2021.05.31
ビッグデータを用いて都市の変化を俯瞰する
~都市の建築ストックの全体像の把握と新陳代謝の実態~
我が国では第二次世界大戦以降、人口増加や都市部への人口流入を背景に、これまで盛んな建設活動が行われてきた。特に都心部では土地利用の転換や高度化により業務施設が集積し、近代的な都市の形成が今日まで進んできた。日本の総人口は2011年より自然減少に転じ、都心部への就業者数も減少することが予測されているにも関わらず我が国の建築ストック総量は近年も単調増加し続けている(*1)。
都市全体で建築ストック総量は増加しているが、同じ都市の中でも、場所によって過剰・不足あるいは疎・密といった、空間的な偏りが存在している。例えば東京では、中心部では建て替えや再開発による事務所やマンションの供給が続いている。そのメインボリュームは大型のオフィスビルであり、千代田区・中央区・港区に集中している(*2)(*3)。また周辺部を中心に分譲の一戸建ての一定量の供給が続いている(*4)。
過剰の最たる例は空き家であろう。これは単なる建築物の利用率の低下という観点だけでなく、景観や衛生面、さらには治安悪化による地域への悪影響といった、外部不経済性の観点からも懸念され、社会的課題の1つとなっている。平成30年住宅・土地統計調査によると、我が国の空き家の数は統計開始以降増加の一途であり、2018年10月1日時点においては848万9千戸となっている。空き家率が高い地域は地方が主立っており、都心と地方とで人口減少と少子高齢化の進行に違いがあることが原因だと考えられる。
成熟型先進国となった我が国では、既存ストックの有効活用が重要であることは自明であるにも関わらず、都心部では経済合理性を根拠に建物の新陳代謝が変わらず続いている。都心部で周囲の需要を取り込みながら建物が大規模化することは、特に周辺部に有効活用できないストックを生じさせるリスクがあると考えられる。一方で、昨今のテレワークの急速な普及はこれまで都心に流入していた人の流れを変えており、オフィス床利用の空間的な分布は変化していくと考えられる。それにより、これまで都心一辺倒だった床需要自体も、今後は大きく変化する可能性がある。
世の中は既にスクラップ・アンド・ビルドのフロー型社会からストック型社会に移行している。都市が成熟し、大量の建築ストックが存在している今日において、それらをどう活用していくかと築古化にどう対処していくかが課題である。これらの解決のためには建築ストックの全体像の可視化と新陳代謝の実態を把握することがまず肝要である。しかし、既存の統計資料は、「フローに対するもの」、「時系列情報が分かるが、調査対象が限定されているもの」、「ストック全体を対象としているが、時系列情報はわからないもの」のいずれかであるために、そのままでは我が国の土地と建物の時系列的変遷を悉皆的に把握することはできない。そこで、本レポートでは我が国の主要都市において時点比較が可能な建物GIS(*5)ビッグデータを作成し、それを用いることにより建築ストック全体像の変遷やストックの変遷の差分である新陳代謝の実態について可視化する。これにより、これからの建築ストックを考える契機としたい。
- ・ 時系列のある建物GISビッグデータの作成の必要性を整理し土台となるデータベースの選定を行う。
- ・ 異年度間のGISデータを重ね合わせによる建物同定を行うことで、時間軸を有する建物GISデータの作成を行う。また、時点間、都市間で横断的に評価するための標準化の手法を決定し、データの構造化を行う。
- ・ 構造化された時系列のある建物GISビッグデータを用いて、各都市の建築ストック総量の変遷を棟数および延床ベースで集計する。さらに建物規模の分布の変遷について、用途別に確認する。
- ・ 造化された時系列のある建物GISビッグデータを用いて、各都市の新陳代謝のパターンを6つに分類し、それぞれの総量や地理的分布について確認し、そのメカニズムについて考察する。
1. 時系列のある建物GISビッグデータの基盤となるデータ
2. 時点比較と都市間比較が可能な建物GISビッグデータの作成
3. 建築ストック変遷の実態
4. 新陳代謝の実態
1. 時系列のある建物GISビッグデータの基盤となるデータ
1.1. 建築ストック総量に関連する統計
都市における建築ストックの全体像と新陳代謝の実態を知ろうとした場合、従来の公的統計・資料で関係のあるものとして、国土交通省の「建築着工統計」「法人土地・建物基本調査」、総務省の「住宅・土地統計調査」、自治体で管理している「固定資産課税台帳」などが挙げられる。
