米国不動産カウンセラー協会発表「2026不動産に影響を与える今年の10大テーマ」

~世界的な不動産専門家集団による年次報告~

~世界的な不動産専門家集団による年次報告~

2025年12月、米国不動産カウンセラー協会(Counselors of Real Estate®)は、年次報告「CRE®が考える"不動産に影響を与える今年の10大テーマ®"」 2026年版を発表した。本レポートは、原文(英語)を同協会の会員(CRE®)の中山善夫が代表を務める(株)ザイマックス総研にて翻訳し、紹介するものである。原文は "The CRE® 2026 Top Ten Issues Affecting Real Estate®"より閲覧可能である。なお、このレポートは2011年から毎年発表され、2017年より翻訳紹介している。

2026 TOP 10 RESULT

CRE® 2026不動産に影響を与える今年の10大テーマ

1. 財政と金融政策

2. ポートフォリオリスク

3. 変化する不動産の本質:基本に立ち返る

4. 資本の源泉と流れ

5. テクノロジーによる不動産の変革

6. 不動産業界の未来

7. 世界規模のチェスゲーム:信頼危機と不確実性

8. 住宅の入手可能性

9. 価格リスク

10. 人の流れ

 * 米国不動産カウンセラー協会(Counselors of Real Estate®)
本協会は1953 年に設立され、不動産、ファイナンス、法務あるいは会計分野における実務専門家及び政府の政策担当者、学者等からなる高度専門家集団として国際的に認知された団体であり、複合不動産や土地に起因する諸問題の解決のため、専門的・客観的な助言を行っている。また、不動産業界における論理的リーダーシップを担う中心的存在として認知されており、現にCRE®は、60を超える多様な不動産関連分野の専門家によって構成される団体として、不動産に影響を与える諸問題やトレンドの現状と将来について、客観的な分析、検証、提言を行っている。CRE® は選りすぐりのメンバーシップであり、会員となるには既存会員からのinvitation が必須となる。当組織が発する「CRE®」(不動産カウンセラー)の称号は、不動産カウンセリングのあらゆる分野において、会員が卓越した能力を有することを保証するもので、CRE® 称号の保持者は、全世界で1,000名しかいない。

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米国不動産カウンセラー協会とその会員である1,000人のCRE®は、不動産の全部門に最も大きな影響を与えると予想される現在および新たなテーマを特定した。不動産に影響を与える10大テーマは幅広い分野で活躍する当協会の会員による投票、議論およびディベートを経て決定される。協会を代表するソートリーダーシップの取り組みである本レポートは14年目を迎え、世界中のCRE®の顧客や不動産業界全般にとって貴重なリソースとなっている。

業界は急速に変化しているが、不動産に影響を与えるテーマの多くは相互に関連しており、その共通項はヒト、不動産、テクノロジー、そしてカネである。本レポートに対するご意見・ご感想をお聞かせいただければ幸いである。

1. 財政と金融政策

■財政赤字、国家債務、そして微妙な均衡:経済と商業用不動産は依然として底堅い

米国は8月、国家債務が37兆ドルを突破し、新たな節目を迎えた。この驚異的な数字は、雪だるま式に膨らむ債務を抑制すべき時が来ているという重要な課題を改めて突きつけている。

2025年度には1.9兆ドルの赤字が予測されるなか、巨額債務にもかかわらず、状況は見た目ほど深刻ではない。経済はかなりの回復力を示している。雇用、個人消費、そしてインフレは、これまでのところ、AIから関税の不確実性に至るまでさまざまな逆風に耐えている。変動はあるものの、株価も上昇を続けている。

商業用不動産については、見方によって課題と機会が混在しており、見通しは複雑である。成長は鈍化しているものの、多くの分野でファンダメンタルズ(基礎的条件)は堅調である。一方、分譲住宅市場、B・Cクラスのオフィス、借り換えが困難な満期を迎えるローンなど一部の不動産分野では依然として苦戦が続いている。

■政策の成功と失敗

財政政策面では、米国の予算法案「One Big Beautiful Bill(一つの大きな美しい法案)」によって、2017年の税制改革法案「Tax Cuts and Jobs Act(減税・雇用法)」で導入された一部の減税措置が延長され、中所得層向けの新たな減税も創設された。キャピタルゲイン税率の据え置き、特別償却の復活、低所得者向け住宅税額控除(LIHTC)プログラムの拡充は、商業用および住宅用不動産にとって前向きな政策措置である。

金融政策面では、FRB(連邦準備制度理事会)が2025年の大半にわたり利下げを見送っていることは、商業用不動産、住宅市場、そして連邦財政赤字にとって特に大きな逆風となっている。金利の動向を予測するのは決して容易ではないものの、FRBが2025年第4四半期から2026年にかけて連邦基金金利の引き下げに向けた動きを見せる可能性が高いとみられる。そうした金利政策の見通しに加え、ジェローム・パウエル議長の後任が誰になるかも、依然として大きな不確定要素として残っている。

