ビルオーナー

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2020.04.07

中小規模ビルのベストプラクティス事例集②

~変化する時代におけるビルオーナーの取り組みの紹介~

ザイマックス不動産総合研究所(以下、「ザイマックス総研」)は、ビルオーナーへのヒアリングによる事例調査を継続的に実施している。この事例には、他のビルオーナーにとって参考になると思われるビルオーナーの創意工夫や、ビル経営のヒントが多く含まれている。そこで、早稲田大学小松幸夫教授(当時)監修のもと、優れた取り組みの事例をベストプラクティスとして取り上げ、2019年9月に「中小規模ビルのベストプラクティス事例集①」を公表した(*1)。今回は第2回として、4件の優れた取り組みを「中小規模ビルのベストプラクティス事例集②」として発表する。本内容がビルオーナーをはじめとする賃貸ビル関係者にとって有益な情報になれば幸いである。



調査の目的

ビルの価値を向上させる一般的な手法として、リニューアルや耐震補強などのハード面での改修、清掃の徹底やテナントサービスの付加、周辺地域との連携などのソフト面の工夫等があげられる。しかし、それぞれの施策によってどれだけの効果を得られるかは、ビルにより個別性が大きく、一般的な指標もない。

本調査は、「中小規模ビルの価値を向上させる」という大きな課題の中で、ビルオーナーが実践している様々な取り組みをピックアップし、ベストプラクティスとして整理していくものである。また、ビルの価値をビルオーナーから見た価値(不動産としての資産、収益性、運営上のコスト削減など)と、テナントから見た価値(快適性・使い方やニーズに合わせた満足度など)の2つに分け、それらが具体的な取り組み前後でどう変化したかを考察する。また、事例を通じて紹介するビルオーナーの取り組みには、「所有するビルの特性や利点を引き出す」、「ターゲットとするテナントを分析し明確化する」、「周辺地域の活性化などの工夫によりビルの価値を向上させる」などがあり、その効果についても紹介していく。

ザイマックス総研では今後、こうした「個別解」を多数収集し、賃貸ビル事業におけるビルの価値向上を、「建物」「オペレーション」「テナント」「地域・環境」といった側面から分析することで、収集する個別解の中に潜む一般性を見いだしていきたいと考える。


ベストプラクティス事例の紹介

今回は第2回として、I.地域でのポテンシャルを高め、利用者が24時間癒やされる快適な空間づくりをこだわりを持って推進するATS広小路ビル(名古屋市)、II.改修中も賃貸収入を確保するため、テナント居ながらの耐震補強を実施した山商ビル(東京都)、III.建築後の周辺環境の変化とメンテナンスの効率化の重要性に着目し、設備や運営に工夫を重ねている神楽坂升本ビル(東京都)、IV.テナントの満足度を追い求めた様々な施策が安定した事業継続への好循環をもたらしている本郷瀬川ビル(東京都)、以上4棟における取り組み事例を紹介する。なお、各事例内容については、概ね以下の項目に整理している。

 ●  取り組みの概要

 ●  ビルの概要

 ●  取り組みの経緯と問題意識

 ●  取り組みの内容

 ●  取り組みの効果や反応

 ●  取り組み後の価値の変化

 ●  コメント・感想(ビルオーナー)


I.ATS広小路ビル(名古屋市)

ATS広小路ビルは、収益性の低かった築35年超えのビルを、栄(さかえ)のオフィス・商業・文化性のある立地を生かし、利用者が24時間癒やされる快適な空間づくりにこだわってフルリニューアルした結果、収益の改善を成し遂げた事例である。