国土交通省「法人土地・建物基本調査」と総務省「住宅・土地統計調査」は、企業や世帯を対象とした統計調査であることから、仮に複数調査年次分の調査票情報を活用しても、同一企業・世帯の時系列データのみしか構築できないため、同一の住所・地番に着目した「土地あるいは建物」の利用状況の時系列変化を捕捉することは困難である。また、これらは標本調査であるため、特定地域に限定しても、土地・建物を悉皆的に取り込んだデータベースを構築することは不可能である。
「固定資産課税台帳」は、土地と家屋について記録されていることから、建物の築年数や除却の情報がわかる。また土地を紐付けることによって建て替えについても判定することが可能だと考えられるが、公共施設や宗教施設など、固定資産税の課税対象外の家屋は記録されておらず、やはり悉皆的にはなりえない。
1.2. 都市の建築ストックの全体像を示すデータベース
目的に一番近い公的統計は国土交通省の「都市計画基礎調査」である。この調査は、都市計画法により都道府県での実施が定められたものであり、概ね5年ごとに主に航空写真によりGISデータが作成されている(*6)。またこの都市全域の建物を捉えたビッグデータは以前より将来の都市計画について客観的で定量的な観点から分析を行うための基盤として整理されているものであり、昨年末には国土交通省による、このデータを活用した3Dの都市モデルの整備・活用・オープンデータ化のプロジェクトである「PLATEAU」(*7)が始まっている。3D都市モデル整備の全国波及と活用拡大を目指すこのプロジェクトでは、東京23区を皮切りに全国約50都市の3D都市モデルを整備し、多様なテーマでユースケース開発やハッカソン(*8)を実施する。プロジェクトにおいて集積した知見や活用手法を集積し、その成果をオープンデータ化することで、全国展開につなげていく予定である。
このように、将来の都市像と建築ストックを考えていくうえで、都市GIS情報の活用推進は大きな潮流となっており、その基盤に都市計画基礎調査情報があるといえる。
プロジェクトマネージャらが集中的に作業をするソフトウェア関連プロジェクトのイベント
2. 時点比較と都市間比較が可能な建物GISビッグデータの作成
2.1. 都市計画基礎調査情報の活用と対象都市
今後ますます利用が進むと考えられる都市計画基礎調査情報であるが、これにも少なからず問題がある。それは、都市計画基礎調査自体は5年ごとにその時点での都市の全体像を捉えた調査であり、個別の建物について調査時点間の関連付けは積極的に行われてはいないことである。すなわち、各年の調査結果そのままでは時系列で新築や滅失などの建物の新陳代謝の状況まで把握することはできない。また、都市計画基礎調査の実施主体は自治体であり、その調査項目や内容については、国土交通省により都市計画基礎調査実施要領にて定められているもののあくまで目安であり、建物用途の区分や面積情報の根拠について都市間・年度間で揺らぎが存在している。すなわち、同じ建物であっても調査時点で用途や建物面積が異なるケースがあり、そのままの情報を用いては正しい変遷の実態を把握できない事象が生じることとなる。
そこで、本レポートではまず異なる時点間の都市計画基礎調査情報を関連付けることにより、新陳代謝が把握できる建物GISデータの作成を行う。さらに、時点間のみならず都市間での比較も可能とするために、建物用途や面積情報について標準化を行う。以上により、都市や時点により揺らぎのない構造化された建物GISビッグデータとし、これをもとに各都市の個々の建物の時系列的変化を明らかにしていく。対象都市は域内人口が多い順に、東京23区、大阪市、名古屋市、横浜市、札幌市、福岡市とする。
2.2. 建物同定判定による時点情報のある建物GISデータの作成
まず、異なる時点間の都市計画基礎調査情報同士をGIS上で重ね合わせることで、位置情報から建物同士を関連付け、建物同定判定によって個々の建物の存続の状況を把握しうるデータを得ることとする。ここでいう建物同定とは、異なる時点間のGISデータを重ね合わせて建物図形情報によって建物が同一か否かを判定するものである。
建物同定を行うにあたっては、調査年度間による建物図形情報の誤差に留意する必要がある。そのため、GIS上で重ね合わせする際、マッチした建物の組み合わせについて、図形の重なり部分の面積が元の面積に占める割合(一致率)をそれぞれ算出し、一致率が相互に90%以上となっていること、もしくは、相互の建物図形情報の周長一致率(周長が短いものの値を長いもののそれで除した値の割合)が99%以上で、重なり部分の面積の一致率が80%以上であることを基本条件として同定可と判定している。
