今後の商業施設のあり方

メガトレンドからみる10大トピックス

はじめに

ザイマックス総研は、今般「今後の商業施設のあり方」を取りまとめた。本レポートは、2019年12月公表の「これからの商業施設を考える」(*1)および2021年12月公表の「ポストコロナ時代の商業施設を考える」(*2)の続編であり、昨今の社会経済における構造変化を背景として、商業施設のトレンドと今後のあり方を整理したものである。

商業施設は社会の公器であり、主に消費者が利用する場であることから、社会構造や消費者行動、ならびに価値観の変化による影響を受けやすい。こうした社会経済状況は常にかつ加速度的に変化しており、それらが商業施設に及ぼす影響を分析することは極めて重要なテーマである。しかしながら、これらを網羅的に取りまとめたレポートは、わが国にはほとんど存在しない。

そこで本レポートでは、重要と考えられる10のテーマを抽出し、それぞれについて「1.メガトレンド」「2.商業施設のトレンド」「3.商業施設のあり方」の3つの視点から考察を行うこととした。なお、各テーマに優先順位や優劣を付けるものではない。本レポートが、商業事業者のみならず、投資家・施設所有者などにとって、商業施設に関するトレンドを把握し、理解を深めるための一助となれば幸いである。

今後の商業施設のあり方 10大トピックス

1.人口減少・少子高齢化
2.物価上昇
3.人手不足
4.テクノロジーの進化
5.働き方・働く場所の変化
6.外国人との共生
7.都市と地方
8.建物の築古化
9.サステナビリティ
10.ウェルビーイング

*1 2019年12月24日公表「これからの商業施設を考える

1. 人口減少・少子高齢化

1.1. メガトレンド

人口減少および少子高齢化は、日本が直面する最も重要な社会課題の一つである。日本の総人口は2008年をピークに減少へ転じ、以降、一貫した減少傾向にある。2025年時点の総人口は約1億2,300万人(*1)であるが、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、2056年に1億人を下回り、その後も減少が続くと見込まれている(*2)。

高齢化の進展も顕著である。65歳以上人口の割合(高齢化率)は、1990年の約12%から2020年には約29%に達し、日本は世界でも類を見ない速度で「超高齢社会」へと移行した(*3)。今後も団塊ジュニア世代が高齢期を迎えることで高齢化率は一段と上昇し、2040年には国民の3人に1人超が65歳以上となるとの見通しが示されている(*2)。

出生数の減少も深刻な状況にある。年間出生数は1980年代半ばには約150万人台を数えたが、2016年に初めて100万人を割り込み、2024年には統計開始以来、初の70万人割れとなる過去最低を記録した。同年の合計特殊出生率も1.15に低下した(*4)。人口維持に必要とされる人口置換水準は約2.07とされており、これを大きく下回る状態が続いている(*5)。

こうした人口構造の変化は全国一律ではない。東京圏など一部大都市では一定の転入超過が続く一方、多くの地域では人口流出がみられる(*6)。さらに、全国的には世帯構成にも変化がみられ、単独世帯の増加が進む一方、3世代世帯は減少傾向にある(*7)。加えて、共働き世帯が増加する一方、専業主婦世帯は少数派となっている(*8)。

1.2. 商業施設のトレンド

こうした人口減少・少子高齢化や世帯構成の変化を背景に、商業施設の利用構造も大きく変化している。従来の「車で郊外モールに来館するファミリー」を中心としたモデルは相対的に優位性が低下しており、高齢者・子育て世帯・単身者が、それぞれの目的に応じて施設を選択する段階に入っている。

高齢者は、遠方の大型施設よりも、徒歩圏やバス路線でアクセスできる近隣型・駅前型のコンパクトな施設を選ぶ傾向が強い。消費支出額の大きい層とは必ずしもいえないものの、生活必需品やサービスを目的とした継続的な来館が見込まれるため、施設にとっては安定した利用者層である。こうした層に選ばれるためには、アクセスのしやすさや施設内での移動負担の軽減など、安心して利用できる環境整備が重要となる。ユニバーサルデザインに基づいた動線確保や休憩スペースの拡充といった身体的負担を軽減する工夫は、「付加価値」というより来館の「前提条件」になりつつある。

子育て世帯にとっては、共働き・ひとり親世帯の増加を背景に、「短時間での利便性」と「安全性の確保」が鍵となる。食品・日用品に加え、キッズ関連、学習・保育支援、家事負担の軽減につながるサービスを複合的に提供し、日々の用事を一か所で完結できる施設への需要が高い。

単身者・DINKs(共働きで子どもを持たない世帯)層は、職住近接エリアを中心に駅直結・複合開発型施設を利用する傾向が強い。生活効率を高めるサービス業態に加え、カフェや趣味性の高い専門店など、時間価値や自己実現に資する業態への志向が顕著である

このように、人口減少・少子高齢化や世帯構成の変化が進むなかで、商業施設の主な利用者像は単一モデルから複数セグメントへと分散し、生活課題や時間制約に応じて来館目的や利用の仕方が細分化している。

1.3. 商業施設のあり方

以上を踏まえると、人口減少・少子高齢化社会における商業施設の基本方針は、国内市場の縮小を前提とした「生活インフラ機能の強化」と、限られた市場パイを最大化する「収益モデルの拡大」にある。具体的には、以下の三つの方向性が重要となる。

第一に、「日常生活完結拠点」としての機能をさらに強化することである。消費支出額の大きい食品・日用品・医薬品などの生活必需品の物販機能に加え、医療(クリニック・調剤薬局)、介護・福祉(介護相談など)、金融・行政サービス、教育・文化(カルチャー関連機能など)といった生活支援機能を集約し、「ワンストップで生活インフラ機能が完結する」利便性を高めることが求められる。日々の暮らしに付随する移動や用事の「物理的・時間的コスト」を削減することは、消費者の生活の質(QOL)向上に直結するとともに、施設へのロイヤリティの醸成につながる。

第二に、立地・商圏特性により異なる需要に合わせ、施設の価値を「ローカルに最適化」することである。都市・地方、都心・郊外、住宅地・オフィス街といった立地環境により、商業施設に求められる役割は大きく異なる。高齢者支援に特化した近隣型、子育て世帯向けのコミュニティ拠点型、職住近接エリアの利便性強化型、さらには訪日客の嗜好を捉えたインバウンド特化型など、商圏属性やマーケットボリュームに合致した独自の施設像を構築し、需要を漏れなく取り込むことでシェアを最大化していくことが重要である。

第三に、国内市場の飽和を補う「海外マーケットの開拓」と「デジタルチャネルとの連動」である。国内依存の成長モデルが限界を迎えつつある一方、中間層の拡大が進むアジア圏を中心に、日系小売・飲食・サービスへのニーズは依然として底堅い。こうした需要を取り込むためには、国内で培ったテナントリーシングや販促、運営管理のノウハウを生かし、現地パートナーとのJVや運営受託などを通じて、海外での事業展開を成長機会の一つとして視野に入れることが重要である。加えて、デジタル基盤(アプリ、SNS、会員基盤、越境EC連携など)を活用し、認知から来館、購買、再訪に至る一連の顧客接点を一体的に設計することで、物理的な商圏を超えた収益機会の拡大を図ることができる。こうした海外展開とデジタル活用を組み合わせた成長戦略は、収益源の多様化に加え、施設運営力やブランド価値の向上にもつながる有力な選択肢となる。

