トピックレポート

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2018.07.30

米国不動産カウンセラー協会発表「2018-19 不動産に影響を与える今年の10大テーマ」

~世界的な不動産専門家集団による年次報告~

2018年6月、米国不動産カウンセラー協会(Counselors of Real Estate®)は、年次報告「CRE®が考える“不動産に影響を与える今年の10大テーマ™”」 2018-19年版を発表した。本レポートは、原文(英語)を同協会の会員(CRE)で国際委員会委員でもある中山善夫が代表を務める(株)ザイマックス不動産総合研究所にて翻訳し紹介するものである。原文は "The CRE® 2018-19 Top Ten Issues Affecting Real Estate™"。なお、昨年の結果については、2017年7月14日付のザイマックス総研Topic Reportを参照。

2018-19 TOP 10 RESULT
  • CRE® 2018-19不動産に影響を与える今年の10大テーマ
  •     
  • <短期的なテーマ>
  • 1. 金利と経済
  • 2. 政局と政治の不確実性
  • 3. 住宅のアフォーダビリティ
  • 4. 世代変化/人口動態
  • 5. Eコマースと物流
  •     
  • <長期的なテーマ>
  • 1. インフラ問題
  • 2. 破壊的テクノロジー
  • 3. 自然災害と気候変動
  • 4. 移民問題
  • 5. エネルギーと水不足

*米国不動産カウンセラー協会(Counselors of Real Estate®)
本協会は1953 年に設立され、不動産、ファイナンス、法務あるいは会計分野における実務専門家及び政府の政策担当者、学者等からなる高度専門家集団として国際的に認知された団体であり、複合不動産や土地に起因する諸問題の解決のため、専門的・客観的な助言を行っている。また、不動産業界における論理的リーダーシップを担う中心的存在として認知されており、現にCRE®は、50を超える多様な不動産関連分野の専門家によって構成される団体として、不動産に影響を与える諸問題やトレンドの現状と将来について、客観的な分析、検証、提言を行っている。CRE® は選りすぐりのメンバーシップであり、会員となるには既存会員からのinvitation が必須となる。当組織が発する「CRE」(不動産カウンセラー)の称号は、不動産カウンセリングのあらゆる分野において、会員が卓越した能力を有することを保証するもので、CRE 称号の保持者は、全世界で1,100 名しかいない。

**「CRE® 2018-19不動産に影響を与える今年の10 大テーマ™」について
CRE® 会員により構成される分科会の一つである対外委員会が検討・発表するもので、協会独自の調査、当協会の春期会合において集約された会員からの質的、相互的フィードバックの内容などの結果を総合的に加味して決定されたものである。

CRE®対外委員会は、毎年、「不動産に影響を与える今年の10大テーマ」を通じ、不動産業界を定義づける、より幅広い構造的問題を取りまとめている。

米国不動産カウンセラー協会のクライアントは、不動産を取り巻く様々なテーマのうち、足下において影響があるものと今後10年にわたり意思決定に影響を与える中長期的なものについての助言を求めている。これを受けて、同協会では、昨年までは「10大テーマ」として発表してきた形式から変更し、今回からは短期的な視点と長期的な視点とを区別して発表することとした。

<短期的なテーマ>

1. 金利と経済

マーケットは、過去何年にもわたって金利上昇を予測してきた。米連邦準備制度理事会(FRB)が緩やかに政策金利を引き上げる中で、今やイールドカーブ(利回り曲線)のフラット化が進んでいる。歴史的に見ると、これは景気後退の訪れるサインである。

2017年12月に可決された米国税制改正法案(The Tax Cuts and Jobs Act)は、同法案による個人及び法人税率の引き下げと2018年3月に可決された包括歳出予算法(Consolidated Appropriations Act, 2018、通称Omnibus Spending Bill)による実体経済への資金注入と相まって、財政上の刺激策となった。包括歳出予算法は1.3兆ドルもの歳出増額を行うものであるが、一方で財政赤字の拡大とそれを補填するための連邦借り入れの大幅な増額を伴う結果となっている。このことは、デット市場から民間セクターの借り手を「クラウディングアウト(押し出し、抑制)」することにつながり、借り手はより高い金利を余儀なくされ、ひいては景気の減速に繋がる可能性もあるであろう。