■重要なポイント:リスクは山積みである

結論としては、あらゆる困難にもかかわらず、全体的な見通しは良好だといえる。経済にはいくつかの好材料がみられる。たとえば、米国で数十億ドルの投資を行い国内生産を進めると表明している企業がある。関税収入も財政赤字の削減に寄与するだろう。しかし、それでもなお警戒を緩めてよいわけではない。

リスクは依然として高水準にある。地政学的紛争から新技術による混乱まで、いつ顕在化してもおかしくない複数のリスク要因が存在し、現状の流れを変える可能性がある。AIはその典型の一つである。雇用に悪影響を与える可能性がある一方で、テクノロジーへの数十億ドル規模の新規投資や生産性向上を生み出しており、多くの分野で雇用を増やす効果も期待されている。

歴史的にみれば、経済は小さな課題には強い耐性を示す。しかし、予期せぬ大きな出来事が起これば経済は容易に揺らぎうる。そして、近い将来にそうした大きな問題が迫ってきそうなことを認識している。37兆ドルに上る国家債務には対応が必要であり、2026年の中間選挙が近づくにつれて、ワシントンにおける勢力図が変化する可能性もある。

ステーブルコイン(*価格の安定性を目的として設計された暗号資産)などの通貨問題も、経済に影響を与える不確定要素である。また、中国は経済規模を拡大し、世界最大の経済大国として米国に挑戦しようとしている。とはいえ、現時点では米国は経済改善に向けて正しい方向に進んでいるように見受けられる。そして不動産は、この成長や安定を支える大きな役割を果たすだろう。

2. ポートフォリオリスク

■リスク分析はこれまで以上に幅広く深くなっている

ポートフォリオリスクの評価はもはや一度行えば終わりという作業ではない。変動性の高い今日の市場では、リスク分析はこれまで以上に幅広く、複雑で流動的になっている。

不動産ポートフォリオの管理において、所有者、レンダー(金融機関等)、そして入居者は常にリスク要因と向き合ってきた。直近の状況が強く意識されている面もあるかもしれないが、現在は至る所に以前より多く、より大きなリスクが潜んでいるように思われる。さらに、パンデミックは現状を揺るがす並外れたリスクを生み出し、現在も不動産業界に影響を与え続けている。

今日のリスクを把握するには、まず以下のような多様なリスクカテゴリーを理解する必要がある。

● 不動産タイプ

● 立地とインフラリスク

● 経済と稼働率リスク

● 資金調達と評価リスク

● 内装工事と資本的支出リスク

● 保険とコストリスク

● 環境と室内空気質リスク

● 異常気象リスク

● 自然災害リスク

● 規制リスク

● 社会的・地政学的リスク

リスクは、投資家の視点だけではなく入居者の視点から捉えることも重要である。入居者にとってどのような潜在リスクがあり、それらをどのように軽減し物件の魅力を高めるのかを検討する必要がある。同様に、レンダーも不動産ローンポートフォリオに対してより包括的なリスク評価を行うようになっている。

■高度化するリスク分析

監査人はさまざまなカテゴリーにまたがるリスクを精査し、個別リスクを評価するとともに、物件やポートフォリオ全体の総合リスクスコアを算出している。各種テクノロジーや予測分析ツールの進化によって、リスクをより正確に把握・定量化することが可能になっている。たとえば、洪水氾濫域に位置する物件の立地リスク、リース更新やローン満期に関連するリスクなどを把握するために、さまざまなリスクフィルターを適用することができる。こうした多様で変動するリスク要因により、リスク評価は従来の静的なアプローチではなく、より動的なプロセスへと進化している。

活用されるツールは多岐にわたる。気候関連リスクの分析ソフトやドローンを使った調査に加え、自動化されたエネルギー管理システムやビル管理システムによって収集されるエネルギー消費量や設備稼働状況のリアルタイムデータも用いられている。さらに、物件評価においては実際に現場へ足を運ぶことも依然として重要である。

所有者や入居者は、四半期ごと、半年ごと、あるいは年次など、継続的にリスク評価を監視し、更新している。また、リスクはもはや一つの部門に閉じたものではなく、投資家や入居者はより包括的なアプローチをとり、データを収集・評価することで、より正確かつ網羅的なリスク像の構築を目指している。