これら三つの方向性の組み合わせと優先順位は、各社の経営資源、市場での立ち位置、地域特性によって異なる。共通して問われるのは、短期の採算性と中長期の企業価値最大化のバランスである。医療・行政機能の取り込みやコミュニティスペースの提供、海外展開やデジタル基盤整備への初期投資は、必ずしも即時の利益に直結しない。しかし、これらは来館頻度の向上や地域社会からの信頼、ブランド価値の向上といった中長期的な「無形資産」として還元されるものである。自治体や外部パートナーとの連携を通じて、コストとリスクを適切に分担しながら持続可能な事業モデルを構築できるかが、人口減少・少子高齢化社会における商業施設運営の成否を分ける鍵となるだろう。

*2 2023426日 国立社会保障・人口問題研究所公表「日本の将来推計人口(令和5年推計)

*3 2024621日 内閣府公表「令和6年版高齢社会白書

*4 2025916日 厚生労働省公表「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況

*5 2025年1月31日 国立社会保障・人口問題研究所公表「人口統計資料集(2025年版)表4-3

*6 2025年1月31日 総務省統計局公表「住民基本台帳人口移動報告(2024年結果)

2. 物価上昇

2.1. メガトレンド

物価上昇は、短期的な景気変動にとどまらず、日本社会の前提条件を変えつつある。エネルギー価格の高止まり、原材料費の上昇、地政学リスクの顕在化、円安の進行に加え、人件費の上昇が重なり、企業・家計双方のコスト構造を押し上げている。

総務省「消費者物価指数(CPI、総合)」によると、2025年の消費者物価は前年比+3.2%上昇した(*1)。なかでも生活必需性の高い食料の上昇は顕著であり、2026年1月の食料(生鮮食品を除く)は前年比+6.2%となった(*2)。長期にわたりデフレ環境が続いた日本であったが、現在の物価上昇は一過性の現象というより、生活の前提として定着しつつあるといえる。

一方、賃金の伸びは物価上昇に追いついていない。近年の春闘では高水準の賃上げが実現したものの、実質賃金は4年連続で前年を下回り、実質的な購買力の低下が続いている。主要先進国が「賃金と物価の好循環」へ移行するなかで、日本は実質賃金がマイナス圏にとどまる状況にあることが、各種分析でも指摘されている。

こうした環境下で、消費者の購買行動も変化している。支出総額を抑えつつも、一律に切り詰めるのではなく、支出先を選別する動きが強まっている。生活必需品では徹底した節約が進む一方、納得できる価値を見出した対象には投資するという、メリハリ消費も目立つ。価格の絶対水準だけでなく、「納得感」や「体験価値」が購買決定を左右する局面へ移行しつつある。

2.2. 商業施設のトレンド

物価上昇は、商業施設の利用行動と運営構造の双方に影響を及ぼしている。消費行動の面では、来館頻度の低下や滞在時間の短縮といった動きが一部でみられる一方で、必要な買い物や明確な目的を持った来館の比率が高まる傾向も指摘されている。衝動買いや漫然とした回遊型消費は抑制され、目的意識に基づく「合理的・効率的な購買行動」へのシフトが進みつつある。

また、経済力や価値観に応じた「二極化」も進んでいる。物価高と所得停滞のもと、ディスカウントストアを軸に節約を徹底する層と、高品質な体験に投資する層が共存し、一つの施設内に低価格と高付加価値業態が併存する構図が定着しつつある。こうした変化を受け、テナントミックスは従来のファッション重視から、多機能型へとシフトしており、節約志向とプレミアム志向などの相反するニーズを一つの器でどう両立させるかが重要なテーマとなっている。

運営面では、エネルギー価格の高騰や人件費の上昇によるコスト増が深刻化している。特に大規模空間の空調や館内インフラの維持にかかる固定費は収益を圧迫しやすく、コスト発生の実態を可視化したうえで、機動的に管理する必要性が高まっている。

こうした消費者の価格感度の高まりと運営コストの増加が重なり、商業施設の評価軸は「近さ」「便利さ」だけでは説明しにくくなっている。対価を払ってでも「利用する価値」を提示できるかどうかが、施設選択における重要な論点になりつつある。

2.3. 商業施設のあり方

消費行動の変化と運営課題を踏まえると、今後の商業施設には「価格競争の場」から「価値に納得できる場」へのさらなる転換が求められる。その際、消費者を一括りにせず、シニア、現役世代、若者、インバウンド層など、各セグメントの価格許容度や価値観に応じた支出に対する妥当性を示すことが重要である。具体的には、以下の三つの方向性が重要となる。

第一に、「生活防衛」と「体験価値向上」を両立させる価値提案を強化することである。生活必需品では低価格帯商品の拡充やPB(プライベートブランド)の提案を通じ、家計を下支えする機能が必要となる。一方で、全方位的な品揃えに終始するのではなく、ターゲットを絞った企画によって「感性を刺激する消費」や「自己の欲求が満たされる体験」を提供することが、中長期の顧客基盤形成につながる。そのためには、購買データやSNS、コミュニティを活用し、インサイトを継続的に把握する仕組みが欠かせない。

第二に、「消費者ニーズを循環させる」ことである。顧客獲得競争が激化するなかで売上を維持するには、施設内に併存する多様なニーズを分断させず、施設全体として一体的に捉え直す必要がある。例えば、共通アプリを通じて購買データを統合し、日常的なディスカウント利用を起点に非日常の体験消費へと回遊させる相互送客の仕組みを構築することが挙げられる。こうした機能強化により、消費者一人あたりの利用頻度とLTV(Lifetime Value:顧客生涯価値)を高めることが、物価上昇下における持続的な収益基盤の確立に寄与する。

第三に、運営における「コスト構造の最適化」を進めることである。センサーやデータ活用により、人流、館内温度、消費電力をリアルタイムに把握しながら、空調や設備機器の運転を需要に応じて最適化する仕組みを構築することが重要となる。さらに、LED照明への更新や人感センサーを活用した照明制御、屋上への太陽光発電導入などを通じて、エネルギーコストを中長期的に抑制していくことが欠かせない。加えて、清掃・警備・搬送業務における省人化・効率化を進めることで、人件費を含む運営コスト全体の最適化を図ることも重要な視点となる。価格改定を行う場合には、その背景を透明性をもってステークホルダーに説明することで、インフレ下における施設の信頼と持続性を確保する必要がある。

物価上昇が常態化する社会において、商業施設は「支出に対する納得感」と「対価以上の満足感」を提供する場へ進化することが求められる。物価上昇を前提条件として受け止めたうえで、消費者と誠実に向き合い、生活の質を支えるパートナーへ変化できるか。その成否が、今後の商業施設の持続可能性を左右する重要な論点となるだろう。

*1 2026年1月23日 総務省統計局公表「2020年基準 消費者物価指数 全国 2025年(令和7年)平均

*2 2026年2月20日 総務省統計局公表「2020年基準 消費者物価指数 全国 2026年(令和8年)1月分

3. 人手不足

3.1. メガトレンド

人手不足は、一時的な景気変動の影響にとどまらず、日本社会の構造課題として常態化しつつある。厚生労働省「一般職業紹介状況」によれば、有効求人倍率は足元でも1倍を上回って推移しており、2024年は年平均1.25倍、2025年は1.22倍と、労働需給の逼迫が続いている(*1)。

なかでも人手不足が深刻なのは、小売・サービス、宿泊・飲食といった商業施設と密接に関係する領域である。厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析―人手不足への対応―」では、2010年代以降の人手不足は過去の局面と比べ「長期化・構造化」している点が特徴とされる(*2)。とりわけ宿泊業・飲食サービス業では、人手不足を感じる事業所の割合がコロナ禍前を上回る水準まで上昇している。

また、労働政策研究・研修機構(JILPT)の2024年調査でも、小売・サービス業では過半数の事業所が正社員・非正規ともに「不足」と回答した(*3)。同調査は、約7割の事業所が正社員の不足を「構造的」と捉えていることも示しており、現場の認識においても人手不足は一過性の現象ではないといえる。