不動産分野において、このトピックで注視すべきこととしては、以下のとおりである。:

● この長い成長サイクルの終焉を目前に、不動産投資は抑制局面に突入するのか。

● 商業用不動産の取引において資金調達がより困難に、あるいはよりコストがかかるようになるのか。またその結果、すでに2015年以降13%減少している不動産の取引量はさらに鈍化するのか。

● FRBによる政策金利(Federal Funds, FF)の引き上げに伴い、住宅ローン金利も上昇するだろうか。

● 消費者物価指数は米国国債と相関があるが、これが上昇するにつれ、購買行動は減速し、すでに苦境に立たされている小売業にさらなる追い打ちをかけることになりはしないか。

● リスクフリーとされる米10年国債利回りが3%を突破したにもかかわらず、不動産の利回り(キャップレート)は依然として横ばいである。キャップレートはいつまた上昇し、それは不動産の価格にどのような影響を及ぼすのだろうか。このことは、出口戦略を検討する必要性が生じた場合に、より流動性があると考えられるゲートウェイ市場(注:ニューヨーク、ロスアンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、ボストン、ワシントンDCなど)に投資家が戻っていくことで、第三市場での投融資の機会が減少するということを意味するのではなかろうか。

2. 政局と政治の不確実性

不動産市場に影響を与える直近の政治トピックスとしては、以下のとおり、2つに分けることができる。

①不動産に間接的な影響を与える政策の変化:

● 米国税制改正法案(The Tax Cuts and Jobs Act)による影響については、個人よりは法人に有利なものとなるのではないか、2018年のGDP成長率を一時的に押し上げることがあっても、その後は、直近の平均値である2%前後にまた後退する展開となるのではないかといった見通しもある。企業にとっては株式の買戻しのみならず、投資や事業への支出を増やすことの後押しにもなるというメリットがあると見られている。

● 中国、カナダ、メキシコ、欧州連合との貿易戦争、北朝鮮やイラン情勢などの地政学的脅威をどのようにマネジメントするのか。


②不動産に直接的な影響を与える政策の変化:

これに関しては、おそらく不動産に最も影響を与える政策は最近成立したS.2155(*1)であろう。

この法案は大まかに言うと、ドッド・フランク法(*2)が課した非常に厳しい金融規制-例えばボルカー・ルール(Volcker Rule/銀行による自己投資を原則として禁止する規制)-を緩和し、特に小規模な金融機関への手続上の負担や規制コストを軽減するものである。総資産2500億ドル未満の金融機関については、「より厳格なプルデンシャル基準(enhanced prudential standards)」や「大きすぎてつぶせない(too-big-to-fail)」金融機関の対象から除外するような緩和策が盛り込まれている。さらにSIFI(システム上重要な金融機関)として厳しいストレステスト(健全性検査)の対象となる銀行の資産基準を500億ドルから1000億ドルに引き上げ、その対象の幅を狭くした。実際には、1000億ドルから2500億ドルの資産規模を持つ銀行に対しては、安全性の確保や金融システムへのリスク軽減のため、ケースバイケースでより厳しい基準を求める権限をFRBに与えている。

HVCRE(High Volatility Commercial Real Estate、ボラテリティの高い商業用不動産向け融資):バーゼルⅢ資本要件に含まれるこの条項は、収益を生んでいる物件を対象外とするほか、借り手が15%の資本拠出をしている場合の貸出も対象外、借り手が最低限求められる資本を維持した場合に分配を認めたり、現在の不動産鑑定評価額を資本拠出額に計上できることとし、2015年1月1日より前に実行されたローンについては、“グランドファーザー”とし、適用除外としている。この条項はまた、リスクの高い開発型貸付に適用すべきリスクウェイトなども含み、これらのルールを適用する際の金融監督機関に裁量を残すものとなっている。

