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歴史を活かし、未来を創る──ウェルネスとつながりが生んだ新たな価値

第一生命日比谷ファースト

近年、歴史的建物の価値を維持しながら再生する「適応型再利用(Adaptive Reuse)」が世界的に注目されている。既存の建物のユニークな特徴を活かしながら時代に合わせた価値を加えることで、建物の文化的な価値を保存できるだけでなく、環境にもやさしいアプローチだ。

第一生命日比谷ファーストも、まさにこの流れに合致する形で改修が行われた。同ビルの前身となった第一生命館及びDNタワー21は、建設当初に100年以上の使用を想定し、耐久性の高い花崗岩などを多用して施工された。今回の改修では、「頑丈に作り、将来に向けて使用可能な建築を、今、取り壊す事を積極的に選択しないという企業姿勢」を示す意味でも、既存の建築躯体を活かしつつ新たな価値を加えるリノベーションが選ばれた。その結果、現代の働き方に適応した空間へと進化を遂げ、古い建物でも新築と同等、もしくはそれ以上の価値を生み出せることを示した好例となった。改修のポイントや改修後の運営について、第一生命保険 不動産部の堀 雅木氏と井上 まどか氏に話を伺った。

第一生命日比谷ファースト

120年の節目が生んだ変革の契機

皇居のお堀端に構える第一生命日比谷ファーストは、戦後GHQの本部として使われたことが知られる歴史的建造物で、もともと第一生命と農林中央金庫が共同所有し、それぞれの本社として利用していた。2022年、第一生命が農林中央金庫の持分を取得し、単独所有となったことをきっかけに、ちょうど創立120周年を迎えた同社の不動産運用物件のモデルケースにするという戦略的目標のもと、大規模な改修プロジェクトが行われた。

長い歴史のあるオフィスビルを、働き方が大きく変化したタイミングでアップデートするのは容易なことではない。ちょうどコロナ禍が一段落した時期であったため、あえてリアルの価値を検討した結果、第一生命日比谷ファーストは利用者の「ウェルネス」を高め、社内外が「つながる」場として再生すると決まった。「古い建物を単に新しくするのではなく、人々が心身ともに豊かになれる空間を提供することを目指しました」と堀氏らは語る。

バイオフィリックデザインを基本としたウェルネス

今回の改修で挙げられた大きな成果の一つは、既存ビルのリノベーションによりWELL認証最高レベル「プラチナ」を取得したことだ。認証取得につながった複数の要素のなかでも、特に重要な施策が「バイオフィリックデザイン」だった。バイオフィリックデザインは、グリーンや自然光といった自然の要素を空間に取り入れる設計手法で、利用者の健康を増進し、生産性を向上させる効果があることが各種研究で示されている。第一生命日比谷ファーストではこの考え方を基盤に、利用者が自然を感じられる空間づくりを徹底した。

まずは「緑視率」の向上を重視し、館内のいたる所に本物の樹木、フェイクグリーン、さらには緑を多用した絵画が配置され、どこにいても視覚的に豊かなグリーンが感じられるよう工夫した。また、樹木の香りを漂わせ、多くの木製什器を配置することで、五感を通じて自然を感じさせる工夫が施されている。

エントランスのグリーンウォール

ビルの付加価値を大きく増した共有空間「LOFFT」

ウェルネスを最も感じられるのは、改修の目玉となった空間「LOFFT」だ。LOFFTは高層階のテナントフロアと低層階の自社使用フロアの間に位置し、もともとは第一生命と農林中央金庫が共有する社員食堂フロアだったが、今回の改修でビル関係者共有のウェルビーイングフロアとして再構築した。

名称は「LOFT(屋根裏)」と「OFF(ON状態ではない自由な働き方)」からなる造語で、心地よくリラックスできる空間を目指して設計された。皇居外苑と日比谷公園を一望できる窓面や中央のトップライトから、自然光をたっぷりと採り込み、数多くの樹木が配置されることで、明るく開放的な公園のような空間となっている。