■重要なポイント:データが意思決定を駆動する

リスク分析は、データと洞察を提供することで戦略や意思決定に影響を与える。評価リスクを理解することは、所有者と入居者が資本的支出の優先順位を決定し、買収・保有・売却といった戦略を策定するうえで役立つ。たとえば、テナントの入れ替わりにより空室リスクが高まっているビルの場合、所有者はテナントを維持または新たなテナントを誘致するために、どれだけの資金を内部空間や不動産に投じる必要があるのか、またどの程度の賃料を設定でき、その投資利益率(ROI)が妥当かどうかを判断しなければならない。

追加の投資が必要となるリスクフィルターを適用すると、新たな疑問が生じる。リスク軽減のために多額の追加投資を行うべきなのか、それとも今売却すべきなのか? 所有者は基礎となる債務の借り換えを検討する際にもリスク分析を考慮しており、場合によってはリスクが限界に達し、担保不動産をレンダーに返還するという判断に迫られるケースも出てきている。入居者側も同様に、サプライチェーン、インフラ、気候変動や自然災害、運営コストや賃料の上昇、保険料の増加など、さまざまなリスク要因を分析し、どの拠点を維持し、どの拠点から撤退すべきかを判断している。

ポートフォリオリスクは、投資家、レンダー、監査人、入居者にとってこれまで以上に重要な課題となっている。今後、商業用不動産分野では、リスクとレジリエンスに関する専門性は、独立した重要領域として発展していくことが見込まれる。

3. 変化する不動産の本質:基本に立ち返る

■キャップレートの圧縮はもはや不動産の「失敗」をカバーしなくなる

ここ数十年、投資家は金利の追い風とキャップレートの圧縮(*)によって商業用不動産で利益を上げてきた。しかし、その時代は終わりに近づいている。

*キャップレートとは不動産投資における利回りの指標の一つで、不動産価格とその物件から得られる純収益の比率である。

キャップレートが低下(圧縮)すると、収益力が変わらなくても物件価格は上昇する。

1980年代半ばから2019年までの長期間、所有者は高金利の住宅ローンと高キャップレートで取得した物件を、より低いキャップレート環境で売却することで利益を得られる局面にあった。平均的な物件の保有期間は7年である。この7年の間に多少の管理ミスがあったり、適切でないテナントを入居させたり、設備投資に過剰な支出を行ったりしたとしても、売却時にはキャップレートの圧縮が進んでおり、それによって多くの過ちを帳消しにすることができた。しかし、商業用不動産市場はこうした局面が終わりつつある。

極めて非現実的な仮定ではあるが、たとえ今後10年間、10年国債利回りが現在の水準で横ばいのままだとしても、資本市場の動きはもはや追い風にはならず、むしろ向かい風となるだろう。

■「やるべきこと」をやる時代へ

「ただ所有しているだけ」ではもはや十分ではない。キャップレート圧縮ではなく、インカム(収入)こそがリターンの源泉となるため、所有者や運営者はこれまで以上に資産を慎重かつ効率的に管理する必要がある。

基本に立ち返る姿勢は資産配分にもあてはまる。特に2017年から2019年にかけて、量的緩和(QE)の終焉が近づき、借入コストの上昇が見込まれるなか、投資家は高い資本的支出が必要となるオフィスや小売施設から、投資額負担の小さい物流不動産や集合住宅へと資産配分をシフトし始めた。この動きは物流不動産と集合住宅のブームとも重なり、こうした広範なセクター単位の投資がパフォーマンスを押し上げた。

ただし、こうしたセクター投資が過去に成功したのは、構造変化が追い風になっていたからである。たとえば物流不動産は、eコマースの拡大とアマゾン効果に乗じて驚異的な価値の上昇を遂げた。しかし、eコマースは依然成長を続けているものの、そのペースは鈍化しており、もはやかつてのような旺盛な物流スペースの需要を生み出す要因ではなくなっている。

「どのセクターを選べばアウトパフォーマンスできるか」という考え方はもはや通用しない。現在勝ち抜いている資産運用者が他を上回っている理由は、適切なセクターを選んでいるからではなく、適切な物件を選び、それを適切に運営しているからである。

■重要なポイント:戦略的な投資戦術を磨く

基本に立ち返る姿勢とは優れた資産選定、適切な引受審査、適切なリスク評価、そして的確な資産管理といった基本要素に注力することを意味する。商業用不動産の専門家は、スキルを磨き、現代のテクノロジーツールを活用してより優れた分析と意思決定を行う必要がある。また、基本に立ち返る姿勢は、購入・保有・売却という資産管理サイクルを市場環境に応じて適切なタイミングで実行する重要性も浮き彫りにしている。

立地条件と需要を喚起する要素は極めて重要であり、優れたテナント体験を提供し、適切なテナントを選び、信用リスクを管理し、最適条件でリース契約を締結するためには、強力な運営管理チームやリーシングチームが不可欠である。これら一つ一つの基本要素が積み重なることで総合的なパフォーマンスの向上につながる。そして何より重要なのは、特定の物件と市場に最適化された投資戦術を確立し、可能な限り安定したインカムを確保することである。