HMDA(Home Mortgage Disclosure Act、住宅ローン情報開示法):この規定は、前2カ年のそれぞれにおいて、500未満のクローズド・エンド型住宅ローン(期限前弁済、条件変更ができないもの)及び500未満のオープン・エンド型住宅ローン(融資枠内であれば何度でも借入が可能なもの)を提供した保険預託機関(非預託機関は対象外)に対し、情報開示事項を減免するものである。

全体として、S.2155は、大規模かつシステム上重要な金融機関よりも、小規模なコミュニティ銀行への規制緩和を目的としており、既存の規制の控えめな調整とみなされている。

(*1)Economic Growth, Regulatory Relief, and Consumer Protection Act-2018年5月に成立。2010年の金融規制改革法(ドッド・フランク法)で引き締めた金融規制を大幅に緩和し、見直すもの。
(*2)The Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act- 2010年7月に成立した米国の金融規制改革法。2008年以降の金融危機の原因と考えられた多くの事項に対応するため、金融機関の説明責任と透明性の向上を通じて、米国金融システムの安定性の構築を目的としている。

3. 住宅のアフォーダビリティ

住宅のアフォーダビリティ(適正かつ値ごろ感のある住宅が取得・賃借しやすいこと)は、需給の両面からのプレッシャーに晒されている。

● サブプライム住宅バブルに伴った建築ブームを考慮に入れても、ほぼ20年間、米国は住宅の生産の遅れが常態化している。1999年以降はさらに住宅の供給不足は加速し、不足量はネットベースで200万戸近くに達している。

● 供給面だけではなく、一方で需要面の弱さにも原因はある。世帯収入の伸び悩みは、高所得世帯を除きすべての世帯において、手頃な価格の住宅や賃貸住宅を手に入れにくくしている。ブルッキングス研究所(注:米国の有名シンクタンク)のハミルトン・プロジェクト(Hamilton Project)が2017年に実施した調査によると、1979年以降、上位5分の1の高額所得者層における実質賃金は24%以上上昇している一方で、下位5分の1における実質賃金は低下している。下から2番目の5分の1は、いわゆる下流中産階級であり、実質賃金の上昇率は過去35年以上にわたり1%未満で、真ん中のいわゆる中産階級の上昇率は3.5%未満であった。

こういった状況のなか、都市圏や一部の郊外において逼迫圧力が高まりつつある。その背景には、旧来より中下層を中心に成長してきた都市部において、ミレニアル世代を中心とした層のジェントリフィケーション(gentrification、高級化、中産階級化)がすすみ、これまで中下層にとって現実的に購入しやすく値ごろ感があるとされてきたエリアや、老朽化した住宅ストックに対する新たな需要が高まり、その結果地価や家賃相場の上昇を招いていることがある。この問題がこの先1、2年に渡って深刻化していくと、住宅の需給問題への解決策を検討する上で問うべき重要な質問は、「誰が負担する(できる)だろうか」と「どのような方法で」の2点となってくる。

4. 世代変化/人口動態

歴史的に不動産市場は、主に25~34、35~54歳といった人口上の中心的な年齢層によって主にリードされてきた。しかし現在の不動産市場は、以下の4つのグループによって影響を受けている。その4つとは、①ミレニアル世代(1981年〜1996年の間に生まれた人)、②だんだんと高齢化するベビーブーマー(1946年~1964年までに生まれた人)、③ジェネレーションX(1960年代半ばから80年代初頭にかけて生まれた人、世代分布でいうところのその両極にある世代の特性を併せ持つ)、そして④ジェネレーションZ(1995年~2010年に生まれた人)である。

各世代が不動産に与える直接的な影響は、働き方やオフィススペースの利用方法、企業のオフィス選びにおける変化という形で表れている。住宅市場においては、これらの世代が年齢が上がるにつれて変化するニーズに対応することが今後求められ、これによって学生向け住居や一戸建て、集合住宅の市場は影響を受けることになるだろう。

