの点で困難であったため、分解し各階で組み立てた。約700kgと重量のある部品は、滑車を応用し少人工で設置できるよう工夫した。

② 弱点の克服

40年以上前に建築されたビルのため、天井高が低く、圧迫感なく快適に過ごせる空間の演出が必要と考え、以下の改修を行った。

ダブルスキン:既存の外壁と執務スペースの間を30~40cm空けてスモークガラスの壁を造り、ダブルスキンとした。美観上、外周部の室内側に設置したブレースを隠すために考えたものだが、ダブルスキンは断熱性が高く省エネ性を発揮している。事務室面積は減少したものの室内の美観が確保でき、スモークガラスはプライバシーも確保できるため、カーテンやブラインドも不要で外光を十分に取り入れることができるとテナントには好評である。

壁のガラス化:会議室などの壁を天井から床までガラス張りにして広がりを出した。

吊り天井の撤去:100㎡を下回る居室は、吊り天井を取り払い、照明を直付けにした。照明は間接照明をベースにし、テナントの使い方に応じて場所や照度をアレンジできるように照明器具用のレールを設置した。

フラットコード:OA床は設置せずにタイルカーペット貼りとした。電気配線は壁付コンセントと厚さ0.9mmのフラットコードとし、無線LANを使用するスペックとしている。

③ テナントの満足度向上

貸会議室: 2階のエレベーターホール前の部屋を貸会議室としている。料金は1000円/時間、ネット予約が可能となっており、商談や採用の面接室などに利用されている(当初2-4階を会議室として作りこんだが、現在3-4階はテナントが専用使用している)。

コミュニティ・リフレッシュスペース:既設の屋上造作部分に椅子等を設置し、BBQスペースや喫煙室といった、テナントが自由に利用できるスペースとして解放している。

緑と木:安らぎ感を得るため緑の植栽や、内装から什器にいたるまで木材を使用するよう配慮した。階段の踊り場には廃材を組み合わせた目隠しをDIYで作成、屋上のリフレッシュスペースはフローリングにし植栽を設置、会議室のテーブルは一枚板のヒノキを使うなど、木のぬくもりと香りがある空間が多い。

Wi-Fi:居室以外のスペースでもWi-Fiが利用できるように館内に無料Wi-Fi回線を設置している。

④ 防災

各テナントにカセット式の発電機・食料(3日分)・簡易トイレを配布している。さらに地域への貢献として、災害時に受水槽の水を共有する準備や、近隣自治会の備蓄スペースの無償提供もしている。

⑤ オーナーのこだわり

デザイン:オーナーのこだわりとして、ビル内の随所に遊び心が見られるデザインが散りばめられている。トイレのドア前には人をかたどったイラスト、古さ(塗装していない階段)と新しさ(改装されたEVホールの空間)のギャップ、各階のイメージに合わせたEVホールのカーペット、エントランスの年代物のバイクなど。そしてビルの館銘板は新築当初のロゴを踏襲して作成、錆まで作りこんでいる。

市販品:設計で提案された通りの部材だけでなく、自らホームセンターや大型家具店などで購入した市販品を使用した結果、改修費用の削減につながった(カーペット、会議室テーブルの脚等々)。

安全:耐震補強に加え、地震等による外壁タイルの剥落に備えてエントランス上に庇を設置した。万が一タイルが落下した際にはクッションになってくれる役割を果たす。

⑥ その他

キッチン:自社使用スペースには、キッチンのついた打ち合わせスペースを設置している。清掃員の休憩や社外取引先との打ち合わせなどに利用されており、会議室とは違い、会話が弾み和やかな打ち合わせになると評判がよい。

ワークプレース:リニューアルを機に自社スペースでも新規の什器を購入し、デスクの配置も工夫してフリーアドレスを採用するなど新しい働き方を試みている。仕事のクオリティにどのように影響するか検証し、課題などをまとめて今後のテナントへの提案に活用していく予定である。

4. 全館リニューアルに費やした金額と効果や反響

約1億2,500万円(うち、耐震補強は3,100万円)。取り組み後の効果と反響は、以下のとおり。

【ビルの収支】

● 改修後、入居率は100%を維持している。

● 改修前より賃貸面積は減少しているが、賃料は2500円/坪増加している。年間約700万円の増収となった。


【テナントの反応】

● ダブルスキン(ブレース目隠しスペース)が断熱効果をもたらした結果、居室内の温度があまり変動しなくなり、心地よい空間であると好評を得ている。空調に関するテナントの要望・クレームもほとんどない。