1. ビル概要

所在地: 名古屋市中区 「栄」徒歩5分

延床面積:1,777㎡ 

階数:  地上7階/地下1階

竣工年: 1979年 

周辺環境:百貨店や高級専門店が軒を連ねる商業地で、名古屋市科学館などの文化施設も複数点在している。またオフィスエリアとしても名古屋を代表する成熟した地域である。

経営者の年齢:60歳代


2. 利用者が24時間癒やされる快適な空間を目指したビル作り

当ビルのオーナーは、オフィスビル以外にもマンションや商業ビルなどを複数棟所有し、ビルの作りこみから運営維持管理に至るまで携わっている。どのタイプの建物も、24時間利用可能な(暮らせる・働ける)人間の基本となる食べる・寝る・楽しむが充実した癒やされる空間をつくること、ビルの利用者(入居テナントや店舗のお客様)がビル全体を評価し満足すること、周辺地域に溶け込みその地域でのポテンシャルを高めることの3点を目指し、こだわりを持って徹底的に作りこみを行っている。ATS広小路ビルは、購入時にはレンタルオフィスがテナントとして入居していたものの、稼働率は低く、設備や使い勝手が悪かった。収益の改善と効率活用を目指した改修を行い、ビルの価値向上を実現した事例である。

3. 利用者が24時間癒やされる快適な空間を目指した取り組みの内容 

① 全館リニューアル

購入当時のビルは、レンタルオフィスの稼働率が悪く、収益性が低い状態であった。その原因として、建物や設備の陳腐化や劣化があげられた。オーナーの目指す24時間快適に過ごせる空間であるためには、全館リニューアルが必要と考え、外観から内部の設備に至るまで細かく検討し、リニューアルを実施した。ビルの印象を左右する1階から3階部分の外観については、ガラスやシルバーの外壁が目立つ周辺のオフィスビルとの差別化を図るため、「3階建てのマンハッタン」をイメージし、レンガと艶消しの黒を基調に作りこむことで温かみを演出した。屋上・空調設備・電気設備・給排水管・内装は改修し、躯体と非常用発電機以外は一新した。また、ビルの4階以上は貸会議室とレンタルオフィスを運営する地元の運営会社(KCC)とともに作りこみを行った。

② 機能的で癒やされる空間作り

長時間就業者が過ごす空間として、天井から床までのガラスの窓を設置し、隣地(朝日神社)の緑を取り込んだデザインとした。エレベーターホールには絵画等を飾り、アートの要素を取り入れたクリエイティブな空間を演出した。また、テナントの利便性を高めるため1階にコンビニを配置し、2階にはイタリアンレストラン、3階にはデザイン性の高い美容サロンを誘致した。レンタルオフィス内には中小の企業では導入しづらい大容量のサーバーを配置し、さらに、会議室や打ち合わせスペース、プリンターなどの設備を整え、スタートアップ企業も投資なしで開業できる環境を整えている。またエントランスにはデジタルサイネージを設置し、情報の共有・提供に努めている。

③ 効率的な運用

ビルの利用を24時間可能にするには、セキュリティや利用者への緊急対応が必要になってくる。当ビルでは、システムを最大限活用することでオーナーひとりで効率的な運用を行える体制を整えている。ビル全体に設置された監視カメラによって常にビルの内部を把握し、平時のオフィスの受付は運営会社(KCC)の受付スタッフが遠隔で対応する。トラブル発生時も、ビル内の監視カメラで状況を確認し、即座に対処できるように工夫している。

4. 利用者が24時間癒やされる快適な空間づくりに費やした費用と効果や反響

改修にかかった建築費は、約3億円。取り組み後の効果と反響は、以下のとおり。

【ビルの収支】

● 改修前と比較し、十倍を超える大幅な増収となった。


【テナントの反応】

● 立地、セキュリティやスペックの高さ、24時間利用可能を求めるテナントにターゲットを絞った改修を行った結果、テナントから満足しているとの多くの声が届いている。

● 大容量のサーバーを完備したことに対し、通信会社や外資系企業などから評判がよく、入居の決め手となった。

● 貸会議室やプリンターなどの設備が完備されているため、貸室内に会議室等の設備がなくても十分に業務が遂行できると好評だ。

● アートや緑が見えるデザインによって、落ち着く癒やしの空間が実現し、テナントの満足度は高い。


5. 利用者が24時間癒やされる快適な空間づくりによるビルの価値の変化(オーナーイメージ)

24時間癒やされる快適な空間作りをした前後での変化をみた。レンタルオフィスの稼働率向上への取り組み半ばのため、現在は目標よりは低いレベルに位置している。

6. 利用者が24時間癒やされる快適な空間づくりをしての感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