こうした労働力の不足を補完するべく、高齢者や外国人材の就労が加速している。定年後も就業意欲を持つシニア層や、特定技能外国人、留学生アルバイトなどの多様な人材が、店舗運営の現場において重要な戦力となりつつある。ただし、言語能力や身体的負荷、あるいは就業可能な時間帯などの制約も伴い、即戦力としての活用には課題も少なくない。

現在の人手不足の本質は、単なる「人員数の欠乏」にとどまらず、「従来の業務設計」が「変化した労働供給構造」に適合しきれていないという構造的なミスマッチに移りつつある。多様な人材の活用における制約を克服できないままでは、労働需給の乖離は一段と深刻化し、商業施設運営の根幹を揺るがしかねない。

3.2. 商業施設のトレンド

慢性的な労働力不足を受け、商業施設ではサービスモデルやオペレーションの前提が見直されている。まず顕著なのは「運営規模の適正化」である。早朝・深夜の営業短縮、メニューの集約、館全体の定休日設定など、リソースに合わせた運営へのシフトが進んでいる。労働供給の制約(労働力不足)に起因するこうした商業施設運営の見直しは、テナントの新規出店や増床のハードルを高め、「出店すれば売上が立つ」という従来の拡大路線そのものの再考を迫っている。

一方で、運営体制の変化は「CX(顧客体験)の低下」を招きやすい。レジや飲食店での待ち時間の増大、清掃や商品補充の頻度低下、スタッフ不在によるホスピタリティの低下は、施設全体の快適性に直結する。

こうした労働供給の制約とサービス品質維持の両立を図るべく、「省人化・自動化投資」によるオペレーションの再構築が加速している。セルフレジやモバイルオーダー、キャッシュレス決済の徹底、清掃・警備ロボットの導入など、従来は従業員が担っていた業務を消費者のセルフ操作へ移行、あるいはシステムへ代替させる工夫は、もはや標準的な施策となりつつある。

同時に、「就業者属性の多様化」への対応も不可避となっている。シニア、外国人、スポットワーカーといった多様な人材が現場の主軸となるなか、個別最適なシフト管理やユニバーサルな業務マニュアル整備など、マネジメントの高度化が求められている。

人手不足は単なる採用難にとどまらず、サービス設計からリーシング、人材管理に至るまで、商業施設運営の再設計を迫るトレンドといえる。

3.3. 商業施設のあり方

人手不足が常態化するなかで、今後の商業施設には「どう人を集めるか」だけでなく、「限られた人手を前提にサービスとオペレーションをどう再設計するか」という発想が求められる。具体的には以下の三つの方向性が重要になる。

第一に、「人にしかできない価値」への集中と、省人化(セルフ化・自動化を含む)のメリハリづけである。セルフレジ、モバイルオーダー、デジタルサイネージなどで置き換えられる領域は積極的に自動化・簡素化を進める。一方で、クレーム対応、高度な提案販売、イベント・コミュニティづくりなど、感情や創造性が必要な場面に人的リソースを集中させることが求められる。施設として「どの接点で人の介在価値を高めるか」を定義し、空間設計や人員配置に落とし込む必要がある。

第二に、供給制約を前提とした「CX(顧客体験)の再構築」である。第一で述べた「人的介在価値」を最大化するためには、ハード(空間設計)とソフト(オペレーション)を一体で再設計することが不可欠となる。例えば、VMD(視覚的演出)や動線計画を強化し、物理的な接客に頼らずとも「季節感」「賑わい」「発見」といった情緒的価値を担保する。また、情報提供や定型的な案内業務をデジタル・遠隔接客へと代替し、創出された人員余力を消費者との高関与領域へ再配分する。こうした再設計を通じて、人的リソースの多寡に依存しない「持続可能な魅力」を備えた施設へ進化させる必要がある。

第三に、多様な人材を活かす「就業プラットフォーム」への転換である。既存業務を細分化・再定義し、職務要件と就業者属性をマッチングさせる。例えば、語学力を問わない後方業務への外国人材登用や、スポットワーカー・シニア層によるピークタイム限定の短時間シフト導入など、特性を活かした配置で労働力を最適化する。加えて、館共通のマニュアル整備やテナント横断の相互補完体制を構築し、働きやすさを担保することで、ES(従業員満足)向上と離職防止を両立する運営基盤を整えることが求められる。

人手不足は単に「コスト増」「運営難」といった悲観的な側面だけで語られるべきではない。むしろ非効率な慣習を見直し、人と組織の質を高める「変革の契機」と捉え直すことが重要である。デジタル活用で利便性を高め、生み出されたリソースを「人にしかできない温かな接客」や「いつ訪れても新たな発見がある空間演出」に振り向ける。こうした再設計の積み重ねが、消費者にも働く人にも選ばれ続ける施設への進化につながるだろう。

*2 202496日 厚生労働省公表「令和6年版 労働経済の分析―人手不足への対応―

*3 2024年11月29日 独立行政法人 労働政策研究・研修機構公表「人手不足その対応に係る調査(事業所調査)―小売・サービス事業所を対象として―

4. テクノロジーの進化

4.1. メガトレンド

テクノロジーの進化は、産業構造だけでなく、人々の生活様式や購買行動そのものに多大な影響を与えている。近年はとりわけ、デジタル技術の高度化と普及のスピードが加速し、AI、IoT、クラウド、5G/6G、ロボティクスといった領域が相互に連動しながら、社会実装のフェーズへと進んでいる。

こうした変化の背景には、デジタル技術を用いた購買行動やサービス利用が生活者の「標準」になりつつあることが挙げられる。総務省「令和7年版 情報通信白書」によれば、2024年のインターネット利用率は85%を超える(*1)。これに伴いEC市場規模も拡大を続け、経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」の推計では、BtoC-EC市場は2024年に約26.1兆円規模となり、2014年比で約2倍の規模に達した(*2)。物販系・サービス系・デジタル系のいずれの分野でもEC化率は上昇傾向にあり、従来リアル店舗が担ってきた役割の一部がデジタル空間へ移行しつつある。

また、企業活動においてはDX(デジタルトランスフォーメーション)が経営課題として定着している。人手不足の深刻化や生産性停滞を背景に、業務の自動化・省人化、データ活用による意思決定の高度化が推進されている。AIによる需要予測や画像認識、RPA(業務自動化)によるバックオフィス業務効率化などは、もはや一部の先進企業に限られた取り組みではない。

消費者の価値観も変化している。デジタルネイティブ世代を中心に、「所有」よりも「利便性」「体験」「即時性」を重視する傾向が強まり、オンラインとオフラインを状況に応じて使い分ける行動が一般化している。こうした環境下では、テクノロジーは単なる効率化手段ではなく、企業と消費者の関係性を再定義する基盤として位置付けられている。

4.2. 商業施設のトレンド

テクノロジーの進化は、商業施設の運営・利用形態にも構造的な変化をもたらしている。特に、2020年以降のコロナ禍は、日本におけるデジタル活用を大きく加速させる契機となった。外出自粛や非接触ニーズの高まりを受けて、EC利用やキャッシュレス決済が一気に日常化し、オンラインを介した消費行動は一時的な代替手段ではなく、生活インフラとして定着したといえる。

消費者は、「店舗に行くか、オンラインで済ませるか」を利便性や目的に応じて使い分け、最適なチャネルを選択するようになった。この変化により、商業施設は購買のための唯一の場ではなく、オンラインと並存・補完し合う存在へと位置付けが変化している

運営面では、省人化・効率化を目的としたテクノロジー導入が急速に進んだ。セルフレジ、モバイルオーダー、キャッシュレス決済は標準化し、清掃・警備・設備管理においてもAIやロボットの活用が広がっている。これらは感染症対策として導入された側面もあるが、結果として慢性的な人手不足への対応や固定費構造の改善に寄与し、ポストコロナにおいても不可逆的な流れになりつつある。