● 防災備品は、テナントがビルを選定する際の要因ではないが、入居してからの安心安全に寄与している。

● 入居希望者が増えた。お断りしたテナントは周辺のビルに紹介し、地域の活性化にも貢献していると自負している。


【環境】

● ダブルスキンの断熱効果、LED・空調更新などにより改修前と比較して電気代を約44%削減でき、期待以上の成果をあげられた。


5. 全館リニューアル前後のビルの価値の変化(オーナーイメージ)

全館リニューアル前後のビルの価値の変化を、オーナーにイメージしてもらった。実施前に予想していた価値を【耐震補強】・【リニューアル】ともに上回り、特にリニューアルにおいては、予想を大きく上回る効果だった。

6. 全館リニューアルをしての感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

賃料のUPよりもテナントに長く入居してもらえることを重視した。耐震対策を行った結果、公共の法人に入ってもらえて幸いである。耐震性能以外の部分(防災備品や共用部のスペース活用など)は、テナントのビル選定時には大きな決め手にはならないが、入居してからの大きな安心感に貢献していると感じる。テナントのニーズや働きやすさなどを考慮して一つ一つ丁寧に作っていった工夫は、時間が経ってから思った以上の反応があり、長期間の入居につながっていくものと期待している。

今後、弊社のような中小企業においても働き方が変わってくると考えている。ネットが普及し、遠隔地でも会議が可能になり、自宅でも仕事ができるようになるだろう。今後、自社のスペースを増やすことは考えておらず、働き方を工夫して人を採用していきたい。現在は、これまでの個々の机から数人で共用できる長机に変え、フリーアドレスが可能な体制をとっている。

また自宅でも仕事ができるようにするため、在宅勤務のトライアルを開始している。会議はスカイプなどのコミュニケーションツールを使い、小さいお子さんがいたり、家族に要介護者がいる従業員にも対応できるようにしていきたいと思う。問題・課題はあるが、この会社の規模で実現出来たら、住居に近い場所でサテライトオフィス的な事業も考えてみたい。

このように考えるようになった背景として、最近亡くなった父の介護に際して、普通のサラリーマンでは十分な介護は難しいと感じたことがあげられる。これからの高齢化・人手不足に対応した働き方が提案できるようビル経営で工夫をしていきたい。そのほか世の中の変化に対応して、現在はシェアリングサービスを利用して固定費の削減にも取り組んでいる。たとえば車は時間貸しで借り、社用車は1台しか所有していない。今後不動産業界は変わる。そして、変わるときは一気に変わる。今の商慣習を重んじている年代が引退したときには一新しているだろう。

Ⅱ.大禅ビル(福岡市)

大禅ビルは、築古ビルをハードの部分からの改善ではなく、運営の工夫により活性化させている事例である。オーナーは大禅ビルや周辺地域の魅力を発見し、テナントや地域のニーズに合わせて分かりやすく整理し伝えることが重要と考え、ホームページやSNSを使ってビルからのメッセージを配信し、テナントからの要望にソフト面ハード面の両方からきめ細かく対応するなど、ビルの価値向上のためのブランディングに取り組んでいる。

1. ビル概要

所在地: 福岡県福岡市 「赤坂駅」徒歩7分

延床面積:3,543.7㎡

階数:  地上5階/地下1階

竣工年: 1973年 (1979年増築)

周辺環境:周辺に裁判所、法務局などがある。また大濠公園や舞鶴公園があるため住環境もよく、最近はタワーマンションなどの建設が続き、住居、文教地区としても人気のエリアとなっている。

経営者の年齢:30歳代


2. ブランディングへの取り組みのきっかけ

2014年に現オーナーが先代より会社を引き継いだ時は、ビルの入居率が70%弱の状況であった。先代は技術畑の人だったため、ビルの運営にあたっては維持管理に力を入れて取り組んできたものの、マーケティング活動までは手が回せていなかった。当時、周辺地域ではオフィスビルからタワーマンションなどの比較的高所得者向け住宅への建て替えが行われており、小中校の改築もあって文教地区へ移り変わっている時期であった。一方、裁判所や法務局などの行政機関もあり、オフィスに対するニーズも高いのが特徴である。現オーナーは、当ビルの最大の課題を入居率の向上とし、エリアの状況を見据えた築古ビル再生の方策として「ブランディング」を掲げ、活動をスタートした。

