2025.10.31
リニューアルがオフィス賃料に与える影響
はじめに
東京23区のオフィスストックは、2025年末時点で約9,350棟、賃貸面積1,314万坪に及ぶ(*1)。そのうち、築20年以上の賃貸面積は908万坪と全体の69.1%を占めており、オフィスストックの築古化が着実に進行している。また、ビルオーナーの72%が今後の賃貸ビル事業で不安に思うこととしてビルの老朽化を挙げており(*2)、ビルオーナーひとりひとりにとっても築古化するビルを今後どうするかは切実な課題となってきている。
築古ビルを所有するオーナーの選択肢の一つとしては建替えが考えられるが、昨今の建築費の高騰などを背景にこの選択肢を選ばず、既存ビルの運営を続けるオーナーが増えている。こうした状況の中、日々の維持管理を行うだけでなく、エントランスやトイレ、外観などを時代に即した仕様へ更新する「リニューアル」は、ビルの陳腐化を防ぎ、市場価値を維持・向上させる重要な手段である。
一方で、リニューアルには一定の費用が伴うため、投資効果が不透明な状況では、実施に踏み切れないケースも少なくないと考えられる。そこで本レポートでは、東京23区のオフィスビルを対象に、リニューアルが賃料に与える影響を分析することで、ビルオーナーがリニューアルの収益性を検討する際の判断材料となる情報を提供することを目的とする。
なお、本レポートで扱う「リニューアル」は、以下の前提による。
● リニューアルの有無については、物件募集情報や公開情報などからリニューアルの実施を確認できたビルを”リニューアル実施済みビル”、それ以外のビルを”リニューアル未実施ビル”とする。
● リニューアルの内容には、全面改修や共用部改修、貸室改修などが含まれるが、分析においてはリニューアルの有無のみを対象とし、具体的な内容の違いは考慮しない。
● リニューアル時期は、公開情報などから把握できたもので最も直近のものを採用する。
1. オフィスストックのリニューアル実施状況
賃料への影響の分析に先立ち、まず東京23区のオフィスストックにおけるリニューアル実施状況を確認する。
まず、2025年7月時点で現存しているビルについて、リニューアル実施の有無(棒グラフ)および実施率(折れ線グラフ)を建物竣工年代別に示す【図表1】。
図表からは、築年数の古いビルほどリニューアル実施率が高い傾向が確認できる。
【図表1】<竣工年代別>リニューアル実施済みビル数とリニューアル実施率
次に、リニューアルの実施率が比較的高い1990年代までに竣工したビルを対象に、リニューアル実施の有無(棒グラフ)および実施率(折れ線グラフ)を延床面積別に示す【図表2】。
図表からは、規模が大きいビルほどリニューアル実施率が高い傾向が確認できる。
【図表2】<延床面積別>リニューアル実施済みビル数とリニューアル実施率
【図表1】【図表2】からは、1980~1990年代に竣工したビルの中にリニューアル未実施のものが多く残っていること、また、延床面積5,000坪未満のビルではリニューアル実施率が低いことが確認された。
次章ではリニューアルがオフィス賃料に与える影響について分析を行う。
2. リニューアルが賃料に与える影響の分析
この章では、オフィスビルのリニューアルが賃料にどの程度影響を及ぼすのかを明らかにすることを目的に、重回帰分析を行う。分析にはザイマックス総研が独自に収集した賃貸オフィスの成約事例データを用い、賃料を目的変数、築年数や延床面積など、賃料に影響を与えると考えられる要因、およびリニューアルフラグを説明変数として行う【図表3】。
【図表3】分析概要
リニューアルフラグの設定にあたっては、リニューアル時点の築年数による効果の差を考慮し、「築0~20年」「築21~35年」「築36年以上」の3区分を用いた。さらに、リニューアル後の経過年数による効果の変化を把握するため、リニューアル後の経過年数を「0~5年」「6~10年」「11~15年」の3区分に設定した。これらを組み合わせ、リニューアルフラグを計9つのカテゴリーに分けて分析を行った【図表4】。なお、事前分析の結果、リニューアル後16年以上経過したビルではリニューアルを行っていないビルとの賃料差がほとんど見られなくなる傾向があった。そのため、本分析ではリニューアル後経過年数16年以上の物件を「リニューアルなし」として取り扱っている。