各世代の欲求やニーズは似ているものの、結局のところは住宅を必要とするタイミングによる違い(たとえばミレニアム世代が家庭を形成するタイミングが他の世代より遅い)と住宅に求める要素の違い(たとえば徒歩圏内で生活のすべてが賄えること)が供給者にとっては様々なリスクとチャンスをもたらすだろう。

5. Eコマースと物流

米国商務省は、2018年第1四半期におけるオンライン上の小売売上高が1兆2337億ドルであったと推計した。これは、小売売上高全体の9.5%であり、商務省がデータ追跡を開始した1999年の1%未満から増加しただけでなく、Eコマースの伸びは、ほぼ20年間、小売売上高全体の伸び率自体を大幅に凌いでいる。たとえば、2018年第1四半期におけるオンライン売上高は16.4%増加した一方で、小売業全体の売上高の増加は4.5%にとどまった。通常オンライン販売されない自動車およびガソリン販売の売上高を差し引いて調整すると、電子商取引あるいはオンラインによる売上高は総小売売上高の30%近くを占めることとなる。

メディアでは「米国のショッピングモールの死」と、相次ぐ店舗の閉鎖が大きく取り上げられている。しかし、閉店する店舗がある中で、開店するものもある。Toys "R" Usが店舗を閉鎖する一方、Ulta、The Gap、Targetなどでは新規店のオープンが続いている。また、レストランやその他サービス関連の小売店における雇用は良好な状況が続いている。 オンライン市場での圧倒的優位性で知られるAmazonがWhole Foodsのような実店舗型チェーンを買収したことから分かるのは、小売業者が追及するのは今や「オンライン 対 実店舗」における勝利ではなく、すべてのチャネルにおいて圧倒的な優位性を持つことだということである。

小売業の不動産は、上記のように様々に進化する流れ(方向性)により、直接的な影響を受けている。このような状況の中、この猛攻を最も勝ち抜いているのがディスカウント業者と高級ブランド店である。また、Eコマースは、「ラストワンマイル」のためのストレージスペースの必要性に対応して、倉庫/物流施設に大きな利益をもたらし、1日または2日で配送することを保証している。

<長期的なテーマ>

1. インフラ問題

インフラ問題は、政治的な努力が行われているにもかかわらず、米国のニーズに対応する実行性のある取り組みがほとんど行われていないため、今回、2018-2019年の長期的な影響のあるテーマのトップに選ばれた(なお、過去数年にわたり、不動産に影響を与えるテーマのトップ10にランクインしている)。長期的な投資不足は、短期的にも長期的にも米国経済の減速リスクを高めていると考えられる。なぜならば、生産性に直接的に影響を及ぼすインフラ施設(道路、橋梁、ダム、堤防、公共交通など―これらは米国土木学会によるといずれも格付けが“D”以下となっている)や人的インフラ(教育や健康など)への関心が低くなるからである。

不動産は、それが既存のものであれ今後新規開発されるものであれ、信頼性が高く管理状態の良いインフラに依存している。このことは想像してみると容易に理解できる。たとえば、公共施設や道路、橋へのアクセスがない住宅、たどり着くための道路の状態が悪いオフィス、舗装状態の悪い道路の物流施設、宿泊者が状態の悪い道路や不十分な空港、危険な橋を経由してしかたどり着くことができないホテルなど―これらは、インフラ環境がいかに不動産に影響を及ぼすかを示唆する一例であろう。

2. 破壊的テクノロジー

不動産業界も他の業界と同様に、ブロックチェーン、AI(人工知能)、自動運転、仮想通貨、人が介在しない取引プラットフォームなど、新しいテクノロジーを採用する姿勢を取っている。これらの技術は不動産業界、あるいは不動産市場のすべてを変える可能性を持つものである。

Eコマースは店舗としての不動産のあり方を大幅に変えた。オンライン販売と実店舗との連携が強化されたことにより、オンライン事業者による旧来の小売事業者の買収や、新しい店舗モデルの展開が進んでいる(Amazon Goの店舗はその一例である)。 UberやLyftなどに代表されるライドシェアサービスを提供する企業は輸送手段や交通のあり方を変えており、その延長線上として将来的には一戸建てや集合住宅において車庫が不要となるなどの変化をもたらすだろう。データは、一般的に、取引の透明性向上や人口統計的なターゲッティング、無制限の相互接続性、洗練されたサイバーセキュリティとプライバシー制御まで、コモディティ化されてきた。