建物(ビル)は、人が暮らす、仕事をするために過ごす大切な場所であり、快適性や健康性が求められる。食べる・寝る・楽しむといった基本的な行動が無理なくできる場所であって欲しい。だからこそオフィスには癒やしの要素が必要であり、絵画など芸術的な要素や、緑などを積極的に取り入れている。ビルの作りこみには時間を要すが、妥協はしない。作りこみに関わる全ての協力者と情報共有を綿密に行い、より良い空間を完成させてきた。より良い空間づくりには、様々なニーズに対して敏感でなくてはならない。芸術家と芸術に興味のある一般の人をマッチングさせ、できた作品をビル内のレストランで展示するようなビルも錦に作った。このビルは1棟全てを自ら運営しており、マッチングもうまくいっている。

37歳の時に2029年を一旦引退と決め、それぞれの年に目標を決めてがんばってきた。あと10年、今後も新たな挑戦をしていきたい。

II.山商ビル(東京都)

山商ビルのある飯田橋周辺は、再開発、外国人観光客の増加、地震等自然災害への関心の高まりなど、ビルを取り巻く環境が変化し、オフィスに求められるニーズが多様化している。旧耐震世代の築古中小規模ビルの耐震性の表明はわずか22%にとどまっている中(ザイマックス調べ)、当ビルは、地域とビルの利用者の安全確保を考慮し、賃料収入の確保をするために居ながら耐震改修を2年がかりで実施した。

1. ビル概要

所在地: 東京都千代田区 「飯田橋」徒歩1分

延床面積:1,700㎡ 

階数:  地上9階

竣工年: 1971年 

周辺環境:「飯田橋」はJR・メトロ4線が利用でき、東京や池袋などの主要駅に10分以内に移動できる交通至便な地域。オフィスビルや学校が多く、常に人通りがあってにぎやかな雰囲気がある地域である。

経営者の年齢:50歳代


2. 居ながら耐震改修に至った経緯

東日本大震災のあと、「10年後の東京」への実行プログラム2011事業による特定輸送道路(目白通り)沿いの建築物の耐震義務化にあたり、耐震診断で基準外の判定を受け、耐震改修を決断した。当ビルは「飯田橋駅中央地区再開発」エリアにあり、当ビル単体での建替えは選択肢になかった。

改修にあたって補助金の活用は断念した。補助金を利用するには、一定期間内に改修期間を収めることが条件で、現テナントに一斉に退去してもらい一気に改修する必要があった。リーマンショックの影響による賃貸ビルマーケットに不安がある中で、改修に2年の期間を要すと考えた場合、改修中と改修後に新しいテナントが入居するまでの期間は収入がなくなること、またテナントの退去に伴う費用がかかることなどを総合的に検討した結果、テナントを退去させることなく段階的に耐震工事を実施することを選択した。

3. 居ながら耐震改修の取り組みの内容 

主な耐震化の方法は、外壁のブレースとフロア内の耐震壁の設置である。ブレースは外壁の内側に、耐震壁は下層階のフロア内に設置した。下層階は専用部を分割することになった。

まずは2012年に契約が切れたテナントが退去したフロアから工事を開始した。駅前の人通りの多い立地であり、安全面や工事車両による交通渋滞に配慮した。また、音の出る工事は夜間に実施し、ブレースはそのままだと搬入路が確保できないため分解して運搬し、設置するフロアで組み立てた。これまでのテナントと良好な関係を築いてきたため大きな問題もなく、土日を使って入居中のテナントに改修が完了したフロアへ引っ越してもらい、順番に改修を進めた。1フロアに約3か月、2014年5月の改修完了までに約2年強を費やし、耐震性は全フロアで基準値をクリアすることができた。また、耐震改修と同時に天井の張替や空調の更新を行い、ブレースで賃貸面積の減った居室は契約の見直しをした。

4. 居ながら耐震改修の取り組みに費やした費用と効果や反響

耐震改修に費やした費用は、約1億円。改修費とテナント対応費の割合は7:3で、テナント対応費の内訳は、引越代、内装費、1F店舗の営業補償費とテナントの部屋番号の変更による印刷物等への補填である。

