商業・ホテル

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2022.08.18

商業店舗の出退店に関する実態調査 2022(出店編)

~出退店の実態と課題を明らかにする~

ザイマックス不動産総合研究所は、早稲田大学建築学科石田航星研究室と共同で、多店舗を運営・統括する商業事業者(以下、事業者)を対象(*1)に、各種アンケート調査を継続的に行っている。

6回目となる今回は、2017年(*2)と同様に商業店舗の出退店に関するアンケートを実施した。本レポート(出店編)は、事業者の出店戦略に関する調査結果を集計し、とりまとめたものである。なお、同日公表の(退店編)(*3) では、事業者の退店戦略や社会情勢・消費者行動の変化についてまとめている。

事業者にとって店舗の出退店は事業の根幹であり、最も重要な不動産戦略のひとつである。今回のレポートは、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた事業者の出退店戦略を明らかにするための基礎調査となっている。店舗をとりまく環境の変化が加速していくなかで、将来にむけた事業者の出退店戦略のみならず、投資家・施設所有者・地主にとっても、不動産管理・運営方針策定のための有効なデータとなれば幸いである。

*1 調査対象:末尾の調査概要を参照
主な調査結果
  • ・ 店舗出店における不動産(土地・建物)の所有・賃借の方針については「建物賃借(借家)が原則」が最も多い。次いで「特に決まっていない」が多く、事業者は物件ごとに柔軟に対応しているようだ。
  • ・ 賃借店舗の初回契約期間については、ショッピングセンターでは「5~8年」が約半数を占めた。一方、ロードサイド単独店では「17~20年」や「20年超」といった長期間の契約が多い。
  • ・ 出店時に特に重視する項目に関しては、「重視する」が最も多いのは<立地・マーケット>の「マーケット規模(商圏、人口、世帯数など)」(81%)であった。
  • ・ 新規出店時の困り事については、「適正面積の物件が少ない」「契約条件が厳しい」「人手不足」と回答した事業者が多い。
  • ・ 新規出店で重視される指標は、全体では「売上高」が多い。業種別では、小売業は「売上高」、飲食業は「投資回転率・回収期間」、娯楽業は「総投資額」、サービス業は「営業・経常利益率」と回答した事業者が多かった。

1. 業種および契約形態について

回答事業者の主力事業の業種・業態については、小売業が多い【図表1】。なお、業種・業態別の比率は、アンケートを依頼した全事業者の業種・業態比率と概ね同様となっている。

【図表1】主力事業の業種・業態(単一回答、n=329)

店舗出店における不動産(土地・建物)の所有・賃借の方針についてたずねたところ、「建物賃借(借家)が原則」(43%)が最も多く、次いで「特に決まっていない」(30%)が多い【図表2】。事業者は所有者・貸主の方針に応じて、物件ごとに柔軟に対応していることがうかがえる。

【図表2】所有・賃借の方針(単一回答、n=329)

事業者の属性別でみたところ、店舗数が多い事業者ほど「建物賃借(借家)が原則」とする割合が高い傾向がみられる【図表3】。

【図表3】所有・賃借の方針:店舗数別(単一回答、n=329)

また、店舗面積が小さい事業者ほど「建物賃借(借家)が原則」とする割合が高い一方、店舗面積が大きい事業者ほど「自社所有が原則」とする割合が高い傾向がみられる【図表4】。

【図表4】所有・賃借の方針:店舗面積別(単一回答、n=329)

賃借店舗の初回契約期間について、施設形態別に最も割合の多い年数をたずねたところ、ショッピングセンター(以下、SC)では「5~8年」(48%)が約半数を占めた【図表5】。その背景として、SCではデベロッパーが定期的(一般的には5~6年ごと)にリニューアルを実施して施設価値の維持・向上を図っていることがあげられる。一方、ロードサイド単独店では長期(「17~20年」と「20年超」)の契約が多い。これは長期的に安定した賃料収入の確保を志向する貸主が多いためと考えられる。

【図表5】賃借店舗の初回契約期間(n=329)

【事業者のコメント】(アンケートで寄せられた事業者の声を抜粋して紹介する)

コロナ禍を受けて、社会情勢の不確実性の高い状態が続くなか、フレキシブルな契約形態が望ましいといった事業者のコメントが多く寄せられた。

● 投資回収期間を確保すべく、SCの定借契約期間を従来よりも長期で締結できるようにしている。

● コロナ対応として、中途解約条項が緩和されない場合は、定借再契約期間を1~2年と従来よりも短縮している。

● 飲食店の場合、初期投資が大きいため定借5年以下の条件では出店しない。また、SCなどでB工事(*4)の価格が以前の2倍になっており、出店が難しくなってきている。

