2023.05.31
人手不足問題の解決に向けて(第1回)
~ノンデスクワーカーの実態と課題~
1. はじめに
人手不足とは、企業が業務を行うにあたって必要な人材が集まらず、業務遂行が思うように行えない状態のことを指す。少子高齢化・人口減少が続く日本において、労働市場の人手不足は大きな社会課題となっている。
人手不足の程度は一般的に有効求人倍率(求職者数に対する求人数の割合)で示されるが、2022年の数値(パートタイム含む常用)をみると、全体では1.16倍であった。これを職業別に分類してみると、一般的にオフィスなどでのデスクワークが中心の職業では0.63倍と低く、一方で、デスクワークではなく原則として様々な現場で働くことが求められる職業(「ノンデスクワーク」)では1.85倍と3倍近くの差が発生しており、後者の方が人手不足度合いの高い職業が多くなっている(*1)。
また、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によると、生産年齢人口(15歳~64歳)は、2020年の約75百万人から2040年には約62百万人と大幅な減少が見込まれている。中長期的に日本が国力を維持し、また、企業や家計が通常行っている経済活動・消費活動を安定的に持続させていくためには、人手不足問題の解決が欠かせないのだ。
本企画では、人手不足問題の核心である「ノンデスクワーク」とそこで働くワーカー(「ノンデスクワーカー」)についてフォーカスし、日本の人手不足問題の解決に向けた課題の整理と対応策の方向性について、複数回のレポートに分けて公表していく予定である。
2. デスクワーカーとノンデスクワーカー
これまでの日本経済の発展には、企業とそこで働くワーカーが果たしてきた役割は大きい。時代の変化に応じて産業は細分化され、様々な企業で働くワーカーがより豊かな社会の構築に貢献してきた。これからもワーカーは日本経済を支え、動かす原動力であることは論を俟たない。
一般的に、ワーカーはホワイトカラーとブルーカラーとに分類されることが多い。前者は主にオフィス(デスク)で働く事務職であり、「デスクワーカー」と言い換えることができるだろう。後者は特にコロナ禍においてエッセンシャルワーカーともいわれ、デスクではない「現場」で働くことが主な業務となるワーカーであり、いわば「ノンデスクワーカー」と言うことができる。
これまでの日本の労働力市場を振り返ると、過去には高度経済成長期やそれに伴う産業構造の転換をうけ、デスクワーカーの需要が高まってきた。しかし、現在の日本は、人口減少社会に転じたこと、生産年齢人口の減少、ワーカー全般の高齢化などにより、労働力需給に変化が生じ、特にノンデスクワーカーは様々な職場で人手不足が深刻化している。また、近未来を考えると、AI(人工知能)やDX(デジタルトランスフォーメーション)の進歩により、デスクワーカーの需要は頭打ちとなり、逆にノンデスクワーカーは職業によっては需要がさらに高くなっていく可能性がある。
3. ノンデスクワーカーとは?
本章では、ノンデスクワーカーとは何かについて定性的に説明する。デスクではない「現場」で働くワーカーにはどのようなものがあるだろうか?
具体的には、建設作業員、介護サービス従事者、警備員、清掃員、ドライバー、配達員、ビル等管理人、商品販売員、飲食店店員、製造業における工場などでの労働者、医師・看護師などの医療従事者、船舶・航空・鉄道などの運転者、農林水産業従事者など、枚挙にいとまがない。
日本標準職業分類は、わが国の職業を分類したものとして広く用いられているが、国勢調査においても、この分類に基づき統計調査が行われている。各種職業を「デスクワーカー」、「ノンデスクワーカー」、その両方を併せ持つ「デスクワーカー兼ノンデスクワーカー」、「分類不能」の4つに分類したものが【図表1】である。
【図表1】職業別 ワーカーの分類
4. ノンデスクワーカーの特徴とは?