取り組み後の効果と反響は、以下のとおり。

【テナントの反応】

● 営業の停止や退去もなく、また新しい改装済みのフロアへの移転で喜んでいただけた。

● 全館のテナントが理解し協力いただけないと成立しないのだが、東日本大震災の後でもあり、改修に賛同いただけた。


【ビルの収支】

● 築古ビルで旧耐震のため、将来の減収を不安視していたが、賃料は減額(坪単価)なしで、満室稼働が続いている。

● 再開発が決定しているため、大きな投資と改修期間の収入減は避けたかった。無収入の期間がなく、改修中も賃料収入は安定していた。


5. 居ながら耐震改修の取り組みによるビルの価値の変化(オーナーイメージ)

居ながら耐震改修の取り組みをした前後での変化をみた。同じテナントが入居を継続しているため、改修しなかった時との比較はできないが、空調設備などを更新したことも好評で、事前に予想していたよりも価値は向上した。

6. 居ながら耐震改修の取り組みをしての感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

きっかけは目白通りの建物の耐震義務化であったが、テナントが安心して入居し続けてくれていること、また、改修工事中のテナントの負担感やビル経営への負担を極力軽減して実施できたことを考えると、改修に取り組んでよかったと思う。実施していなかったら、賃料が下落したり空室が増えたりしていたかもしれない。

飯田橋周辺は、再開発が計画・実施されて街は整然としてきている。高層マンションができたことにより、生活に必要なスーパーマーケットや託児施設も増えた。また、ホテルの建設に伴って訪日外国人が増え、まちは変化してきている。変化した地域と旧来の地域とでは建物の耐震性能だけでなく、設備の仕様にも差が出てくるだろう。しかし、誰もがハイスペックなビルを求めるわけではなく、使う人によって求めるものは様々であろう。建物性能や賃料に幅があるということは、多様なニーズに対応できるため、まちの多様性を広げることにつながる。今後快適なまちを維持していくためには、耐震化などのハード部分の推進だけでなく、ソフトな面でも、町内会と行政の関係をさらに強化し、対応していく必要があると思う。

III.神楽坂升本ビル(東京都)

神楽坂升本ビルは、酒屋を営んでいた土地に1985年に新築された。約40年前の建築計画時から、建築後の周辺環境の変化とメンテナンスの効率化の重要性に着目し、設備や運営に工夫を重ね、ビルの品質を一定以上に保つビル経営を実践している事例である。見栄えのする内外装ばかりではなく、躯体や見えない設備のメンテナンス性が重要だと考えて採用された定期的・効率的なメンテナンスの工夫は、建物管理での手間を減らし、維持管理費用の軽減をもたらしている。

1. ビル概要

所在地: 東京都新宿区 「神楽坂」徒歩1分

延床面積:2,634㎡ 

階数:  地上5階/地下1階

竣工年: 1985年 

周辺環境:神楽坂は大正時代に栄えた街で、今でも大通りから一歩入ると大正ロマンの風情が残る路地があり、飲食店などの商業店舗と住宅が混在する落ち着いた街として人気が高い。

経営者の年齢:70歳代


2. テナントニーズの追求と効率的なメンテナンスの取り組みのきっかけ

当ビルのオーナーは、前職では大手メーカーの中央研究所に在籍していた。設備や資材に関する知識が豊富であり、さらにアメリカ留学時には、建物の健全な維持と長寿命化にはメンテナンスが重要であることを学んだ。先代が当ビルを新築する際に、設計段階から深く関わり、経年によるビルの劣化をなるべく抑え、ビルの品質を維持できるよう、様々な工夫を凝らしていった。

3. テナントニーズの追求と効率的なメンテナンスの取り組みの内容 

① 建築材料の工夫

雨や風にさらされる屋外の鉄製の建材は、錆や腐食を防止するための塗装で保護するのが一般的である。しかしながら塗装は、一定期間を過ぎると劣化したり剥がれてしまうため、定期的に再塗装するなどのメンテナンスが必要となる。当ビルでは、錆や腐食の対策として、錆や腐食の生じにくいアルミやステンレス材を採用した。36年前の新築当時は鉄製が一般的であったが、錆の出やすい丸環や屋上塔屋のタラップ、傷がつきやすい扉などの材質はステンレスとし、強度を必要としない屋上の柵などはアルミを用いた。また、屋内外の給水管は、通常のライニング鋼管でなくステンレス鋼管とした。

