2020.12.25
不動産リアルトレンド2021
~新型コロナウイルスの流行は社会と不動産をどう変えるか?~
われわれを取り巻く社会経済の状況は加速度的に変化し、しかも複雑化してきており、日々の情報は氾濫している。このようななかで世の中の動きを正しく読み解き、不動産への影響を把握し、理解することは容易ではない。そのための一助として、ザイマックス総研は、2019年9月に「不動産リアルトレンド2020」として、世の中と不動産の「今」と「これから」について、重要と思われる11項目について取り上げ、レポートを発表した。
その後、2020年初頭から本格化した新型コロナウイルスの世界的流行は、社会と経済に大きなインパクトをもたらしている。具体的には、感染者は2020年12月18日時点で全世界で7,490万人、日本でも18万人まで増加し、死亡者も世界で166万人、日本で2,700人を超えた。現時点では特効薬やワクチンが開発・普及していないため、人類社会は、移動・交流を制限するとともに、重症化や死亡を防ぐための医療体制を整備し、手洗いやマスクなど清潔な生活を奨励するといった対処を続けている。
人的な被害だけではなく、コロナの感染拡大は経済に大きなインパクトを与えている。2020年5月の時点で、実質消費支出は前年比16.2%減少、延べ旅行者数は前年比84.9%減少、輸出と輸入は前年比約3割減少、公共交通機関の利用はコロナ前から約7割減少など、人やモノの動きがストップした。企業の資金繰りは悪化し、コロナ関連倒産件数は483件(2020年4-9月期)と、企業経営は厳しい状況におかれている。有効求人倍率もコロナ前の1.6倍から1.03倍(2020年9月)と低下し、コロナは労働市場へも影響を及ぼしている。これらを受け、2020年4-6月期の実質GDP成長率は28.8%減(年率換算)と記録的な落ち込みとなった。2020年5月25日の緊急事態宣言解除後、GDP成長率は2020年7-9月期+21.1%と一転して大きな伸びを見せ、日経平均株価は29年ぶりの高値を記録するなど持ち直しの動きがみられるものの、実体経済および企業経営は依然として厳しい状況にある。
コロナは不動産市場にも大きなショックをもたらした。東証REIT指数は2019年末の2,145ポイントから2020年3月には1,138ポイントまで下落した。住宅市場でも、2020年上半期の首都圏のマンション新規供給戸数は7,497戸と前年同期比44.2%減少した。オフィス市場では、東京23区オフィス空室率は2020年第3四半期が1.34%と前年同期から0.55ポイント上昇し、空室が徐々に増える方向へ転じつつある。地価にも影響が表れており、2020年7月1日時点の住宅地・商業地あわせた全国平均の変動率は前年に比べ0.6%下落した。
さらには、人との接触を控える、旅行や会食などを控える、巣ごもり消費、テレワークの普及など、今までにないニューノーマル(新常態)の生活様式や考え方が生まれ、これらをテクノロジーが支援し、遠隔、非接触、リアルとバーチャルといったサービスも出現してきている。
コロナのようなパンデミックは人類の長い歴史上では何回もあった。コロナ危機は間違いなく大きなインパクトであり、われわれの生活や行動、考え方を変えようとしている。同時に、コロナ禍の状況に目を奪われ、近視眼的となり、この状況がずっと続くと考える人もいるだろう。大切なことは、ベースとなるトレンドがコロナにより加速するのか、変わるのか、新たなものが付け加わるのかの見極めである。すなわち、世の中には中長期の大きなトレンドがあり、そのうえで今回のような突発的なイベントがあると整理すると理解しやすい。
そこで、今回の「不動産リアルトレンド2021」では、前回と同じ11項目について、コロナ前のトレンドを振り返り、コロナで何が起きているのかを紹介し、そして、不動産にどのような影響があるのかについて取りまとめることとした。ただし、コロナ禍の状況は日々刻々と変化しているので、本レポートの内容は2020年12月時点でのわれわれの見解である。なお、コロナ前のトレンドの詳細については、前回の「不動産リアルトレンド2020」(*)も併せて参照されたい。
ポストコロナはどのような世界になるのか、現段階では確定した予測をすることは難しい。しかし、今までの流れとコロナで起きたことを冷静に捉え、世の中がどうなっていくかのシナリオを考えることは可能である。そして、それは今後の不動産の使われ方や不動産ビジネスを考えることでもある。
いつの時代も、どのようなことが発生しても、不動産はわれわれの生活と活動を支える「重要な基盤」であることには変わりがない。コロナにより不動産がどのような影響を受けるのかは、不動産に直接携わる人のみならず、一般の人にとっても、関心事であろう。本レポートが、不動産に関わるリアル(「真」の、「実際」の)トレンドを把握し、理解するための一助となれば幸いである。
ザイマックス総研では、これからも中立・客観的な立場で、社会経済の変化と不動産へのインパクトを継続的にみていき、「不動産リアルトレンド」を定期的に発表していくつもりである。
1. 価値観の変化
2. 人手不足
3. 働き方改革
4. 国際化・外国人との共生
5. データ社会
6. テクノロジーの進歩
7. 都市と地方
8. 建物ストックの老朽化
9. 自然災害
10. ESG
11. メガイベント
1 価値観の変化
1.1 コロナ前からのトレンド:多様化する価値観
昨年発表した「不動産リアルトレンド2020」では、価値観が多様化している状況を取り上げた。人々の行動の指針となる価値観は、各人の育った時代や環境などによって影響を受ける。団塊世代、バブル世代、ミレ二アル世代、デジタルネイティブ世代など、成長した時代背景や生活環境が異なる人たちが社会に共存することで、日本社会における価値観の多様化につながっている。一方、グローバル化の進展により、同世代は同じような価値観を持つという傾向が世界各地で観察されている。
このような価値観の多様化は当然、不動産業界にも影響を与えている。例えば、各人の家庭状況や好みに合わせての住居リフォームの選択肢の増加、多目的時間貸しスペース、多言語・異文化に対応できる賃貸サービスなど、新たなビジネスチャンスに注目が集まっている。従来は主に「標準的」なライフスタイルに焦点を当てていた不動産サービスは、徐々に多様なニーズに対応できる「多品種少量生産の時代」に合わせて進化してきている。
1.2 コロナによる変化:ニューノーマルへ
新型コロナウイルスの流行は、国や地域を越えて、社会全体に大きなインパクトを与えた。経済活動を下支えしてきた人やモノの自由な流れはほぼ止まり、多くの業界や企業が打撃を受けている。個人においても感染予防のための行動制限のほか、収入の減少や失業などの経済的な不安も発生している。このようなコロナ禍では、社会に保守的行動、安定志向が主流になってきている。しかし、ワクチンの開発や治療薬の実用化は急ピッチで行われており、これらが実現すれば、遅かれ早かれコロナの脅威はなくなり、国際往来の再開や経済活動の正常化の道筋も見えてくるであろう。
一方で、当面の間はウィズコロナの時代が続くと考えられる。コロナによる生活の最大の変化の特徴としては、「ニューノーマル(新常態)」とよばれる、新しい行動様式や考え方が生まれてきていることである。足下の消費行動について言えば、安全・安心感を与える商品を求める動きは世代問わず全面的に増えており、ウイルスを防ぐためのマスク・殺菌消毒液や、体調管理用の体温計や空気清浄機の需要も確実に高まっている。また、健康意識の高まりによって、ランニングシューズ、自転車、ダンベルといった健康器具の人気も続いている。
また、外出自粛によって自宅中心の生活が主流となり、外出や移動に費やす時間が短縮する反面、自分自身や家族と向き合う時間が増えてきている。内食を充実させるための食料品・調理器具、おうち時間を満喫できるようにゲーム・動画配信サービス、自己啓発・スキルアップするための書籍やeラーニングといった「巣ごもり消費」の急成長がみられている。一方で外出が減ることで、おしゃれ消費、例えばスーツ、化粧品、アクセサリーへの出費は抑えられている。
感染防止のために行動制限がかけられ、不便を感じることは多いが、今までフル活用できなかった遠隔技術やすでに普及しているSNSを利用することで、特定の場所に集まらなくても物事が進められることを多くの人が体験した。コロナの流行は、長年繰り返されてきた慣習を考え直し、生活に新たな可能性が生まれるきっかけとなっている。どこにいても参加できるウェビナー・バーチャルイベント、eラーニングによる一流の教育の普及、オンライン診療、テレワークによる会社の所在地に捉われない自宅選び…このような選択肢が増えることで、今後人々のライフスタイルや、価値観も大きな変化を迎えるかもしれない。
1.3 不動産への影響:ニューノーマルに対応できる不動産
不動産は生活のあらゆる場面に関わるため、前節で挙げた価値観の変化は当然不動産業にも影響を及ぼす。今後のトレンドとして、利用者に安全・安心感を与えること、健康で快適な心身をサポートすること、また新たな生活様式に対応できるサービスを提供することが挙げられる。具体的には、以下それぞれのアセットタイプで変化がみられている。
オフィスにおいては、業務の効率性に加え、従業員のウェルネスの促進がこれまで以上にオフィス選びのチェックポイントになる。また、今までのオフィスは、週8時間×5日の全員利用を前提とした造りだが、ソーシャルディスタンスへの配慮とテレワークの定着によって、すべての従業員を一か所に集める必要がなくなる。従業員がそれぞれの業務内容、好み、私生活に合わせてメインオフィス・サードプレイスオフィス・自宅をハイブリッドに利用するスタイルは、今後のトレンドになるであろう。
住宅については、自宅で過ごす時間が長くなり、交通利便性より居住快適性が今まで以上に求められるようになっている。さらに在宅勤務の浸透によって、家の中でも仕事がしやすいスペースの確保が必要となってくる。最近ではレイアウトの自由度が高く、防音性のある戸建て住宅に注目が集まっている。また、既存のレイアウトに簡易的書斎を追加する家具や設備なども登場しており、リフォームも人気が高い。
