2022.09.09
ハイブリッドワークでオフィス面積は縮小するのか
~ワークプレイス戦略はメインオフィスとテレワークを一体的に考える~
はじめに
コロナ禍発生後、テレワークの急速な普及とともに大企業のオフィス面積削減などが象徴的に報じられ、将来的にオフィス需要が縮小するとの予測が盛り上がった。ザイマックス不動産総合研究所(以下、ザイマックス総研)が2022年4月に行った企業調査(*1)によると、コロナ禍収束後の出社率の意向は平均68.3%(週5日のうち3日程度出社し、残りはテレワーク)で、多くの企業は出社とテレワークを使い分ける「ハイブリッドワーク」を採用する意向であった。この結果のとおり、今後も出社率が100%に戻らないのであれば、オフィスの必要面積は従来より減ると考えるのが自然だろう。
しかし、同調査で今後のオフィス面積の意向を聞いた結果では、「拡張したい」と回答した割合(12.0%)が3年ぶりに「縮小したい」(10.7%)を上回った。コロナ禍以前と比べて出社率が下がるにも関わらず、オフィス面積のトレンドは縮小一辺倒ではなく、むしろ拡張したいと考えている企業も少なくない割合で存在するのである。
出社率が下がるのにオフィス需要がそこまで減らないとすると、ほかにどのような要素がオフィス面積の増減に影響を与えているのか。従来はオフィスの利用人数や企業が感じる景況感の影響が大きかったと考えられるが、テレワークが普及し出社人数が流動的になった今、面積増減に影響を与える要素がほかにもあるのではないだろうか。
本レポートではこの疑問を検証するため、特にテレワークの導入率が高い東京23区の企業を対象に、第1章でメインオフィス(*2)の面積を拡張または縮小したい企業それぞれの特徴を確認し、続く第2章では、ロジスティック回帰分析を用いてオフィス面積の拡張意向/縮小意向に影響を与えている要素を探った。ハイブリッドワークがいよいよ主流となるかもしれないポストコロナの、オフィス需要を予測する一材料となれば幸いである。
- ・ 現在のオフィス面積から増減したい割合の分布で、最も多いのは「3~4割減」(7.9%)、次点で「3~4割増」(5.1%)であった。
- ・ オフィス面積の意向を従業員数別でみると、1,000人以上の大企業で「縮小したい」(28.7%)が比較的多く、業種別では情報通信業(26.7%)や製造業(24.6%)で「縮小したい」が比較的多い傾向があるものの、企業属性が拡張意向/縮小意向に与える影響は大きくないと考えられる。
- ・ 今後のオフィスレイアウトについて「フレキシブルな座席の割合を高めたい」と回答した割合は、縮小したい企業で58.8%、拡張したい企業で39.4%と、いずれも面積を変えない企業(22.5%)より高い。
- ・ 働く場所の立地に関して、縮小したい企業は「本社機能は都心に置き、郊外に働く場所を分散させる(在宅勤務を含む)」(57.8%)というハイブリッド志向が強い一方、拡張したい企業は「働く場所を都心部に集約させる」(28.4%)意向が高めであった。
- ・ オフィスレイアウトの新設が面積意向に与える影響を分析した結果、「フリーアドレス席の新設」や「リモート会議用ブース・個室」、「オープンなミーティングスペース」、「電話専用ブース・個室」などを新設する意向があることは、企業がオフィス面積を拡張/縮小したいと考える確率を高めることが示唆された。
- ・ 同様に、「専門事業者の提供するサテライトオフィスの新設意向」があることは、企業がオフィス面積を拡張/縮小したいと考える確率をどちらも高めることが示唆された。
1. 面積意向別の企業の特徴
本章では、オフィス面積を拡張したい企業と縮小したい企業の特徴をそれぞれ確認していく。なお、より多くのサンプルを確保して特徴を正確に捉えるため、2021春調査と2022春調査のデータを合算し、同一の回答者が両調査とも回答している場合には2022春調査のデータを採用したうえで、分析に使用する回答の欠損がない974件を対象とした。面積意向の内訳は、「拡張したい」155件(15.9%)、「変えない」632件(64.9%)、「縮小したい」187件(19.2%)である。
まず、拡張または縮小したいと回答した企業が、現在のオフィス面積を具体的に何割程度増減させたいのかを聞いた結果の分布が【図表1】である。増減割合の分布で最も多いのは「3~4割減」(7.9%)、次点で「3~4割増」(5.1%)であった。
【図表1】現在のオフィス面積から増減したい割合の分布