3. ブランディングの内容

大禅ビルのブランドアイデンティティとして、以下の4つのポイントを挙げ、ホームページやFacebookなどのSNSで発信している。

① 地域の愛着

ホームページでは、ビルが所在する地域「赤坂」「舞鶴」の歴史や建築物について紹介している。エリアの魅力を発掘し、地縁のある人に懐かしい記憶を思い起こさせることで、ビルだけでなく周辺地域の知名度の維持・向上に取り組んだ。

② レトロな魅力と新しさの融合

当ビルは、ゆったりした踊り場、らせん状の屋内階段など、現在ではあまり見られないレトロな魅力を持っている。竣工当時の建築・設備の良さを残す一方で、比較的狭く陳腐化したエントランスはリニューアルを実施し、明るさや清潔感を保っている。

③ 安心できるビル

点検や清掃がどのように実施されているか、安心安全についてどう配慮されているかなど、建物の維持管理状態はなかなかテナントには伝わらない。当ビルは先代から丁寧に維持管理をしているので、その様子をあらためて動画や写真でホームページ上にアップし、テナントへのアピールを行った。テナントに維持管理の状態が伝わると、様々なメリットが生まれる。たとえば、喫煙スペースに設置してある分煙機を徹底して清掃する様子を動画で公開したところ、喫煙者のマナーが向上し、非喫煙者の臭いに対する嫌悪感も軽減された。

④ テナントのニーズに対応

小割りの区画を賃借しているテナントは、貸室内に会議室や休憩スペースを確保することが難しい。当ビルでは、時間貸しの会議室(外部の利用も可能)やリフレッシュスペースを設置し、テナントの採用活動や商談、ランチなどで利用してもらっている。リフレッシュスペースには、女性向け雑誌も充実させており、最近女性の利用者も増えてきた。

⑤ その他の取り組み

福岡に出店を希望している東京や大阪など遠隔地の企業やスタートアップ企業を、ホームページに誘導できるよう、Facebook等のSNSで広告を出し始めた。また、近隣の建築工事の増加に伴い、工事現場事務所の受け入れをしたり、保育園の入居を見越し、衛生面を考慮したハト対策を行ったりと、エリアのニーズに応えるビル経営に取り組んでいる。

4. ブランディングに費やした金額と効果や反響

共用部改修などが約600万円、ホームページの製作、セキュリティの強化が約70万円、ホームページの運営等のランニングコストが約17.5万円/月。
ブランディングと改修後の効果と反響は、以下のとおり。

【ビルの収支】

● 入居率が約70%から100%(2019.8現在)に上昇した。

● 2018年の新規募集より賃料の値上げ。


【テナントの反応】

● 維持管理の様子が確認でき、安心感につながっている。

● エントランスのリニューアルで館内が明るくなった。

● リフレッシュスペースを利用する女性が増えた。


【その他】

● ホームページが仲介会社とのコミュニケーションツールになっている。ビルの状況を知って、貸会議室のオペレーション会社の紹介などもあった。

● 新規募集のテナントはホームページでビルを確認してくれている。ホームページからの問い合わせもあり、2件成約した。

● 貸会議室を外部に貸した際の接客対応を通じて、弊社従業員のお客様に対するマナー意識の向上につながった。


5. ブランディングの取り組み前後のビルの価値の変化(オーナーイメージ)

ブランディングの取り組み前後のビルの価値の変化を、オーナーにイメージしてもらった。価値の変化は想定通りで、現在取り組んでいるホームページやSNSによる今後の効果の上積みに期待している。

6. ブランディングに取り組んだ感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

ビルの魅力をわかりやすく整理して伝えることが重要である。SNSを使った双方向コミュニケーションにより、テナントの反応をダイレクトに知ることができ、小さなニーズにも細かく対応できるようになった。先代からビル経営を引き継ぐ前は、イベント・広告・ITなどの事業展開をしていたので、その頃の経験を活かし、これまでにない営業方法や広告をどんどん試してみたい。現在は、テナントとなる人からの反応を直接見られるような施策も行っている。たとえば、ホームページやFacebookを通してビルの内覧まで至ったテナントには景品を贈呈する「内覧キャンペーン」を実施しており、「いいね👍」といった反応が得られている。

当ビルの取り組みはまだまだこれからで、中長期的な目線でのビルの改修や地域とビルの認知・ブランディングにこれからもチャレンジしていきたい。

Ⅲ.近三ビルヂング(東京都)