飲食や物販などの商業施設は、コロナ禍で甚大な被害を受けている。また、Eコマースが浸透したことで、実店舗の存在意義が問われている。オンライン店舗との競争における実店舗の優位性は、実物の商品を手に取ったり、試着したり、その場でできる体験を通して購買意欲を高めることにある。実際に、店舗のショールーム化が進んだり、顧客が店内の時間を満喫できるよう、カフェやヨガスタジオを併設するような工夫がみられている。従来の、購買目的で大量の人を集めることで成り立っていたビジネスモデルは、転換点を迎えるかもしれない。
宿泊施設においては、「入国制限」「外出自粛」のダブルパンチにより、今まで叫ばれていたホテル不足は一変した。休業を決めるホテルが続出し、倒産に追い込まれたホテルもある。このような状況のなか、自宅から1~2時間程の距離で、3密を避けながら近場で安全・安心に過ごす旅のスタイルである「マイクロツーリズム」が提唱されている。ホテルが周辺地域住民をターゲットにするには、非日常的な体験や地域の魅力をより深掘りできる体験の提供が課題になるであろう。
コロナ禍でほとんどのアセットタイプに逆風が吹く中、物流施設は活況を呈している。オンライン消費の急拡大に加え、非常事態においてもサプライチェーンを停滞させないよう、物流施設の重要性が再認識されたためである。今後少子高齢化が進み、労働力の確保が一層難しくなるとともに、感染防止の観点でも無人化がますます進展するだろう。さらにBtoC、CtoC取引のオンライン化が進むことで、ラストワンマイル特化型の物流施設の需要が伸びると予想されており、店舗やスポーツジムなどの異業種を併設し、エンドユーザーがより利用しやすいような施設づくりを行うことが今後のトレンドとして注目されている。
2 人手不足
2.1 コロナ前からのトレンド:人手不足が事業拡大の足かせに
日本経済は安定した拡大が長く続き、様々な産業・分野で企業が採用を増加させたことから人手不足が深刻化し、それが持続的な経済成長の課題となっていた。人手不足解消の対策として、女性や高齢者のさらなる労働参加と外国人の労働力の確保を行うため、高年齢者雇用安定法や改正出入国管理法などが施行され、多様な人材が活躍できる環境づくりが進められてきた。
それでも深刻な人手不足は解消されず、不動産業においては保安や清掃など不動産の維持管理に関わる人手不足が顕著であった。商業店舗、物流、ホテル、ヘルスケアといったオペレーショナルアセットでは、人手不足のために出店を見合わせたり、開業を延期したりする事態が一部生じていた。建築業の人手不足も同様で、工事工程の遅延や長期にわたる工事費の上昇トレンドが続いていた。企業は人材確保のために勤務体系の見直し、福利厚生施設の充実、派遣社員の正社員化など、社員の定着率を維持・改善するための職場づくりに努めていた。建物管理運営ではスマートメーターやロボットの導入などによる効率化が行われ、店舗やホテルなどではキャッシュレス決済や自動精算機の導入など、人手がかからない工夫が行われてきた。人手不足は働き手の多様化やIT技術の進歩とともに、不動産の立地に対する考えや建物のあり方にも影響を与えてきた。
2.2 コロナによる変化:人手不足の緩和と人材ミスマッチの発生
ひっ迫していた労働市場はコロナ禍を受けて一変した。2020年10月の有効求人倍率は1.04倍、完全失業率は3.1%と昨年の同時期に比べて人手不足は緩和している。宿泊業、飲食業、娯楽業など特に大きなダメージを受けた業種では、休業、就業日・営業時間の短縮、自宅待機を余儀なくされたり、廃業や倒産に至るケースもある。それに伴い、人員の見直しや解雇が発生している。厚生労働省は、新型コロナウイルス感染拡大関連の解雇や雇い止めは、11月13日時点で見込みを含めて71,121人だったと発表した。業種別に見ると製造業が13,671人と最も多く、飲食業が10,563人、小売業が9,551人と続いている。これまで人手不足だった労働市場から一転して求職者が増えてきており、ある飲食店オーナーによると「新規出店でアルバイトを数人募集したら200人を超える応募があった」という声があった。ホテルでは宴会スタッフや料理人に休業期間中の副業を認めた事例もでてきた。また、介護、清掃など今まで定着率が低いとされてきた業種においても離職者が減少しているようだ。その一方で、特定の業種での人材需要は高まっている。新型コロナウイルス感染症に対応する医療関係者だけでなく、福祉・農業・小売・物流・通信・保守点検などエッセンシャルワーカー(生活維持に欠かせない分野の就業者)の人手不足が続いている。また、あらゆる業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が増し、これらに精通したエンジニア、IT人材の不足も続いている。
大きな環境変化の中で、現在、人手が足りない企業と業績不振で人手が余る企業が混在する雇用のミスマッチが起きている。こうしたギャップを解消する手段として、もともと勤めている企業に籍を残したまま、他社への出向者として働く「従業員シェア」が活発化している。具体的には、家電量販店やスーパー、人材派遣会社などが航空や旅行代理店、ホテル、飲食業界の従業員を出向者として受け入れるケースなどである。また、外国人技能実習生が入国できず人手不足に悩んでいる農業でもホテルなどからの人材の受け入れが行われている。受け入れ側にとっては一定の実務経験がある人材に働いてもらうことで人手不足の解消に役立ち、出向元にとっては人件費の軽減だけでなく、従業員を解雇せずにコロナ収束後の需要回復時の働き手の数と質を確保できるなど両者にメリットがある。このようなニーズを持つ企業間の人員調整を円滑にマッチングするための従業員をシェアするプラットフォームも登場しており、コロナ禍を通して、業種の壁を超えた新たな人材の流動化が進んでいる。
2.3 不動産への影響:働く人に求められる不動産へ・中長期的な人手不足に備えを
コロナ時代の不動産ビジネスは、感染防止対策や安全・安心に対応するだけでなく、コロナ収束後の中長期的な人手不足も見据えておく必要がある。
コロナ禍を経験して、人々の衛生観念や安全・安心に対する意識が大きく変化した。ザイマックス総研がオフィスワーカーを対象に行った「首都圏オフィスワーカー調査 2020」では、現在入居中の建物が安全・安心かどうかという質問に対し、「そう思わない」「あまりそう思わない」が4割を超えていた。最近では、多くの建物でエントランスにアルコール消毒液を設置したり、ドアノブやエレベーター内押しボタンなどの高頻度接触部位の消毒を行うなど、管理面における様々な感染症対策がとられるようになってきた。加えて、設備面においても換気性能の増強や非接触機器の導入などの対応を進めている建物も増えている。物販・飲食店舗、ホテルなど不特定多数の人が利用する建物では、営業面からも感染症対策は欠かせない。現在営業しているあるホテルでは、チェックイン時の検温と体調確認や前泊地の確認などコロナ前にはなかった業務が増加したため、フロント業務は人手不足に拍車がかかっている。また、連泊が多いインバウンド客から宿泊数が短い国内客が中心となったことで客室清掃やリネン交換の頻度が増えたため、ハウスキーピング業務でも人手が不足しているケースもある。コロナ禍の影響を受けた厳しい業界であっても、業務内容によっては人手不足の状況に違いがみられる。
このようなワーカーの安全・安心に対する意識の変化を背景に、働く場所である建築物にも変化がおきつつある。一般財団法人建築環境・省エネルギー機構の「CASBEE-ウェルネスオフィス」は、利用者の健康性、快適性の維持・増進を支援する建築物の仕様、性能、取り組みを評価するツールで、2019年から先行認証が行われている。これからは、あらゆる不動産において人材確保や企業の持続的な発展のために安全・安心に働くことができる環境を整えることが求められる時代になるだろう。
また、最近は企業の在宅勤務制度の導入やサテライトオフィスの利用が進んでいる。特に長時間通勤や混雑を回避できる郊外型サテライトオフィスのニーズがより高まっている。居住地の近くに働く場があることで、従業員は家庭の事情などに合わせやすく、勤労意欲の増加につながり、企業にとっても従業員の生産性向上が期待できる。これはオフィスワーカーの居住地に働く場所を寄せていく動きといえる。オンライン消費が増加してニーズが高まっている物流施設については、以前から人員確保のために住宅地に近い立地を選好しており、今もその流れは変わらない。今後、不動産の立地において「働く人の居住地」という視点が重視されるようになるだろう。
現状は、もともと慢性的な人手不足状態が継続していた業界が、コロナショックによる需要消失で解雇や雇用調整を行っている状態にあるが、この状態は一過性と考えられる。少子高齢化が進み人口が減り続ける日本では、それに伴い中長期的に労働人口が減少し、いずれコロナが収束して需要が戻れば再び人手不足の状態に戻る可能性が高い。これからも人材ミスマッチの解消のために労働の流動化を促進する制度や環境の整備が期待される。副業や兼業、従業員の個人事業主化、週休3日制度など雇用形態の多様化は人材のミスマッチ解消や一人ひとりの生産性向上にも貢献するだろう。また、IT化やロボットの導入などにより省人化・効率化がこれまで以上に進むと考えられる。不動産業界は再び到来する人手不足の時代に備えて準備を進めておくことが重要である。
3 働き方改革
3.1 コロナ前からのトレンド:時間と場所にとらわれない働き方