次に、基本的な企業属性を確認する【図表2】。従業員数別では、1,000人以上の大企業で「縮小したい」(28.7%)が比較的多いものの、企業規模による大きな差はみられなかった。
業種別にみると、「縮小したい」は情報通信業(26.7%)や製造業(24.6%)で比較的多く、「拡張したい」は卸売業,小売業(19.9%)で比較的多いものの、やはり大きな差はみられなかった。企業属性がオフィス面積の拡張/縮小意向に与える影響は大きくないと考えられる。
【図表2】<従業員数別、業種別>オフィス面積の意向
続いて、オフィスの使い方を比較する。メインオフィス内の固定席とフレキシブルな座席の割合について、今後「フレキシブルな座席の割合を高めたい」と回答した割合は、拡張したい企業で39.4%、縮小したい企業で58.8%に上り、いずれも面積を変えない企業(22.5%)より高かった【図表3】。面積を変える意向がある企業は、拡張/縮小を問わず、オフィススペースを効率的に利用しようとしている様子がうかがえる。
【図表3】<面積意向別>固定席とフレキシブルな座席の割合(意向)
ただし、拡張したい企業と縮小したい企業ではオフィス戦略の方向性に異なる特徴がみられる。たとえば、働く場所の立地に関する価値観をみると、縮小したい企業は「本社機能は都心に置き、郊外に働く場所を分散させる(在宅勤務を含む)」(57.8%)というハイブリッド志向が強い一方、拡張したい企業は「働く場所を都心部に集約させる」(28.4%)意向が高めであった【図表4】。
【図表4】<面積意向別>働く場所の立地に対する価値観
また、2022春調査のみの参考値ではあるが、メインオフィスを設ける物件に求める要件として、拡張したい企業は、ウェルビーイングに関する項目の回答割合が高い傾向がみられた【図表5】。
【図表5】<面積意向別>メインオフィスを設ける物件に求める要件※2022春調査のみ
ここまでの面積意向別の傾向をまとめると、縮小したい企業は、約6割が今後「フレキシブルな座席の割合を高めたい」と回答している(【図表3】)ことや、今後の席整備率(*3)の意向が平均70%と、3つのグループのなかで最も低い(末尾【参考1】)ことなどから、オフィス戦略においては柔軟性を高めて無駄を削り、スペースを効率化する意識が高いといえるかもしれない。一方、拡張したい企業は従業員のウェルビーイングや快適性といった、付加価値的な要素に対する意識が高い傾向があるといえそうだ。
2. 面積意向に影響を与える要素
第2章では、利用人数や企業が感じる景況感以外でオフィス面積の拡張または縮小意向に影響を与えている要素を探るため、オフィス面積の意向を被説明変数、企業属性やワークプレイスに関する施策などを説明変数としてロジスティック回帰分析を行った(分析詳細は末尾【参考2】参照)。
分析結果を示したものが【図表6】である。ここでは、特にワークプレイスに関する施策がオフィス面積の意向に与える影響を確認するため、説明変数のなかでも「各種オフィスレイアウトの新設意向(現在は導入していないが今後導入したい意向)」と、「専門事業者の提供するサテライトオフィスの新設意向(同上)」を抜粋して掲載した(結果詳細は末尾【参考3】参照)。それぞれの数値はオッズ比であり、*がついていて数値が1より大きいほど、各施策の新設意向があることにより企業がオフィス面積を拡張/縮小したいと考える確率が上がり、逆に1より小さいほどその確率は下がるといえる。
【図表6】各種レイアウト/専門事業者の提供するサテライトオフィスの新設意向が、
拡張意向/縮小意向に与える影響
【図表6】より、レイアウトについては、「フリーアドレス席」の新設意向があると拡張意向/縮小意向を持つ確率がどちらも有意に上がることが読み取れるため、フリーアドレス席の新設はメインオフィス内を見直す際の基本施策となっていると考えられる。それ以外では、拡張意向には「リモート会議用ブース・個室」や「食堂・カフェスペース」の新設意向が、縮小意向には「オープンなミーティングスペース」や「電話専用ブース・個室」の新設意向がプラスの影響を与えていることがわかった。これらの結果から、各種のフレキシブルなオフィスレイアウトを新設する意向があることは、企業がオフィス面積を拡張/縮小したいと考える確率を高める可能性が示唆された。