【図表4】リニューアルカテゴリー
重回帰分析の結果、リニューアルを実施したビルはリニューアルなしのビルと比較し賃料が全体的に高くなる傾向が確認された【図表5】。ただし、その効果の大きさは、リニューアルを実施した時点の築年数やリニューアル後の経過年数によって異なる。
【図表5】リニューアルによる賃料上昇効果
築21~35年でリニューアルを実施したビルを見ると、リニューアル後0~5年ではリニューアルなしのビルと比較して賃料が9.4%上昇し、11~15年経過後も約3.7%の上昇効果が確認された。このことから、リニューアルの賃料上昇効果は、時間の経過に伴い減少しつつも、少なくとも15年程度までは一定の効果があることが示唆された。
一方、築36年以上でリニューアルを実施したビルでは、リニューアル後0~5年で12.3%、6~10年で9.7%、11~15年で16.7%と、いずれの期間でも築21~35年に実施されたものを上回る上昇効果が確認された。
これらの結果を踏まえ、築年数とリニューアルの有無を考慮したうえで、新築から5年ごとの賃料推移を推計する。新築時点の賃料が20,000円/坪としたモデルケースを設定し、①リニューアルなし、②リニューアルあり(築21年時点と築36年時点にリニューアル実施を想定)の2ケースの賃料を推計した結果を示す【図表6】。
【図表6】推計賃料推移(新築時賃料20,000円/坪)
新築時から経年とともに推計賃料は下落していくが、②リニューアルありでは、築21年にリニューアルを行った場合、築25年時点の推計賃料(15,445円/坪)が①リニューアルなしの場合の築20年時点の推計賃料(15,087円/坪)を上回るなど、築25年から35年の期間はリニューアルによって築年数が5年浅いビルに相当する賃料が維持される結果となった。さらに、築36年でリニューアルを行った場合、築40年から50年では、築40年時点で14,423円/坪、築50年時点で14,298円/坪と、リニューアルなしの場合の築25年時点の推計賃料(14,061円/坪)を上回った。
以上の結果より、リニューアルはオフィスビルの賃料水準を長期的に維持する有効な手段であることが示唆された。リニューアル時の築年に関わらず賃料上昇効果はみられることから、経年が進んだ段階であっても、リニューアルはビルの賃料や資産価値の維持・向上のために有効な施策であると考えられる。
おわりに
本レポートでは、東京23区内のオフィスビルを対象に、リニューアルの実施状況の確認、およびリニューアルが賃料に与える影響の分析を行った。その結果、竣工年代が古いビル、延床面積が大きいビルにおいてリニューアル実施率が高いことや、築年数が古いビルでは、リニューアルによる賃料上昇効果が大きい傾向が示された。
今後、オフィスストック全体として築古ビルが増加していくことが見込まれる。築年数の増加に伴い賃料の下落や空室の増加が進むと、収益性が確保できなくなり、適切な維持管理さえ難しくなる恐れがある。その結果、管理不全の築古ビルが増加し、「空きビル問題」として社会問題化するリスクもある。そのため、今後とも良質なオフィスストックを維持していくためにも、日常的な維持管理だけでなく、収益性を維持・向上させるためのリニューアルの実施は欠かせない事項となるだろう。本レポートで示唆された、リニューアルによって賃料上昇が見込まれるという結果が、個々のビルオーナーがリニューアルの実施を検討する際の一助となれば幸いである。
ザイマックス総研では、今後も社会課題をいち早く捉え、その解決に資する研究を通じて、社会やビルオーナーなどの関係者に有益な情報を提供していく。
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