ビジネスや不動産管理、建築設計に至るまで、住宅、オフィス、倉庫、ホテル、共同住宅など、あらゆるタイプの不動産がテクノロジーを採用することで、向上・強化されるという恩恵を受けている。

不動産実務家や所有者、投資家は自由に最新テクノロジー・ツールを採用することができるが、最終的には、自らの事業、不動産、サービス、あるいは抱える問題やその解決策に最適なものを慎重に選択する必要があるであろう。最新テクノロジーの利用自体が目的ではないということを忘れてはならない。

3. 自然災害と気候変動

気候変動や自然災害が不動産に及ぼす影響は、年々高くなっていると認識されている。大手再保険会社、ミュンヘン再保険会社(Munich Re)の保険アナリストによる予測では、海面上昇と暴風の発生頻度の増加により、今後数十年間で年平均170%の損失増加に繋がるとしている。 2006年以降、損害の大部分は極端な気温、干ばつ、森林火災などの気候上の出来事の結果、全体的な損失のかなりの部分が生じている。2017年、シアトルは降雨なしで連続して55日間の最長無降水継続日数の記録を立てた。その期間、カスケード山脈や、遠くカナダのブリティッシュ・コロンビア州などで起きる森林火災による煙が、ピュージェット湾周辺に大気汚染をもたらした。

2017年8月下旬時点において、米国全体で干ばつが起きている面積の割合は38%から26%に低下していたが、最も深刻な干ばつの割合が上昇した。

各地域は自然災害による被害を緩和する各種取り組みに着手している。一例として、フロリダ州のマイアミ・デイド郡は海面上昇による上下水道システムへの影響を最小限にする対策に着手しつつ、都市部におけるスプロール現象を抑制するため小規模な開発を推奨するほか、車依存社会の改善に取り組もうとしている。

地方自治体や不動産デベロッパーは、各州や地域がそれぞれ掲げる様々なエネルギー規制やサステナビリティ規制に沿わなければならない。これらを越えるような連邦政策など存在しないのだ。このことは企業にとって、企業移転の際に州や地域を超えた複数の場所で各自治体職員と協同することを難しくしているほか、地域ごとに定められたグリーンビルとオペレーションに求められる要件を満たしながら事業を拡大することを引き続き難しくしている。複数拠点を持つ企業(あるいは複数個所に店舗や支店、レストランなどを持つ企業)は、こういった複雑な規制を避けるために一部の地域を避けることもあるだろう。

4. 移民問題

RAISE法案(*3)(「強い雇用のアメリカ移民改正法」)は、永住権(グリーンカード)の提供を現在の年間110万人から年間50万人に減らすことで合法的移民の数を制限するものであるが、これによって影響を受けるのが非合法な移民労働者である。法案支持者は、安価な移民労働者が高い技能を持たない米国籍労働者の賃金に与えると推定されるプラスの影響力の高さを強調する。またこの法案は、高等教育を受け、英語を話し、高い所得を得ているなど、米国に貢献できる候補者を優遇するポイント制度導入した移民制度の構築を目指しているのが特徴だ。

米国のケイトー研究所(The Cato Institute、注:公共政策に強い米国の研究所)のシニア移民政策アナリスト、アレックス・ナウラステ(Alex Nowrasteh)氏は、今までの制度は、移民の技能を米国の経済的ニーズに適合させる方法として比較的効果的であったが、新しい制度は賃金へのポジティブな効果は得られないと反証する分析レポートを発表した。また米国移民法センター(The National Immigration Law Center)も、RAISE法案は「合法的移民の減少は米国人労働者への労働機会の増加を意味する」とするが、それは不正確であり、世の中に誤解が生じる情報を与えていると主張する。特に、STEM(科学、技術、工学、数学)分野における技能者を確保する手段として長年、移民の増加を切望してきたテクノロジー業界は、RAISE法案は「経済に深刻な害を及ぼし、現実に米国人の賃金を押し下げる」と主張している。