● ロードサイド店舗の契約年数が長いことは歓迎。ただし、中途解約できることが必須。中途解約時の条件は敷金没収までは承諾できるが、それ以上は不可。変化の大きい社会情勢のなか、中途解約に対して制約が多すぎると契約できない。

● SC出店の成否は、SCそのものの集客力にかなり左右されるため、状況次第では当初契約期間を見直せるようなフレキシブルな契約形態が、今後は望ましいのではないかと考える。


*4 B工事:空調や防災設備、壁、天井、分電盤、給排水工事、防水工事、厨房給排気工事などをテナント側の希望で元の状態から変更するまたは新設する工事のこと。原則として、費用負担はテナント側、施工業者の選定はオーナー側となる。

2. 出店について

2.1. 新規出店時の重視項目

店舗の新規出店を検討する際の重視項目を、「立地・マーケット」「(賃借時)契約者・契約条件」「建物・設備」「競合店」「その他重視項目」の5つに分類し、具体的な項目を挙げ、重視度合いをたずねた。

<立地・マーケット>

立地・マーケットについて、「重視する」が最も多いのは「マーケット規模(商圏、人口、世帯数など)」(81%)であった【図表6】。2017年時点の調査結果と2022年の調査結果では全体の傾向に大きな変化はないものの、「商圏の質(年齢、家族構成、所得水準、地域特性など)」は11ポイント、「アクセス(最寄り駅の乗降客人数、公共交通機関など)」は6ポイント上昇した。この背景としては、コロナ禍の影響を受けて、「在宅勤務」「巣ごもり消費」などによる地域住民の消費者行動の変化を事業者がより細かく捉えるようになっていることが考えられる。

【図表6】新規出店時の重視項目<立地・マーケット>(n=329)

<(賃借時)契約者・契約条件>

賃借時の契約者・契約条件について、「重視する」との回答が最も多いのは「賃料および共益費」(70%)であった【図表7】。また、「中途解約条項(解約しやすい)」については、「重視する」との回答が2017年と比較して9ポイント上昇した。これは前章の契約形態に関する事業者のコメントにあったように、新規出店におけるリスクヘッジとして中途解約のしやすさを重視する事業者が増えたためと考えられる。

【図表7】新規出店時の重視項目<(賃借時)契約者・契約条件>(n=329)

<建物・設備>

建物・設備は、どの項目も「重視する」の割合が20~30%前後と、比較的重視度が低い項目が多かった【図表8】。その背景としては、建物そのものの状態よりも、売上高に直結する<立地・マーケット>など物件のポテンシャルをより重視する事業者が多いためと考えられる。

【図表8】新規出店時の重視項目<建物・設備>(n=329)

<競合店>

競合店では「主要な競合店舗や商業施設の売上高、客数などの推移」(61%)、「商圏内の同業他社店舗数、面積など」(58%)を重視する事業者が多かった【図表9】。現在の日本のマーケット環境では、競合店舗が全くないエリアは少数であり、既存の競合店舗や商業施設の売上高、客数といった情報は出店候補物件のポテンシャルを図るための重要なファクターであることがうかがえる。

【図表9】新規出店時の重視項目<競合店>(n=329)

<その他重視項目>

その他重視項目としては「入居予定区画のフロア、位置、導線、形状、レイアウトなど」(61%)を重視する事業者が多かった【図表10】。どれほど優良な立地・マーケットにある商業施設であっても、区画の位置や導線などの良し悪しによって売上高や客数は大きく変動するため、重要なチェックポイントになっているものと思われる。

【図表10】新規出店時の重視項目<その他重視項目>(n=329)

【事業者のコメント】

事業者からは、コロナ禍の初期から指摘されている「都心部とロードサイドの回復差」や、昨今の物価上昇に伴う「建設コストの上昇」の影響を指摘するコメントがみられた。

● 都心部とロードサイドの回復差が大きい。ロードサイド出店にシフトしたいが、物件が少ない。また、都心部の空きテナントは賃料水準が高く、現在の売上回復状況からは思い切った投資ができない。

● 競合他社が当社が展開している地域に進出してきており、シェアの取り合いになっている。新規出店したくても、条件に見合う物件が少ない。

● 大手デベロッパーの店舗では退去時の条件がスケルトンである場合が多い。昨今、建設コストが上昇する中、撤退コストも増加している。

● コロナ禍で空床が目立つ物件やインバウンド需要で成り立っていた物件から退店したいが、契約の縛りが強く交渉に応じないデベロッパーが多いと感じている。


2.2. 新規出店時の困り事

新規出店時の困り事について発生頻度・程度をたずねたところ、「よくある」と「たまにある」の合計割合が高い項目は「適正面積の物件が少ない」(78%)、「契約条件が厳しい物件が多い」(77%)であった【図表11】。

【図表11】新規出店時の困り事(n=329)