バブル崩壊以降、日本経済の平均成長率は1%程度と低成長が続き、さらに2010年代に人口減少社会に転じた。日本経済再生のためには、1人あたりの付加価値生産、すなわち労働生産性の向上が欠かせない。そのような中、2016年の一億総活躍国民会議で「働き方改革」の推進が明言され、2019年に働き方改革基本法が施行された。特に、製造業に比べ低いとされるオフィスワークの労働生産性向上については社会的関心が高く、その解決策の一つとしてテレワークに注目が集まり、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催をきっかけにしたテレワークデイズ(2017年から3年間実施)など官民巻き込んだムーブメントとなった。コロナ前の時点で、約3割の企業がテレワークする場所や制度の整備を行っており、このような企業のニーズを受けて、東京23区ではフレキシブルオフィスが2020年1月時点で569件まで増加した。また、テレワーク市場の拡大と同時に、ABW(Activity Based Working)やメインオフィスとサードプレイスオフィスを併用したハイブリッド戦略など、オフィス戦略にも多様性がみられるようになっていた。
働く人にフォーカスし、多様な働き方と働く場所を重視する流れは日本だけでなく世界でも盛り上がりを見せている。世界では日本と背景が異なり、若年層人材獲得競争、ギグエコノミー、賃料高騰、事業サイクル短期化で賃貸オフィスのデメリットが注目される中、フレキシブルスペース事業が台頭していた。
3.2 コロナによる変化:企業のオフィス戦略の多様化
このように、テレワーク市場が加速度的に成長・成熟する中で、今回の新型コロナウイルスの世界的流行が発生した。緊急事態宣言下、接触8割減で出社制限しながら経済活動を継続するため、在宅勤務・サテライトオフィス利用などのテレワークや時差出勤を急遽、広範囲に導入するケースが多くみられた。ただし、テレワークの導入状況は一様ではなく、企業規模・産業で違いがみられる。導入率は大企業や情報通信業で高く、中小企業や金融・保険業などでは比較的低い傾向となっている。また、仮にコロナが収束した後であっても、70%以上のワーカーがテレワークを希望すると回答しており、特に職住近接で集中して作業ができる場所へのニーズが強い傾向にある(2020年11月ザイマックス総研調べ)。
その一方で、今回の半強制的なテレワークへの移行を経て、テレワークの課題が共有されることとなった。例えば、テレワークに向いている業務と向かない業務、準備状況の違い(ペーパーレスや通信環境)、導入部署とそうでない部署の不公平感、マネジメントやコミュニケーションの難しさなどが挙げられる。また、人々の衛生・安全・安心の意識が底上げされたことで、換気・パーテーション・ソーシャルディスタンス確保のニーズも生まれた。これらは人材マネジメント、ソフトウェア開発だけでなく、オフィスをはじめとした不動産業にとっても新しいニーズの種となる可能性がある。
これらの新しいニーズとコロナ収束の時間軸を踏まえ、各企業はこれからのオフィス戦略について、進化派・縮小派・回帰派・様子見派に分化しつつある。論点はオフィスの再定義とコスト見直し、そして生産性の向上やイノベーションの創発である。企業には、従業員に向け自社のオフィスのあり方を提示し、安心して勤務できる働き方制度とオフィス環境の整備が求められるようになっている。業績の不透明感が増すなか、一時的なコスト削減ではなく、企業が持続的に発展するために従業員が健康で快適に働ける環境づくりが重要になりつつある。
3.3 不動産への影響:場所貸しからコンサルティングへ
各企業のオフィス戦略の様々な分化は、選択肢が従来より多様になることを意味する。今までの都心のオフィスに全員が毎日同時に集まるという前提が崩れ、必要なオフィス面積についても1人あたり3~4坪に従業員数をかけ算するというシンプルな計算では推定することが困難となってきている。かつてのような、都心の交通利便性のよい立地で、新しい巨大なビルであればよい(いわゆる近・新・大)というシンプルな評価軸では対応できなくなってきている。
コロナにより、企業のオフィス戦略で考えなければならない事項が数多く出てきた。出社率は何パーセントにするのか、メインオフィスはどの程度縮小するのか、そもそもフレキシブルオフィスなど所有・賃借以外の選択肢はないのか、郊外分散をどこにどの程度進めるか、どの程度コロナ前に戻すのか、感染症予防と発生時対応はどのレベルまで行うか、再び緊急事態宣言が出た際のBCPをどうするかなどである。コロナ禍で変化する状況の中、企業は将来に向けたオフィス戦略の舵取りが求められるようになった。
不動産事業者にとって、コロナはテナントの退去や賃料値下げなど収益悪化といった事業リスクとなりうるが、新しい商品とサービスを開発し提案することで収益を得られる機会でもある。立地面では、オフィススペースが郊外に拡大しつつある。従来よりオフィスは都心に集中しており郊外には少ないことから、働く場所として商業施設・ホテル・交通施設・金融機関店舗などを有効活用する事例もみられるようになってきた。オフィスの設備面では、換気・消毒など衛生対策のほか、人感センサーや座席管理システムなどの人との接触をマネジメントするプロダクトが生まれてきている。
今後、オフィスビル事業は、シンプルな場所貸しから、これらのプロダクトやサービスを、多様な企業ニーズに合わせて柔軟かつ複雑に組み合わせる企業課題解決型のコンサルティングサービスの要素が強まるだろう。コンサル型ビジネスモデルは所有・賃貸可能なオフィス床面積の量に依存せず、その収益モデルも月額賃料ではないサービス利用型となる。このため、アセットタイプを超えた不動産業界内での連携(オフィスと住宅・商業・物流・ホテル)のほか、ITなど異業種からの新規参入や連携が起きると考えられる。
4 国際化・外国人との共生
4.1 コロナ前からのトレンド:来てもらう国際化
近年の国際化・外国人との共生社会構築の流れを捉えるためのキーワードは「来てもらう国際化」である。具体的には、インバウンド旅行客および外国人労働者・留学生に、(また)訪れたい、働きたい、学びたい、住み続けたいと思ってもらうことであり、日本が選ばれる国であり続けることがポイントとなる。
2019年の訪日外国人旅行者は前年比2.2%増の3,188万人で、伸び率は鈍化傾向にあったものの過去最高を更新した。特にリピーターの訪問先が多様化し、地方観光地の地価上昇など地方経済への波及効果もみられた。
外国人労働者は2019年10月末時点で前年比13.6%増の165万9千人で、7年連続で過去最高を記録し、外国人留学生についても2019年5月時点で前年比4.4%増となる31万2千人と、2020年を目途に留学生受け入れ30万人を目指すという政府目標を達成した。
国は2018年12月に「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を提示した。諸施策を具現化していくためには日本人・外国人双方の意識改革や、ソフト・ハード面のインフラ整備が必要であり、不動産のあり方にも変容が迫られている。
4.2 コロナによる変化:国家間・地域間の人の流れが停止
国は2020年3月末から諸外国からの入国規制を行い、2020年10月末時点では日本の在留資格を有する外国人の(再)入国、一部の国と地域のビジネス目的での往来などを除き、159カ国・地域からの入国を拒否している。(最新:11月1日より感染拡大以降初となるアジア9つの国と地域の入国拒否の解除を実施)
その結果、4月以降の訪日外国人旅行者は前年比99%の減少が続き、2019年に4.8兆円となったインバウンド消費が蒸発した。また、緊急事態宣言の解除以降も続く日本国内での地域・都道府県をまたぐ移動の自粛により人の流れが停止し、特に宿泊業・飲食サービス業・小売業などへの影響は大きい。こうした状況に対応するため、政府は7月からのGo To キャンペーンの実施などにより消費の底上げを図っているが、第3波による感染者数の増加もあり、コロナ収束の兆しはまだ見えていない。厚生労働省は11月時点で、コロナの影響による解雇や雇い止めが7万人を超えたと発表した。内訳は補足できないものの、有期雇用の外国人労働者も一定数含まれていると考えられる。
菅首相は10月に、国が2016年に策定した「明日の日本を支える観光ビジョン」において提示した2030年の訪日外国人旅行者を6千万人とする目標を堅持することを表明した。早期のワクチン・治療薬の開発などにより、国際社会全体でコロナのリスクが季節性インフルエンザと同程度に制御可能になることが、インバウンドの再起動や国内消費支出の活性化につながるものと考えられる。
4.3 不動産への影響:商圏は全世界から地元中心へ・中長期的に国際化は必須
コロナが不動産に与える影響については、短期的に影響が大きいもの、中長期的な影響や課題があるものをアセットタイプ別に分類し、以下に整理する。
【短期的な影響:宿泊施設・商業施設】
コロナ前のインバウンド旅行客や外国人ビジネス客の増加によって、ホテルや旅館などの宿泊業において、商圏は日本国内にとどまらず全世界に広がったが、コロナ禍が続く現在、従前の戦略は変更していかざるを得ない状況にある。
現在、観光分野で注目されているのはマイクロツーリズムである。これは、自宅から1~2時間圏内の地元または近隣への宿泊観光や日帰り観光を指す。地元再発見や文化体験、地域コミュニティの場を提供し、繰り返し利用してもらう仕組みを構築することで持続可能で安定したマーケットとなる可能性がある。
事例としては、星野リゾートが運営する「星のや京都」において、10月から滞在型ウェルネスプログラムの提供を開始したことが挙げられる。2泊3日で鍼灸の施術を受けながら、京都の狂言師による笑いのワークショップ、老舗香木店での匂い香づくり、禅寺での朝のお勤めなどを体験し、呼吸機能を鍛え、同時に免疫力を高めることを標榜している。
民泊についても、もともと外国人利用者比率が70%以上と高かったことからコロナ禍で事業廃止件数が増加してきており、届出住宅数(届出件数-事業廃止件数)は2020年4月がピーク(約21千件)で、5月以降は減少トレンドであり、この傾向は当面続くものと考えられる。
民泊事業撤退後の物件の転用事例としては、家具付き賃貸住居、シェアハウス、マンスリー・ウィークリーマンション、時間貸しオフィスなどが挙げられる。