グリーンと自然光がたっぷり入るLOFFT(左上、右上 Photo:Kenta Hasegawa)

320坪の空間は「キッチン」「バー」「カフェ」「ストア」などによって構成されている。リフレッシュはもちろんのこと、ブース席を含む多様な席が配置されているため打ち合わせなどに活用されることも多い。朝のコーヒーですっきりした一日の始まり、満足なランチ、日中ひと息のリフレッシュ、同僚とちょっとした相談、そして夜にはバーでワイワイ盛り上がるなど、改修前の社員食堂時代と比較して利用シーンが大幅に増えた。

LOFFTの平面図(提供:第一生命保険)

入居者のウェルネスを支えるには、空間だけでなくソフトサービスの充実も不可欠だ。LOFFTでは、外部のオペレーターに業務委託形式で、ハイクオリティなサービスをリーズナブルに提供してもらっている。その一つが、栄養価が高く、健康やウェルネスに直結する「一汁」だ。木製の大ぶりなお椀に、日本各地の郷土の具だくさんの味噌汁を全ての週替わりメニューに沿えて提供している。また、リラクゼーションルームも用意しており、週に2回業者が来てくれる。予約すれば誰でも利用可能で、体の疲れを癒すことができるため、人気を集めている。

キッチンのランチメニュー(左)とリラクゼーションメニュー(右)

多くの大規模ビルにとって、喫煙室の設置は頭を悩ませるところだ。ウェルビーイングの観点では完全禁煙が望ましいが、一定数存在する喫煙者のニーズにも配慮したい。そこで、JTの協力で上質感のある喫煙室が整備された。最新の分煙設備のおかげでたばこのにおいが室外に漏れることはなく、吸う人にも吸わない人にも居心地のよい空間になった。

スモーキングルーム(Photo:Kenta Hasegawa)

LOFFTは専有部の機能を補完するスペースとして活用できる点が、テナント企業から高く評価されており、最終的にこのビルを選ぶ決め手になるケースが多いという。リーシング活動は順調に進み、周辺の新築並みの賃料での成約・満室稼働となった。「ウェルネスを意識した空間づくりの価値がマーケットでも証明され、今後の不動産運営に良い参考になった」と堀氏は振り返る。

「つながり」でビルを進化させる

コロナ禍を経て、人と人とのつながりはリアルの場で生まれる大きな価値であるとの認識が広まった。改修では、第一生命が入居する低層部に新館と旧館をつなげた1,000坪超のワンフロアをつくり、関連性の高い部署を集約した。それにより、部署間の連携がよりスムーズになっただけでなく、フロアにいるだけで偶然の出会いが増え、社員同士の交流が活発化したという。

広いフロアを歩くなかで自然と交流が増える(提供:第一生命保険)

また、マルチテナントビルだからこそ、入居テナントとビルとのつながり、さらにはテナント企業同士のつながりが重視されている。堀氏は「賃貸用ビルとはいえ、取引関係だけで成り立つものではなく、入居者が誇りを持って自慢できるもう一つの家を目指したい。また、ビル全体はメンテナンス業者などを含め、すべての関係者が支えるコミュニティであると考えています。そのためLOFFTは入居者に限らず、来客の方や清掃の方など、関係者の皆さんが誰でも利用できるようにしています」と話す。

現在、LOFFTを拠点とした交流イベントが定期的に開催され、テナント企業同士が知見を共有し、ネットワークを広げる場として機能している。今後はテナント主催のイベントを検討するほか、植栽のお手入れといった館内のメンテナンスにも巻き込んで入居者参加型の運用を目指すという。

古い建物を単に維持するのではなく、人々のウェルネスを向上させ、つながりを生み出す場へと進化させる。このような視点が、今後の不動産運用において重要性を増すだろう。第一生命日比谷ファーストの挑戦は、その可能性を示す一歩となった。

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