また、「専門事業者の提供するサテライトオフィスの新設意向」があることが、拡張意向/縮小意向の両方にプラスの影響を与えている点に注目したい。このことは、メインオフィスの外の施策であるサテライトオフィスの導入が、オフィス面積の増減に影響を与える可能性を示している。さらに、サテライトオフィスの導入はメインオフィスの面積縮小とセットで行われる印象があるが、実際には縮小意向だけでなく、拡張意向を持つ可能性をも高めうることが示唆された。
なお、ロジスティック回帰分析は、ほかの説明変数が一定の場合、被説明変数に対する各説明変数の影響を評価することができる手法である。今回の分析では企業が感じる景況感、従業員数、業種、今後のオフィス在籍人数の増減なども説明変数に加えているため、これら企業属性等の影響を考慮したうえでのレイアウトおよびサテライトオフィスの影響が推定されている。【図表6】に掲載した説明変数以外では、「拡張したい」にはオフィス在籍人数の増加が、「縮小したい」には企業が感じる景況感の悪さ、大企業であること、情報通信業であることなどが有意にプラスの影響を与えていた。
3. まとめ
今回の分析から、ワークプレイスの改善に向けて何らかのアクションを起こす意向を持つ企業は、そうでない企業に比べ、オフィス面積の拡張または縮小の意向を持つ傾向が強いことが示された。なかでもサテライトオフィスの新設は、メインオフィスの面積縮小だけでなく拡張にもつながる傾向がみられたことから、ワークプレイス改善の対象にはメインオフィスだけでなく、サテライトオフィスなどのテレワーク拠点も含まれている可能性が示唆された。サテライトオフィスはハイブリッドワークにおける働く場所の選択肢を広げ、ワークプレイス戦略を一体的に進化させるための手段となっていると考えられる。
コロナ禍発生を機に、東京オフィス市場は空室率上昇や賃料下落などの下降局面を迎え、テレワークはオフィス需要を下げる要因とみられてきた。市場に与えるインパクトが大きいのは、賃借面積の大きい大企業の動向であり、実際に従業員数1,000人以上の大企業では面積を縮小したい割合が比較的高い(【図表2】)。しかし、大企業はサテライトオフィスの導入率も高く、2022春調査(*4)では4割超が導入していた。つまり、メインオフィスを想定した従来の需要指標だけをみていると床需要は縮小していくように思われるが、テレワークを行うにも仕事に適した空間は必要であり、サテライトオフィスのような多様なワークプレイスも含めた需要の総量はむしろ拡大していく可能性があると考えられる。
ザイマックス総研が2020年から定期的に発表している「フレキシブルオフィス市場調査」(*5)でも、フレキシブルオフィスが拠点数・総面積ともに着実に増加しつつあることが確認できる。ポストコロナの本当のワークプレイス需要を捉えるには、都心の賃貸オフィスビルだけにとどまらない多様なワークプレイスの全体像をみる必要がある。そのためのデータを、ザイマックス総研では引き続き提供していく。
大都市圏オフィス需要調査2022春
●調査期間
2022年4月12日~4月24日
●調査対象
・ザイマックスグループの管理運営物件のオフィスビルに入居中のテナント企業
・法人向けサテライトオフィスサービス「ZXY(ジザイ)」契約企業
・ザイマックスインフォニスタの取引先企業
上記合計 44,324件
●有効回答数
1,537件 回答率:3.5%
●調査地域
全国(東京都、大阪府、愛知県、福岡県、神奈川県、埼玉県、千葉県、その他)
●調査方法
メール配信
大都市圏オフィス需要調査2021春
●調査期間
2021年4月13日~4月25日
●調査対象
・ザイマックスグループの管理運営物件のオフィスビルに入居中のテナント企業
・法人向けサテライトオフィスサービス「ZXY(ジザイ)」契約企業
・ザイマックスインフォニスタの取引先企業
上記合計 42,616件
●有効回答数
1,648件 回答率:3.9%
●調査地域
全国(東京都、大阪府、愛知県、福岡県、神奈川県、埼玉県、千葉県、その他)
●調査方法
メール配信
参考資料
【参考1】<面積意向別>在籍1人あたりオフィス面積、出社1人あたりオフィス面積、席整備率(実態/意向)、出社率(実態/意向)
これらの指標からも、面積を変える意向がある企業は拡張/縮小を問わず、テレワークによる出社人数の変動にあわせてオフィススペースを効率的に使おうとしている様子がうかがえる。
【参考2】【図表6】で行ったロジスティック回帰分析の変数
【参考3】【図表6】分析結果の詳細(数値はオッズ比)
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