賃貸部分の内装壁はクロスを使用せず塗装とした。クロスで仕上げると、原状回復の度に剥がした下地部分が荒れて、張替後の仕上がりが悪くなるのに加え、同じ柄のクロスが手に入らない場合は、全面張替が必要になる。塗装であれば、塗り重ねが可能で、色合わせや部分塗装も簡単にできる。

② 使われ方の変化を見据えたスペック

海外のビルを見てきた経験から、テナントのオフィスの使い方が今後大きく変化すると予想した。設計当時はインターネットがなく、個々人でコンピューターを使用することはなかった。しかし、将来的にパソコンが普及すると考えて、電気容量を多めに設定し、予備系統(分電盤)も準備した。また、テナントにフロア貸しすることを想定していたものの、景気の変動や誘致するテナントの業種が変化しても対応が可能なように、フロアを分割できるよう電気系統を分けた。空調は使い勝手を考え、個別空調とした。当時はマルチ型の個別空調がなかったため、1対1(室内機:室外機)の個別空調を導入した。水回りでは、1980年に洋便器の出荷率が20%以上和便器を上回ったトレンドから、トイレは全数洋便器とした。さらに建物の耐震基準が新旧の狭間であったので、当然に新耐震基準を採用した。

③ 計画的な修繕の実施

テナントクレームや急な不具合の発生を防ぐため、定期的なメンテナンスを心掛けている。日常メンテナンスに加え、今まで壁の防水塗装や屋上防水の更新を2度、空調更新を2回(2回目は東京都の補助金の利用)、トイレの更新、共用部塗装改修などを実施している。

4. テナントニーズの追求と効率的なメンテナンスの取り組みに費やした費用と効果や反響

メンテナンス性を重視した設計変更により、変更部分の建築費は、設計当初の見積もりの3割増しとなったが予想以上の効果をもたらしている。

【建物の維持管理】

● 修繕の手間が省け、管理コストが削減できた。

● 計画修繕の周期を長くとることができて、テナント市況が厳しい時期にも支障なく修繕の時期を調整することができた。

● 錆が発生しにくいため美観の維持に加え、築35年でも赤水や漏水のトラブルは全くない。

● 時代とともに、誘致するテナントターゲットが変化してきたが、比較的容易に対応できている。


【テナントの反応】

● 同年代同規模のビルに比べ空調が快適で、クレームも少ないと自負している。

● テナントの満足度が高く、テナントには長期間入居いただいている。


5. テナントニーズの追求と効率的なメンテナンスによるビルの価値の変化(オーナーイメージ)

ビルの価値の変化を竣工当初と現在でみた。メンテナンス性を重視した設計と竣工以来のきめ細かい対応により、一定以上の品質を保持し続け、取り組みをしなかった場合と比べ、価値の低下は少ないと考える。

6. テナントニーズの追求と効率的なメンテナンスをしての感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

当ビルは、建築費が割高だったバブル期前に計画し、竣工したのちにバブルが崩壊して賃料が低下したうえに空室も発生し、金利負担による経営の悪化が続いた。十分なメンテナンスができない時期もあったが、設計時の取り組みのおかげで、品質を落とすことなく運営を継続することができた。

ビルの計画時点ではデザイン面が重要視され、長期を見据えたビルメンテナンスの面からの意見が反映されることは少ないのではないだろうか。しかし、長期間建物を健全に活用していくためには、見栄えのする外装・内装だけでなく、躯体や見えない設備のメンテナンスがとても重要である。費用は追加になるが、十分なメンテナンスを考えた設計は、長期的にみればコストや手間の削減につながると感じている。

計画時点から40年が経過し、ビルを取り巻く環境が変化し、ハード・ソフト面での対応が必要となっている。今後は、給水設備の直結増圧方式への改修を実施する予定だ。自然災害への対策として、マンホールトイレを整備したが、乾パンと水(150人分)の備蓄もしていきたいと考えている。