【事業者のコメント】

事業者コメントでは、出店したいエリアと空き区画があるエリアのアンマッチや、適正物件・優良物件の不足といったことに触れているコメントが多かった。

● 都心部の交通量が多い物件は獲得競争が厳しいものの、地方物件はかなり空き店舗が多い印象。現状、小売面積は需要と供給にアンマッチが発生しているのだろう。

● 食品スーパーはこれまでオーバーストアの状況であったが、コロナ禍で恩恵を受けたこともあり、最近は空き店舗情報が少ない。人口の多いエリアは用途地域の規制もあり、思ったような出店を進めることが難しい。初期投資のことを考えると居抜き出店も進めたいが、適正規模の物件は殆どない。

● 新規出店に関しては、建設コストの高騰により計画は慎重にならざるを得ない状況。居抜き出店に関しても売り手がバルク売りを求める事が多くなり、優良物件のみの購入が難しくなってきている。

● 優良物件に積極的に出店していくため、人員確保は大きな課題。人件費率のコントロールを的確に行うため、無人レジや細かなシフト調整等を実施している。今後の最低賃金上昇などを考慮すると抜本的な事業モデルの変更を検討する必要があると考える。

● 優秀な人材確保が何より重要。SCは10時~21時までの営業が一般的であるものの、人材確保と人件費の観点からは11時~20時がベスト。


2.3. 社内決裁で重視される指標

新規出店の社内決裁で特に重視される指標をたずねたところ、「売上高」(61%)が最も高く、「総投資額」(55%)、「営業・経常利益率」(54%)についても半数以上の事業者が重視している【図表12】。

【図表12】社内決裁で重視される指標(複数回答、n=329)

重視される指標について、業種ごとの上位項目をみると小売業(食品)・小売業(非食品)は「売上高」、一般的に出店時の投資負担が大きい飲食業は「投資回転率・回収期間」、娯楽業は「総投資額」、サービス業は「営業・経常利益率」と、最も重視する項目はそれぞれ異なっている【図表13】。

【図表13】社内決裁で重視される指標(業種別・トップ3抜粋)

【事業者のコメント】

コロナ禍を契機に、新規出店の際に重視する指標が変化していることについて、複数の事業者からコメントがあった。

● コロナ禍で不採算店舗の閉店、店舗移転、新規オープンと1年で大きく店舗の運営形態を変更するとともに、従来の売上高・客数よりも利益重視に舵を切っている。

● 当面は投資回収の期間を短縮できる物件での出店に舵を切り、経営の健全化を目指している。

● 新規出店については、売上高、客数ベースから利益ベースに変わってきており、何年で減価償却出来るかを基準に考えている。


3. まとめ

今回のアンケートにより、商業店舗の出店戦略の実態が明らかになった。2017年に行った調査と比較して、全体では顕著な変化はみられなかった。その背景としては、多くの事業者がコロナ禍の影響を受けつつも、物件探索・情報の流通経路・賃貸借契約など出店に関わる「慣行」や「仕組み」、貸主側の考え方や出店側(事業者)との「パワーバランス」に抜本的な変化が発生していないことがあげられるだろう。

定量データに表れない変化としては、【事業者のコメント】に多くみられる「契約期間の短縮」「解約条件の緩和」「投資回収期間の確保」といった声である。コロナ禍による外部環境の変化は、店舗のビジネスサイクルを大きく狂わせるリスクを現実に発生させた。それに伴い、事業者は従来の硬直的な「慣行」や「仕組み」に対し、よりフレキシブルな対応を求めるようになってきている。今後、貸主側・出店側双方が、新規出店に関する契約形態・期間などの新たな形を模索していく必要があるかもしれない。

商業事業者の退店戦略については、同日公表の「商業店舗の出退店に関する実態調査2022(退店編)」にてまとめている。

調査概要

調査期間

2022年6月1日~2022年6月30日

調査対象

個人消費を目的とした小売業(食品)・小売業(非食品)・飲食業・娯楽業・サービス業(※1)のうち、直近調査年度の売上高が30億円以上 5,458社(※2,3)

※1:総務省日本産業分類に基づき、現在、日本の主力商業施設であるショッピングセンター・商業ビル・ロードサイドなどに出店している業種・業態を選定

※2:サービス業は、一般的な商業施設に出店している理美容・旅行・教育・保険・不動産を選定

※3:東京商工リサーチ社データに基づき、対象を抽出

有効回答数

329件(回答率:6.0%)

調査地域

全国

調査方法

郵送およびweb

調査内容

Ⅰ.貴社の事業および店舗について

Ⅱ.契約形態について

Ⅲ.出退店について



《回答企業属性》



レポート内のグラフに関して
・構成比(%)は、小数点第1位を四捨五入しているため内訳の合計が100%にならない場合がある。
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