人的資本を高めるワークプレイス戦略とは?(概説編)
~ワークプレイス・エクスペリエンスの評価手法「WEPEX」モデルを開発~
人手不足が深刻化するなか、「人的資本」は企業の競争力を左右する最重要テーマとなっている。また、政府による「人的資本可視化指針」の公表や上場企業への開示義務化を背景に、非財務情報、なかでも従業員エンゲージメントは経営指標としての重要性を急速に高めている。
こうした潮流は、ワークプレイス分野にも大きな変化をもたらしている。ザイマックス総研が定期的に実施するオフィス需要調査(*1)では、人材確保や人的資本経営の観点からワークプレイス戦略を重視する企業が7割を超えており、働く環境が人的資本を高める基盤であるという認識が広がりつつある。そのため企業は、ワークプレイス戦略において不動産コストの効率性だけでなく、ワークプレイスの価値向上に向けた取り組みも重視し始めている。
*1 2024年1月18日公表「大都市圏オフィス需要調査2023秋」しかし現状では、働き方やオフィス環境を包括的かつ客観的に評価し、その結果を改善へとつなげる仕組みは十分に整っていない。さらには、ハイブリッドワークの浸透やデジタルツールの急速な普及により、ワークプレイスに求められる価値がますます複雑化していることに加え、働き方の多様化によってオフィスでの対面コミュニケーションが減少し、企業側が想定する働き方と従業員の実際の働き方やその体験とのあいだにギャップが生じやすくなるなど、複層的な課題が存在している。
こうした課題に対し、ザイマックス総研では実証データをもとに従業員エンゲージメントとワークプレイス・エクスペリエンスを科学的に捉える分析手法「WEPEX」モデルを開発した。本モデルは、働き方やワークプレイス設計の現状把握、課題発見、そして具体的な改善策の明示を可能にし、企業のワークプレイス戦略を判断する指標の一つとして提供するものである【図表1】。なお、本モデルの開発にあたっては、エンゲージメント研究の第一人者である慶應義塾大学総合政策学部 島津明人教授にご指導いただいた。
本概説編では、「WEPEX」モデルの概念について解説する。同日公表の応用編では「WEPEX」モデルに基づいたケーススタディを紹介しているため、併せて参照いただきたい。
【図表1】「WEPEX」モデルの概念図
1. エンゲージメントを高めるワークプレイスとは?
1.1. ワークプレイス・エクスペリエンス(職場での体験)が鍵となる
従業員エンゲージメントを高めるうえで、ワークプレイス・エクスペリエンス(職場での体験)をいかに向上させるかが重要な論点となっている。ワークプレイス・エクスペリエンスとは、従業員が自身の働く環境をどのように評価しているかを示す概念である。
ただし、この評価は単なる個人の満足度にとどまるものではない。業務のパフォーマンスや仕事仲間・組織とのつながり、さらにウェルビーイングの向上といった、企業にとって重要な具体的成果との関係を念頭に置いた概念である点に特徴がある。
【図表2】はワークプレイス・エクスペリエンスの基本構造を図示したものであり、本研究では同概念を4つの因子から構成されるものとして整理した。
【図表2】ワークプレイス・エクスペリエンスの基本構造
【図表3】は各因子の内容をより具体的に示したものであり、その概要は以下のとおりである。
- ワークプレイスの設備・空間・環境の物理的快適さを示す「A.基本品質」因子(※注1)
- 業務への集中や遂行のしやすさを示す「B.業務効率性」因子
- 同僚・上司との対話や情報交換のしやすさを示す「C.つながり」因子
- 心理的働きやすさ、チームや組織への一体感・文化的つながりを示す「D.心理的快適性」因子
なお、上記の4因子は因子分析により抽出されたものであり、いずれの因子についても内的一貫性を示すα信頼性係数は十分な水準を満たしていることが確認されている(※注2)。
【図表3】ワークプレイス・エクスペリエンスの各因子の詳細
※注1 「A.基本品質」因子については、働く環境における不快感や、業務に必要なスペースの不足といったネガティブなエクスペリエンスを測定した設問を用いており、回答尺度が他因子と逆方向のため、分析では反転処理を行っている。