近三ビルヂングは、東京都の日本橋にある1931年竣工のテナントビルである。竣工当時、1階は元禄時代創業の呉服問屋であった。当ビルは建築家村野藤吾の独立後の第1作であり「永遠の傑作」と評されている。第二次世界大戦を経て、築後88年となる現在に至るまでの間、1956年の第1期改修から2014年の第6期改修まで、節目節目で大きな改修を繰り返し、時代に対応してきた。当ビルの時代を超えてテナントのニーズを先読みし再生を続けるチャレンジは枚挙にいとまがない。ここでは、自らの省エネ・環境性能向上の取り組みを第三者認証により証明することができたLEED Gold認証取得と、キーテナント退出に合わせて着手した耐震改修・リニューアルを、ベストプラクティスとして取り上げる。

1. ビル概要

所在地: 東京都中央区 「三越前駅」徒歩1分

延床面積:7,843.05㎡ 

階数:  地上8階/地下1階

竣工年: 1931年

周辺環境:日本銀行・財閥系の銀行・証券会社などのオフィスと、三越(本店)など商業施設が混在する街。最近は、大手デベロッパーの再開発による建て替えが進んでいる。

経営者の年齢:70歳代、40歳代


2. LEED認証取得に至るきっかけと取得まで

オーナーが2008~2010年にかけて米国プロパティマネジメント(PM)視察研修に行った際、米国では建築物の環境に対する取り組みが進んでいることを実感し、LEED(*3)認証に興味を持った。特に、LEEDの「建物の利用者が快適に過ごせる空間を提供することが高評価につながる」という考え方が、自社の経営理念に通ずると共感した。視察した1931年竣工のエンパイアステートビルがLEEDを取得しており、当ビルも取得できるかもしれないという思いから、2012年に適合性評価を行った。当ビルでは、中長期的な目線でビルの維持管理を行い、過去の改修の際には、積極的に省エネ設備を導入してきた。また設備の運転は社員が行い、テナントの満足度向上のために即断即決でオペレーションの工夫を積み重ねており、管理状態は非常に良い。調査の結果、Energy Star(エネルギー効率の評価点)では93点であった。またLEEDのスコアもGold 認証の基準となる60 点を上回っていたものの、必須項目の衛生器具の節水性能や、空調の換気能力の課題が指摘された。

2014年からの耐震改修とリニューアル工事において、指摘された課題がクリアできた為、再度LEED取得に挑戦した。取得にあたってArc方式という新しい評価システム(世界中のデータとの相対比較で点数を評価点する)で申請し、2018年見事にLEED Gold認証取得に至った。なお、改修工事以外にも、入退出口の粉塵対策としてマットを設置、喫煙室の負圧維持対策として室内外の差圧監視・警報盤を製作して設置し、さらにソフト面では、清掃員へのマスク支給や自然原料の洗剤の使用など、人や環境に配慮した施策を実施している。

*3 LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)は1996年に建築の各分野の代表で構成されるU.S. Green Building Council(米国グリーンビルディング協会)によって開発された、建物や都市の環境性能評価システム。

3. 耐震改修工事とテナント戦略の変更

キーテナントが退出し入居率が約50%となった2014年当時は、トイレなどの共用部に機能面での相対劣化がみられ、リニューアルの必要性を強く感じていた。また2006年に行った1回目の耐震改修でIs値(*4)0.6を満たせなかったため、2回目の改修では窓以外の外壁をRC壁で補強する「耐震間柱方式」を採用した。厚くなった外壁と内部に設けた補強の壁による回廊でレンタブル比は落ちるが、テナントの安全性を優先した。また、フロア内の耐震壁にあわせて貸室構成を変更した。上階は耐震壁が少ない分、貸床が120坪超の区画となり、フロア貸しは7階のみとした。この方針がエリアのテナントニーズにマッチしたため、現在は貸床10~40坪程度のテナントも入居し、入居率100%を維持している。最近のテナントは、自社スペース内に稼働率の低い会議室や喫煙室を設けることが難しいため、共用のスペースとして地下1階に貸会議室を、中二階には喫煙室を設けた。

*4 Is値(Seismic Index of Structure)とは建物の耐震性能を表すための指標。建築物の耐震改修の促進に関する法律(耐震改修促進法)」の告示によると、震度6~7程度の地震に対して、Is値が0.6以上ならば倒壊または崩壊する危険性が低いとされている。

4. LEED認証の取得および改修に費やした金額と効果や反響

LEED認証にかかった費用は、コンサル料・認証諸経費が約150万円程度、喫煙室の負圧維持適のために設置した装置が20万円程度。ただし、耐震・リニューアル工事は中長期計画の予算内であるため除いている。
認証取得および改修後の効果と反響は、以下のとおり。