米国はこの先10年、人口動態の変化による労働不足を背景に、経済成長が鈍化する問題に直面するであろう。そして、こういった問題は不動産への経済的な影響をもたらすだろう。

RAISE法案が改変しようと試みている1965年の移民法(The Immigration and Nationality Act of 1965)は、移民の排斥がより厳しい他の主要競合国と比較して、米国に圧倒的な人口の純増(死亡者数を上回る増加数)を国内にもたらすものであった。その結果、一例としては、移民政策により米国の農業セクターを強化することができた。不動産市場においては、移民の減少は、米国経済を牽引する市場の一つ、Eコマースにおける影響が懸念される。アマゾンが2017年8月2日、全国的に開催したジョブフェアでは、フルフィルメントセンター(注:アマゾン独自の配送センター)でのピッキング、梱包、出荷などの作業要員として雇用したい従業員は5万人に上った。

(*3)The Reforming American Immigration for Strong Employment Act-2017年に提案された移民制度改革法案。米国における合法的移民を半減させ、より米国への経済貢献度の高い移民を優遇するポイント制度を導入するなど、移民を制限することを目的としている。2017年8月、トランプ大統領は承認を表明した。

5. エネルギーと水不足

地方自治体は、不動産所有者に雨水管理システム及び装置への投資や緑化を促す政策をますます強めている。このような投資は、投資利回りの増加、住民やテナントへ具体的なアメニティの提供、運営コストの削減、洪水や干ばつへの準備の向上など、不動産価値を高めることにつながる。

スマートビルディングは、建物の運営に影響を与える新技術によって一般的となってきており、テナントによりますます求められている効率性(efficiencies)や連結性(connectivity)の両方を提供するものである。なお、課題としては、サイバーセキュリティを確保し、サービスへの影響を回避し、ハッカーの侵入を防ぐことである。

多くの建物は石油よりも、天然ガスやその他のエネルギー(太陽光や風力を含む)に依存するが、OPECの影響により石油やガソリンの価格が高騰する中、エネルギー生産や価格の動向は最近変化してきている。ガソリン価格は前月比3%上昇し、2018年4月の総合インフレ率は14%高の2.5%に押し上げた。住宅ローンを含む金利の上昇による資金調達コストの増加と併せて、エネルギー価格の上昇は、2018年における最も楽観的な成長予測の逆風として作用する可能性がある。

最近の研究では、悲惨な水不足に苦しんでいる地域は米国のわずか1.2%に過ぎないといわれているが、一部の州(例えばカリフォルニア州)では水不足や干ばつの影響がより深刻となっている。干ばつに苦しむ地域の面積の割合は、米国全体で見ると過去1年間で(2017年8月下旬時点)38%から26%に低下しているが、最も深刻な干ばつの割合は上昇した。総人口の8割が都市部や都市部近郊に住んでいる米国のような先進国では、水への需要はこれからもますます集中し続け、そして増加し、都市部などの中心部の不動産は、資源を守ることと人口を支えるという二つの役割を持つ場としてのプレッシャーが高まるであろう。

不動産へのその他の影響としては、森林火災の拡大、一部の地域における自然環境の成育不良、給水制限、大気汚染などがあるが、これらは、居住者、投資家、企業などがよりリスクを軽減したり、質の高い生活を求めたりする場合の場所選びに影響を及ぼすことになるだろう。一部のコミュニティや州では、住宅所有者、賃貸人、企業、企業の従業員など、他の地域を選ぶことで、人口が大幅に減少する可能性も出てくるであろう。

<Watchlist>

CRE®は、上記以外についても、長期的にネガティブな影響を与える可能性があり、その流れの様々な段階にある問題を「CRE® Watch List」に置き、注視している。今回取り上げられているテーマは、「建設コスト」「減税」「都市化/郊外化」「社会的リーダーシップ」である。