4. 資本の源泉と流れ

■資本(エクイティ)は依然として市場の外で滞留している

資本は商業用不動産市場を動かし続ける原動力である。しかし現在、市場では資本の流れが「膠着状態」に陥っている。

不動産取引量の減少は、機関投資家の資本全体に影響を及ぼしている。通常5年、7年、あるいは10年の保有期間を想定して不動産ファンドに投資している機関投資家は、本来期待する資金を回収できていない。その結果、新たなファンドに再投資できる資本が少なくなり、既存の大手機関投資家から新規資本を調達する環境は一段と厳しくなっている。

この状況は不動産に限ったものではない。プライベート・クレジット(*民間投資家が企業などに直接融資する投資分野)やインフラ投資など、プライベート・エクイティ・ファンド(*非公開株式への投資を行うファンド)分野全体に共通する問題である。分配金の減少により既存投資から投資家に還元される資金が細っているうえ、各機関投資家には資産クラスごとに投資できる上限枠がある。その結果、新規の不動産投資に向けられる資金が制限されている。さらに、オフィスビルの大幅な評価減も、資金流入を停滞させるマイナス要因として拍車をかけている。

■短期的な逆風

一般的に、資本の流入が抑制されていることは短期的な問題となる可能性が高い。中期的にみれば、投資家は不動産の安定性やインフレヘッジ(*インフレによる資産価値の目減りを防ぐ仕組み)の機能を評価しているため、資本は最終的には戻ってくるだろう。しかし、オフィス、商業、ホテルなど、インフレに見合う価値上昇がみられず、場合によっては投資家が損失を被っているセクターもある。そのため、不動産は投資家の新規資金を呼び込むために、改めて投資対象としての説得力を示す必要がある。

明るい材料としては、デット(債務)市場の流動性は依然として良好であることが挙げられる。リーマンショック後の水準と比較して金利が高止まりしているものの、銀行、生命保険会社、プライベート・エクイティ・デット・ファンド(*企業に資金を貸し付けるファンド)、CMBS(商業用不動産担保証券)、モーゲージREITなど、積極的に融資に応じる資金源は豊富にある。

現在の政策動向や巨額財政赤字を背景に、海外投資家が米国から撤退する懸念もある。しかし、米国は依然として世界最大の経済規模を誇り、他地域と比較しても「安全な」資本の受け皿である。また、不動産業界にとってのもう一つの課題は、特にエネルギーやデジタルインフラといったインフラ分野への投資需要が非常に強く、不動産と投資資金を奪い合っているという点である。

■資金調達は一段と困難に

結論としては、今は資本(エクイティ)が貴重な時期にある。今後を見据えると、投資家は市場の再始動を待っている状況にある。取引量が増加すれば、機関投資家は流動性向上への道筋や、既存ポジションからの出口戦略の見通しを立てやすくなるだろう。同時に、評価額がどの水準に落ち着くのかの可視性も高まる。

当面の間、資金調達環境は引き続き厳しく、競争も激しい状況が続くだろう。業界関係者は、資金を調達するためにこれまで以上の努力が求められる。取引において投資家がどの程度の流動性を確保しているかを明確に示す必要がある。さらに、対象物件が長期的に見て魅力を維持し、経済的に成立する理由を説明しなければならない。

5. テクノロジーによる不動産の変革

■データセンターから不動産テック(プロップテック)まで、AIが不動産業界を変容させている

AIはいまやテクノロジーそのものとほぼ同義であり、AIがもたらす革新は世代規模の変化として商業用不動産業界全体に影響を及ぼしている。

AIは、商業用不動産のあらゆる領域で支配的な力となりつつある新しいテクノロジーカテゴリーを生み出した。さらに、データセンター分野への波及効果も際立っている。発表されている投資総額の巨額化、土地や建物の需要、そして飽くなきエネルギー需要を背景に、データセンター現象は無視できない存在である。

AI対応データセンターが不動産投資・開発における新たな「目玉」として注目を集めているが、AIの影響はそれだけにとどまらない。建物の運営効率や立地選定から、財務分析や引受審査に至るまで、不動産のあらゆる分野に影響を与えている。これは、新技術の導入において後手に回りがちだった商業用不動産業界にとって大きな転換点である。従来と異なり、今の不動産テックを特徴づけているのは、革新のスピードと、AIが複雑な作業を劇的に簡素化するテクノロジーであるという事実である。

AIは誰もが理解できるものである。質問を投げかけたりボタンを押すだけでタスク特化型「エージェント」を起動できる。商業用不動産のさまざまな領域において、十分なデータ入力のみで、多くのタスクが非常に容易かつ迅速に実行できるようになるだろう。