【ビルの収支】

● 入居率が50%から100%(2019.1現在)に上昇した。

● 単位面積当たりの賃料は上昇した。ただし、賃貸面積が減少したので総額だとほとんど変わらない。


【テナントの反応】

● トイレなどの水回りは清潔感がある、使いやすいなど評判がよく、共用部はゆったり感がある、グレード感が高いとの満足の声が聞かれる。

● 継続的にエネルギー使用量を計測し、電気使用量についてはテナント毎に開示しており、テナントの省エネに活用されている。

● 喫煙室の負圧対策により、たばこのにおい漏れがなくなり、清潔感がUPした。毎年のテナントアンケートでも高評価を維持している。


【オペレーション】

● 自然原料の洗剤の使用により、清掃員の手荒れが減ったうえに、二度拭きが不要になった。

● 喫煙室の壁を水拭きできる塗装に変えたため、ヤニが残りにくく清潔感が保ちやすくなった。


【その他】

● 仲介会社の話では、案内したテナントは築80年以上のビルと知ると、築年とビルの維持の良さのギャップに驚く、まず見てもらうことを優先している、とのこと。


5. 認証取得および改修前後のビルの価値の変化(オーナーイメージ)

認証取得および改修の前後のビルの価値の変化を、オーナーにイメージしてもらった。実施後は予想以上にテナントの反応が良く、テナントから見たビルの価値が高まった。

6. 認証取得および改修をしての感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

エネルギー対策は今後さらに必要とされ、省エネに取り組むことが重要だと思う。アメリカでは、環境認証の取得がビルの価値に大きく影響しており、認証の有無で入居を判断しているテナントも多いと聞く。日本でも近い将来そうなるだろう。今回の認証取得は、前向きな姿勢で正しいビル管理を行ってきた結果であり、LEEDはその物差しと考えている。省エネはお金をかけた設備の更新だけでなく、オペレーションを工夫することでも実現できる。

各階空調と加湿効果の高いセントラル熱源の組み合わせ、テナントに便利な私設ポストの維持、社員によるビルメンテナンス運営など、テナントの満足度向上を一番と考え、ビルの価値を向上させる取り組みをこだわりを持って続けてきた。当ビルがテナントに愛され、時代に対応し続けるには、環境にやさしい省エネビルである為の努力を怠らず、新たな工夫に挑戦し続けることが必要だと考えている。

Ⅳ.田丸ビル(東京都)

田丸ビルは最寄り駅が「荻窪駅」というJRと営団地下鉄の2線が利用可能な交通便の良い立地であるものの、JR山手線の外側に位置しており、オフィスの中心エリアとは言い難い。当ビルは、社会情勢の変化を敏感にとらえ、中心部と比較して割安感のある賃料と契約時のオペレーションの工夫を武器に、従来賃貸が難しかったテナントの課題にチャレンジし、スタートアップ企業や外国人経営者のテナントを誘致するなどのテナントターゲットの拡大をして、ビルを満室稼働させている。

1. ビル概要

所在地: 東京都杉並区 「荻窪駅」徒歩4分

延床面積:1,100㎡ 

階数:  地上7階

竣工年: 1970年

周辺環境:駅前は、銀行や病院、飲食の入る雑居ビルが多く、駅前商店街を抜けると閑静な住宅街が広がる。当ビルは、駅徒歩4分で環状八号線に面している。

経営者の年齢:30歳代


2. 満室稼働に向けた取り組みのきっかけ

起業当時は建設業を営んでおり、自社で使用しないビルの居室を賃貸したのが賃貸ビル事業の始まりである。現在では賃貸ビル3棟と共同住宅を運営している。現オーナーは3代目で、2016年に事業を承継し、経験の浅いなか自分なりにビル経営を模索していた。情報を集めるうちに、ビル経営を取り巻く環境は著しく変化しており、これまでのオフィスビル経営の常識にとらわれることなく、社会環境の変化に合わせて対応していく必要性を強く感じた。オフィスの需要が都心部に集中する中、中心部から少し離れた荻窪は中小企業の事務所が多く、賃料も比較的安いため、スタートアップ企業には有利な立地であるものの、外国人経営者や定年後に起業する人に部屋を貸してくれるビルは多くない。このような新興の企業は信用こそ不十分だが、事業を推進するエネルギーに満ち溢れているため、そういった層の弱点を補い、受け入れることで、当ビルの入居率の上昇、ひいてはビルの価値向上につなげられないかと考えた。