※注2 分析手法および指標の信頼性について
各因子のα信頼性係数(尺度の内的一貫性を示す指標)はいずれも0.8を上回り、また各項目と尺度の相関係数も0.4〜0.9以上(いずれもp値<0.001)であった。詳細は末尾【参考1】【参考2】を参照されたい。
1.2. ワークプレイス・エクスペリエンスが従業員エンゲージメントに与える影響
次に、ワークプレイス・エクスペリエンスが従業員エンゲージメントにどのような影響を与えているのかを確認する(分析対象は下図の赤枠部分を参照)。
本研究では、従業員エンゲージメントを2つの側面に分けて捉えている。
1つは仕事そのものに向けられるエンゲージメントである「ワーク・エンゲージメント」、もう1つは組織に対する関与や帰属意識を表す「組織エンゲージメント」である。
ワーク・エンゲージメントは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態を指し、活力や熱意、仕事への没頭といった要素によって特徴づけられる。一方、組織エンゲージメントは、組織の目標・規範・価値観の受け容れ、組織の為に働きたいとする積極的意欲、そして組織に留まりたいという強い願望によって特徴づけられる情緒的な愛着を表す概念である(※注3)。
分析の結果、ワークプレイス・エクスペリエンスを構成する4つの因子は、いずれもこれら両方のエンゲージメントと有意に正の関係を持つことが確認され、従業員エンゲージメント向上の観点から、すべての因子が重要な役割を果たしていることが示唆された。なかでも、「D.心理的快適性」因子は、ワーク・エンゲージメントおよび組織エンゲージメントの双方に対して、最も大きな影響を持つ因子であることが明らかとなった(※注4)。
【図表4】ワークプレイス・エクスペリエンス4因子と従業員エンゲージメントとの関係性
※注3 エンゲージメント指標について
ワーク・エンゲージメントは、著作権者であるTriple i Human Capital社の許可のもと、Schaufeliらによる尺度(UWES-9日本語版)を用いて測定した。また、組織エンゲージメントについてはMowdayらの提唱するOCQ-9尺度を採用している。
※注4 分析手法について
ワークプレイス・エクスペリエンスと従業員エンゲージメントの関係は、重回帰分析により検証した。
2. エンゲージメントを高めるためのワークプレイス戦略
第1章では、ワークプレイス・エクスペリエンスが従業員エンゲージメントに直接影響することが明らかになった。人的資本経営の観点から、ワークプレイス・エクスペリエンスを高めるために必要な投資を行うことは企業にとってますます重要になっている。こうした投資を効果的に実行するための土台となるのが、「ワークプレイス戦略」である。
今回の研究では、働く場所やメインオフィスの利用実態と従業員のエクスペリエンスの関係を分析した。その結果、ワークプレイス・エクスペリエンスを高める具体的な施策として「多様な働く場の提供(ハイブリッドワークの実践)」と「来たくなるオフィス設計」の2つが鍵となることが示唆された。下図の赤枠は、この2要素が関わる分析領域を示している。
2.1. 多様な働く場の提供(ハイブリッドワークの実践)
本研究では従業員が働く場所(ワークプレイス)を「メインオフィス」「自宅(在宅勤務)」「サテライトオフィス(*2)」の3つに大分した。これら各ワークプレイスの利用頻度とワークプレイス・エクスペリエンスとの関係性を分析し、以下の結果が得られた(※注5)。
*2 サテライトオフィスとはメインオフィスや自宅とは別にテレワークのために設けるワークプレイスの総称。なお、本研究ではザイマックスグループが提供する法人向けサテライトオフィスサービス「ZXY(ジザイ)」を対象とした。
- メインオフィス:出社頻度が高いほど、「C.つながり」と「D.心理的快適性」が高まる傾向が確認された。これは、直接顔を合わせるコミュニケーションが増えることで、人間関係の構築や組織への一体感が醸成されやすくなるためと考えられる。