■データをめぐる争奪戦

今、不動産所有者や運営者が将来のAIソリューションに備えて取り組むべきことの一つは、入力データを自らの管理下に置くことである。建物内のデータへのアクセスと所有権を確保するために、積極的に行動を起こす必要がある。ChatGPTやGemini、GrokなどのAIサービスに質問すれば驚くべき回答が得られるように、物件やポートフォリオのレベルでも、必要なデータにアクセスさえできれば同様のことが実現可能になる。

しかし、データへのアクセスは想像以上に容易ではない。建物レベルの不動産テックは、投資家、資産運用会社、不動産管理会社、請負業者、ビル管理システムといった断片化されたエコシステム全体にまたがるデータへのアクセスに長年苦戦してきた。建物には照明、入退室管理、空調、各種センサーなど複数のシステムが存在し、それらをすべて貴重なデータ源として扱う必要がある。

データにアクセスするためには、内部プロセスの整備、契約や合意内容の見直し、ベンダーやサービスプロバイダーとのデータ権利の再交渉など多岐にわたる手続きを踏む必要があり、これは商業用不動産の専門家にとって大きな負担となる。また、サイバーセキュリティの脅威に対して建物システムを強化することも、もう一つの重要な課題となる。

■重要なポイント:高速列車に飛び乗れ

不動産テック分野では、過去20年間、企業に新しいテクノロジーの導入と投資を促すことは困難な道のりであった。しかしAIはいま、革新と導入が加速度的に進む「高速列車」となっており、そのスピードこそが不動産業界全体で起きている変革の核心となっている。

AIのソリューションと機能は、ますます速いペースで次々と進化している。競合他社、機会、リスクのすべてがこれまで以上のスピードで変化しているため、取締役会にはより迅速な意思決定が求められる。これは商業用不動産業界にとって、企業も個人も理解を深め、積極的に革新に取り組まなければ、AI主導の高速イノベーションサイクルに取り残されかねないことを意味する。

6. 不動産業界の未来

■テクノロジーが商業用不動産の「黄金時代」を後押ししている

歴史的に、不動産はテクノロジーの変化の影響を受けにくい分野と考えられてきたが、それは誤りである。現在は、データ、計算能力、そしてそれらを組み合わせてより良い意思決定を行うための手段が確立されており、商業用不動産はまさに「黄金時代」を迎えている。

テクノロジー、特に分析技術は、現在も将来も商業用不動産にとって不可欠な要素である。たとえば、ニューヨーク・マンハッタンの5番街にオフィスビルを所有するだけでは不十分で、20階の賃料を10階や5階と比べてどれだけ高く設定できるかを理解する必要がある。

AI、機械学習、そしてより強力な予測分析といった商業用不動産向けのテクノロジーとツール群は、プロセスとワークフローを大きく変革しつつある。それと同時に、商業用不動産の専門家は思考方法や問題解決へのアプローチを変える必要がある。商業用不動産市場は、不動産評価や取引の促進に向けて販売データを収集・分析する能力において大きく先行している住宅市場から、ノウハウを学ぶことができる。

■規律ある思考が求められている

今起きている変化には二つの側面がある。第一に、企業はより高度で強力な分析を可能にするテクノロジーを受け入れなければ、競争から取り残されるリスクがある。第二に、企業は不動産戦略や意思決定の考え方そのものを変える必要がある。従来の統計分析に固執するのではなく、現代的な統計思考、すなわちベイズ思考を取り入れる必要がある。

ベイズ思考とは、「どれだけ確信できるかという度合い」を確率で表し、新しい証拠が得られるたびにその確率を更新していく統計的アプローチである。明日の状況がどうなるかわからない世界において、ベイズ思考は、既知の知識(事前情報)と観測データを組み合わせて理解を更新していく、不確実性に対処する推論法である。

■重要なポイント:不確実性を航行するために

現在の環境では、経済成長の速度から新たな政府政策に至るまで、さまざまな問題において高い不確実性が存在している。ベイズ思考は、こうした複雑な問題に対して思考を規律づけるための方法であり、不動産業界の未来を考えるうえで非常に有用である。

不動産業界はもはや「立地、立地、立地」と唱えていればよい時代ではない。不動産に関する意思決定はより複雑で微妙な判断を要するようになっている。データもツールも格段に増えている。しかし、それらを扱うには規律が必要であり、そしてその思考の規律こそがベイズ思考なのである。