3. 満室稼働に向けた取り組み

満室稼働に向け、耐震対策とテナントターゲットの絞り込みに取り組んだ。

① 耐震対策

災害時の緊急輸送道路(環状八号線)に面しているため、新耐震基準への対応は必須であった。耐震診断の結果、耐震基準に満たない部分もあったため、耐震補強の方法を検討し始めた。20年以上入居しているテナントもいるため、退去を伴わない居ながらの改修を区役所と折衝し、一度の工事で耐震基準を満たすのではなく、段階的に耐震改修することを容認してもらった。当初は、高延性材を柱に巻くSRF工法(包帯補強)で補強の検討を進めていた。この工法では費用が約2,000万円と、従来工法による大掛かりな改修に比べて1/10程度で済み、工事自体も部分的段階的に進めることが可能であった。しかし検討を進める中で、当ビルは新築時の検査済証が交付されていないことが発覚した。耐震改修を行っても検査済証が得られず、補助金の獲得には検査済証が必須であることから、耐震補強は断念し、建て替えに方向を転換した。

建て替えを進めるにあたって、テナントとの契約を順次定借に切り替えており(現在半数のテナントが切り替え済み)、遅くとも10年後には建て替え工事を開始できるよう準備を進めている。また、入居中のテナントには現在のビルの状態や建て替え計画についての説明を行っている。

② テナントターゲットの拡大

外国人労働者の増加、少子高齢化、女性の働き方の変化に注目し、貸し方を工夫をしている。スタートアップ企業は活力はあるが、与信力が不足している。こういった層にターゲットをあてて募集するにあたって、賃料の滞納や言語・習慣の違いによるトラブルをサポートをする保証会社とタッグを組んだ。現在まで大きなトラブルや賃料の滞納はない。トイレでの喫煙や長時間のトイレ占拠などの文化や習慣の違いに起因するものは、お知らせの貼り紙等を用いてルールを周知することで対応している。外国人のテナントも受け入れることで募集期間が縮小し、さらに退去したテナントの紹介によって次のテナントが決まるような仕組みを設けた。現在は外国人が経営する飲食店舗やIT関係の事務所が6テナント(中国、ネパール、韓国など)入居している。

最近、女性5人のデザイン事務所が入居し、これまで要望のなかった共用部側のドアの塗装や喫煙スペースとなっている共用部の改善の要望を受けた。テナントが快適に過ごせる管理体制の整備、館内規約にない事項の見直しを行い、全館禁煙とした。

4. 満室稼働に向けた取り組みに費やした費用と効果や反響

通常の運営予算の範囲内で行ったため、予算外の費用は掛かっていない。実施後の効果と反響は、以下のとおり。

【ビルの収支】

● 入居率が96%→100%に上昇。

● 実施以前は長い時で6か月空室が埋まらない期間があったが、今では募集するとすぐ決まる。募集の翌日に決まったこともある。


【テナントの反応】

● テナントの要望にきめ細かく対応しているため、居心地が良いとの反応がある。

● 入居を断られやすい外国人にやさしいとの声が多い。

● 他のビルへの移転ではなく、当ビルで拡張したいという既存テナントからの空室確認の問い合わせが何件もある。


【仲介会社】

● 外国人を好んで募集するため、仲介会社からの紹介や周辺地域からの紹介を受けやすい。


5. 満室稼働へむけた取り組み前後のビルの価値の変化(オーナーイメージ)

実施前後のビルの価値の変化を、オーナーにイメージしてもらった。当初予想していたよりも実施後のビルの価値が大きく上回っており、契約時のオペレーションの工夫が功を奏したことがうかがえる。

6. 満室稼働へむけた取り組みの感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

当社は、賃貸オフィスビル以外に賃貸住宅も持っており、まずは住宅で入居率を上げる施策を行った。一般的に、ひとり暮らしの高齢者や外国人は賃貸住宅への入居が難しい。高齢化が進み、外国人就労者・留学生が増える中、これらの需要を取り込むことが重要だと考え、彼らに入居してもらうにあたっての課題を整理し、解決策を模索した。高齢者の安全確保と健康状態の確認、外国人の生活習慣や文化の違いによる入居中のトラブル、両者の身元保証の問題などを解決するため保証会社と組み、相談しながら新たなテナントの入居を進めた。実際入居後にトラブルはあったものの、ルールの理解不足によるものがほとんどであり、きちんと説明すれば問題はなくルールを守ってくれる。また事前に対処するポイントもわかってきたため、これまであった高齢者や外国人に対する先入観がなくなり、受け入れやすくなった。