また、消費者接点のデジタル化も進展している。アプリを通じた会員管理、来館履歴や購買データの分析に基づくクーポン配信、パーソナライズされた情報提供など、リアル施設でありながらデータに基づく販促・CRM(顧客関係管理)の高度化が進んでいる。商業施設は「不特定多数を集める場」から、消費者との関係性を「継続的に設計・運用する場」へと進化し始めている。

一方で、すべての消費者がデジタル前提で行動するわけではない。高齢者を中心に対面対応や現金決済へのニーズは根強く、過度なデジタル化に抵抗感を持つ層も一定数存在する。また、「昭和レトロな街並み」に象徴されるような、人間味や温かみのある空間を再評価する動きもある。したがって商業施設には、オンライン上の利便性が前提となった社会だからこそ、デジタルとアナログを適切に併存させる「調整機能」が求められる。

4.3. 商業施設のあり方

テクノロジー進化を前提にした今後の商業施設は、「フィジタル(Phygital)な商業施設」へ進化していく流れに集約される。フィジタルとは、Physical(フィジカル)とDigital(デジタル)を融合させた造語で、リアルとオンラインがシームレスに統合された購買・体験価値を提供する概念である。重要なのは、リアルかデジタルかという二項対立ではなく、両者を前提条件として「館そのもの」を再設計する点にある。具体的には以下の二つの方向性が重要になる。

第一に、「カスタマージャーニー」のフィジタル化による体験価値の再構築である。アプリやパーソナライズされたレコメンドといったデジタル技術を活用し、来館前の情報収集から、館内での回遊・購買、来館後のフォローアップに至る各フェーズを有機的に接続することが重要となる。実店舗ならではの対面接客や空間演出にデジタルによる最適化を掛け合わせることで、ECでは代替不可能な「記憶に残る体験」を創出できる。さらに、デジタルでの接点が継続することで、物理的距離に縛られない「商圏のボーダーレス化」が進み、国内外を問わず施設・テナントと顧客をつなぐ関係性が拡大・強化される。

第二に、こうした顧客体験を支える「運営基盤」のフィジタル化である。POS、在庫、消費者データに加え、設備稼働、警備・清掃実績、人流・滞留状況、駐車場利用といった館内の多種多様なデータを統合し、施設全体を一つのデータプラットフォームとして機能させることで、リアル空間の運営高度化を実現する。これにより、需要予測の精度向上やテナントへの情報提供、人員配置の最適化、設備点検の予防保全といった具体策への展開を容易にする。結果として、省人化・効率化が進展し、経験則に依存した従来の運営からデータドリブンな経営体制への刷新が可能となる。一方で、基盤の高度化に伴うリスク管理も不可欠である。個人情報を含むデータの厳格な取り扱いやサイバーセキュリティ対策に加え、権限管理や委託先を含めた運用ルールの整備が求められる。

もっとも、フィジタル化はテクノロジー先行で進めるべきものではない。高齢者やデジタルに不慣れな層への配慮、現場スタッフの運用負荷、投資回収期間などの制約を踏まえ、段階的かつ選択的に導入することが重要である。先述した「昭和レトロ」に象徴される情緒的な空間価値や、有人対応、アナログな導線をあえて残す判断も、フィジタル戦略の一部として位置付ける必要があるだろう。

*1 2025年7月22日 総務省公表「令和7年版 情報通信白書

*2 2025826日 経済産業省公表「令和6年度電子商取引に関する市場調査

5. 働き方・働く場所の変化

5.1. メガトレンド

ザイマックス総研の「大都市圏オフィスワーカー調査2025」によると、オフィスワーカーの働き方は、コロナ禍直後のような急変動は落ち着き、「完全出社」と「ハイブリッドワーク」が共存する状態で安定している(*1)。同調査では、「完全出社」の割合は首都圏で46.9%、地方都市では6割前後と、首都圏では半数以上が何らかの形でテレワークを併用している実態が明らかとなった。

また、テレワーク施策として「在宅勤務」を導入している企業は、首都圏で51.8%に達し、地方都市より10ポイント以上高い。このことから、在宅勤務は首都圏を中心に「働き方の選択肢」として定着していることがうかがえる。働く場所別の時間配分をみると、首都圏のワーカーが「在籍オフィス」で過ごす時間は平均74.5%で、残りは主に在宅勤務が占めている。現状は、「オフィス中心・在宅補完」型のハイブリッドワークが標準モデルであるといえる。

こうした働き方・働く場所の変化は、単なる「就業環境の問題」にとどまらない。テレワークやハイブリッドワークの普及は、通勤時間の削減や在宅時間の増加を通じて、日中の行動圏や消費行動にも影響を及ぼしている。ワーカーは、これまで都心オフィス周辺で行っていたランチやちょっとした買い物を、自宅近くの商業施設やオンラインにシフトさせており、平日日中の人の流れが、都心から郊外・住宅地へシフトする傾向がみられる。

日本の働き方は「決まった時間に決まったオフィスへ通う」前提から、時間と場所が多様化・分散化する方向へと動いている。そのなかで、働く場所としてのオフィスと、自宅、サードプレイス(第三の働く場所)、そして商業施設との関係性も、大きく組み替えられつつある。

5.2. 商業施設のトレンド

働き方・働く場所の変化は、商業施設の利用構造にも影響を及ぼしている。従来、商業施設は「消費の場」としての性格を主としてきたが、近年は「働く場」「仕事と生活が交差する場」としての役割が付加されつつある。

その象徴が、商業施設内へのコワーキングスペース、サテライトオフィス、シェアオフィスの導入である。テレワークが定着したことで、自宅や本社以外の「サードプレイス」需要が顕在化し、駅周辺や生活動線上にある商業施設が、その有力な受け皿となっている。特に都心部や駅ナカ/駅前立地の施設では、ワーク機能の付加が利便性向上にとどまらず、平日日中の安定した来館動機を生むという点でも、有効な不動産戦略となっている。

また、来館時間帯の分散や滞在目的の多様化も進んでいる。リモートワークの浸透により、平日日中のカフェ利用や短時間の買い回り、就業の合間の飲食・サービス利用が増え、従来の「休日に集中する」消費構造が平準化する傾向がみられる。商業施設は、仕事・生活・余暇が連続する場として、複数の利用動機がシームレスに混在する空間へと変容しつつある。

一方で、働き方の柔軟化は、商業施設に従事する側の労働形態にも影響を与えている。多様な働き方を前提とした人材活用が進むなか、従来のオペレーションに依存したシフト設計、バックヤード業務の分担、教育体制などを見直す必要が生じている。

5.3. 商業施設のあり方

働き方・働く場所の変化を踏まえると、今後の商業施設のあり方は、「生活と仕事が融合するサードプレイス」としての再定義に集約される。すなわち、単なる消費行動の受け皿を超え、就業・学習・交流といった多様な活動を包含する地域の中核として、利用者のワークライフバランスを支える役割が求められる。具体的には、以下の三つの方向性が重要となる。

第一に、「快適に働ける空間」へのアップデートである。専用のワークスペースを置くだけではなく、「静(集中)と動(交流)」のゾーニング、短時間・高頻度利用に適したレイアウト、高水準の通信環境など、利用者がストレスなく仕事に集中できる空間設計が不可欠となる。ハードとソフトの両面を最適化することで、商業施設はワーカーの生活動線に組み込まれた「日常の拠点」としての価値を高められる。