建設コスト

建設コストの上昇は、商業用不動産の開発や再開発、テナント工事などの実施タイミングやコストに影響を与えている。さらに、コストの上昇は住宅価格の高騰にも寄与している。

建設コスト高の影響で金融機関がより慎重かつ保守的となる中で、不動産デベロッパーにとって新規プロジェクトの概算を経済的に算出することがますます困難となってきている。一方で、この問題は、現在の景気循環において成長率が低下しているにもかかわらず、より緩やかな供給レベルにより、ファンダメンタルズが改善してきたことも事実だ。

Engineering News-Record(注:米国の建設業界誌)によると過去1年間で建設コスト指数は3%上昇した。特に労働コストは同一期間内で2.9%の増加を見せている。主要な部品コストでは、木材が9.8%増、コンクリートブロック4.5%、アスファルト舗装4.4%の上昇となっている。鉄鋼やアルミニウムに課せられることとなった関税は、これらの建材コストにさらに上昇圧力をかけようとしている。今後おそらく、建設コストのインフレ率は、消費者物価指数の上昇よりも急激で、高いものになるであろう。

建設コストの上昇が続くと、企業や実務家は、スペースの利用方法の見直し、低コスト市場への移転、あるいは新技術導入などに踏み切る可能性がある。

減税

2017年の米国税制改正法案(The Tax Cuts and Jobs Act)に盛り込まれた州税および地方税(SALT)における控除可能性の変化が、SALTのレベルが低い州にはプラスの、高い州にはマイナスの影響を及ぼすとの予測が広がっている。

過去12か月における、税収が最も高い10の州と最も低い10の州における雇用データを比較したところ、テキサス州、ネバダ州、テネシー州を筆頭とする税収の低い州では、過去2年間で462,100件の雇用が増加し、成長率が2%であった(これは米国平均1.6%を上回る)。一方で、税収の高い州(カリフォルニア州、ニューヨーク州、オレゴン州など)では、657,600と、より多くの雇用が生まれているにも関わらず、経済規模の大きさの影響により成長率は1.3%にとどまった。近年の減税政策による効果が今後累積するにつれ、全体的な経済成長を加速させ、低税率と高税率の地方間の格差を広げる可能性がある。

さらに生産性への影響についても着目して欲しい。税収の低い10州では州内総生産(GSP、Gross State Product)が2兆9000億ドル(GDPの15.5%)、つまり労働者1人当たり平均124,039ドルであった。一方で税収の高い10州では、GSPが合計7.3兆ドル(GDPの38.0%)、1人当たりに換算すると146,478ドルの貢献となっている。税収の高い州における生産性は、低い州よりも18.1%高いといえる。経済活動を低税率州にシフトする政府の政策は、全国的に労働者一人当たりの生産性を低下させるリスクを伴う。税負担の低い州への移転促進で投資対効果を高める事例を作ることは比較的に簡単だが、生産性を上げるにはインフラや教育など、人的資本への投資も不可欠である。税収の低い州は、これまで税収の高い州が行ってきたような公共投資に消極的であったし、低い税率は、そういった公共投資の少なさの結果でもあるのだ。

不動産については、特に低コスト、とりわけ税率が低い州への移転がコストカットに効果的であるとの議論が説得力を増すと、雇用や資本の流れる方向性が不動産に影響を与える可能性がある。しかし、労働者1人当たりの生産性の高さと、それが企業にもたらす利益といったメリットが、事業コストを低く抑えられることによるメリットを上回る可能性もある。だからこそ、コストが競争力の源泉となっているサンベルト地域における市場と比較して、賃料が高く、高い付加価値を得られる都市が高い入居率を維持しているのであろう。

都市化/郊外化

「郊外の苦境」に関する最近の意見、あるいはミレニアル世代が30代後半、40代前半になるにつれて都市生活を追求し続けるかどうかといった議論は、都市と郊外を不必要なまでに二極化させている。同様に、米国税制改正法案が住宅所有者の住宅ローン金利や州・地方税の税金控除を制限するとしたとき、新聞や雑誌において「税率の高い州」をランク付けし、人々が税率の低い州に移転する割合の推計やその影響として税率の高い州における住宅価格が下がるといった様々な記事が取り上げられた。