また、複数棟からなる建物などについて、同定不可となるケースが散見された。これは、こういった建物群については建物図形情報の位置や外郭線に大きな変化は見られないが、各時点で建物ポリゴンの分割方法が異なるために起こっているものであることがわかった。そこで、最初の判定で同定不可と判定された建物群のうち、10cm以内で近接している建物同士については、グループ化し一体的な図形としたうえで建物同定を行うこととした。グループ化以降の建物同定の基準は前述と同等のものを利用している。
この同定判定を通じて、異なる時点間の各建物に対して共通したIDを付与し、観察期間における建物の存続の状況が分かる建物データ、すなわち、時系列のある都市建物GISデータを作成する。以上の作業を【図表1】のフローチャートに示す。
【図表1】建物同定判定のフローチャート
2.3. データの構造化による建物GIS建物ビッグデータの作成
データの構造化の必要性
建物同定判定により時間軸を有する建物GISデータの作成を行った。ただし、これを実際に現状や変遷について調査を行うためのデータとするにあたっては、その信頼性についてまだいくつか課題がある。具体的には、「建物用途定義の揺らぎ」、「図形面積から算出される建築面積や延床面積などの面積属性の過大評価」、「悉皆的であるがゆえに、地物など建物でないデータの存在」といった点が挙げられる。
列挙した課題はいずれも情報の欠損が原因である。これらについては、固定資産台帳や建築着工統計の個票など、既存のほかのデータを用いることで正しい値を知ることも可能であり、また、本来であれば統合されるべきデータであるともいえる。しかしながら、現実としてこれらのデータとの統合は進んでおらず、当面状況が大きく変わる様子もない。
そこで、時間軸を有する建物GISデータを異年度間・都市間で横断的に評価が行えるものとするために、属性データの標準化やデータのスクリーニングなどの構造化を行う。これを通じて、時間軸を有する建物GISデータから、最終的な分析用の建物GISビッグデータを得る。
建物用途の統一
用途区分を都市・年度に関わらず統一的に扱うために、一番区分数が少なかった福岡市を基準として、新たに13区分に分類することとした。いずれの都市も「戸建住宅」「集合住宅」「事務所」が多く占めていることから、集計にあたってはそれら3用途を個別に扱い、それ以外の10用途は「その他」として扱う。
建築面積と延床面積の補正
GIS上の建物図形面積と階数情報から現実の建築面積や延床面積の推計を行うため、建築計画概要を記載した標識情報のデータベース(以降、「建築計画データ」という)を用いてそれぞれの推計モデルの作成を行うこととした。
まず、建築面積を推計するにあたっては、実際の建築面積情報を有する建築計画データに登録されている一部の建物と、建物GISデータが有する建物図形面積とを結びつけし、推計サンプルとした。これを用いて、実際の建築面積と建築図形面積の乖離を補正するモデルの作成を行った。そのモデルを建物GISデータ上の全建物に適用し、建築面積を推計した。
続いて推計した建築面積と地上階数から延床面積の推計モデルの作成を行う。いくつかの試行の結果から、推計モデルは建築面積と地上階数、およびそれらの交互作用項を説明変数とした両対数の線形モデルを採用することとした。
以上のモデルを建物用途毎に作成を行い、これらを用いて建物図形面積と地上階数から、建築面積と延床面積の推計を行った。
データのスクリーニング
これまでの作業によって、標準化された属性データと時間軸を有する建物GISビッグデータを作成することができた。最後に、今後分析に活用していくにあたり、重要項目が欠損しているデータや、属性データが異常であり建物でないと考えられるデータについて、以下の条件でスクリーニングを行った。
○ 重大な欠損があり分析が不可能なデータの除外
● 地上階数が不明あるいは0のもの
● 建物用途が定義されていないもの
● 住所が定義できないもの
○ 値が異常または不要と考えられるデータの除外
● 地上階数が都市内に現存する最高階数より大きいもの
● 戸建住宅で延床面積が3,000㎡以上のもの
● 集合住宅で地上階数が1のもの
● 建物図形面積が20㎡未満のもの
以上により、都市間・年度間において揺らぎのあった属性データついて標準化を完了させた。
3. 建築ストック変遷の実態
3.1. 建築ストック総量の変遷
作成した時系列のある都市建物GISビッグデータをもとに、まずは基礎的な分析情報として建築ストック総量の変遷を把握する。
【図表2】および【図表3】はそれぞれ、観察期間における棟数ベース・延床面積ベースの建築ストック総量の推移である。棟数ベース・延床面積ベースのどちらも全都市で増加していた。特に東京23区・横浜市・名古屋市の増加率が高い傾向がうかがえる。また、棟数よりも延床面積の増加率の方が大きい傾向があることから、建物の大型化が考えられる。