荻窪周辺の不動産の使い方は変化している。これまでは、駐車場があることを必須条件とするテナントが多かったが、最近では駐車場を利用しないテナントが増えており、代わりに駐輪場を要望するようになっている。テナントの要望は刻々と変化しており、このような不動産の使われ方の変化は、今後ますます速くなると思う。運営や管理面においても、中小規模ビルにIoTやAIを使った設備などが導入されるのも遠くないだろう。VR内見やITを活用した重要事項説明、電子契約などを使えば、遠隔地からでの契約も容易になる。さらに、スマートメーターによる検針などにより、ビル管理の業務効率化がもっと進むだろう。このような変化を敏感に察知し、今後のビル経営にうまく生かすことで、新たな事業の拡大につなげたいものだ。

Ⅴ.富士ビル・アルト神戸(神戸市)

富士ビルは、築50年以上経過した複合ビルである。下層階は店舗とオフィス、上層階が賃貸住宅となっており、2012年に住宅公団より住宅部分を買い受け、現オーナーが全館を運用することになった。空きが多い住宅部分の収益化を個性的な手法(DIY)やマーケット戦略によって成し遂げ、コミュニケーションツールの活用などによって新旧テナントの融和をはかり、ビルの再生「リボーン」を成し遂げた事例である。

1. ビル概要

所在地: 兵庫県神戸市 「三宮駅」徒歩3分

延床面積:3,435.55㎡

階数:  地上6階/地下1階

竣工年: 1961年

周辺環境:阪神・阪急・JR・地下鉄・ポートライナーの交通機関が利用できる神戸市の中心「三宮」。周辺にはオフィスや市役所があり、そごうなどの商業施設が隣接している。

経営者の年齢:70歳代 20歳代(オーナー代行)


2. ビル再生への取り組みのきっかけ

当ビルは新築時には、3~6階の住宅を住宅公団(UR)が所有し、地下1階~地上2階を現オーナーが所有する共同所有のビルであった。その後2012年2月に住宅公団(UR)が持ち分全てを売却、現オーナーが購入したことにより、1棟まるごと運営することになった。地下1階~地上2階部分には、レストラン、英会話教室、美容院やオフィスなどが入居し、入居率100%を維持していた。一方、36戸の住宅のうち1/3は公団時代からのテナントが継続して居住し、残り2/3は空室の状態であった。

空室を埋めるために、まずは1室をリフォームして募集を開始、内装は費用をかけて新しくしてみたが、なかなか成約に至らなかった。費用対効果も悪いので、全面的に募集戦略を見直すこととした。

3. 住宅部分の収益化

① 住宅部分の収益化の内容

【古いビルを評価してくれるテナントを開拓】当ビルは三宮駅から3分(当ビルよりも「三宮駅」に近い賃貸住宅はない)の好立地にある。まずはこの立地を評価するテナントを絞り込み、共用部および住宅の内装の作りこみを行った。改修はプロに頼らず、あえてDIYで行い、費用を抑えることができるとともに、ビルの個性としてアピールできるのではないかと考えた。万人受けを狙うのではなく、感性が高く創造性のある人をターゲットにおき、立地を生かしてSOHO的な使い方の提案もあわせて募集することにした。

【DIYと古い味を活かしたデザイン】オーナーは溶接工の資格を保持しており、自らなんでも作成する。建物は古いからダメだというのでなく、古さや古い味を活かした自然に優しいデザインとなるよう工夫した。

外壁塗装と店舗側エントランス以外の共用部照明、共用部壁、住戸内装、住宅エントランス、自転車置き場などはオーナー自らがDIYで工事を行った。階段の踊り場にある照明は、100円ショップで購入したボウルを傘として利用、共用部の壁は匂いと湿気を吸収する漆喰(しっくい)入りの塗料を調合し、見た目にも厚みと温かみのある仕上がりとした。

住宅の内装は、もともと和風だったものを、床は畳からフローリングに、建具はふすまの枠をそのまま利用し、無垢材を貼って洋風に仕上げた。水回りは機能性を重視し、装飾のない業務用の流しと洗面台を設置した。室内に洗濯ひもを取り付けるためのフックや、玄関に牛乳配達用の受け箱が残っていたが、あえて取り外さず、ハンモックかけや花台などとしてテナントが工夫して楽しめるよう、そのまま残した。また、押入れをベッドとして使いたいテナントの要望に応え、床の強度を補強した。駅近だが通勤用の自転車置き場のニーズがあり、市販の自転車台とフレームを溶接して整備した。