飲食サービス業・小売業もインバウンド消費の蒸発、店舗営業時間の短縮、外出自粛の影響などにより消費に大きな影響が発生している。全国的な傾向として、消費者の行動範囲(≒店舗からみた商圏)が狭くなり、郊外・住宅地立地よりも都市・観光地立地に売上不振店舗が多い状況となっている。ドラッグストアなどインバウンド需要の取り込みを狙って出店した店舗に閉店の動きがみられるほか、都市・観光地立地にある免税店の閉店が続いている。
国土交通省が9月に公表した「令和2年都道府県地価調査」によれば、地方圏の商業地は昨年の上昇から下落に転じ、東京圏・大阪圏は上昇を継続したものの、インバウンド消費の象徴的なエリアである銀座や新宿歌舞伎町などで下落が目立った。
【中長期的な影響:社員/学生寮・MICE施設・オフィス】
2020年6月シンガポール政府は、感染爆発が発生した出稼ぎ外国人労働者向けの寮を国が主導して増設すると発表した。日本でも外国人労働者に占める割合の多い技能実習生および留学生は集団生活をしていることが多く、「3密」を回避できない状況にある。
コロナ禍で現在、多くの業種・業態で人手不足感は減退しているが、中長期的には、外国人材の奪い合いは日本国内だけでなく世界各国との競争である。国・自治体・事業者・教育機関などは、外国人労働者や留学生が安全・安心に生活できる社員寮や学生寮の整備に、より積極的にコミットしていくべきではないだろうか。特に地方では中長期的な人口減少社会が到来する中で、外国人材に来てもらうための差別化戦略となりうるだろう。
MICE施設もコロナ禍での自粛が続いてきたが、人数制限の段階的な緩和などで再起動し始めている状況にある。今後のMICE施設は、5Gの普及に伴いリアルとデジタルが融合したハイブリッド型に進化していくものと思われる。従来のように立地やリアル施設の面積が必ずしも優位性を持つのではなく、提供される価値・体験などの内容により、参加する方法を弾力的に選択できる機能性がより重視されるようになる。
2019年6月に中国が「香港国家安全維持法」を施行し、米国の金融機関などが香港から撤退したこともあり、東京、大阪、福岡などで国際金融都市構想の気運が高まっている。今後、諸外国と比較して負担の重さが指摘される法人税、所得税などの税制見直しのみならず、災害に強く、環境や健康を意識した安全・安心なオフィスや住居の開発・整備が一層求められるだろう。
中長期的に少子高齢化・人口減少社会を迎える日本において、インバウンドの復活、外国人労働者の受入れ拡大は必須であろう。「来てもらう国際化」を進展させるために不動産業界が果たすべき役割は、今後、ますます拡大していくと思われる。
5 データ社会
5.1 コロナ前からのトレンド:データが付加価値を創出する世界
「データは21世紀の石油」といわれるように、IoTやAIなど各種テクノロジーの進化にも後押しされ、日々生まれる膨大なデータが付加価値を創出し、経済のみならず社会構造全体を駆動する時代が到来している。特にGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)など世界の大手デジタル・プラットフォーマーは大量のデータを持ち、世界各国の国家安全保障レベルまで影響を与えうる存在となっている。
こうしたGAFAのビジネスモデルに対して、特にEUが規制を強化しているほか、米国でも2019年7月に司法省が反トラスト法を巡るIT大手の調査開始を発表し、2020年10月にGoogleを反トラスト法違反の疑いで提訴している。
日本では、2017年に経済産業省がConnected Industriesとして日本が目指す新たな産業のあり方を示したほか、2018年から総務省が個人の関与の下でデータ流通・活用を進める仕組みである情報銀行をスタートさせた。そのほか、民間でも業界の垣根を超えたビッグデータの共有により社会課題の解決を目指す動きや、データサイエンティストの育成を目指した産官学の連携が進んでいる。
5.2 コロナによる変化:データのインフラ化について課題が浮き彫りに
コロナの世界的な影響が拡大するなか、社会全体でデジタルシフトが進むとの思惑からGAFAの株価は追い風を受ける形で上昇している。2019年末日から2020年11月末日の株価騰落率はGoogleが+31%、Appleが+62%、Facebookが+35%、Amazonが+71%となっている。(ナスダック総合指数の同期間の騰落率は+36%)
また、IT企業のみならず多くの産業・企業において、コロナ禍で低迷している売上・収益を回復させるためにDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みを強化し、事業戦略やビジネスモデルの転換・再構築を志向しており、そのためのデジタル人材の確保も経営課題となっている。
一方、日本では、今回のコロナ禍によって、データのインフラ化について国の課題や問題点が明らかになった。特別定額給付金の給付に際し、マイナンバーカードでの申請が推奨されたものの、銀行口座番号などとの紐づけがなかったため、むしろ業務が煩雑化しオンライン申請を停止した自治体は100を超えた。2020年11月のマイナンバーカード交付枚数は約2,778万枚で、人口に対する交付率は21.8%に留まる。また、COCOA(接触確認アプリ)のダウンロード数は2020年11月に2,000万件を突破したものの、陽性登録件数は約3,000件と少ない。
国連経済社会局が発表している電子政府ランキングでは、日本は2014年の6位から2020年の14位に後退している。菅首相は、就任直後にこうした課題に対応していくため2021年度中にデジタル庁を新設すると発表した。デジタル庁の業務設計はこれからであるが、国と自治体のシステム統一、マイナンバーカードの普及促進、行政手続きのオンライン化、医療や教育分野におけるIT活用の規制緩和などが期待される。
5.3 不動産への影響:不動産デジタルトランスフォーメーションが本格的に
コロナ禍以前からデータ社会の広がりに伴う様々なテクノロジーの進化により、消費者行動や既存のビジネススタイルに変化がみられていた。コロナの影響を受けてその変化のスピードは加速し、不動産のあり方にもさらに大きな変容が求められている。本節では代表的なキーワードとそれらが不動産に与える影響を整理する。
巣ごもり消費:外出自粛に伴うEコマースなどの自宅にいながらのショッピングや、インターネットを活用したエンターテインメントを楽しむことを指す。ほかにも、会議や学校の授業、飲み会、パーソナルトレーニング、旅行体験などのほか、冠婚葬祭も自宅からリモートで参加することが可能となった。従前のEコマースも巣ごもり消費の1つであり、リアル店舗はコロナの影響を大きく受けている。しかし、リアル店舗消費と巣ごもり消費は、トレードオフの関係ではなく共存していくものであり、事業者は双方にアプローチするハイブリッド型の戦略が必要である。そのためには、DXを通じたCX(カスタマーエクスペリエンス)の更なる進化が必要となるだろう。
MaaS(Mobility as a Service):ICT(情報通信技術)を活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を1つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念のことで、日本でも各地で実証実験が進められている。しかし、今回のコロナ禍で、移動自体に制限がかかったことにより、短期的にMaaSの役割は、買い物代行、感染者搬送用車両、医療従事者を職場へ移送する配車サービスなど、コロナ関連分野へのシフトチェンジとなる可能性が高い。中長期的には、スマートシティにおけるキーコンテンツとして、交通だけではなく、観光、医療、まちづくり、エネルギーなど様々な産業と結びつき新たなサービスを創出し、不動産のあり方に変容をもたらすものと考えられる。
フィンテック(FinTech):金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、金融サービスと情報技術を結びつけた様々な革新的な動きを指す。具体的には、仮想通貨、クラウドファンディングやキャッシュレス決済など、FinTechが包摂する概念は広く、年々、その存在感を増している。日本経済新聞によると、世界の金融大手の2020年4~6月期決算では、フィンテック企業の利益が日米欧の大手銀行を上回るケースがみられ、コロナによる金融のデジタル化の流れが加速している。
国内でも、三井住友銀行は2022年度までに全体の7割以上にあたる国内300店舗で現金の受け渡しを取りやめ、りそな銀行も都市圏の店舗を同年までに法人向けと個人向けに再編していく。こうした統廃合や閉鎖によって発生した空き店舗にシェアオフィスが入居するといった不動産の新しい使い方の活用事例が増えてきている。また、みずほ銀行は顧客の取引情報を官公庁の統計と合わせて販売するサービスを開始すると表明し、資金の流通から情報の流通へとビジネスモデルの転換を志向している。
また、日米欧の中央銀行がデジタル通貨を発行する際の基本原則をまとめ、日銀は2021年に実証実験を開始する。民間でも3メガバンクやNTTグループなど30社超で、2022年にもデジタル通貨共通基盤を実用化するなど、フィンテックの普及によって従来の店舗のあり方、役割が大きく変化していくと思われる。
不動産テック(RealTech、PropTech):日本の不動産業界は世界各国と比較してITリテラシーが低く、生産性が低いとされてきた。こうした日本の不動産業の情報産業化を目指し、一般社団法人不動産テック協会が2020年6月に「不動産テックカオスマップ(第6版)」を公表している。不動産業界においても、コロナ禍における非対面・非接触ニーズに対応するためAR・VR技術を活用したバーチャル内見などが普及してきている。また、国土交通省は不動産業における賃貸借契約の完全電子化のための社会実験を行っている。