一方で、出社頻度が高まるほど「A.基本品質」「B.業務効率性」が負の影響を受ける傾向も見られた。オフィス特有の騒音、共有空間の制約などが集中しやすさに影響している可能性がある。 - 自宅(在宅勤務):「A.基本品質」「B.業務効率性」と有意に正の関連が確認された。これは、在宅勤務において「静かで集中しやすい」「個人空間が確保される」といった特徴があることと関係していると考えられる。
一方で、在宅勤務頻度が高いほど「C.つながり」「D.心理的快適性」が低下しやすい傾向がみられた。対面でのコミュニケーション機会が限られることが、これらの傾向と関連している可能性が考えられる。 - サテライトオフィス:「B.業務効率性」と有意に正の関連が見られ、メインオフィスと自宅(在宅勤務)を補完する生産的な場所として機能することが示唆された。
一方で、利用頻度が高いほど「C.つながり」が低下しやすい傾向がみられた。この点は在宅勤務と共通しており、対面でのコミュニケーション機会が限られることと関連している可能性が考えられる。
しかし本研究では、サテライトオフィス利用と「D.心理的快適性」との間に、有意ではないものの正の関連が確認された。これは、サテライトオフィスが集中しやすい環境やオン・オフの切り替えを促す特性を備えており、心理的働きやすさによって「D.心理的快適性」の維持につながっているものと考えられる。
上記の結果を踏まえると、各ワークプレイスはそれぞれ長所・短所を持っており、互いに補完的な機能を有している【図表5】。コロナ禍では、急速なテレワーク導入に伴う混乱による生産性低下への懸念が指摘され、コロナ禍収束後にはその反動として、出社の強制や在宅勤務の制限に踏み切る企業もみられる。しかし、働き方を単純な二項対立として捉えるのではなく、従業員が多様な働く場所を柔軟に選択できるようなバランスを設計することが、ワークプレイス・エクスペリエンスを高めるうえで「鍵」となる。
【図表5】働く場所とワークプレイス・エクスペリエンスの関係
※注5 分析手法について
各働く場所の利用時間割合とワークプレイス・エクスペリエンス4因子との関係性は重回帰分析により検証している。詳細については【図表5】および末尾【参考3】を参照されたい。
2.2. 来たくなるオフィス設計
ワークプレイス・エクスペリエンスを高めるうえで、2つ目の重要な要素が「来たくなるオフィス設計」である。ワークプレイス・エクスペリエンス(現在の働き方に対する総合評価)と、各ワークプレイスで働く際の体験との関係を確認したところ、サテライトオフィスや自宅での体験とも一定の関連はみられたものの、メインオフィスでの体験との関連が最も高いことが明らかになった(末尾【参考4】)。すなわち、「メインオフィスでどう働けるか」がワークプレイス・エクスペリエンスの中核に位置しているといえる。
そこで本節では、メインオフィスの使われ方が従業員のエクスペリエンスにどのような影響を与えているのかに着目する。メインオフィス内の空間を「執務席」「会議室」「リモート会議用個室」「オープンなミーティングスペース」「リフレッシュ・コミュニケーションスペース」の5つに分類し、出社時の業務時間帯(昼休みを除く)における各スペースの利用時間割合と、メインオフィスで働く際のエクスペリエンス4因子、出社選好度(出社して働くことが好きかどうかを示す指標)、主たる業務活動の時間割合との関係性を【図表6】で整理した(※注6)。
【図表6】オフィススペース別の効果:業務時間帯におけるオフィス各スペースの利用時間割合とメインオフィスで働く際のエクスペリエンス4因子、出社選好度、各業務活動の関係
分析の結果、各スペースはそれぞれ異なる役割を担い、特有の体験価値を提供していることが示された。また、「執務席」や「会議室」は日常業務を支える基盤的な空間である一方、「リモート会議用個室」「オープンなミーティングスペース」「リフレッシュ・コミュニケーションスペース」は「来たくなるオフィスづくり」にプラスに寄与する重要な要素であることが示唆された。
各スペースがもたらすと示唆された主な効果は以下のとおりである。