また、将来、建替えする際には、改修しやすいよう今よりも天井高を30cmほど上げたい。メンテナンスと更新の容易性から給排水設備配管は建物の外に設置することなども検討したいと思っている。これからも、効率的運営と社会環境の変化に対応できる工夫を凝らしていきたい。

IV.本郷瀬川ビル(東京都)

本郷瀬川ビルは、テナントにとっての快適な空間を作るために、継続的に設備改修を実施し、環境性と機能性の両面で高い水準を維持している。また、テナントと協働して行う省エネ対策やテナント同士の交流を促進する季節のイベントなど、ソフト面でも実績を積み重ねている。これらのテナントの満足度向上を大方針とした総合的な取り組みが、安定した事業継続への好循環をもたらしている。さらに2014年には、日本初のBOMA360認定(後述)を取得した。

1. ビル概要

所在地: 東京都文京区 「本郷三丁目」徒歩5分

延床面積:3,703.9㎡ 

階数:  地上7階/地下1階

竣工年: 1988年 

周辺環境:地下鉄の2線が利用でき都内の主要駅へのアクセスが良い立地。江戸時代には大名屋敷が立地し歴史的建造物も多い。周辺に東京大学をはじめいくつかの大学が点在する文教地区であり、住宅地としても人気の高いエリア。

経営者の年齢:70歳代 40歳代


2. テナント満足度を追い続けた取り組みとビル経営方針

1988年に当ビルを新築した。計画にあたっては、3年間の企画期間を設け、アメリカのビルなどの事例を研究し、設備の交換がしやすい構造や、経年劣化を感じさせないような維持管理の考え方を設計に取り入れた。エントランスの郵便受けは、今となっては当たり前であるが、当時としては珍しい外部から投函し内部からの受取ができるような仕様になっており、のちにセキュリティシステムを設置した際も大きな改修なく済ませることができた。また、レンタブル比が落ちることにはなるものの、既存テナントの増床や中小企業のニーズに対応できるよう、共用の会議室を新築時から設置している。

テナント満足度の向上のため、日ごろからテナントとのコミュニケーションを大切にし、テナント同士の交流を促進するとともに、同じ業種に入居してもらうときには細心の注意を払うなど、細やかな気配りを大切にしている。当ビルの立地は、文教地区・住宅地であり、決してオフィス中心の街ではないが、テナントの満足度を追い続ける経営方針と、それに好感をもつテナントにターゲットを絞り込んでマーケティングを行ったことが、満室稼働に繋がっている。この方針は、テナント市況の好不況によってぶれることはない。

3. テナント満足度を追い続けた取り組みの内容 

① 安心安全と快適性の徹底

継続的に新技術を導入:環境にやさしく、テナントの快適性を前提にした新しい設備の導入や更新を継続的に実施している。照明のLED化をはじめ、空調機はデシカント空調(*1)を導入、窓ガラスもペアガラスとした。また、外壁の防水等の修繕や改修も定期的に実施している。近年、男子トイレのブースの利用が増えてきたことに対応して、ブース増設を含めての全面改修を行った。

*1 温度と湿度を分離制御する省エネ型の空調システム。湿度を直接コントロールすることで、夏期は冷やし過ぎなくても快適に、冬期は乾燥を防ぐ空調システム。

点検など日常的な維持管理:安全のための点検としてはエレベーターの保守点検を月2回実施しているほか、水の安全にも配慮し、給湯室には浄水器を設置している。

② テナントとのコミュニケーションと季節のイベント

BBQ大会(年3回)餅つき大会(年1回):全テナントと地域関係者、ビルメンテナンス会社、取引先等の担当者を招待している。開催時には、エントランスのスペースはまるでビアレストランのテラス席の賑わいとなる。

お茶会:敷地内にある登録有形文化財である「本郷瀬川邸」にて開催している。一般公開されていない風情のある庭園や文化財の骨董品などを観ながら、お茶を楽しむ時間を提供している。また、ひなまつりや紅葉の季節にも、テナントには「本郷瀬川邸」を開放しており、昼食時の休憩などに利用されている。