オフィスビルや商業施設などの個別不動産においても、建築物をデータベース化し、設計施工から維持管理までのあらゆる工程で情報活用を行うためのソリューションとなるBIM(Building Information Modeling)の普及や、センサー技術を用いた施設利用状況のデータ化、健康増進のための施設のあり方を向上させるための取り組みなどが進んでいる。また、携帯電話の移動情報といったビッグデータの活用によって、エリア・都市全体の人の動きや混雑状況などが可視化されるようになった。こうした不動産業界におけるDXの進展は、近い将来、データ社会におけるスマートシティ構想・開発につながっていくものと思われる。
6 テクノロジーの進歩
6.1 コロナ前からのトレンド:テクノロジーの発展と不動産業への導入
ICT(情報通信技術)を駆使した革新的な製品とサービスがグローバルに広がることで、既存の産業構造や競争原理が破壊・再定義される現象が様々な産業において起きている。不動産業でも仕事の効率化、収益機会の発見、市場の円滑化など新しいテクノロジーの導入が進んでいる。
不動産を「建てる」ためのテクノロジーとして、3Dプリンター、建築・清掃ロボット、ドローン、BIM、ZEBが登場した。これらは人材、資材、エネルギー、時間といった限られた資源をより効率的に使うことを可能としている。
不動産を「利用する」ためのテクノロジーとして、スペースシェアリングが住宅やホテルなど多くのアセットタイプで生まれた。低稼働なスペースなどをインターネットの向こう側にいる使いたい人とマッチングさせることで、収益を得る機会を創出している。
不動産を「取引する」ためのテクノロジーとして、ポータルサイト、VR内見、AI査定、クラウドファンディング、電子化、ブロックチェーンが登場した。これらは不動産を賃貸借・売買するための各プロセスを円滑かつ安全に進めることを可能にしている。
6.2 コロナによる変化:リモート・コンタクトレス技術
これら新しいテクノロジーが次々と登場するなか、新型コロナウイルスの世界的流行が発生した。移動や密集が制限される一方で、感染拡大防止や収束に向けて様々なテクノロジーが開発、導入されている。リモート(遠隔)・コンタクトレス(非接触)なテクノロジーを活用することで、人々は密な状態を回避しながら社会と経済の活動を継続するようになった。
コロナ禍で急速に浸透したリモート技術の代表格が、離れた場所でもコミュニケーションを可能するWEBミーティングである。Zoomの1日あたり会議参加者は2020年4月時点で3億人を突破している。在宅勤務、eラーニング、非対面営業・オンラインデモが浸透し、離れていても仕事はできることを多くの人が体験した。一般の消費活動においてもリモート化・コンタクトレス化が進み、VR/ARコマース、ライブコマース、オンライン取引、仮想メイクアップ、オンライン試着、オンラインフィットネス、オンライン診療が登場した。また、モノに触れないコンタクトレスインターフェースの開発も進んでいる。フジテックは赤外線センサーで操作するエレベータの拡大を進めている。ほかにも、感染リスクを可視化し、人同士の適切な距離を保つ技術が登場している。各国で導入が進む接触管理アプリはその代表例である。一方で、接触管理アプリの社会実装には行動追跡も含まれることから利用者拡大とプライバシー確保の両立の難しさが課題となっている。さらには、体温の高速スクリーニング技術や、コロナ発症を予測するウェアラブルデバイスも登場している。
これらの遠隔・非接触テクノロジーを支える通信技術と処理技術は、日々進歩を続けている。5Gはより高速・大容量・多数同時接続の通信を可能とする。エッジAIはクラウド側で処理をせず端末側で複雑な処理するため、クラウドに負荷をかけにくいほか、データをアップロードしないためプライバシーにも配慮することができる。ほかにも、LPWNなどの低電力化技術により、IoTセンサーや制御端末をこれまで以上に安価に大量に設置できるようになる。
コロナによって、デジタル化のペースは加速し、人同士の接触が少なくても成り立つ社会・経済へと変化しつつある。例えば、デジタル・チャネルを通じたサービスが活発になる。オンライン取引、オンライン診療はより一般的になり、ロボティクスや自動運転技術による自動化も本格的になる。接客、点検、消毒、宅配を行うロボットが登場するほか、コンタクトセンターのチャットボット化や音声自動応答化も進む。このような社会と経済の変化を背景に、デジタル化を進める人材への需要は高まる。ソフト開発、データ分析、サイバーセキュリティ、プライバシー保護のスキルを持ったテクノロジー系の新規雇用が創出される。
6.3 不動産への影響:リモート・コンタクトレス不動産ビジネス
不動産業界においてテクノロジー、特にICTの導入は、他産業に比べると低い傾向にあった。背景には、不動産は動かせない財である以上、人が現地へ行かざるを得ないこと、また高額であるため取引相手との対人コミュニケーションが重視されたことが挙げられる。しかし、コロナの流行はこの現地移動・対人接触をリスクに変えた。
このような中、いち早くリモート・コンタクトレス技術の浸透が進みつつあるのが住宅賃貸業である。VR内見については、約半数の顧客が利用意向を持ち、12%の不動産企業が導入検討を進めている。ほかにも、チャットボット、バーチャルツアー、リモート接客、ペーパーレス、電子契約・電子署名、スマートキーなどの導入が始まっており、ICTツールを導入した不動産企業の約9割が効果を実感している。このように、対面重視の不動産ビジネスであっても、なるべく顧客とリモート・コンタクトレスで情報提供や取引を進める新しい不動産業務の流れが生まれている。
住宅以外の他アセットでも、ソーシャルディスタンス確保と不動産ビジネスの継続を両立する試みが行われている。物流施設では、アマゾンがARカメラを活用して作業員間の距離を可視化できるようにしたほか、IK Multimediaが作業員同士が近づきすぎるとアラートを発するデバイスを開発した。
オフィスにおいても、距離をとったデスクレイアウト、透明パーティションの設置のほか、オフィスの混雑状況を管理するためのテクノロジーが提案されている。LiDARやUWBによる屋内測位機器、人感・着座・空気質をモニタリングするIoTセンサー、座席予約システムなどである。
商業施設では、体温のスクリーニングなどの感染予防対策のほか、カメラやセンサーを用いた入館記録、混雑状況のモニタリング、追跡通知システムの導入が進む。また、販売における多くのプロセスでデジタル化が浸透し、顧客開拓からプロモーション、購入、決済、在庫管理といった購買のバリューチェーンがデジタル上で連結される。商業施設は、商品やサービスにリアルに触れられるプロセスとして、顧客の体験価値を重視した場へと変化する。そのほかのアセットタイプについても、教育施設ではeラーニング、インフラではリモート点検、病院ではオンライン診療、公共施設では行政のデジタル化が進行していく。
このように、コロナ禍におけるリモート・コンタクトレス技術の浸透は、不動産の感染対策を進めるだけでなく、不動産ビジネスへのICT導入、デジタル化を進展させ、不動産そのもののあり方を変化させるきっかけとなりつつある。
7 都市と地方
7.1 コロナ前からのトレンド:都市と地方、それぞれの別の課題
わが国では、1960年代から1970年代の経済が飛躍的に成長を遂げた高度経済成長期から、都市への企業の集積と地方からの人口流入が継続し、都市は巨大化する一方、地方は過疎化するという、都市と地方の格差の拡大が問題となってきた。
中長期的には、先進国の中でも最も早く人口減少・高齢化が進むなか、各地域がそれぞれの特徴を活かした取り組みで自律的に再生できるかがポイントとなる。そこで国は、2014年の第2次安倍政権で地方創生をかかげ、「地域再生法」と「まち・ひと・しごと創生法」の2つの法律を両輪とし、大都市圏の再生と地方での就業機会の創出・経済基盤の強化・生活環境の整備などを推進してきた。
都市部では、大規模再開発などの計画が進み、オフィスビルや住宅、ホテルが継続的に供給されてきた。国家戦略特区に指定されたエリアでは、不動産開発が加速し、遊休地、小規模ビルや耐火性の低い木造住宅が密集していた地域は道路が整備され、超高層ビルや高層マンションで形成される大街区となり、災害にも強い都市へ生まれ変わりつつある。一方、グローバルな視点では、コロナ前までの外国人観光客の増加に伴うハイクラスホテルの不足や文化的観光資源のアピールの低さなどが挙げられ、これらが喫緊の課題となっていた。
地方部においては、国の政策をきっかけに地元の資源を活用した産業の開発や観光などを通じた活性化を目指し、まちづくりに注力しているところも増えてきた。同時に、NPO団体や地元の住民などによる、都市部からの企業の誘致や、都市部から地方への移住しやすい環境づくり、地元の住民と都市部の人を結びつける活動などの動きも続いている。
7.2 コロナによる変化:都心から郊外・地方への人の流れ
コロナの感染拡大が進むにつれ、3密や移動することを避けた生活が日常化し、仕事もテレワークが推進され、在宅で生活する時間が長くなった。自宅での生活の充実を望み、日常生活におけて価値観も「仕事から生活」にシフトされ、1日の多くを過ごす場所での快適性が求められる風潮がでてきた。
テレワークが可能な職種においては、家賃の高い都心の賃貸より、自然が多く、公共のサービスの充実している郊外の広めの住宅が好まれ、転居するケースもでてきている。ホームズの「借りて住みたい街」ランキングでは4年連続1位の池袋が5位となり、1位本厚木、2位葛西、3位大宮と都心から距離があってもダイレクトアクセス可能で、かつ生活利便性がある程度担保できそうな郊外の街に人気が集まっている。