7. 世界規模のチェスゲーム:信頼危機と不確実性

■現時点で最も確実なのは「不確実性」であり、しかもその広がりは全方位的である

今最も確かなことは、不確実性が経済のほぼすべての分野に存在しており、その不確実性が経済活動を阻害しかねないということである。

SNSなどを通じてほとんど予告なしに政策が発表される状況は、将来の安定性への信頼を揺るがす傾向がある。安定性がなければ、住宅の購入、製造工場の建設、新規雇用といった計画を立てることが難しくなる。経済活動を前倒ししたり、先送りしたりすることは経済の健全性を見えにくくし、これは今日の政策立案者が直面しているリスクとも言える。

さらに厄介なのは、透明性が低下するなかでこうした実態が続いており、それが信頼危機を一段と悪化させていることである。データの透明性は、これまで米国の株式・債券市場へ世界から投資を呼び込む原動力となってきた。重要な情報が欠如すれば、経営者が戦略的な意思決定を行うことは難しくなる。政府データは完璧ではないものの、経済・人口統計の「ゴールドスタンダード(標準基準)」であり、これまでは政治色を帯びてこなかった。

また、FRBの独立性が、金融市場と経済の安定にとって非常に重要である。しかし、FRBが圧力にさらされたり政治化される可能性が高まるなか、市場はFRBによる政策決定が経済状況に基づくものか、それとも政治的思惑が働いているのかを見分けられるだろうか。この問いは、米国内の経済に深い影響を与えるだけでなく、基軸通貨としてのドルや相対的な安全資産としての米国市場に対する世界の見方にも大きな影響を及ぼす。

■関税の長引く影響

米国の主要政策動向はさまざまな面で現状を揺るがしている。そのなかでも、経済の隅々にまで影響を及ぼす可能性のある最大の混乱要因の一つが、世界的な関税をめぐる新たな「ルールの策定」である。

人々が関税の不確実性の重しに慣れてくるにつれ、当初の日々の変動はある程度落ち着いた。しかし、不確実性は消え去ったわけでも、弱まったわけでもない。主要な貿易相手国に対する関税水準がまだ見通せず、依然として新たな価格形成の途上にあり、関税をめぐる不確実性は2026年以降も続くだろう。

4月2日の関税発表は世界的に大きな不確実性を生み出した。その後数ヶ月が経過した今でも、突発的な政策発表や期限の延長、交渉の成否といった出来事が市場を揺るがしている。関税は大統領令によって設定されるため、政権の政策目標が変われば、関税は良くも悪くも変更される可能性がある。

ここ数ヶ月で、雇用創出の鈍化、物価上昇、サプライチェーンへの懸念など初期的な影響が現れ始めている。今後もさらに多くの影響が表面化するだろう。関税政策が経済の各分野にどのように浸透し、どのように影響を与えるのか、誰が影響を受け、誰が受けないのか、その全体像はまだ見えていない。その影響が完全に現れるまでにさらに数ヶ月、特にサプライチェーン再編や製造業の国内回帰といった分野では数年を要する可能性が高い。

■重要なポイント:「もしも」が渦巻く環境をどう航行するか

トンネルの先に光が見えているとはいえ、懸念されるのは、そのトンネルが非常に長い可能性があることだ。市場のボラティリティが高いままでは、不動産市場は需要面でも資金調達面でもさらに困難な状況に陥るだろう。たとえ現時点では正しい選択に見える意思決定であっても、慎重に検討する必要がある。特にインフレや金利が長期にわたり高止まりする場合、資産クラス全体の期待リターンが見直される可能性がある。市場のボラテリティは常に、本来なら容易に決められたはずの判断をより複雑なものにしてしまうのである。

商業用不動産はそもそも不完全で不確実な情報をもとに意思決定を行ってきたため、他の資産クラスよりも不確実性への対応力に優れている。この業界は多くの面でデータが豊富である一方、情報の欠落や不完全さも少なくない。商業用不動産の専門家は、未知の要素や不完全な情報に対処することに慣れている。不確実性が続くなかですべての関係者により慎重なデューデリジェンス(*投資対象不動産の詳細な調査分析)が求められるが、総じていえば、経験豊富な商業用不動産の専門家と連携する価値は不確実な時代ほど一段と高まる。彼らは、不安定な市場を読み解き、将来の機会を見極めるために必要な経験と専門知識を備えているからである。

8. 住宅の入手可能性

■住宅市場には「摩擦」と「静止摩擦」が至るところに見られる

住宅危機はもはや低所得層だけの問題ではない。住宅価格の高騰は、住宅市場のより広範な層を圧迫し、地域コミュニティの経済的持続可能性にも影響を与えている。

賃貸市場と販売市場の両方で、ますます多くの層が住宅の入手困難に直面している。価格上昇は、住宅市場への参入を目指す初めての購入者だけではなく、住み替えによるアップグレードや拡張を希望する中間所得層にも影響を与えている。さらに、住まいを縮小しようとする高齢者でさえ、希望する物件や場所を市場で見つけられない状況である。