次に、ノンデスクワーカーについての理解を深めるために、その特徴について考える。
(1) 日常生活のインフラを支えている
オフィスは企業の活動の場であり、ワーカーが働き、生産活動を行っているが、われわれ一人ひとりの日常生活は、数多くのノンデスクワーカーに支えられている。例えば、買い物をする場合、店舗を訪れるが、そこには豊富な商品が並び、一定のサービスが提供される。店舗運営における商品の生産・輸送・在庫管理・接客・販売・配送・設備管理・修繕・清掃・警備といった多くの業務プロセスのほとんどをノンデスクワーカーが担っている。換言すれば、消費者からみれば店舗は日常生活を支えるインフラ施設であり、ノンデスクワーカーにより支えられているのだ。
ホテルや旅館も同様であり、ハウスキーピング・接客・料飲宴会・厨房などのスタッフはほぼ全てノンデスクワーカーが担っている。われわれが旅行や出張できれいな部屋に泊まり、一定のサービスを受けることができるのも、いわば彼らのおかげである。少子高齢化の日本は、今後、観光立国を目指しているが、数多くのインバウンド客を受け入れ、経済を活性化する担い手となるのも、ノンデスクワーカーである。
デスクワーカーが働くオフィスにおいても、ノンデスクワーカーの役割は大きい。安心安全なオフィスで、きれいに清掃され、設備が定期的に点検され、しっかりと管理が行われていることは重要であるが、これらの役割を担っているのが設備管理・修繕・清掃・警備といったノンデスクワーカーである。
上記で紹介したのは一例にすぎないが、このように、社会全体でみれば、多くの業種・アセットにおいてノンデスクワーカーが様々なサービス・価値を生産・提供し、我々の日常生活のインフラを支え、より豊かな・サステナブルな社会を構築するための中核となっているのである。
(2) 多くの人々に就業経験がある
日本人の一般的なライフステージを考えると、多くの人々はノンデスクワーカーの就業経験があると考えられる。学生時代に初めて経験するアルバイトの多くがノンデスクワークではないだろうか。事務職などのデスクワークはむしろ少数派であろう。
国立社会保障・人口問題研究所が2022年9月に発表した「第16回出生動向基本調査(2021年6月実施)」によると、産休・育休制度が普及してきたこともあり、第一子の出産後も仕事を継続する女性の割合は約7割となった(参考:これは長年4割程度に留まってきたものであり、2010年頃までは出産退職者の方が多かった)。こうした人たちは、育児が一段落したのちに、新たにパート・アルバイトとして働く場合、販売職や飲食店などのサービス業や工場勤務といった職業が多く選ばれている実態がある。
また、サラリーマンなどが定年退職後に新たに職を探す場合、警備などの保安職や配送・清掃業などのノンデスクワークに間口を広げているケースも多い。
5. データでみるノンデスクワーカーの実態と課題
本章では、国勢調査などのデータからノンデスクワーカーの実態と課題を定量的に確認していく。
(1) ノンデスクワーカーの実態
① 総就業者の半数を超える
国勢調査における職業分類別の就業者数をみると、総就業者数5,767万人のうち、デスクワーカーの1,614万人(28%)に対して、ノンデスクワーカーは3,013万人(52%)とデスクワーカーの約1.9倍であり、総就業者の半数を超える【図表2】。その背景としては、【図表1】で確認したように、ノンデスクワーカーはデスクワーカーよりも職業の種類が多岐にわたることがあげられるだろう。
【図表2】就業者数の内訳
② 高齢就業者の割合が高い
年齢階層別の就業者の割合をみると、60歳を過ぎるとノンデスクワーカーの割合が高くなっていくことが分かる【図表3】。その背景としては、デスクワーカーには定年制が採用されていることが多く高齢層の新規募集がされにくいこと、一方で、ノンデスクワーカーはデスクワーカーほど年齢制限が強くなく高齢になっても仕事を続けやすいこと、また、デスクワーカーが定年退職後に転職する際にノンデスクワーカーには受け皿となる職業が多いことなどが考えられる。
【図表3】年齢階層別の就業者の割合
③ 非正規雇用者(派遣社員/パート・アルバイト)の割合が高い