しかし、これらは地域の選択においてひとつの側面でしかない。移転する個人や団体・企業は、その地域において受けられる商品やサービス、恩恵を1セットとして選択し、移転先を決定する。都市部には多様性や娯楽、雇用機会などにおいてメリットがある。一方で、1980年代には犯罪、渋滞、教育レベルの低さなど、都市生活について回るコスト(あるいはデメリット)が郊外に移住する人口の割合を増やした。その傾向は1990年代半ばに都市の安全性が向上するにつれて逆転し始め、多くの人々は、より狭く、家賃の高い住宅に住んででも、通勤時間の短縮や都市生活において受けられる様々な恩恵を選択するようになった。

しかしこれは、郊外が進化していないことを意味するものではない。ミレニアル世代のうち年齢層が高めな世代は、郊外型の、より広く、それでいて都市のようなアメニティを備えた地域における住宅を求めるようになるという仮説もあり、不動産デベロッパーは、様々な要素を混在させた複合型の都市開発を従来の都市の近郊に進めている。

また、税率の高い地域は必ずしも人口が減少するとは限らない。こういった地域を選択する住宅所有者は、良質な学校や安全なコミュニティなどの利点を得られることを認識したうえで、比較的高い税金や、高い住宅価格を支払うことに同意しているのである。

地方における誘致合戦は形式化されて専門的になりつつあり、多くの都市や地方は経済開発担当者が配置され、企業や個人向けの減税策やその他の魅力的な制度を提案して移転や移住を促進している。たとえば、アマゾンの「HQ2(第2本社)」の候補地探しにおいては、現地の会計事務所やコンサルティング会社が今や標準的に提供する移転コンサルサービスを利用した一例である。都市や郊外が進化するにつれて、不動産における価値の内容も変化している。たとえば、住宅/オフィス/小売などの複合用途のアセットは価値が向上する一方で、リージョナルモールなどは今やそれほど価値があるものと見なされなくなっている。

社会的リーダーシップ

人々が安全に、確実に、持続的に、そして生産的に暮らし、働き、楽しみ、交流する環境の提供者として、不動産業界はどのようにリーダーシップを発揮できるだろうか。

ミレニアル世代は、全体として、より深く社会や環境とのかかわりを持ちたいとの欲求があるようだ。これに対応して、多くの企業は、不動産へのアプローチを変化させ、どのようにしてこれらの企業がビジネスモデルを通じて、同様に社会や環境の改善に貢献できるかを考えている。

この世代やさらに若い世代、例えば10代あるいは20代前半の若い世代でさえも、旧来型の価値観を受け入れがたく感じているようだ。これは、1960年代以降あまりみられなかったことである。この種の活動主義は、セクシュアル・ハラスメントや銃規制などの問題を超えて、さらにホームレスや住宅のアフォーダビリティなどの問題に発展していく可能性もあるだろう。

そのほかに注視すべき点としては、政治の二極化が今後の不動産所有に与える影響、また政治的な見解の違いがテナントミックスのような、不動産業を行ううえでの変動要因に影響を及ぼすかどうかなどの政治と不動産の関係性である。さらに不動産所有者が開発すべきかどうか、そして不動産に起こるべき事象について予測し、マネジメントできて、アクションプランがあるかどうかという点である。

過去2年間で最も大きな変化は、おそらく様々な議論の最前線に立つ女性の増加であろう。2018年 4月30日現在、527人の女性が米国上院または下院議員に立候補している。その他、40名の女性が州知事に立候補している。SNSにおける「#MeToo(私も)」の動きは、政治やビジネスの現場に大きな影響を与えるものとなっている。不動産、特に商業用不動産事業や旧来的には男性が主であった建設/開発の分野でも女性管理職は増えており、昇進し、より重要な役割を持つ仕事に多く就いている。

(参考)最近のCRE® Top 10リスト

※従来は1~10位で発表、今年から短期的及び長期的の上位5位までの発表に変更された

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