本来は、家族が成長して住まいを広げ、やがて縮小して住み替えるというライフサイクルに合わせて住宅市場の仕組みは比較的効率よく機能していた。しかし多くの地域では、その仕組みが完全に停滞状態に陥っている。高級住宅や超高級住宅、別荘市場を除けば、住宅市場のあらゆる場所で「摩擦」と「静止摩擦(*物体が静止した状態から動き出すのを妨げる摩擦力)」が発生している。その要因は、高金利、建設費の上昇、住宅価格の高騰、土地不足、厳しい用途規制や許可取得の困難さなど多岐にわたる。

■政策改革への取り組み

万能の解決策は存在しない。しかし久方ぶりに、住宅建設の負担を軽減するために自治体、郡、州が土地利用政策、用途地域政策、開発許可要件を改革する必要性に焦点があてられている。

一部の都市では、住宅供給連鎖における自らの役割を見つめ直す取り組みが始まっており、変革に向けた大きな進展もみられる。アトランタ、オースティン、ミネアポリスなどの都市では創造的な解決策が生まれつつある。しかし、都市や町レベルでの小規模な変革だけでは、抜本的な改革を実現することは非常に難しい。

土地利用に関する意思決定は、個々の管轄区域ではなく州レベルで行うべきだという議論もある。たとえばマサチューセッツ州では、マサチューセッツ州ゾーニング法の一環として2021年に「MBTAコミュニティ法」が可決された。この新たな州法は、MBTA(マサチューセッツ湾交通局)のサービス圏内の170を超える市町村に対し、住宅供給を増やす手段として、公共交通機関の駅近くに「合理的な規模」の集合住宅地区を少なくとも1つ設置することを義務付けている。

■重要なポイント:あらゆる段階で介入が必要

住宅不足は依然として非常に複雑な問題である。たとえ供給能力があったとしても、単純に大量の住宅を建てればよいという話ではない。たとえばロードアイランド州だけでも、現在および将来の需要を満たすために約3万5,000から4万戸の新規住宅が必要とされているが、同州では過去25年間、年間3,000戸を超えて建設したことはない。仮に供給能力と土地があったとしても、特定の地域で一度に供給を増やしすぎると、住宅価格の下落、賃料成長の鈍化、ひいては開発業者の意欲低下を招きかねない。

この問題は、包括的な大型法案一つで解決できるものではない。必要なのは、物事を少しずつ「より容易に、より良く、より迅速に、より安く」していく段階的な改革である。解決には、プロセスのあらゆる段階での創造的な介入に加え、官民の協力が不可欠である。自治体、金融機関、開発業者など誰もが果たすべき役割を持っており、それぞれが自らの立場で動かせるレバーを押し引きする責任がある。

9. 価格リスク

■長引く「債務爆弾」が価格設定の課題とオポチュニティ(機会)を生み出している

商業用不動産セクターは問題を抱えるローンの満期がピークに近づいているものの、市場を圧迫する巨額の債務の山を解消するには、あと数年はかかるだろう。

ローン満期額は2025年に9,500億ドル超でピークを迎え、その後2年間は同水準またはそれに近い水準で推移し、そこから今後10年間かけて徐々に減少していくと予想されている。オフィス分野のニュースが注目を集めているものの、実際には複数の不動産セクターで大量の満期が発生している。特に集合住宅の満期額はオフィスとほぼ同水準である。

銀行が債務の大半を保有しており、担保不動産の引き取りを避けたいことから、返済期限延長に前向きに対応してきた。しかし民間資本も2025年満期債務の約22%という大きな割合を保有している。これらのローンがどのような前提で組成されているのか、透明性が十分に確保されていないため、率直に言ってこうしたローンが最もリスクの高い部分である。

■オポチュニスティック投資家は割安物件を待ち構えている

資本は依然として傍観を続け、参入の好機を窺っている。市場は二極化している。機会追求型であるオポチュニスティック投資家は債務満期に伴う不良資産の取得に注力している。一方で、より広範な市場では依然として買い手と売り手の価格差が埋まらず、これが取引量の低迷を招いている。このギャップは今後2〜3年続く可能性が高い。

オポチュニスティック投資家はさらなる不良案件の顕在化を待っているものの、「一世代に一度」と言われる買い場の波は期待されたほど到来していない。一部のオフィス物件は大幅な値引きで売却され、時にはコロナ前の半分近くまで価値が下落したものの、問題物件のほとんどは緩やかな動きを見せている。レンダーは、新規投資家や新たな資本が入るまで期限を延ばし、ギャップを埋めようと努めている。市場は劇的な崩壊というより、投資家とレンダーが段階的な損失を吸収しながら資産を再配置していく長期的な再建サイクルの様相を呈している。