第二に、ワーカーを「新たな集客のエンジン」と捉える発想である。ワークプレイスとして商業施設を利用する人々は、飲食・物販・サービスを仕事の前後や合間に連続的に利用しやすい。こうした行動を前提にテナントミックスやサービスを設計することで、滞在時間と消費機会の双方を拡張できる。特に、短時間で利用できるリフレッシュメニューに加え、健康増進・学び・趣味といった個人の時間を充実させるサービスを組み合わせれば、「働きながら生活を整えられる場」としての利便性が高まり、ワークライフバランスの実現にもつながる。

第三に、「運営・雇用の柔軟化」である。ワーク機能を日常的に受け止めるには、施設側の運営体制も来館行動の変化に合わせて更新する必要がある。たとえば、テレワーク利用者や短時間滞在者の増加に合わせて開業時間を見直したり、平日・休日や時間帯ごとに受付・清掃・警備の配置を最適化したりするなど、来館実態に即した柔軟な運営体制が求められる。さらに、施設運営においては、テクノロジーの活用(省人化・シフト最適化など)や業務の再設計を通じて、多様な人材が関与できる仕組みを構築することが求められる。短時間勤務、高齢者・主婦層・外国人材の活用、副業人材の採用など、商業施設自体が新しい働き方を体現する場となることは、従業員のワークライフバランス向上に寄与するとともに、労働力確保の観点からも重要である。結果として、地域からの信頼や事業の持続可能性(サステナビリティ)の向上にもつながる。

もっとも、すべての商業施設が一律に「働くこと」を前面に押し出す必要はない。重要なのは、立地特性、商圏特性、来館者属性を踏まえながら、生活と仕事が緩やかに共存する場として、ワーク機能をどのように位置づけるかである。「消費」と「労働」を対立させるのではなく、利用者・従業員それぞれの生活の延長線上に両者を再配置する視点が求められる。

*1 2025年11月21日 公表「大都市圏オフィスワーカー調査2025

6. 外国人との共生

6.1. メガトレンド

日本政府観光局の発表によると、2025年の訪日外客数(インバウンド)は4,268万人に達した(*1)。また、観光庁の調査によると、同年の消費額は9.5兆円を記録した(*2)。円安の修正や中国による渡航自粛勧告といった下押し要因はあったものの、客数・消費額ともに過去最多を更新する結果となった。

こうした定量的な指標の伸長に加え、日本の魅力度は定性的にも評価が高い。米国の旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」が2025年10月に発表した「世界で最も魅力的な国」読者投票ランキング(米国版)では、日本が3年連続で第1位に選出された。観光立国を掲げる日本の国際的なプレゼンスは、着実に向上していることがうかがえる。

また、中長期的に日本に滞在し、生活の拠点を置く外国人も増加している。法務省の統計によると、2025年6月時点の在留外国人数は約396万人となり、こちらも過去最多を更新した(*3)。その国内消費規模について公的な統計は存在しないものの、年間5~6兆円に達するとの推計もある。

政府は2030年に訪日外客数6,000万人、消費額15兆円という目標を掲げている。一方で在留外国人についても、深刻化する労働力不足への対応として、特定技能制度や育成就労制度を通じ、2028年度末までに最大約123万人の受け入れを計画している。人的交流と労働力の両面で、今後も拡大が見込まれる。

このように外国人との共生は進展していくと考えられる一方、言語・文化・宗教・生活習慣の違いに起因する誤解や摩擦が顕在化するリスクも抱える。外国人観光客や住民の増加に伴い、治安やマナーを巡る懸念、排外的言説の拡散を指摘する報道やSNS上の反応も散見される。さらに安全保障や資源保護の観点から、外国資本による土地取得への警戒感も強まっており、政府は不動産所有者の国籍について、既存の保有分(ストック)も含めて調査する方針を示している。現状は、「多文化共生への期待」と、秩序維持・安全保障をめぐる「分断のリスク」が並存する局面にあるといえる。

6.2. 商業施設のトレンド

商業施設は、外国人との共生を具現化するうえで、日常的かつ多面的な接点となる。第一の側面は「観光客(インバウンド)としての外国人」である。訪日客にとって商業施設は買い物の場だけでなく、現地の生活文化に触れる体験の場としての性格を強めている。免税対応や多言語案内、決済インフラの整備といった環境づくりは、主要観光地に限らず地方圏を含む全国の施設において、もはや必須要件となっている。

第二の側面は「生活者としての外国人」である。在留資格を持つ居住者にとって、商業施設は単なる消費の場にとどまらない。母国の言語や文化を共有するコミュニティの拠点として、また生活情報を得る場としての機能も担っている。こうした役割を背景に、専門食材店やハラール対応の飲食店、多言語対応のドラッグストアなどが、日本人を含む地域全体の利便性を支えるインフラとして定着しつつある。

第三の側面は「労働力としての外国人」である。飲食店の接客、物販の販売、清掃・警備、さらには物流などの後方支援まで、現場を支える担い手としての存在感は年々増している。深刻な人手不足に直面する小売・飲食・サービス業にとって、外国人材はすでに欠かせない戦力となっている。

6.3. 商業施設のあり方

商業施設は、外国人が「訪れる、暮らす、働く」という三つの側面を併せ持つハブであり、共生の最前線に位置する。では今後、商業施設にはどのようなあり方が求められるのだろうか。具体的には以下の三つの方向性が重要になる。

まず「訪れる外国人」との共生では、商業施設を「体験の舞台」として再構築する発想が重要となる。インバウンドは地政学リスクなどによる変動が避けられず、多言語案内や決済対応といった利便性中心のサービス提供だけでは、持続性の確保が難しい。「数」の確保に依存しすぎない戦略として、周辺の史跡・名勝など地域資源と連動した体験プランの提供や、ここでしか得られない独自性を磨き、施設自体を「デスティネーション(目的地)」として位置づける戦略が不可欠である。来館者に「わざわざ訪れる理由」を付与し、一見の客をファンへと変える深い関係性を築くことで、外部環境の変化に左右されにくい持続可能な集客力につながると考えられる。

次に「生活者としての外国人」との共生に向けては、商業施設を「生活支援と文化交流のプラットフォーム」と捉え直す視点が有効である。孤立しがちな外国人居住者に対して、多言語で生活情報を提供したり、行政サービスの案内・支援を行ったりすることで、言語不安を和らげながら利便性を高められる。接客現場での翻訳ツール活用や、食文化・宗教への配慮を分かりやすく示すことも、心理的な障壁を下げ、帰属意識の醸成につながる。さらに、外国人居住者がイベントの企画・運営に参画できる仕組みを整えれば、住民相互の信頼醸成にも寄与するだろう。

最後に「働く外国人」との共生では、外国人スタッフを単なる労働力ではなく、来館者の体験価値を共に高めるパートナーとして位置づけることが重要である。外国人スタッフに適応を求めるだけでは不十分で、日本人スタッフ向けにも異文化理解研修を実施し、価値観の違いを前提にしたコミュニケーション力を養う必要がある。加えて、差別的言動を許容しないルールの明文化や相談窓口の設置など、ソフト・ハード両面での環境整備が前提となる。さらに、多文化イベントの開催や情報発信を通じて外国人スタッフを「顔の見える存在」として示し、施設内にとどまらず地域社会でも多様性を尊重する風土を育てていくことが求められる。

加えて、どの側面にも共通して重要なのは、摩擦やトラブルが発生した際に、個人の問題にとどめず、組織的な仕組みの課題として捉え、施設全体の改善につなげる姿勢である。今後の商業施設には、単なる消費の場を超え、多様な人びとが安心して関われる地域の基盤としての役割をさらに強化していくことが求められる。

*1 2026年1月21日 日本政府観光局公表「訪日外客数(2025年12月推計値)

*3 20251010日 出入国在留管理庁公表「令和76月末現在における在留外国人数について

7. 都市と地方

7.1. メガトレンド

日本における都市と地方の構造的な格差は、人口動態、産業構造、インフラ整備の差異を背景に、長期的な潮流として進行している。なかでも人口移動の偏りは、都市・地方それぞれの経済や生活環境に多大な影響を及ぼしている。