【図表2】建築ストック総量の推移(棟数ベース)
【図表3】建築ストック総量の推移(延床面積ベース)
続いて【図表4】は域内の建築ストック総量を域内常在人口で除し、域内における一人当たりの利用可能性のある建築面積の推移をみたものである。これは、現在利用されているか否かに関わらず、利用可能性のあるストックの充実度を捉えることを目的とした指標である。全用途および戸建住宅・集合住宅のみとした住宅系用途でそれぞれ算出している。これをみると、福岡市以外の4都市で観察終了時点までに増加しており、一人当たりの住宅や事務所などを含めた利用可能性のある建築空間が広くなっている都市が多いということが分かる。
【図表4】一人当たり利用可能性のある延床面積の推移
3.2. 建物規模の変遷
次に、個々の建物に着目し建物規模の変遷と現状を確認する。単に大型化といっても、全ての建物が平均的に大きくなっているのか、一部の建物が大規模化することでその平均値を押し上げているかによって状況は異なる。そこで、ここでは建物規模の全体分布の推移をみるものとして箱ひげ図を用いる。箱ひげ図の箱の下部、仕切り、上部がそれぞれ第1四分位、第2四分位(中央値)、第3四分位であり、本レポートにおいては平均値も併せてバツ印で記してある。
まず建物規模分布の推移を全用途でみたものが【図表5】である。多くの都市で延床面積の中央値は横ばいあるいは微減となっているものの、平均値は増加傾向である。すなわち、一部の建物が巨大化することで平均値を押し上げている状況が考えられる。
【図表5】建物規模分布の推移(全用途)
続いて、用途別にみたものが【図表6~8】である。戸建住宅は各都市共通して、四分位範囲が小さくなり、中央値と平均値が近づいている。その一方で、集合住宅と事務所は平均値が大きく上昇しているが、中央値は変わっていない。
一部の集合住宅や事務所において建物が巨大化している一方で、多くの建物については規模が変わっておらず、さらに戸建住宅においては一定の範囲内に規模が収斂していることから、都市内における建物規模の偏りが大きくなっている状況がうかがえる。
【図表6】建物規模分布の推移(戸建住宅)
【図表7】建物規模分布の推移(集合住宅)
【図表8】建物規模分布の推移(事務所)
4. 新陳代謝の実態
4.1. 新陳代謝パターンの分類
建築ストック総量の増減量は新たに供給された建物から滅失した建物を差し引いた結果である。個々の建物の変化の有無を捉えることで都市全体の新陳代謝の状況を把握することができる。本データを用いて、個々の建物について観察期間内の最初の時点(以降、期初とする)と最後の時点(以降、期末とする)を比較し、建物の変化の有無とその状況について、「新規」・「変化あり」・「撤去」、「変化なし」と分類することとした。
「変化なし」と分類する建物については、2章での建物同定判定により、期初と期末において同定可と判断した建物であり、観測期間中存続している建物である。それ以外の建物が何かしら変化のあったものであり、それらについてさらに分類を行う。
その方法として、まず期初に存在せずに期末時点では存在している建物を「新築」された建物とし、期初に存在していたもので期末時点には消えた建物を「解体」された建物とした。次に、この「新築」あるいは「解体」と判定した建物同士について空間的に重ね合わせを実施した。その際、重なり部分がある場合には、同一地点において何かしらの変化があった建物であったと判断し「変化あり」と分類した。これに該当しない「新築」を「新規型」、「解体」を「撤去型」とした。
さらに「変化あり」と分類した建物については、期初と期末で重なり合う建物棟数の関係から、【図表9】のように合計4種類に再度分類した。
【図表9】「変化あり」と分類した建物の再分類の考え方
以上により本レポートにおける新陳代謝は、「単数型」・「統合型」・「分割型」・「複合型」・「新規型」・「撤去型」の6分類とする。各新陳代謝パターンの変化前後のイメージを【図表10】に示す。なお新陳代謝の有無は、観測期間の期初と期末でのポリゴン形状の差異で識別しているため、完全に同一形状で建て替えられた建物については捕捉できないが、新陳代謝の大局的な傾向は捉えることができると考えられる。
【図表10】新陳代謝パターンの分類イメージ
4.2. 各都市のストック総量の変遷に占める新陳代謝の内訳
ここから新陳代謝の実態についてみていく。【図表11】は各都市の期初と期末のストック総量(延床面積ベース)の中で新陳代謝があったものとなかったものの内訳を示したものである。また【図表12】は【図表11】のうち新陳代謝があったもののみを抽出し、新陳代謝パターン別に示した図である。
【図表11】ストック総量に占める変化の内訳(延床面積ベース)