オポチュニスティック投資家にとって重要なのは、いつ、どの価格で動くかを見極めることである。価格リスクは、個別資産の状況と、不良資産を再編するためのビジネスプランによって決まる。案件ごとに事情は大きく異なり、望ましい基準価格は物件に対する新たな戦略によって左右される。オフィスビルのなかには、用途転換が経済的に成り立たず、土地そのものの価値が焦点となっているケースも多い。

■重要なポイント:価格リスクを捉えるための包括的アプローチ

この「債務爆弾」をより安定し均衡のとれた市場へと段階的に解消していくプロセスは今後の数年間にわたって続く課題であり、時間を要するだろう。買い手と売り手の価格差は依然として大きな障壁であり、2026年と2027年の取引活動は低水準のまま推移する可能性が高い。2028年以降には、金利引き下げと比較的堅調な経済を前提に、価格差が縮小し、市場競争がもう少し活発になるにつれ、緩やかな改善がみられるだろう。

テクノロジーから政策に至るまで大きな変化が進行している現在の市場では、商業用不動産業界は評価と価格リスクをより包括的に捉える必要がある。長期的に価値を支える根本的な要因は何か? それはもはや「建物」という物理資産だけではない。電力、水、そして人材へのアクセスといった要素が、不動産価値にプラスにもマイナスにも大きな影響を与える可能性がある。業界として、物理的資産の評価だけにとどまらず、不動産価値の背後にあるビジネスケースを深く理解することが求められている。

10. 人の流れ

■今後の見通し:移住・移民・人口増加が減速

あらゆる不動産タイプにとって根本的な需要の源泉は「人」である。しかし、今後予想される大規模な人口動態の変化により、今後どの地域が成長していくのかを見極めることはこれまで以上に困難になる可能性がある。世帯形成、国内移住、そして国際移民はいずれも減速している。

パンデミックによって加速した人口移動の混乱はようやく落ち着きつつある。人々はリモートワークを活用し、郊外や地方の広い住宅へ移転したり、より手頃な住宅やより良い生活の質を求めて州外へ移住した。また、パンデミックの時期は、ちょうどミレニアル世代が新たな世帯を形成し、初めて住宅を購入する時期とも重なっていた。

■移動パターンの変化

新たな世帯を形成し住宅を購入してきたミレニアル世代の波は減衰し始めており、Z世代がその後に続くまでには数年のタイムラグがあるだろう。JCHS(ハーバード大学住宅研究共同センター)によると、2023年と2024年の世帯増加率は鈍化している。2025年第1四半期時点では、年間増加数は126万世帯にまで減速し、2019年から2022年の平均193万世帯を大きく下回っている。

国際移民の急激な減少も、今後の世帯形成に大きな影響を与えると考えられる。米国の人口増加の約半分は海外からの人口流入によって支えられてきた。国際移民の減少が新たな基準として設定されたことで、米国国勢調査局は今後20年間の世帯形成見通しを従来のおよそ半分に引き下げている。こうした減少は、住宅市場だけでなく商業用不動産市場にも重大な影響を及ぼす。

■ロックイン効果

住宅価格の上昇、住宅ローン金利の上昇、そして販売可能な住宅在庫の不足が、国内移住の減速につながっている。JCHSによれば、持ち家世帯の移住率は2024年に過去最低の3.1%を記録した。人々は、既存住宅に適用されている非常に低い住宅ローン金利を手放したくないため、これが住宅売却と移動の停滞を強める「ロックイン効果」を生み出している。

サンベルト地域は数十年にわたって手頃な価格と雇用機会へのアクセスの良さから人口流入を牽引してきた。その構図は今も部分的に続いているが、移住の減速や州ごとの政治的違いにより、移住パターンの変化が顕在化し始めている。たとえば、位置情報分析Placer.aiのデータによれば、フロリダ州、テキサス州、ジョージア州などの人口流入はほぼゼロに近づき、一方でカリフォルニア州、ニューヨーク州、イリノイ州などの高コスト州からの流出は劇的に減速している。

■重要なポイント

住宅開発業者や投資家は特に賃料成長の与信審査に注意を払う必要がある。また、一部の高成長市場で見られた旺盛な需要が減速しているため、地域の人口が新規供給をどの程度吸収できるのかについても慎重に検討する必要がある。

開発業者や投資家は、より高密度な地域に目を向ける必要が出てくるかもしれない。これは、パンデミック後に進んだ郊外の未開発地への拡大路線とは逆の方向性である。商業用不動産の所有者や開発業者は、特に若年層を中心に働き手を惹きつけ、定着させられる立地に注力する必要がある。成長が鈍化する環境では、「建てれば人は来る」という従来のモデルは、本質的にリスクが高まるだろう。

(参考1)執筆者リスト

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(参考2)最近のCRE® Top 10リスト

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