総務省「住民基本台帳人口移動報告」によれば、2025年の東京圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)の転入超過数は約12.4万人と、引き続き高水準で推移している(*1)。一方、地方圏の多くは、自然減に加えて恒常的な転出超過に直面しており、特に若年層・生産年齢人口の流出が顕著である。国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」では、11の県で2020年と比較して2050年の総人口が30%以上減少すると試算されている(*2)。

こうした地域間の人口流出入の格差は、都市と地方の双方に異なる課題をもたらしている。都市部では、単独世帯や共働き世帯の増加が進むとともに、人口や機能の集中によって住宅価格が高騰し、家賃や住宅ローン負担を含む居住コストの上昇が家計の実質購買力を圧迫するなど、消費行動にも変化が生じている。他方、地方では、高齢化率が極めて高い地域がみられるなど人口構造の偏りが顕著であり、加えて公共交通の縮小や生活サービスの空洞化が深刻化している。さらに、医療・教育・交通・商業機能の都市集中が続くことで、地域間における生活基盤の格差は一層拡大している。

このように、日本社会は「全国一律の成長」から、「都市への集中と地方の縮小」が同時進行する段階にあり、都市と地方はもはや同じ前提条件で語りにくい状況にある。

7.2. 商業施設のトレンド

都市と地方の構造差は、商業施設の立地特性・役割・運営モデルにも直接的な影響を及ぼしている。

都市部では人口集中と再開発の進展を背景に、商業施設は「生活動線の一部」として組み込まれている。駅直結型や複合開発型が主流となり、商業・オフィス・住宅・ホテルが一体となった空間の中で、日常消費と余暇消費が同時に発生する構造が定着した。来館頻度は高い一方で滞在時間は比較的短くなりやすく、効率性と即時性が重視される傾向が強い。ただし、近年は資材価格の高騰や建設労働力の不足により、大規模再開発の中断や計画見直し、工期遅延も目立ち、供給側の制約が顕在化している。

一方、地方の商業施設は、単なる購買の場を超えて「地域生活を支える基幹インフラ」としての役割を担うケースが増えている。商店街の衰退や公共交通の縮小を背景に、従来の物販(食品・日用品)に加え、医療・行政・金融、さらには交流機能まで補完する多機能型施設として、住民の生活基盤に位置づけ直されつつある。

しかし、こうした地方施設は、人口減少に伴う商圏の希薄化、慢性的な人手不足、テナント撤退といった構造的な課題に直面している。かつて主流だった郊外型大型モールでは、維持管理が難しい局面を迎え、規模の適正化や非商業機能への用途転換を迫られる事例が増えている。その一方で、スタジアムやアリーナなどの広域集客型施設に商業機能を付加し、スポーツ・エンターテインメントと日常消費を融合させて集客力を維持しようとする新たなモデルも広がっている。

7.3. 商業施設のあり方

都市と地方の差異が拡大するなかで、商業施設には、地域特性に応じた役割の重点化が求められる。具体的には以下の三つの方向性が重要になる。

第一に、都市部における「高密度・高回転」を前提とした機能の高度化である。職住近接と短時間利用を前提に、飲食・サービス・体験・コミュニティ機能を組み合わせることで、都市生活の生産性と快適性を高める「都市機能の集積拠点」としての役割を拡張する必要がある。加えて、再開発と連動した施設の複合化や、デジタルを活用した回遊・購買体験の最適化を進めることが、今後の競争力の源泉になると考えられる。

第二に、地方における「持続可能な存続戦略」の確立である。人口減少と市場縮小を前提に、マーケットサイズに見合った施設設計に転換するとともに、生活必需機能の集約、医療・行政など公共サービスとの連携を通じて、住民の生活基盤を支える役割を強化することが重要である。ここで求められるのは、経済合理性と公共性を両立させながら「地域コミュニティの維持装置」として機能する商業施設の姿である。

第三に、都市部と地方部の施設をオンラインで結び直す「広域ネットワーク化」である。共通のECプラットフォームやライブコマースを通じて複数施設が連携して相互送客の仕組みを構築することで、各施設は孤立した点ではなく、広域商業圏を構成する接点として機能する。リアル拠点同士がデジタルで結ばれることで、都市と地方は分断ではなく相互補完的な広域ネットワークとして再編が進むことが期待される。

加えて、将来的なモビリティ技術の進展は、これら三つの方向性を横断的に後押しし、商業施設の姿をさらに変えていくと考えられる。都市部では自動運転やシェアリングの普及により駐車場需要が減退し、余剰空間を住宅・オフィス・公共スペースへ転用する再編が進む可能性がある。一方、公共交通が脆弱な地方では、商業施設が「モビリティハブ」としての性格を強めるだろう。自動運転車両による送迎や、ドローン・配送ロボットを活用したラストマイル配送の拠点となることで、施設は「来てもらう場所」から、地域へ「機能を届ける場」としての役割も担っていくことが見込まれる。

今後の商業施設は、単なる買い物の場にとどまらず、人・モノ・情報・移動をつなぐ結節点としての役割を強めていくと考えられる。そのため、施設の価値も売上や来館者数だけでなく、地域の利便性の向上や新たな関係性の創出にどのように寄与しているかという視点から捉える必要がある。人口減少が進むなかで、商業施設には、都市と地方それぞれの暮らしを支える基盤としての役割が一層求められるだろう。

*2 2023年4月26日 国立社会保障・人口問題研究所公表「日本の将来推計人口(令和5年推計)

8. 建物の築古化

8.1. メガトレンド

日本の都市・地域を支える建物ストックは、高度経済成長期以降に大量供給されたものが多く、現在は建物の「築古化」による課題が一斉に顕在化する局面にある。インフラの老朽化は広く認識されているが、マンションやオフィスビル、商業施設などの建築物も同様に、ストック全体の高齢化が進んでいる。

国土交通省「マンションを取り巻く現状と課題」によれば、築40年以上の高経年マンションは、2040年代初頭にはマンション総ストックの約7割に達すると推定されている(*1)。また、オフィスビルについてみると、ザイマックス総研「オフィスピラミッド2026」によれば、2026年末時点の東京23区における賃貸オフィスストックは1,323万坪、平均築年数は35.3年となっている(*2)。

さらに、人口減少、省エネ規制の強化、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の浸透といった外部環境の変化により、既存ストックを「建築当初の状態のまま活用を続ける」こと自体が難しくなりつつある。一方、建て替えには多額のコスト、長期の工期、複雑な合意形成を伴う。このため、「築古化した建物をいかに維持・更新・再生するか」は、日本の都市政策および不動産ビジネス全体にとって避けて通れない課題となっている。

8.2. 商業施設のトレンド

商業施設における築古化のトレンドは、業態の変遷と密接に関わっている。

1970年代から1990年代初頭にかけては、都心部や駅前・駅近立地の総合スーパー(GMS)が商業の中心的役割を担ってきた。これらは現在、築30~50年を迎え、築古化が顕著である。GMSはその後のショッピングセンター(SC)の台頭により主役の座を奪われ、現在、既存ストックの扱いが問われている。

築古化したGMSの対応は、大きく三つの施策に整理される。第一に、都心・ターミナル周辺といった好立地で、容積率緩和を活用し、多機能な高層複合ビルへ刷新する「建替え・再開発」。第二に、既存躯体を活かしつつ、内外装や設備の更新を行い、売場構成やテナント構成を見直しながら商業施設としての競争力を維持・再生する、あるいはオフィスやホテルなどへ用途転換する「改修・リノベーション/コンバージョン」。ここには、大規模な用途変更に限らず、内装リニューアルや部分改修を重ねながら継続利用を図るケースも含まれる。第三に、大規模投資は行わず、必要最小限の修繕や設備更新により営業を継続しつつ、収益性や立地条件を見極めながら、最終的な閉鎖・売却・他用途化を判断する「継続活用・段階的撤退」である。