- 執務席:執務席の利用が多いほど「1人で集中作業」が増え、社内コミュニケーションが減少する傾向がみられた。また、心理的快適性や出社への前向きさとは負の関係にあることから、特定の席にとどまり多くの時間を個人作業にあてる働き方は組織とのつながり感を弱め、心理的働きやすさを損なう可能性が示唆される。
- 会議室:会議室の利用が多いほどチーム内・部署内・他部署とのコミュニケーションが活発になる傾向がみられた。対面での意思決定や情報共有、対話の場としてチームや組織の連携を高める役割を果たしていると考えられる。
- リモート会議用個室:社内外とのコミュニケーションを支える空間として重要性が高まっており、出社を前向きに捉える要素の一つとなっている。一方で、狭い個室や長時間のリモート会議は、集中や快適さを損なう可能性も示唆される。
- オープンなミーティングスペース:チーム内・部署内・他部署を問わずコミュニケーションとの関係が強く、偶発的な対話やコラボレーションを促進する空間として効果が期待される。また、業務の進めやすさや心理的働きやすさ、組織とのつながり、出社への前向きさにもプラスの影響を与えており、「来たくなるオフィス設計」における中核的な要素の一つである。
- リフレッシュ・コミュニケーションスペース:業務時間帯における利用は限定的であるものの、チーム内コミュニケーションや出社選好度に対してプラスの効果が確認された。
さらに、昼休みや休憩時の利用に着目すると、メインオフィスでのエクスペリエンス全体にプラスの効果が確認された(末尾【参考6】)。業務時間だけでなく、休息や私的な時間のためにも適切なスペースを提供することでエクスペリエンスを底上げすることが可能となる。
以上のように、メインオフィス内の各スペースはそれぞれ異なる心理的・機能的価値を持ち、従業員の体験価値に多面的に影響を与えている。各空間の役割と効果を見える化することで、空間の目的と実際の使われ方とのギャップを把握することが可能となる。これを理解したうえで空間設計を行うことが、従業員のワークプレイス・エクスペリエンスを高め、「来たくなるオフィスづくり」につながっていく。
※注6 分析手法について
出社時の業務時間帯における各スペースの利用時間割合とメインオフィスで働く際のエクスペリエンス4因子との関係性は重回帰分析により検証している。詳細については【図表6】および【参考5】を参照されたい。
3. おわりに
本研究では、働く場所と従業員エンゲージメントの関係を定量的に分析し、エンゲージメントを高めるワークプレイス戦略について考察した。
その結果、ワークプレイス・エクスペリエンス(職場での体験)が従業員エンゲージメントに強く関係し、従業員エンゲージメントを高めるためには、ワークプレイスを単に「作業する場所」として捉えるのではなく、「A.基本品質」「B.業務効率性」「C.つながり」「D.心理的快適性」といった物理的・機能的・心理的な体験価値に戦略的に投資することが重要であることが示唆された。
また、各働く場所やオフィス内の空間はそれぞれ異なる長所と短所を持ち、従業員の体験価値に多面的に影響を与えていることも明らかになった。そのため、人的資本向上を見据えてワークプレイスを検討するうえでは、各場所・空間の役割や心理的な効果を合理的に理解し、理想と実際のギャップを把握することが不可欠である。
本研究では、こうした要素を定量的に扱う指標として「WEPEX」モデルを開発し、企業が自社の働く環境を科学的に診断し、改善へとつなげるための有効な枠組みを提示した。最適な働き方やワークプレイスのあり方は企業文化や業種、従業員属性によって大きく異なるが、本モデルが、各社において自社の特性や方針に即したワークプレイス戦略を検討する際の一助となれば幸いである。
ザイマックス総研は引き続き、本研究の詳細分析を継続し、働き方やワークプレイスに関する有益な知見を提供していく予定である。
《調査概要》
働く場所と従業員エンゲージメントに関する調査
東京都内勤務のザイマックスグループ従業員1,286名
2024年12月9日~12月20日
993件(回答率80.4%)
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