このように仕上げていった住戸は、古さを楽しみ、自分の好みにアレンジして使いたいという人々の個性的なニーズにマッチした。

② 住宅部分の収益化の効果と反響

入居率は徐々に上昇し、改修工事をすればすぐに決まるようになった。テナントを募集すると5~6件の引き合いがあり、現在では順番待ちが発生している。

改修工事の大部分を内製化したことにより、外注で行った場合と比較して1/3(材料費)の金額で行えた。

【ビルの収支】

● 賃料が10%以上上昇した。


【テナントの反応】

● SOHO的な使い方ができるため、事務所として利用しているテナントもある。デザイナーや不動産、飲食オーナー、設計士などクリエイティブで個性的なテナントが多く、テナント間で商談が進むなどの発展もみられる。

● テナント内に自ら「作る」文化が発生し、部屋内をIoTで固めた人や入口の牛乳受けを花代に替える人などテナントそれぞれの取り組みが共有され、それが新たな内装のアレンジにつながる好循環が生まれている。


4. 新旧テナントの融合

① 新旧テナントの融合の取り組みの内容

店舗テナントと新たな住宅テナント、年齢層の違いや様々なビルの使い方があるなかで、新旧のテナントが交流し、融和をはかることが、ビルの再生「リボーン」につながると考えた。

【交流スペースの設置】テナント用に、最上階にパーティや宴会ができるリフレッシュスペース、屋上にBBQスペースを設置している。これらの机や照明などの什器はほとんどDIYで製作した。宴会用に炊飯器、餃子焼器、冷蔵庫からお皿に至るまで備え付けられている。また、屋上には家庭菜園ができるスペースも用意している。

【コミュニケーションツールの導入】2019年より主にビルの運営を担うようになったオーナー代行(ご子息)は、ビル内のコミュニケーションを図るため、新しいオペレーションを実施している。コミュニケーションツールとしてスマホのアプリ(Slack・無料)を導入し、リフレッシュスペースの予約やオーナーからのお知らせ(点検や停電の日程等)の発信など、情報の管理に利用している。また、クリスマス会や餅つき大会を開催し、テナント間の交流を図っている。

② 新旧テナントの融合の取り組みの効果

● 企画したイベントに、新しく入居した住民ばかりではなく、公団時代から入居している住民の参加も進み、相互理解が深まった結果、テナント同士のトラブルやクレームがなくなった。店舗との関 係性もよく、テナントが店舗をよく利用するようになったり、テナントの紹介で新しい部屋が決まるなどの効果につながっている。

● 住宅テナントから隣の人が見えるようになり、過ごしやすくなったと言われるようになった。

● BBQ・リフレッシュスペースは、社員間のコミュニケーションの場や習い事教室の開催場所として利用でき、店舗テナント・住宅テナントとも満足の声が多い。

● アプリ以外にも自然発生的にFacebookでグループができている。他業種で直接仕事にかかわりがないテナント同士の輪ができ、仕事の紹介やアイデアの交換などで盛り上がっている。

● テナント同士のコミュニケーションの取り方の実例として、神戸市のウェブサイトに掲載された。


5. ビル再生への取り組み前後のビルの価値の変化(オーナーイメージ)

ビル再生への取り組み前後のビルの価値の変化を、オーナーにイメージしてもらった。取り組み途中でオーナー代行へ引き継がれ、さらなる目標ができたことから到達イメージは控えめである。

6. ビル再生への取り組みの感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

ビルが古いからこそできることがある。無駄な部分をわざと残し、おもしろい使い方を考えることがビルの個性になる。これからも機能的な部分とデザインの調和にこだわっていきたい。このビルは、テナント同士のコミュニケーションが進み、さらに自発性・創造性が生まれてきているように思う。三宮にコワーキングオフィスやシェアオフィスが増加しているが、それらに負けないよう上手に運営していきたいと思っている。現在、当ビルは使い方に制限を設けず自由な使い方ができるようになっており、ルール化されていないところも多い。利用方法などルールがあるほうがかえって利用しやすいこともあるので、ルールなどの整備を進め、もっと魅力のあるビルにしていきたい。また今後は、設備の充実や見えないところの修繕にも取り掛かりたい。その予算を確保するために、中長期の修繕計画も作成していきたい。(オーナー代行)



<謝辞>
本レポートの作成にあたり、取材にご協力いただきましたビルオーナー様、管理会社様等関係者皆さまに心より御礼申し上げます。

※当レポート記載の内容等は作成時点のものであり、正確性、完全性を保証するものではありません。
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英語版:Best Practices of Small-to-Medium-Sized Buildings – The 1st Report

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