大都市から離れ、地方で仕事を行うワーケーションや一定期間ごとに拠点を変えるアドレスホッパー、さらには移住を希望する人も増加してきている。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局のWEBアンケート(2020年5月)では、東京圏在住者の49.8%が「地方暮らし」に関心を持っていることがわかった。埼玉県小川町の移住サポートセンターでは、4~9月の移住希望件数は56件と前年同期に比べて4割近く増えた。長野県では、2020年4月から8月の東京から県内に入る「転入」は2,939人、県内から東京に出る「転出」が2,189人で750人の「転入超過」となり、同県諏訪郡富士見町では、今年度150人の人口減少を見込んでいたが7月と8月は2カ月連続で増加となっている。そのほかの多くの自治体が、移住希望の問い合わせに向けたHPを新設・更新し対応している。一方、総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」によると、東京圏の2020年4月~10月の日本人の転入超過数は、前年同月(2019年)と比べ大幅に減少した。特に7月~9月東京圏への転出者が転入者を上回りマイナスとなり、東京への一極集中の動きが鈍くなってきている。
コロナ禍においては、こうしたテレワークの進展やワークライフバランスの充実に向けた動きに加え、ICT活用の進展などがみられており、これが東京一極集中の回避と生産性向上を改革する機会になり、さらには新たなまちづくりの機会でもあると考えられる。内閣官房では、「まち・ひと・しごと創生基本方針2020」(2020年7月)を発表しており、将来にわたって「活力ある地域社会」の実現と「東京圏への一極集中」の是正を共に目指し目標を掲げている。具体的には、感染症の拡大に伴い国民の意識・行動に大きな変化が生じてきているなか、地方創生の実現に向けた取り組みを加速化し、全国津々浦々、医療、福祉、教育など社会全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めつつ、ポストコロナ時代の新たな日常に向けた環境の整備を図っていく。地方においては、地域資源・産業を活かした地域の競争力強化、スマート農業など農林水産業の成長産業化の推進、地域発イノベーションなどの創出、地域産業の新陳代謝促進や、地方移転・移住の推進、魅力ある地方大学の実現などが挙げられている。
また、国土交通省では、新型コロナ危機を契機としたまちづくりの方向性を検討し、今後の都市政策のあり方について整理している(「新型コロナ危機を契機としたまちづくりの方向性」(論点整理)2020年8月)。ここでは、①都市(オフィス等の機能や生活圏)②都市交通(ネットワーク)③オープンスペース④データ・新技術等を活用したまちづくり⑤複合災害への対応等を踏まえた事前防災のまちづくりの5つを軸に、今後のあり方と新しい政策の方向性を複数の災害の対応が必要になっているなかで改めて検討すべきとしている。
7.3 不動産への影響:職住近接の流れと地方創生の拡大
住宅においては、賃貸派であった人たちが、長引く在宅勤務で防音面や面積の狭さなどの理由に住宅購入に動いている。住居内では、在宅ワークが可能な空間や設備が供給されるようになっており、執務スペースを確保できる部屋数が重視される傾向が強くなった。また新築マンションで共用部にテレワークスペースのあるものも人気で、本来休息や家族団らんのための住宅に新たに仕事の要素が加わったものになっている。また、立地に関しても、都心近郊ばかりでなく、生活サービスの充実、健康、広さ、自然とのふれあいなどの観点から郊外や地方の住宅も注目を集めている。また、リモート授業が一般的になった地方出身の大学生は、東京の賃貸マンションを引き払って実家に戻るなど、都市部の賃貸住宅の需要にも影響してきている。
オフィスにおいては、ポストコロナを見据えたオフィス戦略を企業が検討しているところである。一部の企業においては、早々に賃借しているオフィススペースの全部または一部を解約し、パソナグループのように東京から淡路島へ本社機能の移転を計画するといった、郊外や地方に企業ごと移転することを検討する事例も出てきている。ザイマックス総研の「コロナ危機における企業の働き方とワークプレイス」によると、コロナ収束後の方向性として、メインオフィスを維持しつつもテレワークを導入し、多様な働き方を実現するという「ハイブリッド戦略」を志向する企業が最も多く、これらの流れが、今後、都心・郊外・地方のオフィスマーケットに影響を及ぼしていくと考えられる。
観光業においては、インバウンド需要の再開見通しが立たない状態のなかで、日本人観光客を対象としたものに軸足が移ってきており、地域の魅力を再発見し、安全・安心な旅行を提案する「マイクロツーリズム」が掲げられ、地元の観光需要を喚起している。また、ワーケーションのニーズにあわせた自治体によるシェアオフィスの設置や空き家住宅のニーズも高まっている。これまでインバウンド仕様にあった宿泊施設の客室の間取りや設備も日本人向けに見直されるようになってきている。
コロナの不動産への影響は、デメリットの部分だけでなく都心から郊外、地方へと新たな流れをつくるとともに、郊外部や地方の活性化に貢献することや、各地域の特長を再発見するきっかけにもなっている。国や自治体による遠隔教育や遠隔医療などのICT環境整備や法律の整備、補助金などの施策がはずみとなり、今後さらに不動産の使われ方や不動産ビジネスにも変化が見えてくるだろう。
8 建物ストックの老朽化
8.1 コロナ前からのトレンド:全体的に老朽化が進行
日本の不動産業界において、建物の老朽化は大きな課題の1つとなっている。新型コロナウイルスの感染拡大以前においても、住宅では空き家が846万戸を数え、空き家率は13.6%に達していた。築40年を経過したマンションは200万戸を超え、建て替えの合意形成などの問題が顕在化している。非住宅についても、賃貸オフィスの老朽化が進行し、東京では築35年を経過したビルが棟数ベースで市場の約3割を占めている。老朽化したオフィスビルの中には、資金不足やオーナーの高齢化で大規模改修や建て替えが難しいものもみられる。成長著しい物流分野においても築30年以上経過した旧型の倉庫が3割存在している。このように、築年が経過する中で時代のニーズから乖離して利用価値や収益力が乏しくなった不動産が、都市に蓄積する状況が続いてきた。
老朽化という社会課題に対し、国は法令の整備を進めてきた。2015年施行の「空き家等対策の推進に関する特別措置法」では行政による代執行が可能となり、多くの地方自治体で空き家バンクが開設された。2012年改正の「マンション建て替え等の円滑化に関する法律」では老朽化マンションの建て替えの合意形成ルールが整備された。これらの環境整備を背景に、民間による老朽化不動産を活用した新しい市場が成長しつつある。中古流通・リフォーム・シェアハウス・民泊など空き家の潜在市場は9兆円規模との推計もある。
また、築年が経過した不動産であっても、適切な管理を行って良好な状態を維持し、新しいニーズに対応した形に再生できれば収益をあげられるようになった。コロナ前での代表例が、空き家を活用した民泊である。インバウンド旅行客の増加を背景に、日本の民泊市場は急激に成長し、Airbnbをはじめとした民泊ホストの登録件数はコロナ前の時点で24,000件を超えた。空きビルやロードサイド店舗を宿泊特化型ホテルへ改装する事例も生まれ、老朽化不動産にとって宿泊場所への転用は有効な活用方法となっていた。
8.2 コロナによる変化:消えたニーズと生まれたニーズ
新型コロナウィルスの流行は、老朽化の進行と問題解決には直接的な影響を及ぼしていないが、老朽化した不動産の利活用についてはいくつかの変化をもたらした。
まず、国内外の人の移動が停止したことで、空き家問題の解決として期待された民泊およびホテル改装には急ブレーキがかかることとなった。訪日外国人客は2020年4月以降前年同月比99%減と落ち込み、民泊では事業廃止件数がコロナ前の2倍となる7,000件を超え、全体での届出住宅数(届出件数-事業廃止件数)は2020年5月以降減少傾向が続いている。ワクチンの開発と普及次第ではあるものの、インバウンド旅行客の回復は当面の間見込まれないことから、これまでの宿泊ニーズをベースにした有効活用モデルについては、マイクロツーリズムなど国内旅行者向けにシフトするなど方向転換が求められている。
一方で、多くの人が在宅勤務をはじめとしたテレワークを体験したことで、新たに地方の空き家が注目されるようになった。コロナ感染拡大後、移住問い合わせが増えた地方自治体もあり、東京都では統計が比較可能な2013年以来初めて転出超過に転じた。ICTの発達で遠隔でもオフィスワークが可能となり地方在住でも都心の企業で勤務できるようになったこと、在宅勤務が長期化して住環境を改善したいニーズが発生しつつあることが背景にある。感染収束のタイミング、企業の勤務制度、地方社会の受け入れ準備などの要因もあるため、このトレンドが本格化、定着するかは不透明ではあるものの、地方の老朽化不動産の新しい有効活用方法として注目されている。
8.3 不動産への影響:老朽化不動産のデータベース化
老朽化に対しては、建物及びその敷地の適切な維持管理とともに、時代の変化に合わせた柔軟な不動産の使われ方の実現が重要になる。コロナを期に、民泊やホテルなど宿泊施設としての活用は難しくなったが、一方で新しくテレワークや移住先としての選択肢が登場した。なお、本節では変化が大きかった住宅分野での老朽化不動産活用施策・事例を中心に述べることとし、ホテルや商業施設などのまだコロナ禍でのトレンドが明確でない分野については割愛することとする。
まず、地方への移住促進として多くの自治体が補助を行っている。静岡市では新幹線代や宿泊費、オフィス使用料を補助しテレワーカーの誘致に注力しており、コロナ禍でも利用者が伸びている。移住希望者と地域をマッチングするSMOUTなどの民間の移住支援サービスも展開されるようになった。また、空き家売買以外でも、老朽化して低利用状態だったスペースの活用促進策が打ち出されている。総務省は「おためしサテライトオフィス」「ふるさとテレワーク」事業を展開し、企業の地方移転を推進している。山梨県上野原市では、通信環境整備費など空き家改修を補助している。ほかにも、空き家を福祉施設への転用する事例(東京都豊島区)や、民泊をリモートオフィスへ転用する事例もあり、テレワークのトレンドは老朽化不動産の活用に新しい選択肢をもたらしつつある。