1990年代以降は郊外型のSCや専門店が主力となったが、これらもまた築古化の局面に入りつつある。同時に、かつてのメイン客層であった「子育てファミリー層」が、高齢化や単独世帯の増加、車離れといった社会構造の変化により質的な変容を遂げている。

これら築古化施設では、物理的劣化に加え、「低天井」「柱割によるレイアウト制約」「電気容量の不足」といった構造的制約が、滞在・体験型へのシフトや飲食比率の上昇といった現代のトレンドとのミスマッチを引き起こしている。ただし、SCでは定期借家契約の活用が一般的であり、5〜6年周期のリニューアルを通じて、設備やテナントを定期的にアップデートし、陳腐化を防ぐ仕組みが定着している点に特徴がある。

8.3. 商業施設のあり方

建物の築古化が進むなかで求められるのは、既存ストックを適切に運用する「築古化マネジメント」である。具体的には以下の三つの方向性が重要になる。

第一に、建物価値の維持・更新による「長寿命化」である。外壁、防水、配管、電気、空調といった各部位の更新期が重なりやすい特性を踏まえ、場当たり的な補修ではなく、優先順位を明確にしたうえで、中長期のキャッシュフローと連動する改修計画を策定することが求められる。例えば、エネルギーコスト削減効果が大きい設備更新を先行し、テナント入替や契約更新に合わせてゾーン単位で改修を進める。加えて、動線・ゾーニングの見直し、休憩スペースや緑化、分かりやすいサイン計画など、消費者の体感価値を底上げする空間の再構築を行うことで、「古くても使いやすく、居心地がよい」施設へと転換しやすくなる。

第二に、施設ごとのポテンシャルを踏まえ、「建替え・縮小・用途転換」を適切なタイミングで見極め、ストックの再編を進めることである。立地特性と建物条件をもとに、商業機能をフルスケールで維持するのか、あるいは用途を抜本的に組み替えるのかを判断する必要がある。具体的には、都市部や駅前拠点では、行政・医療・居住機能などを組み合わせた「多機能型生活拠点」への再編が有力な選択肢となり得る。一方、郊外やロードサイド型の施設では、商業機能を集約・減床させたうえで、建物のスクラップ&ビルドを通じた物流施設などへの用途転換を図るといった、「土地利用の最適化」のアプローチが考えられる。こうした判断は、概ね築20~30年を一つの目安として、中長期のストック戦略に組み込んでおくことが望ましい。

第三に、レジリエンス強化による「安全・安心」の基盤づくりである。安全性と快適性の確保は管理コストではなく、事業継続性と市場競争力の前提条件として捉える必要がある。耐震性能の向上、インフラ設備の刷新、バリアフリー対応といった投資は、テナントのBCP(事業継続計画)評価にも直結する。また、来館者の「目に見えにくい安全性」を徹底することで、心理的な安心感を向上させ、施設への信頼やロイヤリティの醸成へとつながる。一方で、更新を先送りして安全・快適性が損なわれれば、思わぬ事故の発生やリーシング力の低下にとどまらず、顧客離れを招くリスクが高まる。安全性の底上げは、資産維持のための「守り」であると同時に、地域に根差した施設へ進化するための「攻め」の土台であるといえる。

建物の築古化は、商業施設にとってリスクとコストを増大させる一方、アセットの有効活用と役割の再定義につながる機会でもある。「何を、どの程度、どの方向に更新するか」というストック戦略を、地域社会や行政などのステークホルダーとのパートナーシップのもとで描けるかどうかが、将来にむけた施設の持続可能性と市場優位性を左右するポイントとなるだろう。

*1 2022年10月16日 国土交通省公表「マンションを取り巻く現状と課題

9. サステナビリティ

9.1. メガトレンド

サステナビリティ(持続可能性)は、もはや企業のイメージ戦略にとどまらず、事業継続における世界共通の前提条件になりつつある。気候変動対策においては、パリ協定が「1.5℃目標」を掲げている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)「第6次評価報告書(統合報告書)」によると、1.5℃に抑える経路では、2030年までに世界の温室効果ガス排出量を2019年比で43%削減することが必要とされている(*1)。

日本も2050年のカーボンニュートラル実現と、2030年度の温室効果ガス46%削減(2013年度比)を掲げており、建築・都市・物流・消費を含む幅広い領域で変革が求められている。建築分野では、2025年4月から原則として新築建築物に省エネ基準適合が全面義務化された。公共建築物のZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)化が先行するなか、民間部門での普及促進に向けた支援も拡充されている。

企業経営においても、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が普及し、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)基準に準拠した国内開示基準(SSBJ:サステナビリティ基準委員会)の整備が進んでいる。SSBJ基準は2025年3月に公表され、法定開示での適用対象や時期は関係会議体で検討が行われている。これにより上場企業は、自社の排出量に加え、サプライチェーン全体の管理や人権・ダイバーシティを含む包括的な方針の策定と開示が、より強く求められる段階に移行している。

生活者側でも、「環境負荷の小さい商品を選びたい」「地域や社会に配慮する企業を応援したい」といった意識が、とりわけ若年層を中心に高まりつつある。一方で、物価上昇や所得停滞のもとでは、「環境に良いが高価」な商品が常に選ばれるとは限らない。サステナブルであることと、価格や利便性とのバランスがとれた選択肢をどう提示するかが、社会とビジネス双方に共通する課題として浮上している。

9.2. 商業施設のトレンド

こうした潮流のもと、商業施設は「環境負荷の高い大量消費の場」から、「持続可能な暮らしを提案する場」へと役割を移しつつある。

まず、建物・設備の環境性能が向上している。照明のLED化、高効率空調、BEMS(ビル・エネルギー・マネジメント・システム)によるエネルギー管理、太陽光発電などは標準的な施策となり、新築や大規模リニューアルではZEB、CASBEE(建築環境総合性能評価システム)、LEED(環境配慮型建築の評価制度)といった環境認証の取得を前提にした計画も増えている。「環境性能の高さ」そのものが、テナント誘致や投資家評価の重要な要素になりつつある。

同時に、循環型を意識した業態が存在感を増している。リユース、アップサイクル、シェアリング、リペア、量り売り・バルク販売、フードロス削減のタイムセールなど、「長く使う・共有する・捨てない」ことを前提にしたテナントや仕組みが、従来の物販と併存する形で広がっている。

さらに、地域・コミュニティとの連動が進んでいる。地産地消マルシェ、地域クラフトのポップアップ、NPO・市民団体のイベント、防災訓練や環境教育プログラムなど、商業施設が「地域の公共空間」として使われる場面が増えている。また、テナント向け省エネガイドライン、共同リサイクル、従業員ボランティア、エコキャンペーンなどを通じ、館・テナント・消費者を巻き込む施策も一般化しつつある。

9.3. 商業施設のあり方

サステナビリティを巡る要請が高まるなか、今後の商業施設には、単に環境負荷を低減するだけでなく、「持続可能な暮らしを地域とともにつくる場」へと進化していくことが求められる。そこでは、脱炭素化をはじめとする環境負荷低減の取り組みのみならず、災害時のレジリエンス向上や地域の防災力強化も含めた「広義のサステナビリティ」をいかに体現するかが問われる。具体的には以下の三つの方向性が重要になる。