【図表12】新陳代謝のパターン別総量、「新陳代謝あり」のみ抽出(延床面積ベース)
これらの図を参照すると、まず東京都23区、名古屋市、横浜市で新陳代謝が活性化している状況がわかる。延床面積の増加に対しては「新規型」および「統合型」が各都市共通して影響しており、減少に対しては「撤去型」だけが共通して影響していた。「分割型」では変化の前後おいて延床面積総量は大きく変わらなかった。これらのことから、建物が何かしら建て替わる場合においては、基本的に延床面積は大きくなる傾向があると考えられる。
4.3. 各都市の新陳代謝の活性状況の地理的分布
続いて、各都市の新陳代謝パターン別の活性状況の地理的分布を示したものが【図表13】~【図表18】である。これは、新陳代謝パターンごとに、総延床面積の変化量で重み付けした密度推定の結果である。
これをみると、「統合型」による延床面積の増加はいずれの都市も都市の中心で起きていることがわかる【図表13】。また「撤去型」も都市の中心に近いところでその比重が高いことがわかる【図表14】。このことから、都市のストックが増加傾向にあるという前提において、「撤去型」は将来的な再建築に向けた一時的な建物の消失の可能性があるといえる。また、「分割型」は旧来からの住宅街に多い【図表15】。これは既存の邸宅の建て替わりに際して元の建物が複数の建物として再度分譲されている事例と関係していると考えられる。
「新規型」は、都市により傾向が異なり、東京と大阪市においては都市部や再開発エリアに比重がある一方で、それ以外の4都市については周辺部で活発に新たな建物が登場していることがわかる【図表16】。4都市において多くの建物が供給されている土地は、いずれも新たな住宅エリアであることがあきらかとなった。
新陳代謝パターンと用途変化の関係をみると、「単数型」は変化の前後で用途や規模の変化が相対的に少ない一方で、「統合型」は変化後に大型の集合住宅や事務所になる傾向が、「分割型」は変化後に戸建住宅になる傾向が確認できている。また、新陳代謝の発生量の地理的分布は用途ごとに都市間で類似性があり、戸建住宅は周辺部、集合住宅はターミナル駅に近接する沿線部、事務所は既存のオフィスエリアで多かった。これらのことは都市における建築ストック増大のメカニズムを端的に示しているものと考えられる。
【図表13】新陳代謝パターン別の密度推定:統合型
【図表14】新陳代謝パターン別の密度推定:撤去型
【図表15】新陳代謝パターン別の密度推定:分割型
【図表16】新陳代謝パターン別の密度推定:新規型
【図表17】新陳代謝パターン別の密度推定:単数型
【図表18】新陳代謝パターン別の密度推定:複合型
5. おわりに
本レポートでは建物GISビッグデータを作成して都市の建築ストックの全体像と変遷を明らかにした。本データを用いることで、まず都市における建築ストック増加の実態が分かった。都心部では棟数が集約されながら巨大化される一方で、周辺部の住宅街では似たような規模の住宅が大量に供給されていることが明らかになった。これは、都心で働き、周辺部で暮らすというこれまでの生活が色濃く反映された結果である。
一方で昨今の情勢を鑑みると、働く場所の多様化・流動化・分散化が進み、サテライトオフィスに代表されるように自宅周辺の小規模なオフィススペースの存在感が高まっている。都心の巨大なオフィスは、常に集まる必要性が薄れた結果、需要が減る可能性も考えられる。そうなった場合、これまでの新陳代謝のパターンが何かしらの形で見直される可能性もあるだろう。
人の生活・活動と不動産は切り離せない。現存する建物をどう使っていくのかは、我々の幸福に直結しているため、都市空間においてどの程度の建築空間がどのように存在しているのか把握することが有効活用の第一歩である。過去におきたことを大局的にみることは“これから”を考えるうえで肝要であり、このようなデータベースを作成すること自体も重要である。都市の建築ストックの全体像を示す公共統計の情報公開は進んでおり、今後の発展が期待できる。我が国全体の不動産の有効な利活用に向けて、本レポートがデータベース作成の重要性を考えるきっかけとなれば幸いである。
【謝辞】本レポートの執筆にあたり、多くの組織から都市計画基礎調査情報の提供を受けました。記して感謝申し上げます。
● 札幌市 まちづくり政策局 都市計画部 都市計画課
● 東京都 都市整備局 都市づくり政策部 土地利用計画課
● 横浜市 建築局 都市計画課
● 名古屋市 住宅都市局 都市計画部 都市計画課
● 大阪市 都市計画局 計画部 都市計画課
● 福岡市 住宅都市局 都市計画部 都市計画課
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