雇用形態別の就業者の割合をみると、ノンデスクワーカーの非正規雇用者(派遣社員/パート・アルバイト)の割合は45%で、デスクワーカーの19%よりも多いことが分かる【図表4】。その背景としては、一定以上の専門性・技術が求められない職業が多いこと、勤務時間の融通がききやすく、学生・子育て世代・高齢者など多くの人々が職業として選択しやすいことが考えられる。
【図表4】雇用形態別の就業者比率
(2) ノンデスクワーカーの課題
① 相対的に賃金が低い
職業分類別に年齢別の賃金の年間総支給額を表したものが【図表5】である。これによると、30歳前後から、ノンデスクワーカーの賃金水準が全体平均を下回っている。また、全体平均では40歳代後半から50歳代の賃金が最も高くなるものの、ノンデスクワーカーでは、賃金プロファイルの上昇は緩やかであり、相対的に賃金水準が低くなっていることが分かる。
【図表5】職業分類別 賃金の年間総支給額
バブル景気崩壊後のいわゆる「失われた30年」で、日本は先進国のなかで唯一賃金が上昇していない。2022年からの物価上昇などの影響により、大手企業を中心に賃上げの機運は高まってきているものの、中小企業やノンデスクワーカーの賃金水準をいかに上昇させていくのかは日本社会の大きな課題となっている。
② 働き手を集めにくい(人手不足)
職業別の有効求人倍率を表したものが【図表6】である。これによると、デスクワーカーの代表的な職業である「事務職」のコロナ前の2019年と2022年の有効求人倍率はそれぞれ、0.50倍/0.43倍と非常に低い。一方で、ノンデスクワーカーの有効求人倍率はほとんどが全体平均を上回っている。特に「保安(7.77倍/6.30倍)」、「建設・採掘(5.23倍/5.05倍)、「サービス職(3.59倍/2.86倍)」、「包装(3.01倍/2.47倍)」は、全体(1.45倍/1.16倍)の2倍以上となっている。
【図表6】有効求人倍率の推移(パート含む常用)
現在、日本社会は世界で例を見ないほどの少子高齢化・人口減少社会に向かいつつある。ノンデスクワーカーの人手不足問題はサステナブルな社会の構築の阻害要因となる可能性がある。
中長期的にはAI(人工知能)の導入やデジタル化といった「DX(デジタルトランスフォーメーション)」による生産性向上は、労働需給の構造を大きく転換させる可能性がある。DXはすべての職業で一律に進むわけではなく、デジタル化が進みやすい職業と進みにくい職業がある。デスクワークは、かねてからのIT革命やペーパレス化、リモートワークといった取り組みを経て、データ化され、通信や処理スペックの向上もうけ、DXのための素地が整えられてきた。また、直近では文章生成、画像生成など生成系AIの進化が顕著であり、それらを活用した各種サービスが続々と市場に投入されている。そのため、今後、多くのデスクワークの業務生産性が向上し、デスクワーカーが人員過剰になる時代が到来するかもしれない。一方で、ノンデスクワークについては、現状も人手不足の状態だが、今後、DXのサポートがあるとしても職業によっては「人」が働く必要があると考えられるため、少子高齢化が進む日本では、ノンデスクワーカーの人手不足がより深刻になる可能性がある。
6. おわりに
本レポートでは、人手不足問題の核心であるノンデスクワーカーの定義および実態と課題について定性・定量の両面から提示した。その実態として、ノンデスクワーカーは総就業者数の半数以上を占めること、高齢の就業者比率が多いこと、パート・アルバイト比率が高いことを確認した。また、課題として、相対的に賃金が低いこと、働き手を集めにくいことを確認した。
本シリーズの今後の展開については、職業別の需給ギャップ推定に基づく将来の社会的な損失(どのような社会になる可能性があるのか)や、将来的な人手不足を解消するための施策案について検討していく。また、社会動向の変化を捉えつつ、特定のテーマについて深掘りし、適宜発信していきたい。
ザイマックス不動産総合研究所では、今までデスクワーカー(オフィスワーカー)の働き方や働く場所について数多くの調査研究を行い、レポートを公表してきた。本企画では、ノンデスクワーカーにフォーカスしつつ、人手不足問題の解決にむけた考察を行っていく予定である。
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