2020.10.14
企業移転動向についての考察
~過去のデータによる企業移転とオフィス賃貸マーケットの関連性~
企業にとってオフィスは欠かせない経営資源であり、企業活動の基盤となっている。実際に企業は特定の場所にオフィスを構えているが、様々な理由で別の場所に移転すること(企業移転)もある。この企業移転の動向を観察することによって、賃貸オフィス市場の需給関係をより深く理解できると考えられる。そこで、ザイマックス不動産総合研究所(以下、ザイマックス総研)では、2000年代から収集してきた東京都内の企業移転データを用いて、過去の企業移転の動向と賃貸オフィスマーケット指標の関連性を明らかにし、今後の企業移転の方向性について考察する。
東京都内の企業移転(*1)のうち、都心部(*2)と周辺部(*3)をまたいだ移転を抽出、集計し、都心部の賃貸オフィスマーケットの指標と比較した結果:
- ・ 周辺部から都心部への転入割合については、2003年から2005年にかけて増えたが、2006年から2009年にかけては減った。その後、2010年から2014年にかけ再び増えたが、2015年以降は緩やかながら減りつつある。
- ・ 都心部の賃料水準の上昇とともに、都心部への転入割合が低くなり、都心部の賃料水準の下落とともに、都心部への転入割合は高くなる。
- ・ 都心部の空室率が下落した後、都心部への転入割合が低くなる一方、都心部の空室率が上昇した後、都心部への転入割合は高くなる。
- ・ 今後都心部のオフィス賃貸マーケットが下落局面に入る場合には、過去の動向の通りであれば、都心部への転入割合が増えると考えられる。しかしながら、働き方改革やコロナ禍での企業オフィス戦略の見直しにより、企業移転のメカニズムが根本的に変わる可能性がある。
1.はじめに
本調査に際し、2002年~2019年の東京都における移転事例5,541件を収集し、そのうち都心部と周辺部をまたいだ移転1,094件を抽出した【図表1】。抽出された都心部と周辺部をまたいだ移転情報について、年ごとに都心部への転入と都心部からの転出の割合を集計した。次項2では集計結果と賃貸オフィスマーケット指標の動きを比較しながら、企業移転の動向をみた。
【図表1】企業移転の分類
なお、今回の調査では、都心部と周辺部をまたいだ移転のみに着目した。都心部内や周辺部内での移転は、企業の個別事情(契約満了や手狭感、オフィス環境改善など)に起因することが多く、マーケット全体に共通した背景を読み解きにくい。一方で、都心部と周辺部をまたいだダイナミックな移転は、従業員の通勤、取引先企業との距離、採用活動など、企業活動に与える影響が大きいため、移転を決断した背景には移転先のエリアの次の4要素が関係すると考えられる:
① ビジネス利便性:駅・商店・役所・金融機関の数、取引先へのアクセス
② 企業に合うエリアイメージ:集積する産業、エリア特性
③ 負担しやすい賃料水準
④ 希望するオフィススペースの多寡(空室率)
上記のうち、①②は短期間で変化することは少ないが、③④の賃料水準、空室の多寡などは数年周期で変化しているため、これらの指標の動きと集計結果を比較することで、企業移転の動向が時間的に変化する背景を読み解けるのではと考えた。
2.都心部への転入割合変化と賃貸オフィスマーケット
【図表2】は、企業移転の動向と賃料水準(新規成約賃料インデックスで表す)の関係を表したものである。賃料は企業にとって人件費に次ぐ固定費の代表格であり、移転にあたっては、当然考慮されるものである。2003年から2004 年にかけて、また2010年から2014年にかけて都心部の賃料水準が下がっていた時期に、都心部への転入割合が増えている。都心部の賃料水準の割安感に惹かれて多くの企業が移転を決め、都心部へ転入する企業が多くなったと考えられる。一方、都心部の賃料水準が上がっていた時期(2006年から2009年にかけて)は、高い賃料水準が企業の負担につながり、都心部への転入割合が低くなったことが推測できる。また、直近の緩やかな賃料上昇に合わせて、都心部への転入割合が徐々に減っている。
【図表2】移転動向と賃料水準
【図表3】は、企業の移転動向とオフィス供給(空室率で表す)の関係を表したものである。都心部の空室率が上がれば、企業のニーズに合うオフィススペースが増え、結果、都心部への転入割合が増える傾向にある。一方、都心部の空室率が下がると、募集区画自体が減るため、候補となる区画が限定的となり、結果的に企業が移転できず、都心部への転入割合が下がったものと考えられる。
【図表3】移転動向と空室率
3.おわりに
企業の移転は、世の中の状況や企業活動と不動産市場を紐づける鍵である。日本経済や企業の景況感の変化によりオフィス需要が変化し、オフィスの供給量や賃料の変動の中で企業移転が発生する。つまり、企業の移転は賃貸オフィスマーケットにおける需要と供給のバランスの中で動いているのである。
本レポートでは、東京都内の企業移転情報のうち、都心部と周辺部をまたいだ移転の情報をもとに、移転動向と賃貸オフィスマーケットの関連性について分析した。本分析により、今後のオフィスマーケット指標の変化をみることで、将来の企業の移転動向に関する示唆が得られたのではないだろうか。
昨今、オフィスマーケットでは空室率上昇と賃料下落の兆しが現れつつある(*4)。過去の動向の通りであれば、今後都心部への転入割合が増えていくと推測できる。しかし、ここ数年進展してきた働き方改革や2020年突如として発生した新型コロナウイルスの影響により、自宅やサテライトオフィスを活用したテレワークなど、企業のオフィスの使い方に新しい選択肢が生まれ、企業移転のメカニズムが根本的に変わる可能性がある。したがって、今後オフィスマーケットで空室が増え、賃料が下落した場合でも、従来通りには都心部への転入が進まないことも考えられる。ザイマックス総研は今後も、移転を含めた企業のオフィス戦略を継続して観察、分析し、世の中に有益な情報を提供していく予定である。
調査期間
2002年~2019年
調査対象
企業の移転情報5,541件、うち都心部と周辺部をまたいだ移転情報1,094件
調査地域
東京都
調査方法
各社ホームページ、新聞記事などの公開情報
英語版:Observations on the Trend of Corporate Relocations
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