インバウンドやテレワークといった、これまでの老朽化不動産の活用事例を鑑みると、不動産のデータベース化とそのデータを活用した民間企業による使いやすいサービスの開発が重要であることがわかる。まず、インバウンドでは、Airbnbをはじめとした民泊マッチングサービスが、世界中の宿泊者と空き家のマッチングを成立させた。これを受け、多くの民泊事業者が参入して老朽化不動産を宿泊場所として活用し、巨大な空き家のプラットフォームを作り上げることとなった。また、地方移住やテレワークへの活用活用に際しても、老朽化不動産のプラットフォームが構築され、このプラットフォーム上にマッチングサービスを民間企業が展開する流れが生まれつつある。代表的なプラットフォームとして空き家バンクが挙げられる。空き家バンクは全体の4割を超える市区町村で開設されており、2017年には全国版がスタートしている。民間のサービスでは、家いちばが空き家の売り手と買い手を直接マッチングするサービスを提供している。
一方で、全ての基礎となる空き家データベースを構築する上での公共の役割は大きい。行方市や奈良市をはじめとしたいくつかの自治体では国の新型コロナウイルス感染症対策地方創生臨時交付金を活用し、空き家バンクの登録促進事業を行っている。ほかにも不動産データベースの構想は進行しており、国土交通省は2015年から不動産総合データベースの試験運用を開始している。民間でも2018年からADRE不動産情報コンソーシアムが立ち上がり、ブロックチェーン技術を活用して異業種で不動産情報を共有する取り組みも始まっている。このように、リアルの不動産をデータ化し、情報資産としてのストック化を行い、マッチングサービスを通じて有効活用を促進していくことは、住宅だけでなくオフィスなど他アセットにおいても、老朽化問題を解決する上で重要になると考えられる。
9 自然災害
9.1 コロナ前からのトレンド:相次ぐ災害とその備え、公民それぞれ進む
自然災害とは、異常気象や火山噴火、地震、地滑りなどによる危機的な自然の現象によって、人命や人々の経済活動、社会生活に損失や被害が発生することをいう。わが国では、歴史的にも大きな自然災害が繰り返し発生している。2011年に発生した東北地方太平洋沖地震では、地震そのものに加えて津波の発生により、2万超の人命が失われ、約115万件の家屋損壊、その後の震災不況など経済的にも大きなダメージを受けた。それ以降も、異常気象による大規模な台風・局所的大雨による洪水や土砂災害、河川の氾濫などの自然災害は引き続き発生しており、その被害規模も拡大してきている。
国は、国土強靱化(ナショナル・レジリエンス)、防災・減災の取り組みを、国家のリスクマネジメントと位置づけ、最優先課題の1つとしている。災害に強くてしなやかな国をつくることは、国民の命と財産を守り抜くことであり、個人や企業の安全・安心な生活や活動を保障することでもある。具体的には、「国土強靭化計画」に基づき、被害の最小化と迅速な復興のために、防波堤・護岸、緊急輸送道路などの重要インフラ、ハザードマップといった情報網などの整備と、地域の防災活動の促進やBCP/BCM構築などの「ハードとソフト」面を「自助・共助・公助」と組み合わせて施策を進めてきた。
地域では、コミュニティを強化し町内会などでの防災教育やリーダーを育成してきた。また、個別の不動産では、住宅やビルなどの建築物の耐震化や防災備蓄の促進、企業や住民の資金や自発的な活動を活用し、防災拠点の開放や帰宅困難者の受け入れなど災害対応力の向上を促進している。
9.2 コロナによる変化:ニューノーマルにおける災害対策
コロナの感染拡大を食い止めるため、国は行動変容の重要性を訴え、日常生活における「新しい生活様式」を提唱した。具体的には消毒やマスクの着用、密閉・密集・密接の「3密」を避けた行動、「ソーシャルディスタンス」の確保や都道府県をまたぐ「移動の制限・自粛」などである。自然災害による緊急対応の考え方・あり方についても「新しい生活様式」に沿った変容が求められている。
地域・住民においては、各自治体が災害時の緊急避難の場所や方法について再検討、再構築を進めており、これまでの1つの空間に大人数で集まる避難の形から、「3密」を回避し、ソーシャルディスタンスを保った分散型の避難に変わりつつある。そうなると従来の避難所数では不足し、自治体だけではまかないきれないため、民間の不動産や施設の活用なども取り入れた避難所のあり方が模索されている。
企業においては、BCPの観点からこれまでの防災備蓄品に、消毒液やマスクを追加し、メインオフィス以外での業務が可能なようにテレワークが推進されてきている。テレワークに必要な通信環境の整備やシステムの導入、脱ハンコやオンライン契約など業務のデジタル化やクラウド化、人事制度の見直しなどが推進されている。また、オフィスの場所も地震や浸水など局地災害の対策(バックアップオフィスなどの設置)に加え、コロナという広域災害を考慮した事業継続が求められることとなり、今後のオフィス戦略が喫緊の課題となってきている。
こういった中、国土交通省は、「中長期の自然災害リスクに関する分析結果」(2020年12月)を公表した。都道府県別の災害リスクエリア内人口の推移(2015年~2050年)を分析したもので、洪水、土砂災害、地震(震度災害)、津波の4種の災害リスクエリア内の人口は、8,603万人から7,187万人に減少するものの総人口に対する割合は、67.7%から70.5%に増加している。既存の商業地や住宅地は、災害リスクのある割合が高く、また人口の密集度も高い。今後、自治体の防災施策、地域・住民の災害リスクの再確認や避難行動の見直し、企業の流通経路やオフィス立地といったBCP対策の材料として活用が期待できる。
9.3 不動産への影響:分散遠隔ワークと避難用不動産ストック
オフィスは、働き方改革の流れとコロナの影響により、これまでの従業員全員が出社するメインオフィスだけでなく、自宅やサードプレイスオフィスなどの多様な場所でテレワークができる「集中と分散」のハイブリッドなオフィスが注目されている。ザイマックス総研の「働き方とワークプレイスに関する首都圏企業調査(2020年8月)」によると、5割以上の企業が働く場所の方向性として、メインオフィスとテレワークの両方を使い分けると回答しており、オフィス立地のあり方や使用する規模も変化してきている。従業員の居住地から近い郊外や、感染リスクの低い地方へ本社移転を計画している企業もあり、今後、郊外や地方でのオフィス需要も増加していく可能性がある。また、テレワークの場所として、ワーケーションや移住などによる自然豊かな地方の需要も増えつつあり、自治体のシェアオフィスの設置や移住に向けた補助、サービスなども充実してきている。
避難所については、これまでの体育館や公民館などに大人数で避難する形から、一か所の収容人数を減らし、避難場所の増加を行うことが検討されている。これまでも活用されてきた商業施設、宿泊施設に加え、空き住宅や移動式のコンテナホテルなどの民間の施設も利用されるようになった。2020年の台風10号では、九州各地のホテルで宿泊予約が相次ぎ、満室になった施設も少なくなかったという。電源の確保と密接の回避ができる自動車での避難も増え、校庭などに避難用駐車場スペースもみられるようになっている。このように、コロナにより不動産や空間の使われ方にも変化が生じている。
また、避難所の空きの有無、収容度合いが、避難前にスマホなどで確認できるシステムの活用や、J-COMと自治体が提携し、居住地の防災情報(被害の度合い・現時点で避難できる避難所の案内など)の公開が行われている地域もある。テクノロジーの進化や情報発信の活用も、自然災害に対する備えやわれわれの行動に影響を及ぼしている。
10 ESG
10.1 コロナ前からのトレンド:ESGの誕生と投資家コンセンサス形成
近年、自然環境の汚染、気候変動、自然災害などの環境問題や人権侵害、人種差別のような社会問題を、人類発展の持続可能性に対する最大のリスク要因とみなす認識が徐々に広がっている。このような問題の経済的な解決手段として注目されているのが、ESG投資である。ESG投資は、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3つの要素を組み込んだ投資であり、ESG要素に配慮して経営活動を行う企業を長期的な事業リスクが低く、将来性や持続性がある投資対象としている。世界でのESG投資残高は31兆ドルまで拡大しており、日本においても、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国連責任投資原則(PRI)に署名したことを受け、ESG投資が広がっている。
ESGと類似している言葉としてSDGsがあるが、こちらは2015年に国連がまとめた持続可能な開発目標であり、2016年から2030年までに世界で達成すべき目標(17項目)である。企業がESGに注目して日々の事業活動を展開することで、結果としてSDGsの目標達成につながるという関係になっている。
不動産投資は代表的な中長期投資であり、ESG対応が不十分の不動産はリスクが高いと判定され、投資撤退の対象となるおそれがある。わが国の不動産市場においても、環境認証制度の定着、建築環境技術の進歩を通じ、環境不動産が増加しつつある。
10.2 コロナによる変化:投資家、利用者が社会性重視に変化