第一に、環境性能と防災機能を「見える化」し、ステークホルダーが納得して選べる形で提示することである。省エネ・再エネ設備などへの投資は不可欠だが、実績が定量データと一貫したストーリーで共有されなければ、価値として定着しにくい。CO₂削減実績や、サステナビリティの取り組みを具体的に明示することで、「施設の利用が持続可能な社会の形成に寄与する」という認識の醸成が期待できる。

第二に、循環型・多様性を前提にした「テナントミックス」である。アップサイクルやシェアリングなどの循環型業態を戦略的に配置し、世代や属性を問わず、それぞれのライフスタイルでサステナブルな選択を「実装できる」環境を整える。たとえば、Z世代・α世代に向けた学習・体験型企画、シニア世代に向けた社会参画を促すウェルビーイング施策など、「学習・体験・消費」をシームレスに統合した設計が有効となる。インバウンド層に対しても、地域文化と環境配慮を結びつけた体験価値を提供し、日本ならではのサステナビリティを発信していく視点が欠かせない。

第三に、サステナビリティを軸とした「パートナーシップ」を築くことである。省エネ・省人化投資や設備更新は、エネルギーコストの削減、ESG評価の向上、将来の規制リスクの低減など、中長期的に大きなリターンが期待できる。ただし、導入時には一定の初期コストを伴うため、自治体、エネルギー事業者、金融機関といったステークホルダーと連携し、グリーンボンドやPPA(電力購入計画)などを活用しながら、環境負荷低減と事業継続性の両立を図ることが重要になる。テナントに対しては、省エネガイドラインや共同物流・共同リサイクルの仕組みを整備し、個別企業では困難な課題を施設全体で解決していく姿勢が望まれる。

商業施設に求められるのは、環境配慮を理念として掲げることにとどまらず、それを来館者やテナントにとって「暮らしやすい」「使いやすい」「合理的だ」と実感できる選択肢として提示することである。サステナブルな商品・サービス・空間が、環境負荷低減と利便性の両方を備えた価値として受け入れられることが、これからの商業施設の競争力を左右する。

*1 2023年3月20日 IPCC公表「第6次評価報告書(統合報告書)

10. ウェルビーイング

10.1. メガトレンド

近年、「ウェルビーイング(Well-being)」は個人の健康や幸福感にとどまらず、企業経営や都市政策、消費行動を含む幅広い領域で、社会の価値基準として定着しつつある。経済成長や効率性を最優先してきた旧来型モデルに対し、心身の健康、社会的つながり、自己実現といった非経済的価値を重視する潮流は、世界的かつ不可逆的に拡大している。

内閣府「国民生活に関する世論調査」における「これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか」という設問では、「心の豊かさ」を重視する回答が過半数を占めている(*1)。こうした価値観の変化を踏まえ、企業経営の現場でも、従業員の心の健康に関わる課題への対応が重要性を増している。厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査」によれば、直近1年間にメンタルヘルス不調によって1か月以上の休業者または退職者が発生した事業所は12.8%にのぼる(*2)。また、メンタルヘルス対策に取り組む事業所は63.2%に達しており、主な取組内容として、ストレスチェックの実施や職場環境の評価・改善などが進められている。

このように日本では、健康・衛生意識の高まりと、メンタルヘルスに関する課題の深刻化、および行動変容が同時に進行している。単に「病気でないこと」を目指すのではなく、心身のコンディション、自分らしさ、人とのつながり、安心して過ごせる環境まで含めたウェルビーイングが重視されるようになっている。

10.2. 商業施設のトレンド

ウェルビーイング志向の高まりは、商業施設の利用目的や評価軸に構造的な変化をもたらしている。従来、商業施設は「購買の効率性」や「消費の最大化」を中心に設計されてきたが、近年は心身を整える「コンディショニングの場」、日常の延長線上で安心して過ごせる「サードプレイス」としての機能が強く求められている。

この変化を象徴するのが、施設の「環境水準」や「滞在の快適性」に対する評価の高まりである。購買機能の提供にとどまらず、身体的・心理的負荷を下げる空間設計を備えた施設が支持を集めている。不動産デベロッパー各社の来館者調査でも、「居心地の良さ」「疲れにくさ」「安心感」が再訪理由として上位に挙げられるケースが増えており、「快適に過ごせること」自体が施設の集客力になりつつある。

テナント構成(リーシング)にも変化がみられる。物販中心から、心身のメンテナンスや自己研鑽を支えるサービス機能へと広がり、商業施設は「消費の場」から「日常の生活拠点」へ再定義されつつある。こうした非物販機能は、売上貢献に加えて、来館頻度の向上や滞在時間の延長を通じ、施設全体の価値を底上げする「核(アンカー)」としての役割を担っている。

さらに運営面でも、ウェルビーイングは持続可能性を左右する重要テーマになっている。深刻な労働力不足のもと、従業員の心身の健康や就労環境への配慮は、サービス品質の維持・向上に直結する。これを軽視すれば、離職率の高止まりや現場オペレーションの形骸化を招き、結果としてCX(顧客体験)を損なう経営リスクとなり得る。

10.3. 商業施設のあり方

ウェルビーイング志向が高まるなか、今後の商業施設に求められるのは、「買い物のついでに健康によさそうなことができる場所」から一歩進み、生活者一人ひとりの「QOL(生活の質)を底上げする拠点」として機能を担うことである。具体的には、以下の三つの方向性が重要となる。

第一に、「日常の健康アクセス機能」の強化である。商業施設は医療モール、フィットネス、調剤薬局、ドラッグストアなどを単に併設するのではなく、日常の行動導線上で立ち寄りやすい配置とすることが求められる。また、館内動線は歩きやすさを前提に、自然に回遊が生まれて適度な運動につながるよう再設計する。例えば、屋上に公園を設けたり、館内に散歩コースを整備したりすることで、移動そのものを心地よい運動機会へ転換する取り組みもみられる。バリアフリー設計や休憩所の整備、階段とエスカレーターの相互補完により、無理なく歩けて休める環境を整え、健康行動の習慣化を後押しする効果が期待される。

第二に、「未病・予防の習慣化」を促すソフトインフラの拡充である。発症後の対処だけではなく、日常的な未病対策を支援するために、栄養相談、バイタル測定、メンタルヘルス関連のセミナーなどを継続的に提供することが重要である。食育プログラム、現役世代向けのストレスマネジメント、高齢層を対象としたフレイル予防教室など、ライフステージ別のニーズに合わせたコンテンツを用意し、「自発的な参加」を促す仕組みを組み込むことで、商業施設は一時的な消費の場から「健康維持の習慣化を支える拠点」へ進化できる。

第三に、「現場ファースト」の運営である。CX(顧客体験)は、現場スタッフの心理的安全性やES(従業員満足)に強く左右される。人手不足が常態化するなか、スタッフの疲弊や離職はサービス品質のばらつきや接客力の低下につながり、結果として施設全体の評価を押し下げるリスクとなる。こうした状況を踏まえ、業務の分解とDXによる過重負荷の軽減、バックヤードの休憩環境整備、ハラスメント防止体制の構築などを通じて、「ここで働くこと自体がウェルビーイングにつながる」職場づくりを進めることが重要である。これは福利厚生ではなく、サービス品質の土台であり、人材確保・定着の観点からも競争力を左右する。

ウェルビーイングは、商業施設にとって付加価値ではなく、人口減少・高齢化・人手不足・物価上昇といった複合課題のなかで、存在意義そのものを捉え直すテーマとなりつつある。地域のウェルビーイングを支える拠点として、どこまで機能を包含し、どのようなパートナーと連携し、どの層を優先的に支えるのか。その戦略的な選択が、今後の競争力と持続可能性を大きく左右するだろう。

*1 2025年9月26日 内閣府公表「国民生活に関する世論調査(速報)

*2 2025年8月7日 厚生労働省公表「令和6年 『労働安全衛生調査(実態調査)』の概況