食事券:周囲は住宅が多く、飲食店が少ないこともあり、1階にレストランを誘致している。テナントサービスの一環として定期的に全テナント従業員に食事券を配布することで、レストラン・テナント双方のメリットを演出している。

③ テナントとの協働

省エネ活動:当ビルではエネルギーデータを計測しCO2排出量をエレベータホールに掲出するなど、省エネについての情報を共有することでテナントの省エネ意識を高めている。エネルギー使用量削減の実績に結び付けるとともに、テナントとの強いリレーションのベースとなっている。

④ 日本で第1号の認証取得

BOMA360:当ビルが日本で初めて取得したBOMA360は、ビルの経営管理全般と日常の維持管理水準を評価する全米ビル協会が認定する優良ビルの認証で、米国で急速に普及している。環境やエネルギーだけではなく、セキュリティやマネジメント、テナントリレーションなどビル経営に関するパフォーマンスを360度の全方向から評価するもので、テナントが満足する管理サービスを追求する当ビルならではの認証取得と言えるだろう。

4. テナント満足度を追い続けた取り組みに費やした費用と効果や反響

取り組み後の効果と反響は、以下のとおり。

【テナントの反応】

● ビルヂング協会主催のテナントアンケートにおいて満足度を調査したところ、全国の平均が70点弱であるのに対し、当ビルは平均95点を獲得。全テナントの約半分が100点であった。

● デシカント空調は一年中安定した温度と湿度を保っていられるため、テナントにも好評である。

● 省エネ効果の高い設備が揃っているため、電気代の軽減につながっている。また、入居前に電気代の目安を伝えているため、安心して入居できるとの声もある。

● イベントでテナント同士のコミュニケーションも増え、ビジネスに発展するケースもある。

● テナントとビル側との間の風通しがよく、音やにおいの出る工事でもクレーム等は殆どない。


【その他】

● テナントが満足する管理サービスやテナントリレーションなど、高い水準で実現できていると自負していたが、BOMA360という第三者評価の認証取得にあたり、新たな項目を確認、実行できた。


5. テナント満足度を追い続けた取り組みによるビルの価値の変化(オーナーイメージ)

当ビルの価値の変化を新築時と現在とで比較してみた。新築当初は、ビルの価値の持続を目的としていたが、日常の維持管理とテナント満足度向上のための設備更新やイベント等の施策が功を奏し、当初の予想よりもテナントから見た価値が向上している。

6. テナント満足度を追い続けた取り組みをしての感想と今後のビル経営に向けて(オーナー談)

テナントには長く入居してほしい。そのために快適な空間を作る施策を新築以来継続して実施してきた。このビルの魅力をわかっていただくため、またテナントを理解するため直接話を伺うことを大切にしている。

BOMA360の認証を取得したが、取得によってビル経営における大きな収益等の改善があったわけではない。しかし、取得にあたりクリアした項目は、テナントの満足度向上のための気づきとなり、大変参考になった。

このビルは、先祖の土地を活用したビルである。本郷は歴史的に魅力があり、大学卒業生などの土着意識の高い地域でもある。地域との共存・貢献は今後も重要となるし、関わりは大事にしたい。

今後、人口減少や働き方改革の影響で、オフィスのスペースがどう変化するかに大きな関心がある。また、ウェルネスの要素やテナントの多様化等により、オフィスの使われ方も変化していくであろう。本郷のこのビルで、オフィスの知的生産性に繋がるサービスや施策を考えていきたい。またその大きな変換点がいつか、新たな投資のタイミングはいつか、見極めていきたい。



<謝辞>
本レポートの作成にあたり、取材にご協力いただきましたビルオーナー様、管理会社様等関係者皆さまに心より御礼申し上げます。



(参考) ザイマックス総研:ビルオーナー関連レポート
     2019年12月17日公表:「ビルオーナーの実態調査2019
※当レポート記載の内容等は作成時点のものであり、正確性、完全性を保証するものではありません。
※当社の事前の了承なく、複製、引用、転送、配布、転載等を行わないようにお願いします。

英語版:Best Practices of Small-to-Medium-Sized Buildings – The 2nd Report

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