コロナショックは、企業の社会的責任をあらためて問い直すきっかけとなった。2020年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では、株主第一主義からステークホルダー資本主義への転換が提唱され、企業には従業員や地域社会などすべての利害関係者に経済的利益をもたらす責任があると指摘された。実際に、世界中の金融市場は乱高下が続いているなか、ESG関連のファンドは底堅いパフォーマンスを示している。例えば、スタンダード&プアーズ500インデックスが23.2%下落したのに比べ、ESGファンドは平均で12.2%の下落にとどまった(2020年3月12日時点)。新型コロナウイルスへの対応を主目的とした社債であるコロナ債は世界で2,758億ドルを超え、欧州のサステナブルファンドには300億ユーロ流入した。これらのことは、中長期の投資を行う投資家が、ESGを重視する企業に対して、今後厳しさを増す環境規制への対応力だけでなく、社会的責任を積極的に果たそうする柔軟性と持続的な競争力を評価していることを示している。消費者も社会貢献を積極的に取り組む企業に対して好印象を持つ傾向が強まっており、既存製造ラインのマスク・消毒薬・防護服製造への切り替え、在宅勤務の積極的導入、従業員への補助、加盟店販売者からの手数料徴収の一時的停止などの決断が、顧客や従業員のロイヤルティを高めている可能性がある。
一方で、ESG要素のうち、E(環境)に対する問題意識は今回のコロナ禍が深刻化する前にすでに高まっていた。パリ協定が本格的運用が開始することや、2050年温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標に掲げている「グリーンディール」の発表からそのトレンドは明らかであった。実績の面から見ても、今年の経済活動がコロナにより著しく停滞したことを受け、CO2の排出量は図らずも前年対比4~7%低下すると推計されている。しかし、急激な経済悪化を背景に、環境問題よりコロナ対策や経済を優先すべきとの声も上がってきている。
10.3 不動産への影響:不動産の評価にE(環境)だけでなくS(社会)も追加
コロナ禍をきっかけとしたESG要素、特にS(社会性)に注目するトレンドは不動産業界にも影響を及ぼしつつある。
特に、不動産利用者の健康とウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好であること)に配慮する「ウェルネス」の観点がより重視されるようになった。例えば、オフィスには、知的生産性を高める内装、快適なリフレッシュスペース、耐震性、高度な通信インフラ、ハイスペックな換気、安全な水を提供する給排水システムなどが求められるようになっている。また、ハード面以外でも、パンデミックを想定したBCP対策も求められる。マスク・消毒液の常備、空気質・水質の管理、館内密度のコントロール、利用者の体温測定、緊急事態でのステークホルダーとの円滑なコミュニケーションといったプロパティマネジメント能力が問われるようになった。また、地域のイベントスペースや災害用備蓄、避難所の提供といった、利用者だけでなく周辺社会への貢献も重視されるようになりつつある。
このような流れを背景に、不動産のウェルネス対応状況を評価する情報基盤へのニーズも生まれつつある。これまでのE(環境)を中心とした環境認証に加え、利用者のウェルビーイングに焦点を当てるウェルネス認証が各国で広まりつつある。アメリカでは2014年に、WELL Building Standard(WELL認証)が開発され、アメリカ、イギリス、中国などを中心に4,708件が登録されている(2020年10月)。日本でも、2019年にCASBEE-ウェルネスオフィスの認証が開始され、30件が認証されている(2020年11月)。
11 メガイベント
11.1 コロナ前からのトレンド:世界から日本へインバウンド
2020年3月24日に、2020年夏に開催が予定されていた東京オリンピック・パラリンピックの延期が発表された。東京オリンピック・パラリンピックは国内外から1,000万人を超える来場者が見込まれ、都市インフラや施設整備だけでなく、観光や小売りなどの業界への波及効果も含めた経済効果は極めて大きくなると試算されていた。また開催後においても、東京が国際観光都市、グローバルビジネス都市として魅力を一層増していくと期待されていた。こうしたオリンピックや万博といったメガイベントの開催は、国民の気分を高揚させ、世界からの注目を集め、人々の生活スタイルや意識の変化にも影響を与えると考えられている。
不動産業界においては、宿泊施設と商業施設への直接的な恩恵が期待されていた。海外からの観客が日本を訪ね、各地で宿泊し、商品を購入することで、大会中に限らずその後の需要も期待されていた。オフィスに関しては、大会期間中の交通混雑緩和のためテレワーク・デイズといった取り組みが実施され、2019年に2,887団体、約68万人が参加し、「働き方改革」の追い風となった。
11.2 コロナによる変化:大人数が同じ場所に集まるリスク
自然災害が多い日本では、スポーツイベントやコンサートが地震や台風などで中止、延期されることは過去にもあった。そうした事態に備えた会場の建設や防災訓練などが行われてきたが、今回のパンデミックは想定外の事態であり、戦争以外による史上初のオリンピック延期となった。今のところ、感染予防を工夫しながら2021年夏に開催する方針となっているが、その頃の世界的なコロナ感染の状況次第によっては、開催ができない可能性もゼロとはいえない。いずれにしても、開催延期に伴う追加投資に加えて、仮に中止になった場合、期待された経済効果が得られなくなるだけでなく、様々なマイナスの影響が生じる可能性がある。宿泊業や商業などの事業者は大きな打撃を受けたほか、選手区宿舎を五輪後に改装してマンションとして販売されている「HARUMI FLAG」では引き渡し時期が延期されるといった影響が出ている。
感染予防のため、現在コンサートやスポーツなどのイベント会場やテーマパークなどでは、「密」を避けるための人数制限や収容率制限が行われ、来場者に対しては体温センサーでの検温、消毒、除菌が一般的になり、事後対応のために来場者追跡システムが導入されるケースがみられる。制限緩和の実証実験が行われている横浜スタジアムでは、高精細カメラを使った観客のマスク着用率や入退場の人の流れの把握のほか、トイレや売店の混雑状況をスマートフォンで確認できる仕組みも試されている。東京オリンピック・パラリンピックにおいては、選手の健康管理を担う「感染症対策センター」が設置され、感染した選手が発生した場合はあらかじめ確保した宿泊療養施設や指定病院に搬送し、隔離してクラスターの発生を防止する体制の整備が計画されている。これからのイベント実施には、このような感染症対策が求められるようになってくる。
しかし対策を整えて開催できたとしても入場制限が行われると、入場料収入を経営の基盤としている興行主にとって打撃は大きい。そのため、入場料収入を補う収入源として、興行の動画配信をはじめとしたオンラインでのビジネスを強化するようになってきた。そもそも人が集まることを前提としているイベントは、今後は人が集まる際の対策と、人が集まらなくても事業が成り立つ方法が模索され、建物もそれに合わせた変化が求められるようになるだろう。
また、コロナによるオリンピック・パラリンピックの延期はオフィス業界にも影響をもたらしている。大会期間中の交通混雑の懸念からテレワークの実施が呼びかけられ、2017年から毎夏にテレワーク・デイズが行われていたが、2020年はコロナにより、結果的に大会開始日を待たずして半ば強制的にテレワークを行わざるを得ない状況になった。多くの企業がテレワークの環境や制度が整わない中、テレワーク導入の準備を整えてきた企業は、そうでなかった企業に比べ、スムーズにテレワークへ移行できていた。
11.3 不動産への影響:イベントのオンラインとリアルのハイブリッド
オリンピックや万博といったメガイベントに限らず、今後、人が集まることを前提としたあらゆるイベントは開催方法が見直されていくだろう。また、テレワークやeラーニングといった会社や学校でのオンライン化が進んだように、コンサート、スポーツ大会、セミナーや国際会議・カンファレンス、商品展示といったイベントでもオンライン化が進んでいくと思われる。2020年11月3日に国民的アイドルグループの「嵐」が無観客状態の国立競技場での有料ライブ配信を行った。1,000万人がこれを視聴したといわれ、収容人数8万人の国立競技場で行った場合に比べて比較にならないほど大きな事業規模になった模様である。全国のイベント会場を廻っていく従来のツアー形式より、オンライン興行はコストを抑えられるほか、場所や収容人数を問わないため収益性も高いことが見込まれる。このような成功を目の当たりにして、これまでリアルの集客人数が売上に直結していたイベントが、感染対策、収益補填のためのオンライン化という枠を超えて、新たなビジネスモデルに様変わりしていく可能性がある。収容人数とイベントの事業規模が必ずしも一致しなくなり、場所と時間の制約から解放されるにつれ、イベントを開催する建物の規模、立地の重要性は変化していくだろう。イベント開催時の来場者を顧客として見込んでいた会場や周辺の飲食店・物販店、ホテルなどは、立地の優位性が薄れ、事業見直しの必要性が生じるかもしれない。
今後、デジタル技術は一層進歩し、リアルのイベントとオンラインのイベントの差はさらに縮まっていくと考えられる。しかし、技術がいくら進歩したとしても、実際の会場でイベントに参加した時の臨場感や観客同士の一体感など、リアルな体験・感動を超えることはできないだろう。セミナーや会議、商品展示においても同様で、リアル、ライブの良さや直接人と人が交流するコミュニケーションの重要性が再認識され、そのための会場・建物が不要になることはない。リアルとオンラインの棲み分けやハイブリッドがイベントにおいても常態化していくと思われる。
コロナ禍をきっかけにイベントは変容し、それと同時に新たなビジネスが生まれる機会となった。来年のオリンピック・パラリンピック開催に向けた様々な対策や準備は、いわばこれからのイベントのあり方の社会実験ともいえる。また、2025年に統合型リゾート(IR)や国際会議場や展示場(MICE)の拠点を形成したまちづくり構想が進められている大阪・関西万博でも新しいイベントの姿と建物の使われ方がみられるだろう。
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